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第八話 お前が欲しい

 城塞都市ラナ。この都市では数年前、大規模な魔物の災害が発生していた。

 外部の商人が持ち込んだ物品の中に擬態していた魔物が紛れ込み、都市の中で繁殖。都市に備蓄されていた食糧をその魔物が食い尽くしてしまったという騒動だ。


 その時は時期も冬近く、街道が雪等で埋もれて他からの援助も遅くなってしまったのも運が悪かった。結果、その騒動でかなりの人間が餓死してしまう。


 それ以来この都市では、都市の内部に魔物を持ち込んだ人間には厳しい対処をしていた。かなり高額な道具を使って常に都市に搬入してくる魔物を見つけ出そうとしているくらいにはだ。


 そんな城塞都市ラナにて、魔物を持ち込んだ罪で冒険者達が衛兵に切り捨てられていた。それは四人組の冒険者で、そのうちの三人が衛兵に殺されて、一人は逃げ出した。ラナに限らず都市ではたまにある騒動の一つ、冒険者が何らかの理由で魔物を都市に持ち込むというのはたまにある。

 しかしその時はそれだけで終わらなかった、その持ち込んだ魔物が悪質すぎたからだ。少なくとも、ラナの人間が他の都市へと慌てて連絡を送るために動くくらいには――




『とまあこのように、魅入られた人間を介してどんどん広がっていくのがこの魔物なんです。わかりましたか小娘』

「はい……」


 ミオが項垂れていた。先程までの記憶はミオもバッチリ覚えており現在大反省中である。


『そうですか、ではそれがわかったところで話の決着をつけましょう。ベルフ様の身体に傷を付けた落とし前をどうするつもりですか』


 そしてサプライズはミオを糾弾していた。サプライズにとって宇宙で最も尊敬するベルフが傷つけられた事で、サプライズの心にマグマの怒りが吹き上がっているのだ。ミオが魔物に魅入られていたとかそういう事情は全く考慮に値しない。


『既に財産もベルフ様のもの、人生もベルフ様のもの、さてこれ以上貴女に支払えるものがありますか? もはや死以外に償うものがないと言ってもいいでしょう』


 サプライズからの恫喝にミオが唇を噛みしめた。言っていることは暴論だが、今のところ自身の失態から二度ベルフに助けられている。ミオとしては言い訳できる立場ではなかった。


「それについては、わ、わたしも女性ですから。今回迷惑をかけた分については最悪、その、体を使ってベルフさんのお相手をするという道も――」


『やはりそれが狙いだったか貴様……』


 サプライズが切れた。ミオからの言葉など最後まで聞く必要などない。なになめくさってたこと言ってんだんだこのアマと言う般若の力がサプライズを突き動かす。


『ベルフ様に2回も助けられてヒロイン属性でも目覚めましたか? しかし、そんなメス豚がベルフ様に近づこうものなら、焼き尽くして踏み潰して特異点の彼方に葬って差し上げるのが私なのです』


 説得や言い訳は無意味である。サプライズはミオを成敗すると決めた、決めたのだからもはや止まらない。ベルフの身体を傷つけるだけにとどまらず、ビッチの言葉でベルフを誘惑する存在。サプライズにとってミオは世界最大の巨悪であった。


 絶体絶命のミオ、しかし、そこでベルフが間に入ってきた。

「ミオお前に命じる、俺が満足するような魔物を連れてこい。それで今回の件はチャラにする」


 ベルフの言葉にミオとサプライズ双方が言い争いを止める。


「魔物ですか?」

「そうだ、俺が満足するような魔物だ」


 ベルフが手の中で丸々噛みの死骸を弄んでいた。先程まで宝石だったそれだが、今ではただの石ころになっている。その死骸をベルフが冷たい目で見ていた。


「こんなチャチな魔物じゃない、本物の暴力と破壊力を兼ね備えた魔物だ。ミオ、お前に支払える物がないのなら、せめて俺の望むものをお前が用意するんだ」

『お待ち下さいベルフ様!!』


 サプライズがベルフの話を止めた。


『私の判断ですとこの女は極刑、それも絶対に許してはならない存在です。ですがベルフ様が罰を与えた上で許すというのなら私も引き下がりましょう。しかし、ベルフ様の提案をそのまま飲むことは私にはできません』

