第129話 春の微睡み
今年の春祭りはとんでもなく忙しかった…。
食堂はいつものことなのだが、原因は蓄音器である。
春祭りに合わせて、新曲の音源水晶を大量に作ったり、まだベルデラックさんに頼んだ袋の枚数では足りないのでその作成をした。
そして、蓄音器本体もレリータさんの店とトリセアさんの店に出す分だけでなく『春祭り特別バージョン』の色ガラスで作った蓄音器を演奏会会場で売るということになった。
コンサート会場での物販という奴だ。
もちろん、ミニトートも特別製である。
蓄音器新発売のお披露目イヤーだからと、気合いを入れてしまったのは俺自身なので誰にも文句は言えない。
思っていた通り、演奏会では事前に蓄音器で聴いていた曲が演奏されると観客から歓声が上がった。
いつもより手拍子や拍手が多かったと、演奏した楽団員達も嬉しそうだった。
演奏会も大盛況、物販も完売で達成感と疲労感でいっぱいいっぱい…。
演奏会後の物販には彼等楽団員達も販売を手伝ってくれたこともあり、お客さん達は直接彼等に音楽の感想や、こんな曲が聴きたいというリクエストを伝えていた。
それを聴いた楽団員達が盛り上がらないはずもなく、打ち上げに無理矢理参加させられた俺は、彼等の熱いパッションにすっかり体力を持って行かれてしまったのだ。
祭りの翌日である今日はあちこち筋肉痛だったり、魔力の使い過ぎだったりで眠くて堪らないヘロヘロ状態なのである。
「だめだー今日は動けないー…」
お腹は空いてるけど、身体が動かないのでベッドから起き上がれずにいた。
「まーたおまえは加減せずに魔法をばかばか使いやがって…」
うううっ父さんになんと言われようと今回は反論の余地無し…。
「念のため、お医者さんに見てもらえ」
「いや…そこまででは……はひぇっ?」
めめめめめめめめいりーーーんさんっ?
なんで?なにゆえっ!
ああくそっなんかもじもじしている感じも可愛いな……って、そーじゃなくってだなぁ!
「ちゃんと、診てもらえよ?」
父さんっ!これはあんまりだろう?
こんなヘロヘロよわよわの状態を好きな人に見られるとか、どんな罰ゲームっ?
俺がキレやすい若者だったら金属バット案件だぞっ!
「ごっごめんっ…いや、だ、大丈夫だから!ちょっと魔力の使い過ぎっていうか…」
「だめ」
「え…?」
「タクトくんの今の魔力、800を切ってるの。魔力の使いすぎを、甘く見ちゃ、だめ、なの。半分以下になると、消費量が、上がってしまうの」
おおっ…ちゃんとお医者さんモードだ…。
お、お姉様っぽい…。
「魔力の使いすぎは、もの凄く、身体と精神に負担なの…だから、きちんとしないと、だめ」
「……はい」
薄っぺらいかっこつけなんて、なんの意味もない。
俺の無知とやり過ぎを怒るのではなく諭してくれる声だ。
「お腹空いてると思うけど、魔力切れの時は消化機能、凄く落ちてるから、食べるのは後。眠るのが先」
「うん…」
「でも、寝ちゃう前に、これ飲んでね」
あ、前にもマリティエラさんがくれたジュースだ。
「栄養剤なの。あたし、こういうの作るのは、得意なの」
「メイリーンさんが…作ってるの?」
「うん、調薬技能と、薬効魔法があるから。美味しくするのは……難しいんだけど…」
差し出されたドリンクを飲むと、やっぱりあの時飲んだリンゴ味のジュースだった。
「すごく、美味しいよ。ありがと」
なんか…眠くなってきた……。
いや、でも、メイリーンさんが来てくれているのに…眠っちゃうのは……。
歌、が聞こえた。
柔らかくて優しくて、空気に蕩けるようなゆったりとした、歌。
子守歌みたいでもの凄く安心する。
『癒される』って、こういう事なのかなぁ…と思いながら、俺はとろとろと眠りの中に落ちていった。
眠りの後のタクトの部屋 〉〉〉〉
『……どうしよう……手を握られたまま…タクトくん、眠ってしまった……』
『寝顔、可愛い……』
『そっか、あたしの方が年上なのよね……年上…っていっても3歳だし……でも年下が好きって言われたら…』
『ほっぺ……ぷにぷにだ…かわいい』
『どうしよう…動けない…』
『美味しいって言ってくれて良かった…酸っぱいって言う人、多かったから……』
『手、やっぱり男の子は、少し堅いんだな…でも、爪、きれい…』
『あ、木工の身分証入れ、着けてる……ふふっ良かった、今日もお揃いだ…ふふふっ』
『どうしよう……動けないよ…動きたく…ないよ』
「……タクト、寝ちまったのか?」
「は、はい……手が…離せなくって……」
「しょーがねぇなぁ……こいつ、あんたのこと好きだから離したくないだろうけど…よいしょっと……ありがとうな、診てやってくれて」
「い、いえ……また、ご飯食べに来ます…」
「ああ、待ってるよ」
『好きって……?好きって言ったの?え?え?ええっ?……えええっ?』
『今日…手、洗いたくない……』