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第165話 誕生日

本日は朔月・17日。

俺の26の誕生日である。

例年通り、家族の誕生日は店は早じまいで家族揃って誕生日のお祝いをするのである。


その、祝いの席に、今年は……メイリーンさんを呼んできなさいと、父さん母さんからお達しがあったのだ。

なので今、彼女と両親ふたりと、俺で夕食のテーブルを囲んでいるのである。


メイリーンさんは母さんと楽しそうに話しているが、こんなに近くにいるのにその話し声が俺の耳をスルーする。

自分の心臓の音の方がでかく感じるのである。

小心者過ぎるぞ、俺っ!


「……ト、タクト!どうしたの?ぼんやりして!」

「緊張してんだよなぁ?メイちゃんがいるから」

めっ、メイちゃんって何?

俺だってまだ『メイリーンさん』としか呼べていないのにっ!

でも……お姉様に『ちゃん』付けは…ちょっとなぁ…。


「タクトくん、お誕生日、おめでとう」

「あ、ありがと…」

まともに顔が見られないのは、絶対に父さんと母さんがニヤニヤしながら見ているせいだ。

俺は家族と彼女が一緒にいるという状況が、生まれて初めてなのだ。


こんな失礼な態度の俺にメイリーンさんは、誕生日のプレゼントを渡してくれた。

この席に来てくれるだけでも嬉しかったのに、贈り物まで!

俺、明日死んだりしないよな?


「これ…あたしが作ったものだから、あんまり上手じゃないんだけど……」

そう言いながら照れ笑いをするメイリーンさんだったが、箱を開いた俺はその贈り物に目を奪われていた。


手作り?これが?

こんな格好いい革製品がっ!

ベルトとベルトポーチだ。

凄く手触りの良い皮で作られていて、ポーチのコーナー金具やベルトの金具部分は…銀だ。

型押しで模様も描かれている。


「…すっごく格好いい…ありがとう!凄いよ、こんな革製品が作れるなんて!」

「気に入ってもらえたなら、よかった……えへへ」

「金具は…父さんが作ったの?」

「そうだぞーメイちゃんに頼まれてよ」


くそっ、そのタイミングでメイちゃんとか呼び始めたんだな。

「あのね、型押しはね、お、お義母様…に、手伝ってもらったの……」

『お義母様』……そう呼ばれてどうやら母さんはめっちゃ感激したようで、これからも一緒にいろいろ作りましょうね、なんて話している。


3人で、俺のために。

いかん、年を取ると涙もろく…って、まだ身体は若者だけど。


「ありがとう…凄く凄く嬉しい。大事にする」

「おい…なんだよ、おまえ、泣いてんのか?」

「なっ泣いてなんかいないよっ!」

「あらあら、タクトは結構涙もろいねぇ」


父さんと母さんにからかわれている時に、ぽそっとメイリーンさんが、カワイイ…って呟いたのが聞こえて、俺は更に顔が火照るのを感じ目が合わせられなくなったのだった。


そしてなにやら父さんが改まった雰囲気で話し始めた。

「あー…でな、タクト、この間、おまえの事をいろいろ聞いて思ったんだがよ」

あ、異世界転移開示の件ですかね。

「おまえ、あんまり抱え込むなよ?」

「え?」

「これは、メイちゃんにも言える事だが…おまえ達は子供の頃に親を亡くしているせいか、早く大人になろうとか、早くなんでも出来るようになろうとか、しすぎてる気がしてよ」


母さんも少し申し訳なさそうに微笑んで、メイリーンさんの手を取る。

「ごめんね、ちょっと説教臭い事言っちゃうとね、ふたり共…勘違いしていると思ってさ」

勘違い?


「おまえ達は確かに『成人の儀』を受けた。でもな、それはいきなり『大人』として振る舞えってんじゃねぇんだ。そもそも『成人の儀』は働く事が出来る様になったってだけだ。婚約も結婚も出来ねぇんだから、本当の意味での『大人』とは違う」

そうなの?