「ふむ」


 ベルフがサプライズの言葉を興味深そうに聞き始めた。


『例えば私がベルフ様から勅命を受けたら、そらもうドッキュンって感じでテンションMAXですよ。つまり、ベルフ様から直々に頼み事をされるというのは、された側にとってご褒美なわけでして、それを罰として使うのでは道理が通りません。ですから、制裁の手段として使うのは不当だと判断します』


 サプライズからしてみれば、ベルフから直で頼み事をされるのは至上の幸福であり最高の報酬であった。そうして考えてみれば、ベルフの提案は罰として全くふさわしくないものなのだ。

 まあ当然、ミオからすれば別に幸福でもなんでもないからベルフからの頼み事なんてものは罰そのものであるが、そんな事はサプライズの知ったことではない。


「なるほど一理ある。ではどうすれば良いと思う?」

『私が考えるに、まずベルフ様の提案通り、この女にベルフ様が満足できるような魔物を連れてこさせましょう。その上で期限を決めて、それまでに事を成せなかった場合、改めてこのビッチに罰を与えるというのはどうでしょうか』


 ベルフが少し考えた。サプライズの提案は悪くない、期日を決めることも、期日までに達成しなかったときに罰を与えることも筋が通っている。しかし、だとするとどんな罰をミオに与えるのかという問題が残っていた。


『そこで更に私が提案しますと、この女が失敗した場合、私がベルフ様と添い遂げるために必要な肉体の提供先になってもらいましょう。私の魔法を使って、この女の魂と意識を完全に削除して、私が乗っ取るというわけですね』

「ほう」


 サプライズには肉体がない。であるから、サプライズがどれだけベルフに好意を持っていたとしても男女の間柄になる事は不可能なのだ。しかし、他の人間にサプライズが乗り移る事で、サプライズも肉体が手に入る。そうすれば晴れてサプライズはベルフと添い遂げることができるのだ。


『この女の外見は、まあまあですから合格にしときましょう。健康面でもすぐれていますし、そっち方面も特に問題はありません。後は私がこつこつ作り上げてきた魔法で、この女の精神と魂を完全に消し去れば事は成せるはずです』


 聞く限りでは、サプライズの提案に反論する場所は無かった。ベルフからすれば筋道は完全に通っているし、自身の望みを踏まえた上での提案だからだ。

 ちなみに、隣で話を聞いているミオの方は不満どころか異世界に迷い込んだ少女の気分を味わっているが、そこらへんは特にベルフ達は問題にしていない。


「ところで、俺はそんな魔法があるとは知らなかったんだが、いつの間にできるようになったんだ?」

『それは乙女の嗜みとしてコツコツ努力しておりました。私にもベルフ様に言わない秘密の一つや二つはあるのです』

「そうか、まあそういう事ならお前の提案に乗ってもいい」

『ありがとうございますベルフ様。まあどうせこの女にベルフ様が満足するような魔物を連れてこられるとは思いませんから、私がこの女の体を乗っ取るのは確定だと思いますけどね』


 話は纏まった。ベルフはサプライズの提案を受け入れることにしたのだ。


「というわけでミオ、お前が失敗したらサプライズにお前の肉体も魂も全部奪われることになるが、それでいいな?」

「嫌です」


 ミオは即答した、それは間髪を入れなかった。常人の神経速度の最速値と、声を発するさいに動かす筋肉との理想的な連携によってその返答は行われた。


『よく聞こえませんでしたね、今ベルフ様になんと言いました?』

「嫌ですと言いました」

『ベルフ様に刃向かうとか立場わかってんのか!! さっさとその体を私に明け渡せと言っているんですよ!!』


 ミオとしては男女間での理不尽として身体を狙われたのならば耐えるつもりであったが、これは男女とかそういうレベルではなかった。寄生生物として貴女の肉体を狙っていますと言われては、流石のミオも耐えることができない。


