第134話 神司祭様とおっさん騎士
勝利である。
完全勝利と言っていい戦果である。
やはり、イモスイーツは無敵であった。
王都の司祭様も騎士達も悉くその魅力の虜となったのである。
あのおっさん騎士でさえ、スイートポテトの前にはただの甘い物好きのオヤジでしかなかったのである。
はっはっはっ!
「なんと素晴らしい…このような蕩ける味わいの菓子は初めてですよ。王都では食べたことがない」
「この店の菓子は他のものも絶品なのですよ。先日食べた飴菓子もそれはそれは美しくて」
「飴菓子!王宮でも滅多に出ないものでございますよ!」
…えー…そうだったのかぁ…。
飴菓子なんて夏祭りの夜店の屋台とか、下町のイメージだったんだけどなぁ。
セインさん、教えてくれよ、そういう事ぉ。
「今日のお菓子はセインさんも初めてでしたよね?どうですか?」
「うむ。相変わらず素晴らしい!この食材もシュリィイーレのものなのかい?」
「いいえ、これはうちが全部買い取りで作成依頼の契約をしている他の町のものです。この国では作っている農家がほぼないので、今の所シュリィイーレではうちだけしかこの素材は使っていないみたいです」
「なんと…君は農家とも契約しているのか?商人ではないのだよねぇ?」
王都の司祭様には珍しいことなのかな?
「はい。魔法師ですよ。でも売買契約は誰でも出来るでしょう?」
「そのような事、神の示した職に反することになってしまうではないか!」
おっと、司祭様じゃなくておっさん騎士が抗議してきたぞ。
「何になったって、何をしたって神様に背く事になんかなりませんよ。身分証に示されたものは、単にその才能があるよっていう神様からの親切なお知らせで、その職に就かなくちゃ駄目っていう制約じゃあない。神典、ちゃんと読んでないんですか?」
「し、神典…だと?」
「おい、神を語ってるのに、ちゃんと神典や神話を覚えてもいないとか言うんじゃないだろうな?」
「どの部分の引用だね?タクトくん」
セインさんは笑って水を向ける。
こういうとこ、ライリクスさんとそっくりだなぁ。
流石、ご兄弟だぜ。
「『示されし道と与えられし才の基はより高きへと至れる。而して違うは更なる大き階を越えてより導かれん』」
「うむ、神典下巻の言葉であるな。どのように解くかね?」
「『身分証に表示されたものはその才能があるが故に高い練度に至る事が出来る。そして、それと違う道を選んだとしても大きな困難を乗り越えさえすれば、神は導くであろう』ですね。
割と楽に成功できる才能を教えてあげるけど、別の事してもものすごーーーく頑張れば何とかなるよって神様が言ってるんです」
「はっはっはっ、やはり君は素晴らしいな!よくもそこまで記憶して読み解く事が出来るものだ!」
「確かに、確かに、神典下巻の言葉です。そしてその解釈もとても良い!君のような若者がここまで神典を深く読み込んでいるとは!わたくしはこれほど感動した事はありませんよ!」
「ハウルエクセム神司祭…」
「君の負けですよ、マクレリウム卿。彼の神典の知識は本物です。タクトくん…といったね?君はどの魔法が得意で魔法師の何等位なのだね?」
ハウルエクセム神司祭もセインさんと同じで、こんな若造の言葉をちゃんと聞いてくれる大人だ。
神司祭ってのはこういう人格者じゃないとなれないものなのかもしれない。
「俺は付与魔法師です。去年、魔法師一等位になりました。ハウルエクセム神司祭様」
ハウルエクセム神司祭とマクレリウム卿の表情がふっ、と変わった。
「も、もしかして、君が試験を受けたのはレーデルスでは…?」
「はい…そうですが…」
あ、嫌な事を思い出してしまった。
「君は、レーデルスで黒い鎧の男に何か言われなかったか?」
おっさん騎士…マクレリウム卿はあの男を知っているのか?
どういう事だ?
まさか、仲閒…とかじゃないよな?
