第六話 手紙をよこせ
冒険者ギルドのマスターであるレオは、今後の対応を考えていた。そう、新人冒険者達が依頼主であるミオを放り出して魔物から逃げた事についてだ。
いくら新人であったとしても、これは許せるものではない。通常であれば何らかの罰を与えるところではあるが、レオは彼らを厳しく処罰するつもりはなかった。
話を聞く限りでは、依頼主であるミオはギルドに所属している他の冒険者が助けたということらしいので最悪は回避できているからだ。
それに、今回みたいに自分達より強い魔物と出会って冒険者がパニックになって逃げ出すなんていうのは、たまに起きることだ。自分がここのギルドマスターになってからも数件ある。
だがしかし、レオが彼らに処罰を与えないのはそれだけではない。レオは彼らから誠意を受け取っていたからである。
レオが手に持っている宝石を見つめた。これは件の新人冒険者達がレオに渡したものだ。今回のことでギルドに呼び出された彼らが、真っ先にレオに渡したものがこの宝石である。
今回のことについてのお詫びだとか、そういう事でレオに渡したものだが、その効果は抜群。レオは彼らに少しだけ注意すると、それだけで終わりとしてしまった。
レオとしては、あのベルフとかいうクソとは違って道理を弁えた若者達だと思っている。特に、失態した後に物品でお詫びの心を示す辺り、中々見どころがあるじゃないかと評価を上げているくらいだ。
将来有望な若者たちの出現にレオが心を踊らせていると、ギルドに一人の女性がやってきたミオである。
ギルドに入ってきたミオの顔色は優れていない。精気というものが欠けていた。肩を落として、少し猫背となり今にも崩れ落ちそうな気配をしている。
レオはその様子を見ると、当然だなと思った。一般の人間、それもただの村娘が魔物に襲われて命の危機に陥ったのだ。それも本来護衛となるはずの冒険者達に見捨てられたというおまけ付き。気落ちするのは当然ではあるし、精気がなくなるのも当たり前だ。
だがしかし、ギルドのトップであるレオとしてはこれは好機であった。
今回、ギルド側の落ち度であるのは間違いない。文句を言われるのは当然であるし、非は完全にギルド側にある。
その上で、ミオにここまで気力がなくなっているのならば付け込む隙ができた。レオはそう判断する。
「同情はするが、ここで弱みを見せたのはまだ若いな。すまないが、こっちにもギルドのメンツって物があるんだ、失敗は出来る限り認められないんだよ」
ミオは元気のない足取りでギルドのカウンターに近づくと、新人の冒険者が逃げ出したことについて文句を言い始めた、ここまではレオの予想通りだ。文句を言いに来たミオの話の内容は、レオが予想していた物と寸分違わない物だった。それを確認すると、レオが奥から出てきてミオの話し相手を始める。
レオが話し始めた言い分は、冒険者が逃げ出すなんてのはたまにあるだとか、村が救われたから良かっただのだとか、ウチの所属の冒険者が助けたんだからそれもウチの働きの一つだとか、開き直りと屁理屈が混じった言葉達だった。
これは当然、レオの戦略だ。道理の通らない事を言って、相手を疲弊させて煙に巻く。相手がもういいと言って逃げ出したのなら勝利、逃げ出さなくても気力のなくなった相手だ、そう長くは保たない。
ミオがレオの言い分に少しずつ押され始めるが、そこにレオはちぐはぐさを感じていた。ミオの言い分は新人の冒険者が逃げ出したことについての文句なのだが、なにか話を長引かせているように思える。
だが、それでも自身が口喧嘩で押しているのは事実である。ここが勝負どころと、レオは決めに掛かった。
「冒険者がクズなんてのは当然なんだよ!! ギルドで冒険者を雇うってのはその覚悟を決めて雇うもんだ。こっちだってそういう奴らをまとめることが仕事だと割り切ってやっているんだ!! 少しくらい理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
とレオが怒鳴った所でベルフがギルドの中に入ってきた。これは全くレオの予定になかったことである。
『とまあ、そこで格好良くベルフ様が参上してミオさんを助けたってわけですよ!!』