『なにが嫌なんですか? 確かに貴女の意識と魂は完全に無に帰しますが、それは大きな問題にはなりません。最も大事なのは私がベルフ様と添い遂げることだというのはわかりますよね?』

「私の身体は私のものです。そちら側の言い分は全く理解ができないので、できれば別の人にその魔法をおかけください」


ミオの言い分は社会常識として正論である。自分の体は自分の物だという基本的人権が普通の人間にはあるのだ。

 しかし、国によってその社会常識が違うように、場所によってはその基本的な人権が存在しない地域がある。つまりはベルフとサプライズの周囲3メートル圏内は、人類の常識が一切通用しない場所の一つであった。


『私基準での美醜での合格ライン、健康的な肉体、乗っ取る上で一片も自意識すら残さない為に必要なチョロ子的な精神の持ち主、これら全部を兼ね備えた人間はなかなかいないのですよ。特に最後の部分について貴女は、稀有なほどに脆弱という名の才能を持っています』


 サプライズはミオに生贄の才能があると太鼓判を押した。ミオの精神的な脆弱さときたら、短期間で丸々噛みにあれだけ魅了されていたところを見ると、本当に素晴らしかった。自身が乗り移ればほぼ確実に邪魔なミオの精神を塵芥まで残さず消滅させることができるとサプライズが確信できるほどにだ。


『というわけでその肉体をよこしなさい、はよ、はよ』


 サプライズからの催促に、こいつガチだとミオも理解する。冗談抜きでモノホンの意味で肉体を狙われているのだと。


「そ、そもそも仮に私の肉体を手に入れたとしてもベルフさんがサプライズさんの想いを受け止めるとは限りませんよ」

『ぬぬっ!? いやそんな事はありません、ベルフ様と私の絆は完璧で無敵なんです!!』

「でもそれは私の肉体を乗っ取った上でですよね。こんな普通の村娘と結婚してベルフさんが満足すると思いますか。例えば美貌のお姫様とか、すごい力を持った才嬢とか、そういう凄い人じゃないとベルフさんが納得しないと思いますよ」

「ぬぬぬっ!?」


 ミオの指摘した部分、実はサプライズも悩んでいたところである。サプライズにとってベルフとは宇宙の全てである。そのベルフに相応しい女性になる事はサプライズにしてみても至難の業なのだ。肉体を手に入れたとしても果たしてベルフはそれで納得するのだろうか。ミオはサプライズにとってクリティカルとも言える部分を指摘した。


「なるほど、俺が満足するかどうかか」


 だがしかしミオが形勢逆転したその瞬間に横槍の声が入ってきた。その声の持ち主こそ、この作品の主人公であるベルフ・ロングランだ。


「よし良いだろう、もしもミオが失敗してサプライズがミオの体を乗っ取ったらサプライズと結婚しよう」

「え!?」

『え!?』


 ミオだけでなくサプライズも驚いていた。ベルフからまさかのOKが出たのだ。


「俺はミオならできると考えていて、そしてサプライズは無理だと考えている。ちょうど意見が分かれているし、賭けをしても良い。もしも俺の予想が外れたらミオの身体を乗っ取ったサプライズと結婚しよう」

『ふぇぇぇぇ……』


 サプライズ、歓喜。ベルフからの結婚しようの言葉にサプライズの全能力が暴走寸前に陥った。


『すみませんでしたミオさん、私は貴女様の事を誤解しておりました。貴女は私とベルフ様を結ばせるために天から遣わされた天使なのですね。私、きっと幸せになります』


 先程までの怒りはサプライズからなくなっていた。ミオの評価がベルフに害をなすビッチから愛のキューピットに変わっている。てめえの全存在奪いきって、わたし絶対幸せになりますってな感謝の念を現在進行形でミオに向けていた。


