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捌 ~ お昼食べたら行く~

 場所は社の中へ移り、今は全員が炬燵(こたつ)を囲んで家族会議のようになっている。当然議題は、先の並列型集合演算機室で起こった“無修正BL同人誌公然露出事件”に関することだ。


「ヨリのお陰でメイも節度というものを理解できたようだし。私じゃどうする事もできなかったわね……」

「俺もこっち方面に強い友人や知人はいるけど、流石にメイの暴挙にはお手上げだったからなあ。なんというか、詳しい内容を知ると精神的なショックが大きいもんだね……」


 まさか本当に自分やサクラがネタになっているとは……。実際に目の当たりにすると、やはりドン引きしてしまうのは普通の反応だろう。


「今回は私事でご迷惑をお掛けしまして。本当に……」

「いや、いいんだメイ。迷惑なんてこたぁない。むしろ、お前さんの一面を少しでも知ることができたのが俺は嬉しい。それに、ここには迷惑だなんて思ってる子は誰も居ないよ」


 間違いなく、迷惑だなどと思う者は誰もいない。いるわけがない。確かに、万人から褒められるような物ではないかも知れないが、それ自体は高い技術を駆使して生み出されている物には違いない。何より、並々ならぬ熱意を彼女は注いでいるのだから、それを皆が応援しない理由はないのだ。しかも高い売り上げというリアルな結果も生んでいるし……。


「そうですわよメイ。あんな素晴らしい芸術作品を見せられて、喜ばない女子なんて居ませんわよ!」

「ランはちょっと黙ってなさい。あんたはそっち方面が大好物ってだけでしょ。それに、こういう事はきちんとけじめを付けないといけないのよ?」


 ユカリの言う事は至極真っ当だ。


社会で生活してゆくためにも、分別というものはとても重要である。そう言うユカリ自身に、その“けじめ”とやらがあるかどうかは別として、方向性は間違っちゃいない。そこへ茶々を入れるのは野暮というものだ。でも本当は突っ込みたい。


「しっかしこれすんごいよね~。あたし生えてるんだもんさー」

「サクラさんや晴一さんにはこんなのが付いているんですかぁ!? 今度お風呂で見せてくださいよぅ!」

「あはは。いやあたしにゃ生えてないよ。アイは面白いね~」


 サクラとアイが、メイの公開している原稿を読んで「キャー」だの「うわぁ」だの言っている。特にサクラは(はばか)ことなく、時折卑猥な言葉を発していた。


「おいお前ら。読むのは構わんが口は閉じてろ。ここには小さい子だっているんだぞ。どうしてもそういう談義がしたいなら、カフェへ行けカフェへ」


 そう言って自分の膝の上に乗っているリエを見ると、今にも立ち上がってサクラとアイの元へ行きたそうにしている。このままでは、リエが(けが)れてしまいかねないため、笑顔で頭を撫でて大人しく座っているよう諭す。

 最も外見が幼いというだけで、リエも各区画管理AI姉妹の皆とは同年齢だ。とはいえ、自分やヨリとユカリ、チカ&ムツミ以外の子たちは、実年齢が二月(ふたつき)程度でしかないため、本来なら十八禁はおろか十五禁でさえも不許可だろう。アイの人格にしても、トモエが行った仮想試験期間を含めると実装時期は古いが、実働時間はやはり二月(ふたつき)程度である。これも適齢とは言いがたい。年齢的な適性があるとはいっても、今やチカとムツミまでもがその漫画に釘付けになっているのは、絵面的にちょっと酷いと思う。

 しかし、それを咎める権利は自分にはなく、そうする理由もない。また、ここで()えて言うような事もないが、ユカリはどうもこの手の物が苦手なようで……。ふたりの様子をちらちらと見ては、気もそぞろに茶ばかりいる。それは隣にいるヨリも似たようなもので、部屋に戻ってからも他の既刊など一切読もうとはせず、いまだ赤面し通しだ。あのときメイを(たしな)めた彼女の度量は、どこへ行ってしまったのか。


「ヨリはもういいの?」

「はぃ。私には刺激が強すぎますし……。その……普通がいいですし。ではなくてもうっ。晴一さん、この件はこれ以上聞かないでくださいっ」


 やはり今のヨリにはあの時の様な豪胆さは無く、手のひらで顔を覆っては、いやいやと上半身ごと頭を左右に振っている。大事な局面では肝が据わる火事場の何とやら的行動なのか。謎だなあ。


