第七話 宝石?
「さて、この街でやることもなくなったな」
ベルフがそう呟いた。
『そうですね、あのクソオヤジに仕返しもしましたし、もう心残りはありません。別の場所に行きますか』
サプライズもそれに続く。
現在ベルフ達は街の大通りでまったりと過ごしていた。道に備え付けられたベンチにベルフとミオの二人が座っていた。
「それにしてもミオ、お前はよくやったぞ。よくぞレオから失言を引き出した」
「……それはどうも」
『いや本当によくやりましたよ。見ている私達からしても、こいつ本当に死ぬ寸前だわって感じの演技でした』
そう先程のギルドでのやり取りは最初からベルフが全部仕組んだものだ。
ミオが気弱そうなふりをすれば、プライド高めなあのタイプのおっさんは、調子に乗って何か失言でもするだろうと予想してのことだった。
ただ、ベルフが予想していたよりもミオの演技力が逸脱して良かった。まるで人生の落語者である冒険者と口の悪い使い魔が家に住み着いて、四六時中罵詈雑言を撒き散らかされている家主と同じくらい、ミオは陰気な面構えをしていた。
「本当にミオの演技力には驚いた。一体どうしたら、そんな演技ができる様になるんだ? 後学のために教えてくれ」
「とある人間達のせいで、自身の人生に対して見通しが見えなくなっているからだと思います。その悩みが表に出ているだけです」
ミオがジっとベルフを見つめると、ベルフが頷いた。
「そんな悩みを抱えているとは知らなかった。よし、俺達がそいつをなんとかしてやろう」
『そうですよ、遠慮なく私達に頼って下さい。今回の報酬として、私達が貴女を悩ませるその相手をなんとかしてあげましょう』
ベルフ達からの真摯な言葉にミオの心が複雑に揺れ動いた。具体的に言うと、お前たちのことだよこのクソ馬鹿がという思いが心の中で暴れていた。
「……いえ、自分でなんとかするのでお気になさらず。ベルフさん達はどうぞ御自身の事情を優先して下さい」
「ん? そうか、それなら気にしないでおこう」
『そうですね、ではギルドに対する用事も終わりましたし次の段階に移行しますか』
と、ここでミオが思い出した。そういえばこいつら何かよくわからない危険生物を復活させようとしていたのだと。なにか適当なことでも言って、時間を稼ぐべきだった。
ミオが慌てていると、ベルフが立ち上がってさらりと言った。
「じゃあ、ギルドの用事も終わったし、さっさと別の地域に行くか。じゃあミオも元気でな」
『そっすね、もうここには用がありません。よく働きましたね小娘、褒めてあげます』
「えっ?」
ベルフ達からの意外な言葉にミオが驚く。
「ベルフさん達いなくなるんですか?」
「そうだが?」
『そうですけどなにか?』
「いや確か、丸々噛みとかいう危険なモンスターを復活させると言ってませんでしたか?」
そう数日前にベルフ達は言っていた。なんかおもしろ危険生物を世界に解き放って、スリルとサスペンスを味わおうぜみたいなことをだ。
「サプライズから話を聞いた限りだと、なんとなく面白くなさそうな相手だからやめた。ああいう細かいスリルじゃなくて、俺が今味わいたいのは大怪獣来襲みたいな直接的な暴力とアクションなんだよな」
『私としてはお勧めでしたが、ベルフ様の気が乗らないのなら仕方ありません。なんと言うか今回は久々のハズレでしたね』
サプライズの言葉にベルフが頷いた。
「うむ、これだけ空振りだったのはエール国にエリクサーを求めた時だったか。あの時も何事もなかったな、エリクサー自体は手に入ったが」
『そう考えると最近のこの大陸には根性がありませんね。もう少し気合入れて、地獄の王復活みたいなイベント出してくれりゃあいいのに』
ベルフとサプライズの雑談を聞いているミオだったが、なんというかさっぱり理解できなかった。こいつらの考えが無軌道にすぎるからだ。
とりあえず、ミオはベルフ達の話から結論だけを抽出した。つまり、ベルフ達はこの街から出ていって、もう自分とは関わりがなくなる、しかも危険な生物を復活させる気もないのでトラブルも特に残らない。
完全に百パーセント丸く収まる状況だった。だが、あまりに丸く収まりすぎてミオは少し不気味に感じている。
「本当にいなくなるんですか?」
「うむ」
「実は嘘ですとか騙したりしてませんよね」
「むしろ頼まれたって、こんな何もない土地にいたくない」
どうやら本当にベルフ達はこの街からいなくなると決めていた。
「でも急すぎませんか、この地域に根を張るために私の家を乗っ取ったのに」
ミオとしてもこいつらと縁を切れるのはいいことだったが、それはそれとしてやはり疑問に思っていた。
