第十一話 契約
「勇者に指名?」
ベルフの目が輝いた。輝いてしまった。
「一つの地域でたった一人の冒険者にしか与えられない特権。ありとあらゆる行動をギルドが全責任を負って処理をする前提で許される存在。それが勇者だ、一度任命されれば期限を終えるまでどんな事があっても破棄されることはない」
素敵ワードが山のように出てきた事でベルフとサプライズの心に火が灯る。今ここに金の鉱脈にも勝る財宝があるからだ。
「そんな制度があるとは知らなかったな。しかしギルドが全責任を負った上で指名をするというが、仮にその勇者が悪人だったらどうするんだ?」
「そんな心配はいらん、どーせ形骸化している制度だ」
事ここに至ってギルドの職員たちが慌てて止めに入ろうとするが、それをサプライズが魔法で止めた。魔法で霧状の雲を発生させると、職員の人間達が軽いマヒを起こして地面に倒れる。レオをカタに嵌められるかどうかの大事な場面なのだ、周りには黙っていてもらいたい。
「例えば権力者の子供、引退を迎えた功績ある冒険者、そういう人間達に与えられる名誉職みたいなもんだ」
「なるほどねー、形骸化した名誉職か。ところでその勇者とやらにはどうやったらなれるんだ」
「特殊な契約書にギルドマスターがサインすれば任命したことになる」
「その契約書はレオの執務室にあるのか?」
「そうだ、俺の机の中に入っている。鍵のかかった引き出しの中だ」
それを聞いてベルフが立ち上がる。ちょっと宝探しに行く必要が出てきた。
「どこに行くんだ?」
「少し用事ができた、待っていてくれ」
そう言ってベルフが機嫌良く二階に続く階段を登っていくが、誰もそれを止められない。
本来であればギルド内に待機している冒険者達がベルフの暴挙を止めているところであるが、その冒険者達はレオ様の直撃精神論のおかげでボイコットとしてどこかに行った。今、冒険者ギルドはベルフに完全に掌握されているのである。
二階からベルフとサプライズの楽しそうな声と、大きな物音が鳴り響く。件の契約書以外にもなんか楽しそうなもんねえかなとベルフ達は家探しに勤しんでいるのだ。
石像になった気持ちでミオが周りの出来事に我関せずを決め込んでいると、倒れているギルド職員がミオに話しかけてきた。
「すいません、お願いしたい事があるのですが」
「なんですか?」
「あの冒険者が帰ってくる前に、ギルドマスターを正気に戻してほしいんです」
あの冒険者とはベルフの事だ。
「えーっとそれは少し手に余るといいますか、私は魔法使いでも薬師でもないので、重度の酔っぱらいを正気に戻せるかと言われると――」
ベルフが居なくなったことでレオはテーブルに向かって話しかけていた。最近のお前らは何もなってない、例えばお前らの仲間は一昨日、脚立の部分が壊れた。これは日頃から鍛え方が足りんからだと、無機物相手に肉体の鍛錬について問いつめている。
「無理です」
「はい、それはもうあの酔っぱらいを即座に正気へと戻すのは普通の人間には難しいと私も知っています。ですので、そこの戸棚にある酔い醒ましの薬を飲ませてくれるだけでいいんです」
ギルドの職員がカウンターのすぐ近くにある戸棚の一つを指差した。
「あの戸棚に入っている赤い瓶がそれです」
戸棚から酔い醒ましの薬を取ってきて飲ませる、それくらいならミオにとっても問題ない。ベルフ達は怒るかもしれないが、こっそり飲ませて酔いを覚ませておけば自分がやったとばれないだろう。
ちょっとした親切心の元でミオが戸棚に向かうと、戸棚から赤い小瓶を取り出した。
「これですか?」
「そうです、それを飲ませてください」
さて、ミオが手に持った小瓶をよーく見ると、そこにはドクロマークが描かれていた。
「……本当にこれですか?」
「それです」
他に成分表か何かが書かれてないかなとミオも調べてみるが、そんなもんは書かれていない。瓶の表面に描かれているのは骸骨のマーク唯一つ。これ見れば馬鹿でもわかんだろって感じでシンプルに中身を表現している。
流石にこれは違うだろうと言うことでミオが戸棚の中を調べてみると、他にも薬が入っていそうな小瓶をいくつも見つけた。しかし、そこには中身がこれこれこういう物ですとしっかり成分表とその効能が書かれていたし、不思議なことに、酔い醒ましの薬と表記されている黄色の瓶まで見つけてしまった。
「本当に赤いほうですか? 黄色じゃなくて?」
