女装趣味の殺人鬼さんは正月にストーカー少女へ蜜柑を渡す。
「はい、これ。これで僕との正月気分でも味わってよ」
元日の、友人たちとの交遊を終えた頃。昼で温まった吐息が再び白く染まり始めてそろそろ帰ろうかと思っていると、携帯に彼からの連絡がありました。この町の神社前で待っていてほしい、と。
日が天辺を超えて人通りがまだまだ多い神社の通りで、私が紫のアネモネを彩った小振袖を咲かせていると、人込みから橙色の振袖を来たとても可愛らしい人――今日の呼び出していただいた、男性の似鳥凛様が抜け出してくるのが見えて、季節の早い土筆が生えて来るではありませんか。
近寄ってきてくださった似鳥様に会釈をすると、ばつが悪そうに頭をかきながらも再びこちらに歩いて、蜜柑を差し出しながらそう口にされました。
「これは、蜜柑。ですか?」
「そう、蜜柑。勘違いしないでほしいんだけど、今日時間を開けて少し会ってほしいって言ったのは、あんまり放っておくとばらされるかもしれないから、それでだよ」
「そんなことはしません。似鳥様が望むのなら。――今日も、女装をしていらっしゃるんですね」
「君のその態度。気持ち悪いなあ……。――この服は、その……、普段着だし。でも、ほら、君ならたぶん振袖着てくると思ったから僕だけ洋服なのも浮いちゃうでしょ」
意地悪な態度を取ろうとしているのに、私への優しさがにじみ出ているのを感じて、私は思わずふっと笑ってしまいます。
「なに?」
「いいえ。私の事を考えてくれるんだなって」
「いつも付きまとってくるのに邪魔なことを一切しないって、気持ち悪いから……。何をしていいか分からなくなる。だから、気にしないでよ」
「はい、覚えておきますね」
そう答えてから、私は彼の手に乗ったままだった蜜柑に手を伸ばして、彼の手に触れてしまわないようにそっと受け取ります。
「ああ、似鳥様、似鳥様。あなたが渡してくださったこのオレンジは純粋な花からなのでしょうか。それともこの実のように、優しさからなのでしょうか」
私がそう言うと、似鳥様は驚かれたように固まって、すぐに頭を振って人ごみの方へ歩いて行ってしまいました。
あの人はいつも気まぐれなので、今日はこのまま私も家に帰った方が良いかもしれません。帰るのが遅くなってしまうと、両親にも迷惑をかけてしまうかもしれませんし。
そう思っていると、似鳥様はピタリと足を止めて、振り返ると指を指してこう言いました。
「……。僕もう帰るよ。あんまり付きまとわないでね!」
似鳥様はそう言うと人ごみの中へ入って行って、すぐに見えなくなってしまいました。しばらくぼうっとその後ろ姿を見送っていましたが、彼の言う通り今日はそのまま帰ることにしました。
今日は彼に会うこともできて、蜜柑の実をプレゼントしていただきました。私はこれで十分なんです、似鳥様。