メイリーンさんもきょとん、としているから…俺達は『成人の儀』イコール大人になった…と思っていたのだ。


「メイちゃんの事、マリティエラ達から聞いちゃったんだけど…殆ど学校にも通えなかったって言ってたし、病気のお母さんの世話で早く大人になりたかったんだよね?」

メイリーンさんは母さんを見つめていた視線を、ちょっとだけ伏せる。


「タクトもこの町に…『ここ』に来てまだたった6年半だ。おまえ達ふたりは、知らない事が多すぎるんだ。なのに、そんなに大人になる事を焦らなくっていい」

父さんにそう言われて、それってただの甘やかしなんじゃないかな…と思ってしまう。


だって、子供は一刻も早く成長して、大人に…あれ?

なんで『早く』成長しなくちゃいけないんだっけ?

大人達を煩わせないため?

一人前だと認められて、社会生活に参加するため?

『みんな』がそうだから?


「子供でいつづけることは出来ねぇけど、一足飛びに大人になることもねぇんだ。もっといろいろな事を知って試していい。まだ儂等は、おまえ達を助けてやれる。そう言う『大人』が周りにいるうちに自分を抑え過ぎたり、諦めることを『落ち着いた』なんて表現で誤魔化さなくっていい」

「そうよ。だいたい、早過ぎなんだよ、成人の儀が!」


それ、前にも言ってたよね、母さん…。

『大人になる』っていろいろなことに折り合いをつけて、自分を曲げても社会に適応するって意味なんだとしたら…多分、俺は当分出来そうもないから…焦っていた…のかなぁ?

どっちかというと開き直ってたと思うんだけど…。


「働き出せるってのはいいことだと思うけど、それに囚われて可能性を自分から潰さないで欲しいのよ。メイちゃんもタクトも、出来ることが沢山あるんだから」

「そうだぞ。だいたいなぁ、30、40のうちに大人ぶるって方がおかしいんだ」

うん、うん、と母さんが大きく頷く。

もしかして、俺と言うよりメイリーンさんに言いたかったのかな?

『無理しなくていいよ』って。


「落ち着くなんざ、子供が出来てからでいいんだよ」

「そんなこと言ったらライリクスさん達だって…」

「あら、あの子達、落ち着いてなんかいないでしょう?」

「あいつ等もビィクティアムも、まだまだだ」

ええ〜?

『大人』のハードルも高いなぁ。


「先生は…理想の大人の女性だと…思っていました…」

「まぁ、メイちゃんは優しいねぇ!でも、女の魅力は80を過ぎてからだよ」

えーと、日本年齢に換算すると30歳前後って事ですね!

それはちょっと…大賛成です。


「タクトくんも、そう、思う…?」

ちょっと頬を赤らめて聞いてくるメイリーンさんに、俺は思いっきり頷き…たかったのだが、それって今のメイリーンさんを『魅力がない』って言ってる様な気がしてもにょもにょとしてしまった…。

「俺は…メイリーンさんなら、ずっと好きだから年とか関係ないし」

小声で言い訳がましく呟くと、父さんにゲラゲラ笑われながら背中を思いっきり叩かれた。



食事もデザートも終わり、歓談タイムも一段落。

そろそろメイリーンさんが帰るというので送っていくことにした。

「あのっ!」

食堂の出口の所で、急にメイリーンさんが父さんと母さんに向き直った。


「……ありがとう、ございました…あたし、あたしに『出来ることが沢山ある』って言ってくださって…嬉しかったです。ずっと、役立たずで、何をやってもちゃんと出来なくって…お母さんも…助けられなくって…」

