第114話 契約解消
不機嫌丸出しの俺が家に帰ると、タセリームさんが食堂にいた。
なんだよ、客の出迎えじゃなくて食事じゃないか。
食べ終わっているようなので、俺はそのテーブルについてタセリームさんと向かい合った。
「あ、タクト! よかったよー、君のことを……」
「タセリームさん、あなたとの全ての契約を解消します」
何か言いかけたタセリームさんの言葉を遮って、結論から話す。
面食らっているようだが、構わず続ける。
魔法師組合から持ってきた当初の契約書を見せながら、勝手に他の場所で売ろうとしていること、石工工房に了承していない増産を既に依頼していることについての契約違反。
権利者に無断で第三者との卸売り契約を結んだことについて……は、憶測の段階だが、言い切ったら否定しなかったので、もう契約しているのだろう。
「全て事実ですよね?」
「……そ、それを……今日、コデルロさんと説明しようと……」
「順番が逆でしょう? まず、権利者である俺の了承を取るべきだった」
了承しないけど。
それが解っているから外堀を埋めようとしたのだろうが、そんなものに流されるほど優しくないんだよ。
「で……でもさ、多くの人に喜んでもらえるんだよ?」
「俺の意に反することを、俺に無理矢理やらせてまで、多くの人に好かれたいと?」
「……儲かるし……」
「タセリームさん、あんたは俺の信頼を裏切った。もう無理だよ」
真っ青になっているけど、情けはかけない。
ビジネスは非情なのだ。
「今そちらの手元にある在庫についての販売のみ、許可します。でも、今後タセリーム商会で、俺の意匠の物の販売は許可しない」
「そ、そんな……! もうレンドルクスに頼んじゃってるんだよ?」
「俺の意匠の物以外を作ったり、別の台座や鎖で作って販売するなら構いませんが、俺はそれらには意匠証明は付けない」
泣きそうだな。
タセリームさん。
泣くくらいなら、ちゃんとすりゃよかったんだよ。
「俺は、今後一切タセリーム商会とは契約しない」
それだけ言って、俺はそのまま食堂を離れた。
部屋に戻った俺に父さんは、少し厳しいんじゃないかと言ってきたけど、取り合わなかった。
「契約は信頼で成り立っているんだ。それがなくなったのなら、全てなくして当然だよ」
「だがよ、人は間違うものだ」
「そうだよ。だから、間違ったことをちゃんと突きつけてやらないと意味がない。許すことと、信用しないことは別だよ」
タセリームさんの過ちを許すことができる日は、いつか来るかもしれない。
でも、だからといって信用ができるようにはならない。
そういう人とは、一緒に仕事なんかできない。
父さんは少し哀しそうな表情をしたけど、それ以上は何も言わなかった。
翌朝、俺は魔法師組合に行ってタセリームさんとの契約の全てを解消した。
そして、コデルロ商会との契約も内容を見直すと言う理由で、凍結を申請した。
魔法師組合からコデルロ商会へ連絡がいったであろう半日後に、コデルロさんがすっ飛んできた。
おや、あのかっこつけおっさん……えーと、セントローラ? も一緒だ。
「タクトくん! タセリーム君のこともだが、なんでうちまで……!」
「タセリームさんを煽ったの、コデルロさんですよね?」
黙ってしまって何も言わない。
下手に言い訳しないのは、流石と言うべきだな。
「俺は契約に完全に違反しておきながら、平然としていたタセリームさんを信用できなくなった。そのタセリームさんと組んでいるのなら、あなたとの契約も見直すべきと考えただけです」
「君の商品がないのなら、タセリーム君との契約はなかったことになる。うちもタセリーム君とは、付き合わなくなるのだから……」
「尚更、信用できなくなりましたよ。昨日まで笑顔で手を握っていた相手を平気で裏切るような人とは、俺は付き合えませんね」
コデルロさんが何も言わないからか、セントローラがしゃしゃり出てきた。
「いいじゃないですか! こんなやつに頼る必要などないでしょう!」
「セントローラ、今はそういうことを言っているのではない」
「私が付与の解明ができれば、なんの問題もなくなる。こいつが契約の見直しなんて言ってるのを後悔するだけですよ」
ほほう、こいつはコデルロ商会の魔法師だったのか。
「なるほど……じゃあ、どうぞご勝手に。燈火の作り方は既にお教えしていますから、これからも作って構いませんよ。でも、今後俺から部品と魔法の供給はしません」
「いやいや、タクトくん、それは早計だ。話し合う時間を取ってもらえないか」
「同じですよ。今だろうと、後日だろうと。その方が作ると仰有っているなら、俺は必要ないでしょう? 契約は只今を持って終了、再契約はしません」
俺は取り寄せておいたコデルロさんとの契約書に『終了』と書き、サインをした。
権利者はあくまで俺である。
この契約は権利者が終了と言えば終えられるようにしてあるので、これで『終わり』だ。
「ふん、後悔するのは君だぞ!」
この期に及んでまだ強気だな、セントローラ。
コデルロさんは……諦めたっぽいな。
ここは挑発しておこう。
「あの部品の魔法、できるものならやってみろ」
「おまえのようなひよっこ魔法師にできることが、私にできないわけがない!」
『電池』を知らないやつが、一からあのサイズで作れるかどうか見ものだ。
俺としても定期収入を失ったわけだが、別に構わない。
むしろ、ちょっと楽になった。
そうだ、レンドルクスさんと石工職人さん達に、何か依頼できるものを考えようかな……
折角いい技術者が育っているのに、もったいないもんな。