弐拾壱 ~ 頂位神官 ~
一夜明け、時刻は十時。朝食を食べた後、リューに話があると言われたので、また町の通りに出た自分たちは、昨夜と同じ屋台へ向かう。
昨夜と同じ席にふたりで座り、リューがお茶をオーダーする。やがて注文の品が運ばれてくると、単品で頼んだお茶には、クラッカーのような軽い茶請けが添えられていた。
「今朝早く教会から使者が来て、今日の午後合同葬儀を行うと言ってきたよ。……だが儂らは行かないことにした。今更教会を信じろというのも無理な話だからな……」
「そうですか……。では、ミィルにはもう?」
そうたずねると、リューは下を向いて首を振っていた。
「いや、まだ伝えてはおらんのだ。どうしても言い出せなくてな……。しかし、今夜はきちんと伝えようと思っているよ」
ミィルがニーヴに捕まった時、彼女も両親殺害容疑については、不審に思っていたようだ。それでもまだ、両親がキトアにいると思っているようで、寝る前に必ず明日は帰るかと聞いてくるという。この数日の間、夜ごと孫娘にそんなことを聞かれて、ふたりはどんな気持ちで答えていたのだろうか。彼女にそう問われるたびに、肯定の言葉を返すしかなかった夫妻の心情を察すると、胸が締め付けられる。
「ああ……それは……」
「ハルイチさん、あんたが気に病むことじゃあないと言っただろう?」
本来は、自分が励ます立場であるはずなのだが、逆に彼から励ましの言葉をかけられてしまった。しかし、そんなミィルや夫妻の状況を考えると、やはりやり切れない気持ちになり、どうしても涙があふれてきてしまう。
「すみません、こんなみっともないところを」
「いやいや、ありがとうハルイチさん。あんたは優しいな……。儂の言えた義理ではないが、男がそう簡単に泣いてはいかんだろう」
穏やかな口調で言ったリューは、少々乱暴に自分の頭をくしゃくしゃと撫でて、髭面の笑顔を見せる。その大きくごつごつとした手の感触には、どこか懐かしさを感じる。
そのあとは、リューお気に入りの店で少々早いお昼ご飯をごちそうになり、彼をジーラまで送っていったところで別た。そこから町の外へ向かい、偽装を掛けた上でキトアへの移動を開始する。その目的は、教会側の行う被害者の合同葬儀会場となっている、星光教会キトア支部の偵察である。気になっていたのは、この近辺で最近ハティ夫妻以外にも、被害者が出ているのかという点だ。仮に、ハティ夫妻以外に被害者がいないとなると、被害者遺族であるカート夫妻が参加しなければ、式典自体が成り立たない可能性もある。そう初めは思ったのだが、リューの弁によればその心配はないようで。参列者の有無にかかわらず、式典自体は執り行われるものらしい。
十二時半を回ったところでキトアの街へ入り、支部前に到着すると、正面入り口は解放され、住民などが出入りしていた。式典はまだ始まっていないようなので、人波に紛れて入ろうかとも思ったが、ニーヴが死んでいることもあるため、今回もユカリセットを合わせた偽装を展開し、潜入することにした。
この合同葬には一般参列も認められているらしく、遺族席と一般参列者の席が格子状の仕切りを隔てて設置され、後方にある一般席は半分以上が埋まっていた。遺族席の方には五人の男女が座っており、すすり泣く女性の肩を抱く男性や、暗い表情をじっと祭壇へ向けている老女、手を組んで黙とうをしている複数の人がいる。そんな人たちを見ていると、自分もつらい気持ちになり、また涙腺が緩みそうになった。
祭壇の中央には、女神クラレスティと思われる彫像が置かれ、周囲を様々な花が飾っていた。聖堂内の両サイドには、彫刻を施された円柱が六本ずつ並んでいるので、祭壇に最も近い右側の柱の傍らに立ち、ここから式典を観察することにする。柱に寄り掛かるようにして場所を確保すると、ほどなく正面入り口が閉じられる。タイミングを同じくして、祭壇側の通路から、修道女のような女性が十人現れ、祭壇の左右に分かれて横並びに配置へつく。正面入り口付近では、一般参加者席の後ろで、星光騎士が十人横並びになっていた。
各人員の配置が終わり、少しの間沈黙が流れると、静かなトーンで祭壇前の女性たちがハミングコーラスをはじめる。それと同時に、やや赤みがかった鎧に身を包んだ星光騎士を伴い、水色のマントと白いローブを纏う中年女性が姿を現した。赤い鎧の方には見覚えがあり、ミィルの両親が襲われた現場にいた騎士だと気づくのに、そう時間はかからなかった。そして水色の服の人物は、ミィルを奪還した夜に、この支部から指示を出していたであろう人物に違いない。
「ニーヴは支部頂位神官と言っていたっけ……。確か名前は――」
ちょうど名前を思い出そうとしたとき、赤い鎧の星光騎士が声を上げ、式典の開式を宣言した。
「これより喪失者合同葬儀を執り行う。なお今合同葬は、特例としてクレスト・メリル支部頂位神官自らが執り行うこととなった」
開式を告げた騎士の声は、若い女性のものだったため、少々面食らった。
