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第118話 新しい一歩

 箱の蓋に施す飾りなどのデザインをいくつか作り、まずは一曲のみ繰り返し再生ができるだけの箱を作った。

 本当はいくつかの音源を入れておいて順番に再生できる物にしようかと思ったのだが、如何せんまだ曲数が少なすぎる。

 だから音源の種類が増えたら、箱もグレードアップしていく感じにするのだ。


 好きな曲をずっと聞き続けたい人もいれば、いろいろな曲を聞きたい人もいるからね。

 何曲か纏めた『アルバム』にしてもいいかと思ったんだけど、好きな曲を一曲ずつ、好きな順で並べてもらう方がいいと思ったので、音源は全て一曲でプリズムひとつだ。


 明日辺りから俺の作った試作品販売を初めて、正規品はちゃんとした工房に依頼する。

 石製の箱はレンドルクスさんに、そして木製の箱は竹籠細工を作ってくれているマーレストさんに頼むつもりだ。

 どちらも一流の職人さん達なので、きっと素晴らしい物ができあがるはずだ。


 ウキウキしながら昼食時間の食堂に出ていた俺に、数人の女子達が話しかけてきた。


「タセリーム商会で、この身分証入れを売らなくなったって本当ですか?」

 まだ在庫は売ってると思うんだけど……ああ、新作のことか。


「うん、新しい物は売らないと思うし、これから作るかどうかまだ決まっていないんだ」

 俺がそう言うと、明らかにガッカリとした女の子達の態度。


「ええー……あたし、次のを楽しみにしていたのに……」

「集め始めたばかりだったのに……」


 そうか!

 レンドルクスさんの石細工はもの凄く綺麗だから、彼女たちのコレクションの対象になっていたのか!

 こ、これは申し訳ないことをしてしまった……

 コレクターとして買い集めている物の販売中止や絶版ほど哀しいものはないと、誰よりも知っている俺が……!


「新しく売ってくれる所を探すつもりだから、暫く待っててよ」

 全く予定がないのだが、早急に探すしかない。

 コレクションの楽しみを取り上げてしまうなんて、そんな酷いこと俺にはできない。


 うーん……大手商会とつるんでなくて、やたら営利主義に走らない信頼できる店主……ハードルは高いが、見つけなければ。

 それに蓄音器の販売も、来年には依頼先を探すつもりだったから、一緒に置いてくれる所がいいなぁ。



 もうすぐ本格的に雪が降り始めるので、その前にレンドルクスさんとマーレストさんの所で作製を始めてもらわなくては。

 暗くなる前にレンドルクスさんの所へとやってきた俺は、衝撃の報告を受けた。


「は? ケッコン?」


 一瞬、意味を掴み損ねるくらい意外な言葉が聞こえた。

 『結婚』……とは、誰と誰が?


「俺と……トリセアだよ」

 真っ赤になりながら、レンドルクスさんがぼそりと呟く。

 はぇえええーっ?

 レンドルクスさん、どう見ても父さんよりちょっと下くらいだよね?

 今まで結婚してなかった方が驚きだけど、トリセアさんって絶対に俺との方が年が近いよね?

 なにそれ、なにそれーーーーっ!


 くっ、優秀な職人は、美人の若い嫁さんをゲットできるものなのかっ?

 達人ドリームというやつかっ!


「……ソレハオメデトウゴザイマス……」

 心のこもってない俺の言葉ですら嬉しいのか、頭をかきながら照れているぞ、このおっさん……

 しかも工房の奥からトリセアさんが出てきて、既に一緒に暮らしいるのだとぬかしやがった。

 えーえー、どうぞ、お幸せにっ!


 すっかり捻くれた気分になってしまったが、ビジネスを忘れてはいけない。

 俺が気を取り直して話そうとした時に、トリセアさんが新しく店を構えるという話をし出した。

 店……?

 トリセアさんが、店主なのか?


「うん、あまり大きくはないんだけど、この工房で作ったものを直売って言うの? しようと思ってるの」

「タセリームさんの所は?」

「もう、とっくに辞めたわよ。お婆ちゃんの店はお姉ちゃん達がやってくれるし、あたしはあたしの店を持つことが、ずっと夢だったから」


 知識と経験があって、信頼できる人で、工房の……直営店。

 あれれ?

 願ったり叶ったりでは?


「じゃあ、トリセアさんの店で身分証入れと、これからお願いする新しい商品も売ってよ!」

「え……いいの? 身分証入れは……実は、売らせて欲しいってお願いしようと思っていたのよ」

「うん、トリセアさんなら信用できる。なんかあったら、レンドルクスさんをぶん殴ればいいし」

 俺に殴れるとは思えないが、今の気分は殴ると言いたい気分なのだ。


 ふたりはとても喜んでくれた。

 俺に殴られるとは、思っていないらしい。

 これで作ってもらっていた石細工も無駄にならないし、コレクター達も新しいアイテムを手に入れられるようになる。


「新しいものってのは、なんなんだよ、タクト?」

 レンドルクスさんが聞いてきたので、待ってましたとばかりに説明を始める。

 そして、音源プリズムを装着するところを見せて、試作品の箱の音楽を聴かせた。


「すごいっ! これ、凄く素敵だわ! 音楽の箱だなんて!」

「たまげた……おまえ、とんでもねぇこと考えつくな」

 俺がやったのは、ただの応用。

 持っていた知識の組み合わせでしかない。


「この箱の意匠は全部任せるよ。俺は、音楽を鳴らす魔法を仕掛けるだけ。販売はトリセアさんの店で。どうかな?」

「ありがとうっ! こんな素敵なものを売れるなんて、思ってもみなかったわ!」

「ただ、独占販売じゃあないんだ。あまり高くはない木製の箱も作るつもりだから、石細工の箱は、どちらかというと高級志向にして欲しいんだ」


「なるほど。木製よりは、石を使ったものの方がどうしても高くつく」

「購買層を分けるってことね! 了解よ、タクトくん!」

 ふたりも賛成してくれたので、作成に取りかかってもらうことになった。

 よしっ、イイ感じで進んでるぞ!


 さあ、マーレストさんの所にも行かなくちゃな!

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