「まあ俺達は、いつもこうやって生きてきたからな。家を追い出されてからこの数年、トラブルが起きそうな土地を調べ上げて、そこに移住する生活を続けている。まあ今回は空振りだったが」
ベルフ達が本当にこの地に興味がなくなっているのだとミオは理解した。
「そうですか、それは良か――寂しくなりますね」
「お、寂しいのか、ならもう少し探索してみっか」
『そうですね、もうちょい探せばなにかあるかもしれませんからね。あと二ヶ月くらいここにいるのも良いかもしれません』
「いえ、どうぞ旅立って下さい。短い間でしたけど本当にお世話になりました」
ミオはすぐに発言を撤回した。
「そうか、まあトラブル以外でも俺達が興味を引く人物でもいれば、もう少しここにいても良かったが、この街には人材がいなさすぎた」
つまり、この地域にはベルフが目を掛けるだけのおもしろ人材がいない平和な地域ということだ。ミオはその事実にホッと安心する。
「それでどうする。俺達はすぐにでも旅立ってもいいが、ミオを村まで護衛するくらいはしてもいいが」
『数日間、家を借りていたことですし、それくらいはしてもいいでしょうね。それでどうしますか?』
ベルフからの提案はミオとしてもありがたかった。冒険者ギルドには頼りたくないし、かと言って護衛の伝手があるわけでもない。最後だし、少しくらいは甘えてみるかとベルフ達の提案を受け入れる事にした。
「それでは、御言葉に甘えて村まで護衛をお願いします」
「よし、任せとけ」
と、そこでミオが気がついた。自身を村に送るのはともかく、護衛に対する対価を支払っていないと。ミオとしてもベルフの好意に甘えるなどというようなことはしない。礼儀だとかそういうことではなくて、好意に甘えた結果、後でどんな要求をしてくるかわからないからだ。
とはいえ、対価となるものをミオは持ち合わせていなかった。元々それほど裕福ではないし、村自体も先程の魔物関連のあれこれでそれほど余裕がないからだ。
そこで幾らか悩んだ後ミオは思いついた。そういえば丁度いいものを自分は持っていたと。
「護衛料の代わりと言ってはなんですが、これなんてどうでしょうか」
そう言ってミオが取り出したのは宝石のような丸い石だった。
「あの新人の冒険者達と仲良くしていた時に渡されたものなんですが、とても綺麗な宝石なので、かなりの値打ち物かしれません。価値自体はわかりませんが、護衛の代金としては十分だと思います」
ミオとしては、あのゴミどもに渡されたもので気分的に持っていたくないものだ。とはいえ、価値がありそうなので捨てるのも惜しくて処分にも困っていた。というわけで、どうせなら護衛の対価としてベルフに渡してしまえは良いと考えた。
手渡された宝石をベルフがじろじろと見る。太陽に透かしたり、手の中で遊んでみたりと、価値を値踏みしているようだ。
それを見るとミオはちょっと惜しかったかなという気分になる。この宝石はなんとなく心惹かれるものがあり、ミオが捨てなかったのもそれが原因なのもあった。見れば見れほどミオの好みの色をしていて、見ていて全く飽きないのだ。
宝石を手の中で遊んでいたベルフがつまらなそうに言った。
「まあそこそこってところか、売れば昼飯の代金にはなりそうだ」
「え? もっとお金になりますよ。宝石に全く興味がない私でも、見ているだけで楽しい気分になりますから。ベルフさんもそう思いませんか?」
「いや、こんなもん見ていて楽しいか? そこらのガラス玉よりちょっときれいぐらいにしか思えん」
「そんな事ありませんって、絶対お金になりますよ」
ベルフとミオが少し言い争っていると、それまで黙っていたサプライズが口を挟んできた。
『ちょっと良いですか、それを誰から貰ったと言いました?』
「あの新人の冒険者達です。私を囮にして魔物から逃げ出してあいつらです」
『これを? あの冒険者達が持っていたと?』
「そうですけど……」
サプライズの態度にベルフも疑問を持つ。
「この宝石がどうかしたのかサプライズ、なにか問題でもあるのか?」
『それは宝石ではありません』
「じゃあなんだ?」
『丸々噛みです』
「ほー、これがか」
「えっ?」
ベルフがそうか、みたいな態度で流して宝石を見つめるが、ミオの方はサプライズの言葉にフリーズしていた。心臓に毛が生えているベルフとは違って、度胸がうさぎの心臓並しかないミオとしては看過できる言葉ではなかった。
「嘘ですよねサプライズさん」
『マジですけど』
「いやだって宝石……」
『これが丸々噛みの姿です。姿形は宝石ですが魔物ですよ』
ベルフが手に持っていた丸々噛みをミオに返そうとするが、ミオはさっと身体を避けた?
