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伍 ~ 設備視察3 ~

 習慣になっているためか、自然と食事やお茶の時間には必ず部屋にいるようになっている。そして今回も、丁度お茶の時間に合わせるようにして、半ば自動的に社へ帰って来てしまった。

 ひよこの間の玄関口を抜けて、肩の上にいるリエが鴨居にぶつからないよう膝を曲げつつ(ふすま)をくぐる。リエも、極力身をかがめて鴨居(かもい)(かわ)している。このとき、リエは前屈のようになるので、互いに目が合い笑顔になる。


「ただいま」

「ですよ~」


 皆に帰宅の挨拶をし、リエを降ろして炬燵(こたつ)に入ると、リエが胡坐(あぐら)の上に座ってきた。そして彼女は自分を見上げるように振り返り、再び笑顔を向けるのでこちらも笑顔を返す。可愛いのう。


「晴一くん、今度はどこへ行ってらしたの?」


 お茶を用意してくれたランが、そう横から聞いて来た。


「あ、ありがと。ちょいと保守管理区画の製造ラインを見てきたんだ」


 動力制御以外の各区画を回って、検分のような真似をしていた事をランに話す。


次は兵站区画へ行って格納状態なんかを見たいと伝えると、サクラが食いついてきて同伴の意思を見せた。


「晴一くんはわたくしの担当区画には興味ないんですの?」


 一方隣では、のの字を書くように自分の背中に人差し指を突き立て、ランがいじけた文句を言っていた。


「いや、動力制御の方はランの起動で十分見たし、設備も一通り操作したからさ。まだ詳しく見てないのは兵站と情報収集解析だし」

「んもう。わたくしの体には飽きてしまいましたのね……」

「もういやだわ、なんてことを言うのこの子」


 誤解を招くような事を言われるが、飽きがくる程ランと接触してはいない。


まあ、全裸は何度か見せられてはいるが……。ランの裸体は蠱惑的(こわくてき)すぎるので、あのときはムクムクしそうな(せがれ)(なだ)めるのに苦労したさ。


「何晴兄(はるにい)。痴情の(もつ)れ? ジゴロなん?」


 ニヤついた笑顔でサクラがまたろくでもない事を言って来る。


「なんだよジゴロって。そんな甲斐性が俺にあると思うか?」


 女の一人も泣かせられるような魅力など、自分にあるものか。はぁ……。言ってて悲しくなってきた。にしたってジゴロって。古いな~。


「それは聞き捨てならないわね。ならその甲斐性無しにくっ付いて回ってる私たちは何なのよ?」


 ユカリが不機嫌な声と顔で、まるで私たちが駄目みたいだと言わんばかりにクレームを入れてきた。そういう考え方もあるのか。なるほどな。


謙遜(けんそん)も過ぎれば傲慢(ごうまん)になるって言葉もあるのよ?」

「あーわかったわかった。博愛主義の女泣かせでいいよもう」


 そこでおじさんは仰向けに後ろに倒れて、駄々っ子のように身をくねらせる。そこへチャンスと思ったらしいリエが、胸の辺りをめがけて飛び乗ってきた。


「ややや、晴一さん。何やら不貞腐れておいでですねえ」


 頭の方から声がしたので見上げれば、厨房から出てきた仲居スタイルのアイが、皿の上に積み上げられたパンケーキを両手に持ち、くるくると回りながらやってくる。

その後ろからはヨチム組が続き、本日のおやつを炬燵(こたつ)の上にせっせと並べはじめた。食いしん坊ズの前には、運ばれて来た総量の三分の二程が積み上げられ、残りの常識的な数枚が他の皆に配られる。


「さぁ晴一さん。何を()ねているのかは存じませんが、甘いものでも食べて機嫌を直してくださいな~」

「おうさんきゅ。別に()ねているわけじゃないけどな」


 言いながら起き上がってリエを元の位置に戻し、炬燵(こたつ)へ入り直す。


すると、早速獲物にナイフを入れたリエが、たっぷりとシロップの掛けられた一切れを寄こしてくれたので、ありがたく食べさせてもらった。ユカリやランの手元にも、リエの物と同様にメイプルシロップでひたひたになっているパンケーキがあって、見るからにやばそうな絵面だ。

 そんな彼女たちを見てうわぁと思っていると、部屋に戻って来たメイが無言で席へ着き、静かにいただきますを言ってから、用意されていたおやつをもそもそ食べはじめた。


「今度はどこに行ってたの?」


 彼女がしていた事の予想はついていたが、白々しいと思いつつもなんとなく居場所を聞いてみた。


「はい。ちょっとカフェの方に……」


 一旦フォークを置いたメイは、微笑してそう答えた後、紅茶を一口飲んでから再びパンケーキに取り掛かる。


また茶室の方へ籠っていたとものと思ったが、今度はカフェテリアでアレを執筆していたようだ。彼女はずいぶん熱心に描いているようだけれど、アレをどこかで発表したりするのだろうか。怖いもの見たさというわけではないが、メイの描くソレをちょっと読んでみたい気もする。