サプライズが元気よく話していた。ベルフの身につけている左腕からこれでもかってくらいの大声を張り出している。
『やっぱり英雄たるもの人を助けるのが当然ですからね。さすがはベルフ様、生まれ持った資質はまさしく天。人の上に居座り奉られることを義務として生まれでてきた存在といえるでしょう』
サプライズのヨイショをベルフが当然といった顔で受け入れる。なんか文句あっか、俺がベルフ様だという存在のアピールである。
「人を助けるなんて、俺にしてみれば当然の事だ。冒険者として活動する以上、困っている人間を見捨てては置けない。なぜなら、俺が冒険者になったのは自身の力を世のため人の為にどう使うか、それを悩んだ末に決めたことだからな」
『はーーー、ベルフ様ごっつ格好いいですばい。そういえばベルフ様、ミオさんから金銭の類いを受け取っていないと聞きましたが、無償の奉仕というのは流石にやり過ぎではないのでしょうか』
「魔物に襲われそうな女性がいて、そこでどうして金銭を受け取ることができるんだ。そんな、人の不幸に付け入ることなんて俺にはできない。だって……人として当然だろ?」
『かーーーーーーーーーっっ痺れますな!!』
実際は助けた礼として、ミオの全財産どころか生命やら人生まで取り立てているが、それはそれとしてベルフは確かに現金を直接はもらっていない。そこんところ事実であるから俺は嘘言ってねえぞって感じで後ろめたさ0%であった。
『それもそうですか、なんせ冒険者に見捨てられた上、魔物に襲われて命の危機に遭遇した女性に酷いことなんてできませんよね、人として当然です。そんな事する奴がいたらドン引きですよ。おや、そこに見えるのは冒険者ギルドのマスター、レオさんじゃないっすか』
サプライズに呼ばれたレオは下をうつむいていた。椅子に座り、両手を膝につけて顔を下に向けている。
そのレオの横にベルフが並び立つと、レオの肩に手を掛けて君わかってるよねって感じで会話を始める。
「そういえば、さっきレオはミオになにか言ってなかったっけ? んーもう一度言ってくれないかな?」
『そうっすねベルフ様。冒険者に見捨てられて、命の危機にまで陥ったミオさんに対してギルドマスター様は何か言ってませんでしたっけ? どうにもそこんところ私達にも、よーく聞かせてもらえませんかねー』
ベルフとサプライズからの恫喝にレオが小声でボソボソと言葉を紡ぎ始める。
「……でも村が救われたから良かったし、その、うちの冒険者が助けたのは事実だし」
「え? なに? もっとちゃんとはっきり言って!!」
『そんな小声でベルフ様と会話できると思ってんのか!! 肺に空気入れて声帯もっと震わせんかい!!』
気力のなくなっているミオとは対象的にこのコンビは気力全開だった。かれこれこのようなやり取りを数十分、飽きもせずレオに絡み続けている。
最初のうちはベルフ達のこのテンションに対抗していたレオだが、今ではこうして意気消沈してやられ放題になっていた。その原因の一つは、このコンビの飽くなきテンションパワーにあるが、その他にも幾つか原因がある。その一つが何かというと……
『ベルフ様、もう一度あれを見てみましょうぜ』
「おう、もう一度見てみるか」
サプライズの掛け声と共に、空中に映像が映し出される。これは使い魔であるサプライズの能力の一つであるが、その能力で空中に何を映し出そうとしているかと言うと……
「わかったベルフ、お前についてよーくわかった、つまりあれだ、お前はクズってやつだ」
映像の中のレオが、偉そうにそう言い切っていた。きっちり音声まで付いているこの映像は、この前レオがベルフに対して語っていた場面である。それを音声付きで録画していたサプライズが、こうして音声付きの映像として再生しているのである。
更に映像の中のレオが言葉を続ける。
「たまにいるんだ、レベルが高くなっても横暴さを持ったやつが。数は少ないがお前みたいなのは珍しいと言うほどでもない、ただのクズだよお前は」
映像の中のレオは偉そうに自信満々にベルフを見下しているが、現実のレオはこの場で顔をうつむいて何も話してない。