「あっはい。そんで、ユカリは皆が盛り上がってるから不安なのかい? それともチカとムツミが心配?」

「ううん。そうではないのだけど、何となく落ち着かなくて……。あ、私も読みたいとかそういう事じゃないのよ?」


 彼女の言うように落ち着かない感じではあるが、否定の言葉に取り(つくろ)うような様子はない。彼女は純粋に困惑しているようだ。


「まぁ、内心穏やかじゃないってのは分からなくもないよ。多分カルチャーショックってやつだろうさ」


 自分と話をしている最中も、自分で急須にお湯を注ぎながら、緑茶のヘビーローテーションをしているユカリ。こんなにがぶ飲みしていては、トイレが近くなってしまうだろう。

そう言えば、ユカリも含めAIの子らがトイレへ入って行くところは見た事が無く、社に複数配置されたトイレもヨリと自分しか使用していない。そこは気になるところなのでユカリに聞いてみると、面倒なので出さないようにしていると言い、取り込んだ余剰物質は分解してマテリアルストックへ転送するのが基本だと言う。それでも代謝機能はあるため、飲食でもエネルギー生産はできるそうだ。そしてこれらは今の自分やヨリでも可能な事らしい。


「人としての尊厳にかかわりそうだから、俺は普通に過ごそう。常態化したら地球での生活に支障が出そうだし。と、そんな事よりもbの調査結果だよ。メイ、そろそろいいかい?」


 腹時計が空腹を訴えたので、お昼頃には話が聴けるという彼女の言を思い出し、進捗のほどをたずねてみる。


同人誌を読んで盛り上がっている女子たちと、小声で深そうな話をしていたメイは、ハッと顔を上げ、こちらにやってきて接触通信を開始する。それに(なら)うようにして、盛り上がり組も話に参加するために卑猥なコンソールを閉じ、情報共有を開始した。

家族会議の議題は、地球型惑星bへの降下計画へと移り、メイ主導による仮想共有空間でのプレゼンが始まる。


「では、予定通り中間報告を始めます。bの近傍宙域や静止軌道上に待機する不明勢力には、分布範囲に(むら)がありまして、全く存在しない場所も多数あります。この穴になっているエリアを利用して、複数の探査機と転送機を地表へ派遣済みです。また降下地点となる拠点の建設も、リエ(ねえ)さんの協力の元完了しています」


 詳しい解説を交え、メイは拠点となる場所の地形情報と、周辺の詳細な地図情報を展開する。彼女が提示したのは、山間(やまあい)の狭い平地となっている場所だった。

現場の周囲は、標高二千から三千メートル程の切り立った岩山に囲まれており、谷底に当たる平地の部分でも、八百メートル程あるようだ。そこは人の出入りはおろか、野生動物の往来もほぼないような辺鄙(へんぴ)な場所で、地面はごつごつとしたガレ場のようになっている。

そのガレ場となった谷底の分厚い岩盤の中に、埋設される形で拠点は建設されているという。ここを中心として、周囲七十キロメートルの範囲は完全に無人となっており、地形も険しいため、航空機でも使わなければここを訪れるのは困難を極めるだろう。まさに、隠遁生活を送るのにはぴったりの立地条件だ。


「次に、初期調査で確認された原生生物と人類についてですが、DNAサンプルを取得した結果、人工進化計画によって進化した生物で間違いないようです。現地の文化や文明レベルについてはまだ調査中ですが、大まかな水準では、地球文明圏の産業革命直後程度となっているらしいことがわかっています。が……」


 何とも煮え切らない感じの表情で、その先の言葉を濁すメイ。彼女は少し考えるように黙った後、言葉を続けた。


「地球人類の発展速度と比較すると、bの発展速度は遅いようです。まだ明確な根拠が得られてはいませんが、軽く行った地質サンプル等の調査では、地球よりも文明の発祥は古いようでした」


 本格的な調査は、bへ降下してから皆で行う予定なので、今は危険性の有無がわかるだけでいいのだが。メイが興味本位から考古学的見地で調べた結果、どうもそういうことらしい。今後さらに探査機の数を増やし、自分たちが現地の情報を届ければその辺の事情もはっきりするだろう。ここで彼女は副次的な話を切り上げる。