「どうしました晴一さん? メイと何かあったんですか?」


 いつの間にか後ろにいたヨリが、小声でそう耳打ちして来た。少しびっくりして振り向くと、突然すみませんと謝られてしまう。全然大丈夫なので、そのまま話を続けた。


「いやぁ何かあったってわけでもないんだけどねえ……。う~ん」


 問題は特にないのだが。抱いている懸念をそのままヨリに伝えるわけにもいかず、若干口ごもってしまう。そんな態度にヨリは何かを察したようで、にこやかに応援の言葉を残し、ユカリの隣へ座って談笑しはじめた。それは、メイのために自分が考えているのならば、何も問題は無いと言わんばかりの安心しきった笑みだった。少なくとも自分のフィルターではそう見える。

 誰しも人に知られたくない事や、話さなくてもいい事というのはあるものだ。ならば、メイの趣味についても、そっとしておく方がいいのではないだろうか。リエに次のパンケーキを運んで貰いながら、そんな事を考えていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 午後のティータイムが終わる頃、またメイがそそくさと廊下へ出て行ったので、自分も立ち上がり、サクラを連れて兵站区画の奥にある兵装格納区画へ向かう。ここへ入るためには、格納プール前室にある専用ゲートから進入しなければならない。ゲートの開閉には、兵站AIの承認と最終決定権保持者による承認の両方が必要で、必ずふたり一緒に行動する必要がある。

そう言われると厳重そうな印象があるが、サクラの承認の方はフリーパスのように解放されていて、今は自分一人がスキャナに近付くだけで開くようになっていたりするガバガバセキュリティであった。なにこのガバガバナンス。


「ほんとにこれでいいのかいサクラ。一応担当管理者なんだからさ、もう少し緊張感をもって欲しいんだけど……」

「えー。別にいいでしょー? どーせここにいるのはウチらだけなんだし。誰もこの惑星に入ることなんてできないんだからさ」


 サクラはいつもの軽いノリでへらへら笑っていた。


 彼女の言い分も間違いではないのだが、それでもやはり守るべき一線はきちんとして欲しかった。これは職業柄の癖みたいなものだが、安全管理は厳にしておくべきで、損害を被るよりは取り越し苦労になる程度で丁度いいと思うのだ。


「どのみち俺がいないと開かない扉だけれども」

「へいきへいき~。兵器だけに。なんつって? あはは~」


 おっさんよりもしょうもないダジャレを言って、けらけら笑うサクラ。


「ありえないとは思うけど、もし事故でも起きて皆やサクラの身に何かあったら、俺は立ち直れなくなるぞ」

「おお! あたしの事も心配してくれんの晴兄(はるにい)? やった」


 横を歩いていたサクラが後ろへ回り飛びついて来る。同時に背中には、サクラの体重と乳圧が加わって、少し足元がふらついた。サクラもランと同様、大概良い匂いがするから困る。


「当たり前だろ。もう皆大事な家族なんだから」

「家族か~。にひひ~」


 肩越しに頭を出して、自分の横顔にサクラが頬をくっつけてきた。


 彼女を背負ってしばらく歩いてゆくと、ほどなく兵装格納区画へ到着した。だだっ広い空間に、様々な武装や兵器が所狭しと並べられている様子を想像していたのだが、予想とは全く違った現場の様子にちょっぴりがっかりしてしまう。そこは格納庫というよりは、ちょっと狭い体育館程度の空間でしかなく、巨大な転送装置と小型の転送装置が並べられ、各装置には生成機のような機械が組み合わされているだけだった。

 サクラの説明によれば、各兵装は超空間トンネル内に格納されており、必要に応じてこちら側へ取り出された後、別の転送装置から要求座標へ送られる仕組みになっているということだ。そして、個人携帯用程度の小型武装は、生成装置でその都度生産されて転送されるということで、在庫などは用意していないと言う。と言っても、人が持つような武装は存在しないとサクラは付け加えた。


「もっとミサイル的な物とか、砲弾的な物があったりするのかと思ってたよ」

「あ~。地球の感覚ではそうかもね~。でもウチらの戦術ってさ、相手の物理保護に干渉してダメージを与える必要があるでしょ? だから、単純にエネルギーをぶつけて攻撃するっていう手段は~、あんま通用しないんだよね~」

「そうだな。そういう仕組みだったな。そうすると地球上の兵器なんかは子供のおもちゃ程度になるな……」


 空間や重力に干渉し、運動エネルギーを自在に操る技術の前では、あらゆる兵器が無力化されてしまう。

普段何気なく使っているユカリセットの機能だけでも、この星のバックアップがある限りは、地球の全兵力と一人で対峙しても余るだけの能力があるわけだし……。


「地球の熱核融合兵装なんかもさ、要は恒星と同じエネルギー放射でしょ? それってこの星のエネルギーの源だし、全部取り込めちゃうんだよね。まぁ微々たる物だろうけど」


 背中から飛び降りたサクラは、手を頭の後ろへ組み、装置の周りを歩き回りながら、地球人類との技術格差について解説していた。


 改めて考えてみると、恐ろしい物を譲渡されてしまったものだ。個人がこんなとんでもない物を自由にしていいのだろうか……。

いや、むしろ会社勤め程度の自分が所持している方が、案外庶民的な平和利用をできるのかもしれない。そう考えると、自分がイカレた独裁国の国家元首などではなくて良かったとは思うが、今更たらればの話をしても不毛なので、これ以上考えるのはやめよう。貰ってしまった物は仕方がないし、大事にしてゆきたい。