その映像を見ていたベルフがキリっと顔つきを整えた。
「素晴らしい言葉だ、サプライズもそう思わないか」
『はい、全くその通りですベルフ様』
ベルフがレオの方をジッと見つめてから言葉を続ける。
「レベルが高いかどうかに関わらず、人は立場が上になると横暴さを持ったままになってしまう。それに対する戒め、その言葉として聞いてみると、これはなんと素晴らしいのだろうか、俺はこの言葉を皆に広めたい、どんな立場になったとしても人の心には謙虚さが必要なんだなって」
『全くそのとおりでございます、流石はギルドマスターレオ、ギルドのトップとして相応しい見識の持ち主ですな。それに比べてこの男ときたら……』
サプライズがそう言うと映像が切り替わった。
「少しくらい冒険者に逃げられたからってガタガタぬかすんじゃねえ!」
その映像では、レオがミオに怒鳴り声を上げていた。意気消沈して肩を落とした気弱なうら若き女性にレオが恫喝を行っている場面だった。
その映像に切り替わると、ベルフが唇を震わせる。
「なんだこの男は、か弱い女性になんでこんな酷い事を……」
『なんでも、この男はギルドマスターで、そのギルドで雇った冒険者が依頼主であるこの女性を見捨てて逃げ出したらしいのです。なのに、その事で文句を言いに来た依頼主に対して、このような恫喝を行っているらしいのです』
「それは本当か!!」
ベルフが言葉を大きく上げた。ギルド全体に響くようなその声は、特にレオの心臓辺りによく響いた。
「このベルフ・ロングラン、一人の男としてこのような理不尽を許すわけにはいかない!!」
レオがその言葉に黙っていると、追撃のサプライズが始まった。
『どうしましたギルドマスターレオ、なぜ黙っているのですか? 同じギルドマスターとして、こんな男は許して置けませんよね。ところでベルフ様に対して、レベルが高くなっても横暴さを持ったクズと言いましたか、うーん、立場が上がっても横暴さを持ったままの人間は何ていうんですかねえ、教えてくれませんか?』
更にベルフが乗っかってきた。
「ところでレオ、俺は冒険者ギルドのサポートを受けられないはずだったが、その理由はなぜだったかな? 俺がクズだからサポートを受けられないとしたら、この映像に映し出されている男に対しても何らかの処罰は必要だよなあ、完全な被害者である依頼主様に対してクズみたいな事をしているんだが?」
度重なるベルフ達からの煽りを受けたレオが、流石に我慢の限界ときたか机を叩いて、身を乗り出してきた。
さあ言い返すぞと口を開けたレオの目の前に別の映像が映し出された。それは先程、レオがミオに悪態をついていた時の映像だ。
「少しくらい理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
ここで映像の再生は止まらない。続けて何度もこの場面が空中に映し出される。
「少しくらい理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「少しくらい理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「理不尽な目に会ったからってガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「ガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「ガタガタぬかすんじゃねえ!!」
「ガタガタぬかすんじゃ」
「ガタガタ」
使い魔であるサプライズが自身の機能を使ってレオに向かってレオ自身の言葉を何度も浴びせかけているのだ。しかもちょい編集した感じにして、言葉の切り抜きまで行っている。
『あれ、ギルドマスターレオさん、今なにか言い掛けませんでしたか。机を叩いてどうしたんです?』
「どうしたレオ、言いたいことがあるのなら聞いてやるぞ」
「……いや、なんでもありません」
意気消沈したレオに向かって、ベルフ達は更に追撃を始める。冒険者としての心構えをベルフがくどくどと語り、サプライズはそのベルフの素晴らしさと、そんなベルフに対して悪態をついたレオの精神的な欠陥を語り、四方八方からレオの精神を抉るようにコンビネーションを発揮している。