「……!ああ、すまん!違うぞ、我らはその男を捕らえておる。君が心配するようなことではない」
「捕らえられたんですか、あいつ…」
もしかして魔法が切れてたりして、俺を思い出したのか?
「ああ、奴はある合格者を攫おうと襲いかかったらしいのだが、本人が全くその事実を記憶していないのだ。目撃した者が大勢おるので捕らえてはいるが、被害者が誰か判らなくてな」
思い出していない。そうか…。
「なんで…攫おうとしたかも覚えていないんですか?」
「そのようだ。君なのだな?襲われたのは」
「はい」
「おお…そうだったのか…何ということだ…申し訳ない事をした…」
何でハウルエクセム神司祭が謝るんだろうと思ったら、セインさんがあの試験の総責任者がハウルエクセム神司祭なのだと教えてくれた。
マクレリウム卿は今回の試験で不審な点が多くあった事から調査をしており、その時黒鎧に襲われた受験者がいた事や、商会と審査官や神官にも協力者がいたことを掴んだのだそうだ。
そして、どうやら攫われそうになった合格者は俺だけではなく、あの日の他の部屋の試験会場でも同様の事件があったらしい。
「なかでも、君は特に優秀でその試験結果に我々も驚いた」
「君の魔法付与した剣と盾がすぐに使えなくなってしまったと言われたのだが、そもそも、そんなに早く付与が完全になくなるなど有り得ない事。わたくしにはどうしても謎でね…是非とも教えて欲しいと思っていたのだよ」
俺が付与魔法が一定時間で切れるように時間設定をした…と話したらやたら驚かれた。
「時間設定など出来るのですか?付与魔法で?」
「はい…シュリィイーレでは割と普通やっている事なので……みんな、出来ないんですか?」
「おそらくやろうと思う者がいないのだろうな」
「どうしてです?だって、時間指定できたら便利じゃないですか?」
「付与魔法は長く保たせる事が重視されるからね。態々時間を区切ろうなんて思わんのだろう」
ああ、確かに。
「嫌な事を思い出させてすまなかったな、タクトくん。しかしもう大丈夫だと君に知らせたかったし、君をこのふたりに会わせたかったのでね」
「……ありがとう、セインさん…ちょっと、安心したよ」
なるほど、ライリクスさんからあの時のことを聞いてこのふたりを連れてきたのか。
でも…なんで被害者が判らなかったんだ?
俺は、あの審査官に名指しで引き留められたはずだ。
「何?名指しでだと?妙だな…そんな事を言っておった審査官はいなかったが…」
「えっと、黒が強い灰色の髪で、瞳は…暗い色でよく解らなかったのですが、俺より少し背が高い審査官でした。年齢はマクレリウム卿くらいに見えました」
俺の言葉にハウルエクセム神司祭は不思議そうに首をかしげる。
「どなたですかな…それは…?そんな審査官は記憶にありませんよ、わたくしは…」
「私もありませんな。今回のレーデルスに赴いた審査官は若手ばかりだったはず…調べましょう」
立ち上がろうとするマクレリウム卿を、睨んで通路をふさぐ。
「おい、タクト…と言ったな。何のつもりだ?」
「残すなって言っただろ?」
マクレリウム卿の皿の上にはおかわりしたスイートポテトが半分、残っているのだ。
「おお…これは、すまん」
そう言ってマクレリウム卿は、残りを手づかみでひょいっと口に放り入れた。
そして、旨そうな表情になったがすぐに引き締めて、セインさん達に会釈をして数人の騎士達と去っていった。
やっぱりこのおっさん、嫌いになれないタイプの人だな。
ちりっ
突然、嫌な『視線』が俺に刺さった。
悪感情の視線は痛みとして感じるらしい。
誰だ?
視線の方向を見定める。
『軌跡』が見える。
どうやら俺の【魔眼鑑定】は魔眼が視た視線の動きも見えるようになったらしい。
…ああ、黒い靄も視えるな。
『隠蔽』が使われている。
視線の元にいたのは、あの人だ。
ファイラスさん……か。