母さんがメイリーンさんを抱き寄せる。

きっと、彼女は少し泣いている。


「いいの。全部『これから』よ?あなたは助けてもらって構わないの。大人になったって、ひとりで出来なきゃいけないって事じゃあないけど、今のあなたはまだ」

「そうだぞ。大人ってのは年齢でなるものでもねぇし、出来ることは一生増えていく。何かが『出来る』って自信が出るのなんて、100過ぎてからでいいんだよ」


父さんがメイリーンさんの頭を撫でながら、俺にまで言い聞かせるようにこっちを見る。

『ありがとう』と心の中で言うのが精一杯だった。

言葉にしたら、俺も泣いちゃいそうだったから。



「タクト、ちゃんと家まで送るんだよ?」

「もう遅いから、寄り道なんかすんなよ」

「解ってるよ。大丈夫だから、ふたり共もう戻っててよ!」

そう言わないといつまでも俺達を見ているんじゃないかと、俺はふたりを中へ押し込んで扉を閉めた。


シュリィイーレの夜は家々の明かりがあるだけで、街灯やネオンがないので星がよく見える。

この空にあるのは俺の知らない星座ばかりなのだろう。

青通り沿いの彼女の家まで俺の家から一直線だ。

近くて嬉しいけど、ふたりで歩く距離が短くて寂しい。


手を、繋いだ。

ちょっとびっくりされたけど、ふりほどかれなかった。

「本当に、素敵な贈り物をありがとう…革細工が出来るなんて凄いね」


「…成人するまで、あたしは、革細工職人になるのかな、って思っていたの」

「成人の儀で医療系魔法が出たんだ?」

「うん、薬効魔法と調薬技能と一緒に。ずっと…母さんの病気を治してあげたくて、いろいろやっていたからだと思うの。ちょっと、遅かった」


メイリーンさんのお母さんは、彼女が成人する少し前に亡くなってしまった。

彼女は、きっとどこかで自分のことを責めていたのかもしれない。

もっと早く、この魔法が出ていれば…と。


「革細工職人でも、きっと凄く良い職人になれたと思うよ」

「でも、シュリィイーレには殆ど革細工工房は無いんだもの……あたし、ここにいたかったから」

そうだ。

シュリィイーレでは殆ど獣など獲れないから、革製品自体もあまり売っていない。


「…よかった…医療系に進むって決めてくれて。そうじゃなかったら…俺、メイリーンさんに…会えなかったかもしれない」

「あたしも、タクトくんに会えて、良かった」

ああ、もうすぐ彼女の家に着いてしまう。



…着いてしまった。

でも、この手を離したくない。

メイリーンさんがそっともう片方の手を繋いでいる俺の手に添えて、今日は楽しかった、と切り出す。

そこから先が聞きたくなくて、俺は、そのまま彼女を抱き寄せてしまった。


「…もうちょっとだけ……一緒にいたい」


メイリーンさんは小さな声で、うん、と言ってくれた。

……どうしよう。

どんどん放せなくなる…。

俺、本当にこの人が好きだ。


顔が見たくなって、少し腕を弛めて覗き込む。

目があって、吸い込まれるように頬に、そして唇にキスをした。

メイリーンさんの目元から頬にかけて真っ赤になって、俺自身も急に恥ずかしくなって顔を逸らしてしまった。

それでも、まだ肩を抱いたままでそのまま、彼女の部屋の扉を開けた。


「…そ、それじゃ…また、明日」

俺がやっとそう言うと、メイリーンさんも頷いてまた、明日、と笑ってくれた。

その時に、視線を感じなかったら俺は理性が保てずに、そのまま彼女の部屋に入ってしまったかもしれない。


扉が閉められ、後ろ髪引かれながらも俺は表通りに出る。

すると、二階の一室の灯りがつき、窓からメイリーンさんが顔を見せた。

俺は手を振ってもう一度、また明日ね、と言うと歩き出した。

窓から俺の姿が見えなくなる位置まで小走りに走ったあと、少し引き返して俺達を視ていた視線の元へと近づく。


「……なんで見てるんですか、ライリクスさん」


そう、視ていたのはライリクスさんと…マリティエラさんも一緒だ。

「おや、気付かれちゃっていましたか」

「だって…ねぇ?心配だったんですもの」


もう、このふたりはお節介なお隣のお兄さんとお姉さんって感じだ。

まぁ母親を亡くしたメイリーンさんの後見人となっているらしいので何も言えないが…。

「……全部、見てました?」

「うん、君たちが食堂を出てすぐに後を付け始めたから」

悪びれもなく、尾行していたと認める訳か。


「だってタクトくんったらあんなに情熱的に……ちょっと心配になっちゃうじゃない?」

「あのまま部屋に入っていってたら押し入るつもりでしたよ」

なんなんだよ、いーじゃねーか想い合っている男女に何があろうと!


「正式な婚約もせず一線を越える行為に及ぶと相手が隷属しているとみなされますから、女性の立場が大変悪くなってしまうので誤解されるようなことは慎んでくださいね」


…はい?

なにそれ?

そんなに女性って立場弱いの?

酷くない?

し、しかし、それがこの社会の常識であるのなら、メイリーンさんを貶める様な真似をしてはならない……。


それにしても『成人』は本当に『大人』ではなく、そういう行為さえ許してもらえないとは……。

あと9年も…俺は『おあずけ』を喰らうわけですね?

男にも厳しすぎませんか?

それっ!

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