「一体なんなんだよこいつらは、なんで使い魔がこんな変な能力を持っているんだよ」
泣きそうになりながらレオがそう呟いた。
使い魔とは本来、こういう力は持っていない。小さな魔法を操るだとか、宿主に体力的な祝福を与えるだとかはあるが、こんなわけわからん力を持った使い魔なんてのはレオも見たことがなかった。
性格がひん曲がった高レベル冒険者と、クソみたいな性格と神の能力を持った使い魔。このアホコンビ、レオの手には余り過ぎていた。
そろそろ締めとばかりにベルフが話しを詰め始める。
「さて、そういうわけだがこの落とし前はどうしてくれるんだ? 見ろ、お前のせいでミオが死んだような目をしているじゃないか」
「それは、その」
ミオが仏の目をしていた。壁向こうの遠くに視線を投げかけて、意気消沈と言ったところである。無論、こうなった原因の大部分はレオと言うよりも連日のベルフ関連のせいであった。
『まずはミオさんに対して謝罪ですよ、これは当然ですよねー』
「ぐ、くぬ、ミオさん申し訳なかった」
レオがミオに頭を下げた。これはまったくもって道理の通ったことであり、レオも抵抗はあったが、まだ許容できる範囲である。
『では次にベルフ様に対して感謝の言葉を示しなさい』
「なんだと!!」
ベルフがえらっそうに椅子に座っていた。足をテーブルの上に乗せて、俺様のテーブルマナーに文句あっかというアピールをしている。
『ギルドが雇った冒険者が逃げ出して、その尻拭いをベルフ様がしてあげたんですよ。まずは感謝の言葉というものが大事でしょう、何か間違ってますかー?』
サプライズの言葉にレオが歯ぎしりをする。ギリリリリと歯が擦れる音が辺りに響く。
「……ベルフ、感謝する」
『はあああああ言い方が偉そうですねえ、本当に感謝してるんですかー? 貴方が追い出したベルフ様が、ギルドの大失態をなんとかしてくださったんですよ、それなのにそんな言葉使いで良いと思ってんのか!!』
ここで反抗すれば、また延々とこのコンビはレオに精神攻撃をし掛けてくるとわかっていた。故に、レオは己の心を殺した。
「ありがとうございます、ベルフさん……」
レオの言葉を受けて、ベルフが思いっきり顎を上げてレオを見下した。
「まあ今日の所はこれくらいでいいだろう、感謝の言葉も頂いたしな。俺が尻拭いした分の報酬についてはまた今度話しを詰めるとするか、サプライズ、ミオ、じゃあそろそろ行くか」
『わっかりましたー』
ベルフがそう言うと、ベルフ達はさっさと帰ってしまった。時間にして一時間あまり、やった事と言えば、台風のようにギルドを荒らし回るだけ荒らし回っただけである。ベルフ達がいなくなると、ギルドにやっと静寂が戻ってきた。
しかしそれは、誰もが言葉を発することができないという緊張のせいだ。つまり、煽られ続けたレオの怒りがどう爆発するのか、という緊張である。
残されたレオが震える手で懐からタバコを取り出すと、それを口にくわえてマッチで火をつけようとする。しかし、指が震えていて中々火がつかない。
ようやくタバコに火が付いてレオが一服すると、近くにいたギルドの女性職員に話しかける。
「おい、この前の手紙はどうした」
「え?」
「ライラのギルドから送られてきた手紙だ、あのバカ共の事が書いてあるはずの手紙のことだ」
「あれですか、ギルドマスターの命令どおり捨ててしまいましたけど」
その言葉を聞くと、レオが机を叩いた。
「他のギルドから送られてきた重要な手紙を捨てただと!! 俺が捨てろと命令して本当に捨てる奴があるか!!」
完全に八つ当たりであった。ベルフ達に注がれ続けた煽りと言う名の種と養分が、レオに備わっている小さな器量の中で怒りと言う実となってこの場で現れていた。
「だいたいこれだから最近の若いものは――」
その後、癇癪を起こしたレオが小一時間程暴れてから、ライラのギルドに向けて20枚以上にも及ぶ講義の手紙を送ることになった。当然、この前レオの命令で捨てた手紙と同じ内容のものをまた送ってくるようにという文を書いた上である。