第01話 底辺営業マンの最期
「一ノ瀬、お前この仕事向いてないよ」
一ノ瀬楓が上司にそう言われたのは一度や二度ではない。
天涯孤独だった彼は苦労して大学を卒業。アパレル業界の営業職に就職したものの成績はド底辺。上司や同僚からの風当たりはいつも冷たかった。
そんな楓にもやっとチャンスが訪れた。大手販売店のマネージャーが彼を気に入り、声を掛けてきたのだ。
「一ノ瀬、何としてもこの仕事はとってこい。できなきゃわかるよな?」
嫌味な上司が言った。
(これが最後のチャンスかもしれない・・・)
楓はマネージャーを訪ねた。実は販売店の経営状態はかなり苦しく、条件が折り合わなければ、マネージャーはリストラされてしまうらしい。
楓は極度のお人好しだった。上司に怒鳴られながらも徹夜で資料をつくり、何とか最低の利益率で許可をもらい、ようやく契約成立という段階だった。
「で、一ノ瀬君。他に何かないの?」
マネージャーは、明らかに金銭を要求していた。
「い、いえ。これが精一杯です・・・。何とかお願いします!」
懇願むなしく、ついにマネージャーは首を縦に振らなかった。
上司に強烈な罵声を浴びせられたその日の帰りみち、楓は再びマネージャーを見かけた。高級料理店でライバル社の営業マンと話をしている。
結局、契約はとれなかった・・・
翌日は楓にとって最悪の一日だった。
「一ノ瀬って馬鹿だよね。あれだけ資料つくって、あれだけ怒られて。全部、パア」
「あそこのマネージャーって、いい噂聞かないぜ。一ノ瀬、お人好しだから、からかわれたんじゃない?」
同僚はわざと聞こえるように言う。笑い声が耳に残る。上司からは罵声の嵐。心はズタボロだった。
その日は昼過ぎから豪雨だった。会社を早退した楓は、家に帰ってすぐ布団に潜り込んだ。上司と同僚からの嘲笑、嫌味、罵声がいつまでも聞こえてくる。楓はふと通帳を広げた。
(30万円とちょっとか・・・)
豪雨の中、楓は通帳を持って外に出た。
途中、河川は荒れ狂っていた。このまま雨が続けば、氾濫の恐れさえある状況だ。
傘をさしていたがすでにずぶ濡れだった。しばらく歩いていると河川敷で捨て犬を見かけた。あわてて子犬に近寄る。子犬はひどく痩せ細っていた。
「こんなところに居たら濁流にのまれちゃうぞ。一旦、うちにおいで」
楓は捨て犬を抱えた。子犬の濡れた身体をハンドタオルで拭く。
突然。女の子の悲鳴が聞こえた! 川に流されている!
楓は無我夢中で川に飛び込んだ。必死で女の子を抱きかかえる。力の限り、川の外へ放り投げた。楓自身、信じられない力だった。女の子の命は助かったのだ。
(ああ、良かった・・・)
助けた女の子の姿を眺めながら楓は濁流に呑まれていく。次第に視界がぼやけ意識が飛ぶ瞬間、楓は捨て犬が自分につかまっていることに気がついた。
(お前ついてきたんだ・・・巻き込んでごめんな・・・)
こうしてこの年の夏、お人好しのド底辺営業マンである一ノ瀬楓はその生涯を終えた。
彼の異世界転生物語は、ここから始まることになる・・・。
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