「どうした?」
「いえいえ、それ宝石じゃなくて魔物なんですよね。返されても困ります」
ミオの態度を見ていたサプライズが話を始める。
『ところで、この魔物について貴女は聞きたいですか? ベルフ様にはもう話したので必要ないのですが』
「できれば詳しく教えて下さい」
ミオが真剣な表情をしていた。前に話を聞いた限りでは一地方壊滅させるくらいの危険生物だということだ。そんな魔物が今すぐ自分の近くに存在するとあっては、誰だって聞きたくなるだろう。
『この魔物は、人を魅了してその虜にする事がその性質です。なぜそんな事をするのかと言うと魅了した相手から生命エネルギーを奪って、そのエネルギーで自身を増やすからです。要はこの魔物にとって魅了の行為は生殖方法みたいなものですね』
サプライズの言葉にミオがふむふむと頷く。
『一度魅了されたら、この魔物を手放すのは死んでも嫌がります。文字通り死んでもです。更に魅了された相手はから宝エネルギーを吸われ続けるので、徐々に体力が落ちて死に近づいていきます。特に怪我や病気等で体調が悪い人間などは数日で目に見えて体が弱ってきますよ』
サプライズの言葉を聞いていたミオが疑問に思う。今の説明に矛盾があったからだ。
「でもそれっておかしくないですか?」
『何がです?』
「だって私はベルフさんにその宝石を渡しているじゃないですか。その話が本当なら、私は魔物に魅了されてますし、ベルフさんには渡さないと思います」
そう、ミオは護衛の代金としてベルフに手渡している。サプライズの説明とは矛盾していた。
『ああそれですか。この魔物は魅了した相手からエネルギーを貰って、そのエネルギーで繁殖すると言いましたよね』
「はい」
『そうして繁殖が成功すると、新しく生み出された個体を他の人間に渡すように魅了した相手を上手く操るんですよ。例えば今回みたいに護衛の代金とかそういう理由を付けてですね。そうして、自分達の種族を増やしていくわけです。だからベルフ様に渡したのは新しい方の個体でしょうね』
「はい?」
『だから繁殖に成功してるはずなんですよ、それ』
サプライズの言葉に理解が追いついてないミオだったが、横からベルフが割って入ってきた。
「ちょっと探るぞミオ」
「えっ、ベルフさんどこ触っているんですか!!」
『うるせえ、ベルフ様に全生命と全財産捧げた身でしょうが!! この程度で騒ぐんじゃないよ!!』
ベルフがミオのスカートのポケットを弄る。はたから見ればベルフがやっていることはただの痴漢であるが、ベルフはそんなもん一切気にしなかった。
「おお本当だ、あったぞ」
そういうとベルフがミオのポケットから一つの宝石を取り出した。それは、ベルフが別の手に持っている丸々噛みと呼ばれる魔物と色や大きさは違ったが、確かに宝石のような形をしていた。
『とまあ、こういう事です。貴女、これに見覚えがありますか?』
「そんな宝石は見たことありませんけど」
ミオには本当に記憶がなかった。いつの間にこんなものが自分のポケットに入っていたのだろうか。
「それはベルフさんが元々持っていたものじゃないんですか? 悪戯で、いま私のポケットから取り出したように見せたとか。サプライズさんの話も、その悪戯のための布石だとかでは?」
『なるほど、これは元々ベルフ様が持っていたものですか』
「そうです」
『ならこれは、ベルフ様が持っていたとしても問題ありませんよね。ベルフ様、この女もこう言ってる事ですし、そいつパクっちまいましょう』
「お、そうだな。じゃあこれは俺のものにするか」
と言って、ベルフが自分のポケッとに入れようとすると、ミオがベルフの腕を両手で掴んできた。前のめりになって、ベルフの腕を必死に掴んでいる。
「いや、それはベルフさんおかしくないですか?」
「何がだ?」
「その宝石がベルフさんの物だからと言って、ベルフさんが自分の物にするのはおかしいですよね。だって私のポケットに一度は入ったんだから、それは私のものと言えると思うんです。なのに、ベルフさんが自分のものだと主張するのは変ですよ」
ミオはがっしりとベルフを掴んでいる。絶対に離さない、離してやるものかと目を怒らせていた。
「そういえばミオ、お前はここ数日でいきなり死にそうな顔になっていたな。たしか、この魔物に魅了されると身体からエネルギーが吸われるという話だったが」
「それはベルフさん達が私を悩ませていたからで、今回の事とは全く関係がありません」
『下僕の分際でまだベルフ様の偉大さがわかっていなかったのですか。それについては後で話を付けるとしてどうしますベルフ様? こいつもう役満ですぜ』
ベルフが右手と左手、それぞれに持っている宝石、いや魔物を見る。
「サプライズ、身体強化の魔法をかけてくれ」
『わっかりましたー』
サプライズがそういうと、ベルフに魔法のバフが掛かる。普段から人間離れした身体能力を持つ高レベル冒険者のベルフが、更にもう一つ上の身体能力になった。
「よし……じゃあ握り潰す」
ビキッという筋肉音を立ててベルフが思いっきり両手を握った。当然、その手の中にある魔物を砕くためだ。
「止めてくださいベルフさん、それはただの宝石ですよ。そんな勿体ないことをしないでください、止めて、やめてください、なんでそんな事をするんですか、いいじゃないですか魔物だったとしても、何がだめなんですか、どうしてなんですか、その魔物がベルフさんに何をしたと言うんですか」
ベルフの腕から血が滲んでくるほどに爪を立てているミオがそう叫ぶが、ベルフの方は全く顔色を変えなかった。そして、ベルフの掌の中から、魔物のような叫び声が二つ発せられると、ベルフの握っていた宝石が二つとも砕け散った。