「地点確保は完璧なため、計画の第一目標である降下に際しての危険性は皆無です。しかし、地上では件の勢力の姿や、活動内容をいまだ捉えられていないことが懸念材料となってます」


 bへ降りてからの当面の目的は、脅威に対する調査になる。それらが完全に把握できてから、現地の人類等に対する調査へ移ることになるだろう。とにかく今は、bや付近の宙域をうろ付いている良く分からない勢力を調べ上げなければならない。

 警戒すべき対象である、敵と思しき謎の勢力について、メイは英文で“UF”という略称を付けた。非略称は“Unknown forces”とそのままの呼称だったが、今後はメイの付けたUFという略称を使うことが決定した。


「地下に建造された拠点施設の各設備はすでに稼動状態となっていますので、すぐにでも現地へ赴くことが可能です。今報告は以上で終わります」


 メイのプレゼンが終了すると、仮想共有空間も解除され、自分たちは現実時間に戻って来る。自分にとっては初めてとなる、ナノマシンを経由した本格的な仮想共有空間でのやり取りは、現実時間ではほんの一瞬だったようで、時計を見ても十分と経過していなかった。内部の感覚では、確実に一時間以上は話をしていたはずなのだが。

 報告を済ませた後も、メイは手を繋いだまま自分をじっと見ていた。また大人のご本(スケベな同人誌)のネタにされてしまうのかと凹んでしまいそうになったが、どうやらそういう感じでもない。そこで、仮想共有空間導入のサポートと報告に関しての礼を言って、(つや)やかな黒髪を撫でると、少し笑みを浮かべた彼女は自分の席へ戻った。何だったのかな。


「じゃ、お昼食べたら行きましょう。第一陣は、朝話した通りの六人で」


 休日の子供がお昼を食べ、友達の家にでも遊びに行くようなノリで、ユカリが皆に宣言した。


 やっぱり緩すぎて不安になる。ユカリがそう言ったときには、シェフの四人も姿を消していて、厨房の方でお昼の準備に入ったようだった。ヨリもそうだったが、アイまでもがだんだんとチカとムツミに当てられ、スニークスキルを身につけてきている気がして、微妙な気分になってくる。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 本日のお昼は、ミートボールが山盛りのナポリタンで、濃厚なバター風味が絶妙な品だった。

 炬燵(こたつ)の中央に置かれた大皿から、各々が皿へ取り分けて食べる方式のそれは、心配した通り食いしん坊たちの争奪戦を誘発してしまう。だがそれも初めの一瞬の出来事だった。超空間で繋がれた大皿からは、いくらでも料理が溢れ出て来るようなものなので、皿への盛り上げが済むと、食いしん坊たちは食べることに集中し始め、ちゃんとこっちにも順番は回って来た。


「この皿が運ばれて来た時は大泥棒の映画みたいに面白いことになるかと思ったけど、大丈夫だったね」

「はい。今回はあのシーンをちょっと意識してスパゲティーにしてみたんですが、皆喜んでくれたようで良かったです」


 そう嬉しそうに言ったヨリは、動画配信サイトなども積極的に利用しているらしく、有料コンテンツとなっている映画も相当見ていると言う。またアイも趣味が被ると言い、ふたりで肩を並べてテレビの前に座っていることも多いそうだ。

この部屋のテレビはネット対応のモデルなので、ストリーミング配信もストレスなく視聴できる。実際には、ここの皆に家電の必要性はなく、ストリーミングデータや放送波を直接受け取ることも可能ではあるのだ。でも、そうしてしまうと味気なくなるため、()えて道具を使って視聴するようにしているらしい。これもまた“()()び”と言うものだろう。


「日本のアニメで出てくるご飯は、みな美味しそうでいいですよねえ」


 炬燵(こたつ)の端の方では、美味(うま)そうな食事描写に思いを馳せているような顔をしたアイが、空中を見上げてうっとりとしていた。

今回のヨリの提案に彼女はノリノリで同意したらしく、ミートボールのタネを熱心に捏ね繰り回していたそうだ。


「腹が減っているときに深夜帯アニメを見ると危険だよね。ふたりの気持ちは良く分かるよ」


 膝上では紙エプロンを装備したリエが、ほっぺにケチャップの跡を付けながらミートボールを頬張っている。すると、すかさずヨリが彼女の頬を手ぬぐいで拭き、ずれてしまったエプロンを直して、ふたりにこにこしていた。ああ尊い(てぇてぇ)

 そして食べ過ぎた自分は、畳の上でゴロゴロと芋虫のように転げまわり、ようやく腹がこなれたのは、昼を終えて小一時間ほど経ってからだった。

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