「赤い瓶で間違いありません」
ミオの右手には赤いドクロマークが描かれている瓶。左手には酔い醒ましと書かれている黄色の瓶。本能は黄色のほうが正しいと警告してくるし、理性も黄色のほうが正しいと主張してきている。
一応中身を確認してみようと言うことでミオが瓶の蓋を開けると、赤い瓶の中には刺激臭のする緑色の液体が入っていた。
これは必殺の威力を持った存在であり、社会的な価値観の上で瓶の中に今まで封印されていたのがミオにもよくわかる。本当にこれを人類の口の中に放り込んでいいのだろうか? いやよくはない。
ちなみに、黄色の瓶の中身は白い小さな錠剤がいくつも入っているだけであり、特に怪しげな所がなかったのも情報として無視できなかった。
「……この赤い瓶の中身をどれくらい飲ませればいいんですか?」
「全部です」
「全部……」
「どうしたんですか、早くしてください」
あのおっさんはそのまま酔っ払いでいさせ続けて、あとはベルフに全部任せよう。ミオは危ないお薬の類いを戸棚へと戻す事に決めた。
「やっぱり私には荷が重いので当人の自然治癒力におまかせしたいと思います」
「それはいけません、絶対に飲ませてください、貴女も飲ませたいと思っているはずです」
そう言われてみれば何か飲ませなければいけない気がしてくる。だが、これを全部そのまま他人に与えるほどの勇気がミオにはない。
「いやそんなことは全く……」
「いえ絶対に飲ませたいはずです、それを全部あの男に」
「いやでも」
口では否定の言葉を言いながらもミオの方はレオのコップの中に薬を入れる準備ができていた。ターゲットは酒で正気を失っているので、コップの中に入っている物なら口の中に何でも入れちまうだろう。
だが自分には赤い瓶の薬を全部入れる勇気がない、全部は無理だ。でも半分ならどうだろうか? それと黄色の瓶に入っている分も少し入れてブレンドしてみたらどうだろう? 本当に酔いが覚めるだけで終わるかもしれない。
そんな脳内闘争を繰り広げた結果、赤い液体を瓶に入っていた半分ほど投入した後に、黄色の瓶に入っていた錠剤をその中に10個ほど投入した。用量については目分量という閃きの力に任せる。
コップに三分の一ほど注ぎ込まれてしまった緑色の液体。その中に白い錠剤がいくつも浮かんでいるが、強酸の中に入った食べ物みたいな感じで白い錠剤が秒で溶けていった。
これやっぱあかん奴やとミオがコップに手を伸ばそうとするが、それより先にレオがコップを手にとった。
「聞いてんのかお前ら!!」
と怒鳴ったところでぐいっとコップの中身をレオが飲み干した。そしてぶっ倒れる。
「殺った!!」
職員が独特のアクセントでそう叫ぶ。ミオも全く同感で、殺っちまったと悲鳴を上げそうになる。
「どうしたんだ」
そのタイミングで、二階の探索を終えたベルフが戻ってきた。手にはしっかりと契約書を握りしめている。探索は大成功だったようだ。
「わた、わたしのせいでレオさんがっレオさんがっ」
「レオがどうした?」
「死にました!!」
現在、レオはテーブルに突っ伏していた。滅多に見られないほどの御臨終の気配が漂っている。
とりあえずは細かな状況をベルフがミオから聞き出すと、サプライズにちょいとレオの身体を調べてもらうことにした。
「どう思うサプライズ」
『ちょっと調べてみますね』
サプライズパワーによってレオの体を検査する。この前暇つぶしがてらにこのおっさんの身体の健康チェックをしていたサプライズが、その時のデータと照らし合わせてどのような変化が起きたのか細やかに比べている。
『特に体調に変化はありません。酔っ払ったままですし死んでもいませんね、普通に熟睡してます』
「そうか」
サプライズからの報告にミオがホッとするのと同時に、殺人薬をレオに飲ませようとした職員に対して腹が立ってきた。あともう少しで自分が殺人犯になるところだったからだ。
「ところで、そのミオを騙した職員というのは誰なんだ?」
「誰ってそこにいる女性ですけど」
「いや俺の見る限り、全員倒れていて口も聞けそうにないんだが」
ベルフが指摘したとおり、ギルドの職員は全員サプライズに麻痺られていて身動きが取れなかった。ミオを騙すも何も全員、口すら聞けない状況だ。
『自慢じゃありませんが邪魔されないように完璧に魔法を調整して使いましたからね。こいつら数時間はまともに口も聞けませんぜ』
「え?」