「どしたの晴兄(はるにい)? またおかしな顔してるよ?」

「またとかおかしな顔って何だ。こちとら大事な事考えてたんだ」


 辛辣だねこの子は。誰かさんにそっくりだよまったく。


「ねえ晴兄(はるにい)? 今のさ~、ユカリ(ねえ)っぽくなかった?」


 サクラは悪戯っぽいニヤニヤ顔でこちらを見ている。


「わざとか!」


 下の子は上の姉妹の真似をしたくなるもの。サクラはそう言って笑っていたが、そんなところを真似されても、こちらとしてはちっとも面白くない。


「可愛くないぞそういうのは」

「ちぇ~怒られたー。つまんなーい。つまんないから帰りもおんぶだかんね」


 不満を口にしたサクラは、掛け声とともに再び背中へ乗ってくる。その適度な重さは嫌いではないので、渋い顔で体面を(つくろ)いながら、彼女を背負ったまま兵装格納区画を出る。その足で、もう一つ寄り道をしたいと思っていた場所へ向かった。

どこでも(ふすま)に繋がったゲートの接続先を変更して、ひよこの間ではなく、外部プロセス監視機構と呼ばれていた格納プール室へ向かう。

室内中央の床には、ここを初めて訪れたときのように、継ぎ目なく閉じた三枚のシャッターがあった。開口部の縁まで近寄り、床のパネルを視界に捉え、ナノマシンを経由した遠隔操作でシャッターを開放する。ねじれるような動きで、床下に収納されて行くシャッターの向こう側には、障壁が展開されており、その下には純水で満たされた格納プールがあった。

 少し前まで、トモエの本体である三つの量子脳が格納されていた場所には、台座に据え付けられた水晶玉のような三つの球体が()えられ、緑色の光を放っている。彼女が出て行ったことによって、てっきりこの場所は空っぽになっていると思っていた。中身が残っていたことに、やや意表を突かれたが、気を取り直してHUDを呼び出し、情報表示から水中に鎮座する装置の正体を探る。

 HUDが示した文字列には“量子脳動作予測実験用原型機改修型補助演算機”などというやけに長ったらしい名前が表示されていた。関連項目から資料情報を展開して分かったことは、元々は量子脳研究の為に建造された、動作理論実証用モデルを再利用している外部補助演算装置だった。さらに接続ブロック図を閲覧すると、これは皆の量子脳共有網に組み込まれているようで、演算能力を向上させるための相互情報管理を担当しているらしい。


「なんこれ? 名前なが過ぎてウケる~。初めて見るわー」


 背中のサクラが素直な感想を口にする。確かに名前が長すぎる。


「どうもお前さんたちの原型となった装置らしいがね。しかしまた何故ここに」


 名前が長いので開発機と呼ぶことにするが、開発機の情報タグを追っていくと、トモエが残して行ったテキストが添付されていたので、中を見てみた。


『仕舞って置くのも勿体ないと思い、折角なのでシステムに組み込んで行きます。皆様の一助となれば幸いです』

「だってさ……。なんか微妙だな」

「これって、あっても無くても困らないって事じゃん」

「そうなのかな。何か意味がありそうな気がしないでもないが」


 何かの役に立つかもしれないから、とりあえず置いていく。みたいな?


 トモエというか、彼女の元人格となったこの惑星の製作者も、相当緩い性格をしていたようだ。そうすると、ケイ素の人も情報体の人もそんな性格だったのだろうか。ちょっと想像が及ばないが。


「こういうのはユカリとかメイがうまく活用できるだろうな。俺には良く分からん」

「え~? 晴兄(はるにい)は色々開発とかもしてたんでしょ? なんでわかんないの?」

「いやなんでって。俺は計測器とか生産ライン機械の設計製造管理がメインだったからな。計算機科学者でもあるまいし、こんなもんまったく分からんよ」


 高専時代の担当教授にはそんな人もいたが、自分には畑違いもいい所だ。そもそも技術格差があり過ぎるから、知識があったとしても難易度は恐ろしく高いはずだ。第一に理論体系が違ったりしていれば、間違いなく理解不能な代物だろう。


「たとえばそうだな――サクラに家事をこなせって言ったらどうだい?」

「いや~無理かな~。あはは~」


 苦笑いを浮かべて、自分にはありえないといったような事をサクラは言っている。


「だろう? それくらいはかけ離れてるって認識でいいと思うぞ」


 そろそろ腕が疲れてきたので、ぷぇーみたいな声を上げているサクラを降ろそうとしたのだが、彼女はそれに抵抗し、蟹挟みをするようにしがみ付く。自分も負けじと何度か押し合いへし合いしてみたが、どうしても降りるのは嫌らしいので、諦めて彼女を背負い直し社へ戻る事にした。

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