「よし、話も纏まったみたいだしこれでいいな。じゃあミオ、頑張って俺からの頼みを果たしてくれ」

「いや待って、お願いですからちょっと待って」


 自己防衛から来る本能がミオにストップを掛けさせた。しかし、あくまで本能から来ていただけで言葉に詰まる。


「とにかく……嫌です!!」

「なるほど」


 ベルフがミオの意見に理解を示した。ミオの言葉には正しさしか無いからだ。誰しも、自身の体をよくわかんねえ変な存在に乗っ取られたいとは思わないだろう。


「さて、では他に問題がなさそうならいいな」

『私はそれでいいですベルフ様』


 だがベルフにしてみれば、相手に正しさがあるかどうかなんてどうでもよかった。言葉の属性が正義でも邪悪でも自身の考えを覆す判断材料にはならない。文句があるなら知性の言葉で喋れというスタイルなのだ。言葉にIQが無いのなら黙ってろって話しだ。


 ミオが逃げ出す考えを頭の中で巡らし始める。ベルフ達に言葉が通じないのなら残る手段は逃避行動しかない。ただの村娘がどうやってこの悪魔達から逃げ切れるのかという不安もよぎるが、もうそんな事は言ってられないのだ。だがしかし、ミオにさらなる追撃が加えられる。


『あーちょっと待ってくださいベルフ様、一つ問題がありました』

「なんだ?」

『この女の身体を私が手に入れるのなら、それまで丸々噛みからこいつを守る必要があります』


 ミオを魅了していたあの魔物の名前が出てきた。


「なんでその名前が、確か私は正気に戻ったはずでは。もしかして一度魅了されたら狙われ続けるとかでもあるんですか」

『いえ、そんな事はありませんよ? ただこの地域一帯があの魔物の支配下に収まるでしょうから、私の大事な身体に何かあったら大変だと言う話です』


 ミオが混乱している中でベルフの方が反応した。


「ここら一帯が支配されるのか?」

『まあ間違いなくされるでしょう、丸々噛みの死骸が手に入ったので、それを元にして周辺にどれだけいるか調べてみたんですが、ほら見てください、この赤い点がその魔物です』


 そう言うとサプライズが空中にレーダーのようなものを映像として表示させた。それは周囲にいる生命体を点で表示して表している映像だ。その映像には人間が青い点で示されていて魔物が赤い点で表示されているのだが、赤い点がかなりの数表示されていた。


『割合としては現在、普通の人間8、丸々噛みに支配されている人間が2という所でしょうか。ここまで広がっていると、街どころか周辺の地域に広がっていくのも時間の問題でしょうね』


 ミオの住んでいる村は当然だが、その村単体で生活が完結しているわけではない。この街も含めて周囲の村や街と交流しており、経済や物資等も含めて人と人とが交流している。

 当然、この街や周辺地域が魔物に支配されればミオの済んでいる村も、その影響を受けてしまう。つまりはここでミオと別れると、すぐにまたミオの身体は魔物に支配されてしまうということだ。


『私の大事な身体が魔物の危険にさらされるわけにはいきません。ましてやこの魔物は魅了した人間の命だけではなくて人生からなにからまで奪いますから、気づいたらこの女が見知らぬ男と結婚していて妊娠していたなんてことも……私の未来の身体にそんな事が起きるなんて、何が何でも防ぐ必要があります!!』


ミオとしては聞きたい事が山程あった。あったのだが、とにかく一つだけわかった事がある。つまり、ベルフ達から逃げ出しても、自分の人生は魔物に操られて完全に終わるということだ。


『という事で、この女を守りつつ活動しましょう。大事な大事な私の体に傷一つつけるわけには行きませんからね』

「まあいいだろう、少しの間だしミオを守ってみるのも悪くない」


 そういうわけで、ベルフ達はしばらくこの地域に居座ることになった。

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