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第158話 夏の終わりに

春である。

いや、世間一般的な季節としては夏の終わりなのだが、俺の心が春爛漫なのである。

好きな人がいるって素晴らしい。

恋人が出来ると、こんなにも全てに優しい気持ちになれるものなのだろうか。

正確には『婚約者(仮)』だが、俺に彼女と呼べる人が出来たことは間違いない。


メイリーンさんは今まで通り毎日うちに食事に来てくれるし、毎日俺の作ったパンをおかわりしてくれる。

スイーツタイムには俺もちょこっと一緒に座って話も出来たりする。


俺の作った髪飾りを着けて、俺の作ったケースペンダントを下げて、俺の作ったトートバッグを持っている。

家に帰れば彼女の部屋の空気や温度を整えているのは俺の魔法だ。

自分が彼女にこれほど関われていることが嬉しくて堪らないし、これからもっと関わっていきたいし彼女の全てを俺がサポートしたい…。


正直、自分がこんなにも独占欲が強いとは思っていなかった。

寧ろ恋愛に対して、もの凄く淡泊なのではないかと思っていたくらいだ。

……いや、違うな。

自分に自信がなかったから淡泊だと、思い込もうとしていたのかもしれない。


あちらでの俺は本当に文字を書くことぐらいしか取り柄が無くて、その文字だってじいちゃんほど認められてるわけじゃなくて、絶対の自信が持てるものが何もなかった。

誰とも距離を置くことで比べられるのを避けていた。

そんな自分が自分でも好きじゃなかったのだから、他の誰かに好きになってもらえるはずもなかったんだろう。


この世界で少しは自信が持てたり、少しは自分が好きになれたり、その『少し』が積み重なってきてやっと好きな人に好きって言えた。

だから、無くしたくなくてこんなにも独占したいのかもしれない。

過度の独占欲は危険だ。

かえって相手に嫌われてしまう。

何が大切なのかを間違わないようにしなくては。うん。


よし。

冷静に自己分析するようにすれば感情だけで突っ走ることはないだろう…多分。

でも、今後もメイリーンさんに使ってもらえそうな物は……沢山作ろう。



さて、今日も錆山探索である。

今日は久しぶりにデルフィーさんと一緒だ。

そして、ベルデラックさんも同行して燈火の素材採取がメインとなる。

まぁ、俺はいつも通りコレクションの充実を図るだけなのだが。


父さんとデルフィーさんもベルデラックさんとは初めてだが、職人同士だからかすぐに打ち解け和気藹々と探掘を進めていった。

「あんたもなかなか良い目を持っているな、ベルデラック」

「ありがとうございます。でも結構神経を使いますねぇ、これは。かなり難しいですよ」

デルフィーさんに初回で褒められるとは、流石ですなベルデラックさん…。


俺は歩きながら道端の石ころなども鑑定しつつ、そんな3人の後ろをくっついていく。

「あ、いいもんみっけ」

「え?タクトくん……それ、ただの石だろう?」

「いえいえ、これの中に……ほら、『金雲母』です」


「……黒いじゃねぇか?」

「それは鉄が多いからだよ、父さん」

マグネシウムが多いと黄色味を帯びるが、この辺りは鉄が多いから黒くなるのだろう。

見逃しレアメタルといい、どうしてこんなに良いものをみんな放っておくのだろうか。


「砥石にはこっちの方がいいからね。あ、もう1個有った」

「……タクトくんは…よく見えているんだなぁ…」

「鑑定しながら『分解』を使うと単一素材が見つけやすいんですよ。ベルデラックさんなら簡単にできますよ」

「『鑑定』と『分解』の両方で『視る』のかい?」

「そうです。技能は複合して使うと精度が上がるんですよ。燈火を作る時に加工魔法と鍛治技能を合わせて使うでしょう?あれと一緒です」


「相変わらずだなぁ、タクトは…」

「え?みんなやってないんですか?」

「そーんなにあちこち見ながらじゃあ、魔力が保たなくなっちまうからなぁ」


デルフィーさんに苦笑いされてしまった。

そうなのか…みんな鑑定しながら歩いていないから、落ちているものが何なのか気付かないんだ。

もったいないなぁ……そんなに魔力使わないと思うんだけど…。



今日はいつもの軽装ではなく、坑道の中程までは入れる装備で来ているので制限時間は6時間だ。

坑道はかなり広く、大勢の人達が入っている。

この中に入るには3人以上の組でなくてはいけないのだが、混雑して動けないなんて事は無い。


1時間ほどで俺達は硝子の原料を充分採り終え、次は銅と錫を探しに行く。

錫は石英と一緒に採れるので少し奥に行けば掘れるのだが、黄銅鉱はもう少し西側の離れた場所だ。

俺としては、くじゃく石がお目当てだったりする。

貴石鑑定で引っかからないかな?


