第157話 もう一組の来訪者
「あ、長官!お待たせいたしました!」
そういって飛び込んできたのはファイラスさんだ。
あれ?あの後ろにいるのは……。
「ウァルトさん、アリアさん!来てくださったんですか!」
俺が言うが早いか、ビィクティアムさんが立ち上がって礼をした。
ライリクスさんとマリティエラさんも……。
あれ?もしかしてこの二人もお貴族様?
ウァルトさんが手をすっとあげて座るように促すと、三人とも席に戻った。
「いやいや、やっと来られたわい。タクトの所はちと遠くてのぅ衛兵さんに連れてきてもらったんじゃよ」
そっか、ファイラスさんが案内してくれたのか。
「来てくれて嬉しいです。あ、お菓子食べていってください!明日持っていこうと思っていたけど、今日食べてもらった方が絶対に美味しいから!」
伯父上様と伯母上様が、吃驚したような顔をしていらっしゃる。
あ、飛び込みの人にお菓子があるから驚いたのか?
このお二人の分は元々確保していたのですよ。
「まぁ嬉しいこと。タクトのお菓子はまるで宝石のように綺麗なものばかりだものねぇ」
「アリアさんにそういっていただけると嬉しいですね。えー…『ショコラ・タクト』です」
もう諦めた。
この名前、前面に出して売ってやる。
「ほほぅ……これがカカオか…随分と滑らかになっておるのぅ」
「まぁ、苦くはないの?」
「ちゃんと甘いですよ。どうぞ召し上がってみてください」
お二人とも一口食べるなり満面の笑顔になって絶賛してくれた。
えへへへ、嬉しくなっちゃうよね。
こっちも。
食べ終わると、ウァルトさん達は行く所があるから、とすぐに席を立ってしまった。
そうか、用事のついでに態々寄ってくれたのか。
また明日ね、とアリアさんが言ってくれたので俺も手を振って明日も市場の店に行く約束をした。
お二人が店を出るとビィクティアムさんの伯父上様達とセインさんも今日はありがとう、と言ってくれて帰っていった。
やれやれ、なんだかイレギュラーの多い日だったな…。
「済まなかったな、タクト」
「ビィクティアムさんも大変ですね……あのお二人は割と振り回す系の方々みたいですもんね」
「まあな。悪気はないのだがな…巻き込んで悪かったと思っているんだ」
「これ位なら大丈夫ですよ」
ビィクティアムさんは少し乾いた声で笑う。
いつも無茶振りされているんだろうなぁ…お疲れ様です。
「あの騎士のことも……詫びておく。メイリーン嬢にも迷惑をかけた」
「ビィクティアムさんが謝罪する事じゃありませんよ」
「あいつに謝罪に来させるか?」
「お断りします。二度と顔も見たくないですし、どんな謝罪をされても俺は絶対に受け取りません」
「タクト…」
「あの人は絶対に自分が悪かったなんてこれっぽっちも思っていない。思っているとすれば自分より上の方々を怒らせたから、仕方なく俺に謝罪しておさめようと言うことだけだ。そんなもの謝罪とは認めないし、だいたい、俺の大切な人を泣かせたってだけで万死に値する」
そうだ。
父さんと母さんの作ったこの店を侮辱したことは絶対に許せない。
そして、メイリーンさんを泣かせた上に暴力まで振るおうとしたのだ。
あんな奴、騎士位を剥奪されてしまえばいいと思っている。
ま、貴族様だからそんなこともないんだろうけどな。
「表面上の謝罪をして俺が許したりしたら、ああいう人はすぐにその事を忘れる。何故俺が怒ったのか、何故メイリーンさんがあの人をひっぱたいたのか、何一つ一生考えることもなくまた同じように誰かを平気で傷つける。だから俺は一生許さない。あの人を絶対に騎士だなんて認めない」
「もし彼女が本心から反省し、生き方を改めたとしてもか?」
「ええ、許しませんね。世界中の人間が彼女を許そうとも、たとえ神が許そうとも、絶対に俺だけは許しません」
同じように傷つける必要なんてない。
あんな程度の低い奴と同列になどなりたくない。
でも『おまえを絶対に騎士と認めない、貴族と認めない者が居る』と言い続けてやる。
「たかがあれくらいで…って思いますか?自分以外の人間が何を大切にしているかなんて判ろうともせずに自分の価値観を押しつけて傷つけておきながら、許されると思っている方が図々しいんです。心に付けられた傷は他人には判らなくてもどこまでも深く一生消えないことだって有る。だから、その罪は一生背負わせてやるんです。『絶対に許さないこと』が俺に出来る唯一の復讐ですからね」
ビィクティアムさんは黙ったまま何も言わない。
そうだよな、どっちかと言えばビィクティアムさんだって『あちら側』の気持ちの方が解るのだろう。
「今度あいつが俺の前に現れたら…多分、さっきみたいには抑えられないと思うので、ここに近寄らせないでくださいね」
ビィクティアムさんは解った、とだけ言って少し寂しそうに微笑んで帰っていった。
ふぅ…やばいなー思い出すだけで怒りMAXになっちまう。
しまった!
メイリーンさんを放置してしまった!
ああああーっ!
俺って奴はどうしてこう…!
振り向くとメイリーンさんはにこっと笑ってくれた。
ライリクスさんとマリティエラさんもちょっと呆れたように。
「まぁ……タクトくんらしいですね」
「メイリーンのことでそこまで怒ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少し肩の力を抜いた方がいいわよ?」
はい。
解っているんですよ、俺だって…。
「タクトくん、一緒に…食べませんか?」
…メイリーンさんがお隣の席に掛けろと袖を引っ張ってきた……。
かわいい…!可愛すぎるっ!
お姉様なのに!
いや、中身の年齢は俺の方が上なんだけど、でも『可愛いお姉様』って尊すぎる…!
俺は誘われるまま隣に腰掛け、はい、と差し出されたフォークのケーキを口に入れてしまった。
メイリーンさんの使ったフォークで!
『あーん』って奴ですよ!
これは父さんと母さんに絶対にからかわれるっ!
あれ?
父さんと母さんは……どこへ行ったんだ?
よかった…奥に行ってるのかも…とほっとしたが、目の前にいたライリクスさんとマリティエラさんに滅茶苦茶からかわれてしまったのは言うまでもない…。