第三話 ミオと冒険者達
「よし、忘れ物はないわね」
ミオ・エーテルはそう呟くと、ベリの街からの出立準備を整えていた。
冒険者を雇う為にこの街に来ていたミオは、無事に冒険者を雇うことに成功した。新人の冒険者PTとベテランのPTの二組である。新人の方はともかく、ベテランの方にはかなりの額を払う事になってしまったが、それでも念の為にと雇う事にした。
そう、新人とベテランどちらを選ぶかの選択肢ではあったが、ミオは両方を雇うのが正解だと判断していた。
ただ、なんかその二つ以外にも変な生物がいた気がするが、それは気のせいだろう。少なくともミオの頭の中でアレはいないことになっている。
「さて終わった」
支度を終えて宿を出ると、外で待機していた新人冒険者達と合流する。ちなみに、ベテランの冒険者PTはこの場所にいない。
ベテランの冒険者達は一足先に村で魔物退治の活動をもらって、ミオは新人の冒険者達に村まで護衛して貰う予定なのだ。戦力となるベテランの冒険者達には、自分の護衛のために時間を使って欲しくなかった。彼らベテラン達にはその時間の分も村のために働いてもらいたかったのである。
ただ、帰り道が新人冒険者だけになってしまうのは少しだけ不安ではあった。馬車を使わなくても、徒歩で半日も歩けば休憩を挟みながらでもラズ村へと辿り着くが、それでも全てが安全な道中とは行かないからだ。
特に、スサル峠と呼ばれている場所は人通りも少なく、街道が整備されていない部分もあって視界も悪い。魔物だけではなく、人浚いも出るという噂だ。
来るときは一人では危険だからと、村にいた商人と一緒に街まで馬車を使って往来した道である。そして帰り道である今回は、護衛の冒険者達がいた。総勢5人になる冒険者込みの集団ならば、よほどのことがない限り、大丈夫なはずだとミオは考えている。
そういうわけで、帰り道の安全は万全だと考えたミオは、護衛である冒険者達と共に街を出発した。整備された道を進み、たまに会う旅人らしき人間にも挨拶をし、軽めの軽食や休憩も取り、女同士での話題も弾む。
ミオは彼ら彼女らと話すまでは冒険者に対して偏見を持っていた。冒険者なんてのはチンピラみたいなもので、全く信頼の置けない人間だとか、宇宙人並に偏屈で理解不能な人間が溢れていると思っていた。
実際それに該当する人間が一人いたような気がするが、そのベルフとかいう男は既にミオの記憶から消されている。だからミオ的にはノーカンである。
そんなわけで快調に進んでいくと、問題の峠道に差し掛かった。人影も少なく、深い木々は陽の光も遮っている。
「みんな、ここからは注意して進むぞ!!」
冒険者PTのリーダーがそう言うと、みんな頷いた。今までのピクニック気分からは一転、彼らの顔が冒険者のそれとなった。
「安心して下さいミオさん、こう見えても僕たちは結構強いんです。例えばオークの一体や二体くらいだったら倒せますからね」
オーク。豚の顔をした人間大の二足歩行の魔物だ。その膂力は強く、成人男性程度なら軽く捻り潰すだけの力がある。棍棒や石斧等、原始的な武器も装備している場合が多く、猛獣並に危険な魔物だ。それを倒せると言うのなら、これは思った以上の拾い物だったかもしれない。ミオはそう思った。
「リーダー、なにミオさんの前で格好つけてるの、もしかして狙ってるとか」
「は、ばかっ違うよ」
女冒険者にからかわれた青年の顔が赤くなる。こうしてみると、冒険者とは本当に自分達と何も変わらない人間達だ。もしかしたらこれから先、この青年と本当に恋中になることがあるのかもしれない。そんな事を思いながらミオの警戒が薄くなってきたその時だ。突然、数体の魔物が現れた。
「魔物だと!?」
その魔物達の姿にミオは見覚えがあった、これらは最近村を襲撃してきている魔物だった。
狼を巨大にしたような4足歩行の魔物。体毛は金色で、目は鋭く大きい。牙は石も噛み砕けるほどに固く、足に生えている4本の爪は良く研がれたナイフを思い出させる。それらの魔物が三体、集団となってミオ達に襲いかかってきたのだ。
魔物達がゆっくりとミオ達に正対する。PTの右手には少しの崖と左手には視界の悪い藪、逃げるにしても左右への逃避は難しく、正面を塞がれてしまった格好だ。
一人であれば絶望的な状況であるが、今は違う、護衛の冒険者達がいる。
ミオが縋るような目で冒険者達を見ると、彼らの目には精気が宿っていた、この状況においてまるで怯んでもいない。
「リーダー!?」
「ああわかってる、あれで行くぞ!!」
冒険者の青年の声に周りの人間も頷いた。何か作戦があるのだろう、彼らの雰囲気が変わった。先程まではちょっと頼りがいのない少年少女達だったのが、今では一端の何かに見える雰囲気だ。
ミオが何をするのかと固唾を飲んで見守っていると、不意にミオの背中が押される。その押されたミオが一番前に出ると、その勢いのままにドタっと倒れた。
「今だ!!」
その掛け声と共に冒険者達は全力で逃げ出した。後ろに向かって、一目散に駆け出していく。素晴らしいほどの脚力で、彼らが非常に健全な身体能力を持っているのがわかる。ただ一つ問題があるとすると、その場に依頼主であるミオを残しているという事だ。
「???」
転んでいたミオは呆けていた、何が起きたのか解ってない。こけた体勢から上半身だけ起こして辺りを見回すと、冒険者達の後ろ姿が遠くの方に見えた。今も自分から遠ざかっていく彼らの姿をしばらく見ていると、ようやく彼らが自分を囮にして逃げ出したということに気がついた。
「は? はああああああ!?」
ミオは信じられなかった、あれだけ真面目に見えた冒険者達が、先程まで自分と談笑していた彼らが、一切の躊躇もなく自分を囮にして見捨てた事にだ。何かの間違いかと思って目をこするが、現実は変わらず、むしろ先程より彼らの姿は遠くになっていた。
呆然としているミオを魔物達がゆっくりと取り囲むと、ミオを少しずつ追い詰める。ミオに当たらない範囲で噛み付いたり、牙を振るったりと、じゃれるようにミオの体に少しずつ傷を付けていく。
ミオが慌てて立ち上がって走り出すが、村娘と魔物ではその脚力が違う。逃げ出したミオを取り囲むように魔物達が並走するとしばらくミオを走らせる。
必死に走るミオとは対照的に魔物達の方は余裕があった。走るミオを背中から鼻先で押したり、着ている服を少しずつ噛みちぎったりじゃれるように遊んでいる。
そのうち、ミオの息が上がり始めて足がもつれ始めると、一体の魔物が後ろからミオに覆いかぶさるように押し倒した。魔物の重みでミオが動けなくなると、ミオの首筋に生暖かい息が掛かってきた。魔物が口を大きく開けて、ミオの首筋に狙いを定めているのだ。
魔物の大きな犬歯がミオの首筋に当たる。少しの痛みと共に首筋から血がにじみ出ると、ミオが目をつぶって覚悟を決めた。その時だ、突然魔物が跳ね飛ばされて覆いかぶさっていたミオの体から離れる。
いきなりの出来事に魔物達が警戒の色を示すと、道の真ん中に一人の青年が立っていることに魔物達が気がついた。
「どうやら間に合ったようだな」
『ええ、ギリギリというところですね』
そこには冒険者ギルドから追い出されたはずのベルフ・ロングランが立っていた。




