第１５１話 君のことが知りたくて
話は少し遡る。
錆山デビゥから４日が経った頃に、昼食を食べに来ていたライリクスさんに珍しく工房側に呼び出された。
音消しの魔道具がちゃんと作動している事を確かめたライリクスさんが、小声で俺に依頼をしてきた。
うちの魔道具、信用されていないのだろうか…。
どうやら俺への内緒の依頼で、硝子の花の花束を作ってもらえないだろうかとの事だった。
弓月・１６日がマリティエラさんの誕生日らしく、花を贈りたいがマリティエラさんの好きな花がシュリィイーレでは手に入らないらしいのだ。
「なんで、俺に？」
「レンドルクス工房の直営店で、あの花の装飾品を君が作り出した…と聞いてね」
「その店のものじゃ駄目だったの？」
「無かったのですよ『青い花』は」
マリティエラさんの好きな花は、彼女の出身地セラフィラントでも一部の地域にしか咲いていない花らしい。
名前を聞いたら『竜胆』と言われたのだが、俺の知っている花と同じなのだろうか？
「その花ってどんな形のものか描いてもらえますか？」
「えーと……たしか、こんな形で…葉は四方に開く感じで」
おお、俺の知っているものとあまり変わらないみたいだ。
「薬に使われたりもする花ですか？」
「そう！知ってるのかい？」
「多分……見たことがある奴じゃないかと思うんだけど…」
「なんとか、頼めないだろうか？結婚して最初の彼女の誕生日だし…もう、故郷に戻ることも出来ないからね」
ほんの少し、ライリクスさんの眉が悲しげに下を向く。
ああ、そうか。
このふたりの結婚はまだ『今の神典』に縛られているから、いろいろと制約があるのかもしれない。
だからせめて故郷の花を…か。
以前、マリティエラさんがライリクスさんのことを結構情熱的だ、と言っていたのを思い出す。
マリティエラさんに対して、ライリクスさんは何よりも誰よりも深い愛情を持っているのだろう。
協力してあげたいし、作ることは出来るのだが…無償で、なんて言うと絶対にライリクスさんは怒るに決まっている。
しかし、今、俺は食材やスイーツ的にも鉱物的にも結構充たされていて欲しいものがないのだ。
対価……うーむ…。
あ。
「解りました。お引き受けいたしましょう」
「ありがとう！助かるよ！君にはどれくらい支払えばいいだろうか？何か欲しいものが有れば、なんでも言ってくれ」
「では……『ある情報』を手に入れて、その後も協力してください。出来るだけ内密に」
そう、俺がライリクスさんから対価として受け取るのは『情報』と『協力』である。
「メイリーンさんの誕生日、信仰している神様を聞き出してください。そして、その誕生日にここに連れて来て欲しいのです」
「…それって…君は彼女が好きだって事なのかな？」
「そうです。でも、メイリーンさんには絶対にばれないように！俺が直接言うので！」
「僕やマリティエラには…いいのかい？」
「お二人に協力していただかなくては、俺は彼女に知られずに情報を得ることが出来ませんし、彼女を呼び出すことも出来ませんからね。背に腹はかえられません」
「潔いのか及び腰なのか微妙な所だが、了解した。協力しよう」
「では、取引成立」
話しているうちに、自分もどんどん声が小さくなる事に気付いた。
魔道具の信憑性と言うより、内緒にして欲しい事って言うのは声が密やかになるものらしい。
そうして、俺はメイリーンさんの誕生日がマリティエラさんの誕生日の翌月である望月・２０日と知り、錆山でそのプレゼントの素材を是が非でも見つけるべく探索していたのである。
勿論ライリクスさんからご依頼の竜胆は図鑑を見ながら青く美しい花束に仕上げ、一つの花をまわすと短い音楽が流れる仕掛けもオマケしておいた。
曲はオルゴールの定番『エリーゼのために』。
ピアノだけだし、これ位の長さなら楽譜を作ってもなにも苦にならない。
これにはふたり共とても感激してくれて、俺が頼んでいないメイリーンさん情報までマリティエラさんから聞くことが出来たのだ。
好きな食べ物とか、日課の散歩コースとか、趣味とか……。
そして、今日、錆山でお目当ての橄攪石を手に出来た。
家に帰ってから磨いてみると思っていたよりずっと透明度が高くて、緑色がまるでエメラルドのように濃い石だった。
よかった、誕生日に間に合わせることが出来る…！
デザインも全部決まっている。
好きな人に最初に贈る特別な贈りものなのだから。
どうか、受け取ってもらえますように。
どうか、気に入ってもらえますように。
祈りにも似た想いでひとつひとつのパーツを仕上げていく。
橄攪石・水晶・トパーズ…俺が今年、自分の手で採掘した石だけを使って。
メイリーンさんの誕生日まで、あと１０日。
