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第152話 ショコラ・カカオ・ショコラ

数日かけて納得がいくまで作り込んだメイリーンさんへの誕生日プレゼントが出来上がり、次は特別なケーキの試作である。

まぁ、皆さんにも提供するのだが、メインはやはりお誕生日って事で。

折角カカオがあるのだから、チョコレートケーキにしよう。


夕食後の食堂厨房を借りて、早速試作品作りのスタートだ。

まず、発酵まで終わっているカカオ豆をローストし、殻を剝いていく。

そしてカカオニブを粉砕しつつ温め、砂糖を加えながら精錬、どろどろに溶けたチョコレートにしていくのだ。

それからチョコ作りのクライマックス、テンパリング。

ふふふふ、ちょっとしたショコラティエ気分だぜ。


取りあえず薄目の板チョコ状にして、試食してみた。

さすがに高級店のチョコとまではいかないが、結構旨いぞ!

酸味のあまりないタイプのカカオなんだな。

うん、うん、俺の好きな味に出来そうだ!


チョコレートケーキと言えばザッハトルテでしょう!

と、言うことで試作を仕上げ、食べてもらった。

母さんには滅茶苦茶ご好評いただいたが、父さんには少しくどかったみたいだ。

いつものスポンジケーキにチョコを掛けたものの方がいいと言っていた。


確かに、チョコの味わいは独特だし、食べ慣れていないとくどいのかもしれない。

ちょっと生クリームとか使って調整しつつ、チョコクリームも作っておく。

メイリーンさんの誕生日は2日後だ。


試作を続ける俺を背後から覗いていたふたりが、にこにこ顔で声をかけてくる。

「で、タクト、こりゃあメイリーンさんの誕生日祝いなんだろ?」

……何故知っている?

俺は、何も言っていないぞっ!


「だって、タクトがやたら『女の子ってこういうの好き?』って聞いてくれば解っちゃうよ。ねぇ?」

「おまえ本当に隠し事下手だよなぁ…タクト」

舞い上がっていただけなんですぅ!

こんなことしたいって思うのも、するのも初めてで、ものすごくわたわたしているんですぅっ!

「…明後日……ライリクスさん達にメイリーンさんを連れて来てって頼んでるから…」


「あら!そうなのね!じゃあ、明後日は昼も少し奮発しようかねぇ」

「あんまり多くしちまうと、この菓子が食えなくなっちまうから張り切りすぎるなよ、ミアレッラ」

「あら、そうね!この…えーと、…タクト、これはなんていう名前にするんだい?」

なまえ?

あ、そうか。

この国ではカカオ自体があまり出回っていないんだっけ。


「えーと…じゃあ『ショコラタルト』…かな?」

ドイツ語よりフランス語になんとなく惹かれるのは『ショコラ』っていう響きが好きなせいだと思う。


「『しょこら…たくと』?」

「いいじゃねぇか!『ショコラ・タクト』か!」

「いやいやいやっ!違うって!『タルト』だよ!」

「『ショコラ・タクト』のほうがいいよ!ねぇ?」

「そうだな!決まりだ!」


……決められてしまった…。

もーいーや。

じゃっ『ショコラ・タクト』で!

……すっげー恥ずかしいんですけど?

こうして俺の名前が入ったチョコケーキが出来上がってしまった。



翌日、俺は東の大市場に香辛料と紅茶の買い足しに出掛けた。

明日に備えて完璧にしておく…と言うのは建前で、実は落ち着かなくて仕方なかったので外出しただけなのである。


よし、買い物して平常心を取り戻そう!

先ずは香辛料だ。

俺はすっかりターメリックを買った香辛料店の常連になっている。


「はいはい〜今年からまた新しいのがあるのよ〜」

にこにこしながらぐいぐい来るこの店の店長、サラーエレさんも新しい物好きのおば様だ。

「これ、化粧品ね。手のひらにのせたら手を重ねて温めると、じーんわり溶けてくるのね」


でもいつも俺に化粧品を勧めてくるのは何故なんだろう…。

「良質のカカオ脂だから、お肌ぴかぴかになるのよー」

カカオ脂…ああ!カカオバターか!


そうか、薬として用いられるのがカカオの主な需要なのだが、ココアパウダーとカカオバターに分離して使うようになったのはこの5〜6年だという話だった。

ココアパウダーが比較的手に入りやすかったのは、カカオバターを採ったあとの『絞りかす』だからだ。

カカオバターの方が圧倒的に価値が高い。

なるほど、化粧品としても用いられているのか。


カカオバターが有ればホワイトチョコが作れるのだが、俺は分離が面倒でまだやっていない。

本当はちゃんと分離してからカカオマスとカカオバターを混合して、精錬した方が滑らかになるはずだ。

カカオマスとカカオバター、ココアパウダーに分ければもっと利用方法が増えそうだ。


ほんの少しだけカカオバターを購入し、鑑定してしっかり覚える。

こうしておけば俺がカカオから分離する魔法が簡単に作れる。

よし、これで『ショコラ・タクト』の滑らかさが更にアップするぜ!


「いつもありがとね〜」

「こちらこそ!また良いものが入ったら教えてね、サラーエレさん」

サラーエレさんは南の方の人らしいので、ちょっと訛っていて可愛らしい喋り方だ。

南の方なら珍しい果物や野菜もあるんだろうなー。

今度聞いてみよう。



次はこの近くの紅茶を扱っている店だ。

セインさんの腕輪パーツを見つけた時に、この店を発見したのである。

朝市に来ているおばあさん、アリアさんの店で、こっちの店はおじいさんがやっている。

以前、俺に『紅茶の入れ方を知っているのか?』と聞いてきたおじいさんだ。

この町の人ではないのだが、夏の間だけシュリィイーレで茶葉やきび砂糖なんかを売っているのだ。


「こんにちは、ウァルトさん!」

「やあ、久しぶりだねタクト」

「最近ずっと錆山に入っていたからね。夏摘みの紅茶はまだある?」

「ああ、おまえさんが買いに来ると思ってな。ちょっと多めに持ってきたからまだあるぞ」

「ありがとう!」


ここでもすっかり常連になってしまった。

何度か食堂に誘ったのだけれど、まだ来てもらえていない。

なので、新しいお菓子を作ると必ず二人分お届けするのである。

この人達が毎年紅茶を持ってきてくれなければ、シュリィイーレには全くと言っていいほどいい茶葉が入ってこなくなってしまうので貴重な仕入れ先なのだ。


しかし、今回の新作は明日メイリーンさんに食べてもらうのが最初なので今日は持ってきていない。

「なに、カカオを使った…菓子?ありゃあ、菓子になるようなもんなのか?」

「結構美味しくできたと思うんだ。明日、うちの食堂で初めて出すんだ。今度持ってくるよ」

「そうか!それは楽しみだのぅ。儂もアリアもタクトの作る菓子は大好きじゃからなぁ」


このウァルトさんは俺のじいちゃんにちょっとだけ似ているんだ。

笑った時に眼が細くなると特に似ている。

だから…なんだか笑顔が見たくなって、喜んでもらえるようなことをしたくなっちゃうんだよな。

紅茶を沢山買って、ついでに少しだけウァルトさんの店の荷物運びを手伝ってから俺は家に戻った。



まだ緊張している。

いや、どんどん緊張が高まっていくような気さえする。

今晩、眠れるだろうか?


明日、運命の日である。

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