そんな馬鹿なと思ったミオが先程自分と話していた職員を探してみるが、たしかに先程まで自分と話していた女性がいなかった。
「じゃあさっきのは一体……」
『多分貴方の殺意が幻覚として現れたのでしょう。秘めたる思いというのは中々表面には出ませんから』
「いやそんなはずは……」
ミオがレオにされたことといえば、クソみたいな新人の冒険者をつかまされて、更にはそれについて逆ギレされてこっちが悪いみたいに怒鳴られた事があるくらいだ。殺意を感じるには十分だし、あいつ死んでもいいわくらいには思っているが、ミオ自身に咎が出る形で死んで欲しいとまでは全く思っていなかった。
「まあそれについては自身の心の中で整理しておけよということで……よしできた」
ベルフが件の勇者の契約書にレオの朱印を押させていた。どこからか持ってきた朱肉を使って、しっかりとレオ印の契約書を結ばせる。レオ自身は寝ているので非常にスムーズに事が運んでいた。
「さて、これで俺がこの地域における勇者になったわけだ」
『おめでとうございますベルフ様。厳しい下積み時代の上での勇者就任。このサプライズ、感動で胸が震えております』
冒険者になってから一ヶ月。長い下積み時代を経て、遂にベルフはこの街において最大の名誉である勇者の称号を手に入れた。これでもうベルフに怖いものはない。だって何をしてもギルドがケツ持ちになってくれるからだ。
「あのー少し良いですか?」
「なんだミオ」
「どうして勇者になろうと思ったんですか?」
ベルフが少し考えた。質問に答えてもいいし答えなくてもいい。本当にどっちでも良かったが、話すくらいなら良いかってことで自身の胸の内をミオに告げることにする。
「実際に冒険者になってみたら、ある問題に気がついてな」
「どんな問題ですか?」
「俺が新人だから舐められるという問題だ」
ここ一ヶ月、ベルフが冒険者として働いてきて痛感していた問題だった。
「とくに決め手になったのは、とある村が魔物に襲われる依頼で依頼主が俺を選ばなかったことだな。あの騒動で俺の中ではいずれ解決しなくてはいけない問題に繰り上げられた」
『あれですか、確か村の使いとして若い女性がやってきたやつですよね。よりにもよってベルフ様を選ばずにクソみたいな新人冒険者達を選んだら、魔物に襲われた時に見捨てられて逃げ出したあれですね』
言わずもがな、ミオのことである。ベルフはともかくサプライズによるネチネチとした口撃は止まらない。
『ベルフ様の繊細なお心が選ばれなかった事で傷ついたのは想像し難くありません。一体誰がそんなひどいことをしたのでしょうかね。小娘、誰の事かわかりますか?』
「……心当たりはあります」
『だったら謝らんか!! ドタマを地面に水平にして土下座せんかい!!』
相手の弱みを見つけたら突撃精神を敢行する。サプライズは常にそのような心の持ち方で一瞬一瞬を生き抜いていた。
「まあそんなわけで、何かいい手がないかなーと最近思っていたんだが、まさかこれほどのチャンスが巡ってくるとは……」
レオを見ているベルフの目が非常に冷たかった。先程までレオに調子を合わせていた好青年はそこにはいない。まな板の上に乗せられた魚にもう餌は必要ないのだ。
『でも旅立ちの街としてはいい感じじゃないですかね。地道にコツコツ名声稼ぐよりかは、こんな地位にいましたって方がハクが付きますし』
「うむ、だがこれで俺としては丸々噛みを退治する必要が出てきた。勇者に選ばれた後に街が魔物に支配されましたーでは俺としても格好がつかないからな」
勇者としての功績を今後の冒険者人生で有効に使い続けたいベルフとしては、ここでちと活躍する必要がある。しかし、話を聞いていたミオはベルフを全く信じていなかった。
「本当に退治するんですか? 街を破壊するとかではなくて?」
「俺はギルドに選ばれた勇者様だぞ、もっと信頼してほしいな。ちなみにこれが証拠な」
『証拠な』
そこにはレオの朱印が押された契約書があった。なんか細かい文字が描かれているだけではなくて、紙全体が薄緑色に光り輝いている。
そろそろ村に帰りてーなーとミオは考え始めていた。のどかで牧羊的な故郷の村に今の自分が求めているものがある。街には怖い人間しかいない。
「というわけで魔物退治を始めるとするか」
『始めるとしますか』
ベルフとサプライズの主従コンビはそうして意見が纏まった。