「うーん……やはりこの辺ではなかなかいいものは出ないですねぇ…」

「ここいらは銅目当てじゃねぇし、結構掘られちまってるからなぁ…タクト、視えねぇか?」

「んー……あ、ちょっと待って」

大きく堀り開けられた部屋の隅の方に砂利のように溜められたものがあった。

これも見逃しものではないかと、鑑定してみる。


「それはただの砂利だろう?これがあるとなかなか視えねぇ。厄介な奴なんだよ」

デルフィーさんがぼやくが…これ、ルゾナイトじゃないかな?

もしかして黄銅鉱のみが銅とされて、ルゾナイトは違う物質とされてしまっているのでは?


「多分、これも銅鉱石だよ。ちょっと分解してみる」

えーと、確か硫酸銅だ。

アンチモンを含んでいるとも書かれていたから……。


俺は事前に読んでいた本の知識を思い出しつつ、化学式をバラバラにしていくように組成分解していく。

「うん、やっぱり銅だ」

「おいおい……こんな石っころに含まれているのかよ…」

「だとしたら掘るまでもねぇ。その辺に積み上がってる石が全部銅鉱石って事だ」


化学式を覚えておくと分解しやすいけど、そもそもその知識がなければこの黒っぽい石から銅が採れるとは思えないのかもしれない。

やっぱりみんなは掘ると決めた場所だけしか、鑑定をしないんだろう。

こうしてみると俺、本当に魔法使いっぱなしなんだな……。

だから魔力量が馬鹿みたいに増えちゃうのか。


放置されたルゾナイトだけでかなり大量の銅が手に入れられた。

一緒に採れたアンチモンも…毒性はあるがレアメタルである。

合金加工に使えなくもないので確保しておく。


その後、俺達は黄銅鉱の多く取れるという場所にも行ってみたが結構人が多くて思ったように掘り進めることが出来ず、くじゃく石はおあずけとなった。

俺達が碧の森の入口に戻る頃には、随分と陽が傾いてきていた。

少しずつ昼間の時間が短くなってきているから、もう夏も終わるのだろう。



探掘ガイドをお願いしたら夕食までご馳走するので、デルフィーさんも一緒に食堂へと戻った。

ベルデラックさんも勿論一緒だ。

鉱物の山分けをしなくてはいけないからね。


「それにしても、タクトくんはかなりいろいろな鉱石のことを知っているんだな」

「まったくだぜ。今まで捨ててたようなもんから、まったく知らない金属を取り出しているよな?どこでそんなこと知ったんだ?」

ベルデラックさんとデルフィーさんから質問されたが、俺は本で読んだんだよ、としか答えられない。

あちらの世界の本は見せられないしなぁ。


「そっか、おまえ教会の司書室に行っていたっけな。あそこの本はかなり貴重なものばかりなんだろう?」

おお、父さん、ナイスパス。

「そうだね…もの凄い貴重品だと思う。いろいろな本があるからとっても勉強になってるよ」

「なるほど、そういう知識が有れば鑑定の精度が上がるんだね…なかなか本に触れる機会なんてないものな…」


そうそう。

知識は大事ですよ。

知らないと見落としが多くてもったいない。


俺は逆にこの世界の貴族常識(?)も一般常識もまだまだ足りないし、魔法もなんとなくで使っている。

でもどれもこれもしっかりした解説書は存在しないんだよな…。

実践ベースで身につけていくしかないってのは結構しんどい。


そうだ。

鉱物のこととか、魔法のこととか、俺が解っていることや知っていることを纏めて書いておこうかな。

それを本にしておけば、もしかしたら俺の子供達の世代に役に立つんじゃないかな。


……


『俺の子供』…?

うわっこんな事考えたの初めてだ!

自分で思ったのになんか衝撃的だ。


…メイリーンさんとの……子供……かな。

ぐはぁぁぁぁっ!

めちゃくちゃ照れくさいーーーーっ!

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