そうだ。支部頂位神官の名前はクレスト・メリルという名だった。この周辺の星光教関連のものを、全て統括しているエリアマネージャーのような人物。そんな人物が、今回は特例とやらで合同葬儀を取り仕切るらしい。
しばらくすると、また聖歌らしきハミングコーラスが始まり、一拍遅れて参加者全員も斉唱をはじめる。歌の最中、神官は遺族席に近寄り、一人ひとり遺族らの手を取っては祈りをささげて回っていた。時間にして五分ほどの斉唱が続いた後、頂位神官が神に対する祈りの言葉をささげて、短い式典は終了となり、教会側の人間が退場する。その後、正面入り口の扉が解放され、近くにいた参列者たちから順番に聖堂を出て行った。やがて無人になった聖堂には、その後外から訪れる者もおらず、教会の人間も現れなかったので、HUDに表示された座標点を追ってメリルのいる部屋へ向かった。
周辺走査を行うと、警備の星光騎士などは全員外にいるようで、建物の中に残っている人間は、先ほどの修道女のような女性たちと、赤い星光騎士、そしてメリルだけのようだ。ずいぶんと無防備だとは思ったが、こちらとしては都合がいいのでそのまま通路を進み、目的の部屋の前に来たところで、再度中の様子を走査して内部の人数を確認する。隣室には、例の赤い星光騎士が控えているようだが、目の前の部屋にはメリルしかいない。環境保護モードによる大気遮断を使って、音を立てずに室内へ進入し、質素な執務机に着いてこちらへ背中を向けている彼女へ、極力静かに声をかけた。
「こんにちは……頂位神官殿」
背後から突然声をかけたにもかかわらず、彼女に驚いた様子はなく、作業をする手さえ休めることがなかったので、こちらが戸惑ってしまう。
「女性の部屋にノックもせず入室されるなんて、感心しませんわね。でも、そろそろ来る頃合いだとは思っていましたので、そちらにかけてお待ちくださいな」
振り向きもせずにそう言うと、部屋の中央付近に置かれている丸椅子へ座るよう勧めてくる。彼女は、自分が訪ねてくることを予想していたようだが、恐らくこれはミィルの失踪や、ニーヴの死から導き出された答えなのだろうと思われた。
「仰る通りです。ノックはするべきでしたね。失礼しました」
用意された椅子に座りつつ、謝辞の言葉をかけると、彼女もちょうど作業が済んだと言って立ち上がり、こちらに向けて座りなおした。その仕草は、大人の女性らしい静々とした上品なもので、同じ教会関係者のニーヴにあった下品さなど、かけらも感じられない。
彼女は一見すると、三十代後半から四十代前半くらいに見え、HUDに表示された計測値では、身長百五十六センチの体重四十八キロというやや痩せ型体型であった。
「貴方がハルイチさんですね。ニーヴがジーラへ乗り込んだ時から、ずっと彼のリンカー経由で様子はうかがっておりました」
「やっぱりリンカーにはそういう機能もあるんですね……。ということは……ニーヴが死んだことももちろん知っていますよね?」
「ええ、存じております。彼は戒律に反してしまったために神罰が下ったようです……。そこでハルイチさん。早速なのですが、私の聖痕を解除してもらえないでしょうか」
「聖痕……ですか?」
「はい。ニーヴの命を奪った仕組みのことです」
突然彼女の口から意外な言葉が飛び出した。ニーヴを殺害した例のユニットを、彼女は素性の知れない自分に何とかしてほしいと言っている。こんな機密事項にあたるようなことを、赤の他人へ話してしまうなどとんでもないことだと思うのだが……。
聞けば、神官職以上の者は教会への忠誠を誓う際に、合意の上で聖痕を埋め込まれるそうで、それ以外の騎士長や筆頭審問官などには、その存在さえ知らされてはいないということだ。突然どうしてそんなことを言うのかと彼女にたずねてみたが、それ以上のことは何も言わず、ただ自分の目を見て首を横に振るだけだった。恐らくこれ以上は粛清対象になりかねないため、言葉を発することができないと思われる。
「……わかりました。少し待ってください」
彼女の瞳から垣間見える、切実な願いのようなものに打たれ、自分はユカリへローカル通信を開く。
『ユカリ、今すぐこっち来れない?』
『何かあったの? あ、今行くわ』
ユカリがそう言った瞬間、自分の隣に小さな光球が現れ、それは一瞬で拡大し、人型を形成したかと思うと少女の姿に変わって、床へ着地する。突如目の前で起きた光景に、メリルは驚愕していたが、やがて納得したようにゆっくりと首を縦に振り、柔らかな笑顔を自分とユカリへ向けてくる。
「どうしたの? ……って、この人誰よ?」
「悪いな呼びつけて。今共有するから」
話すのが面倒なので、経緯を大まかに共有してユカリへ伝える。納得した彼女は、ふたつ返事でメリルのリンクをフィルターし、彼女のそばへ近付いた。
「ちょっと頭を下げてくれる?」
「え? ええ……」
おずおずと、お辞儀をするように屈んだメリルの後頭部に右手を添え、ユカリはナノマシンを使って、例の装置の解体にとりかかったようだ。きっと今のメリルは、後頭部付近に何とも言えないぞわぞわとした感覚をおぼえていることだろう。その証拠に、彼女は時折眉間にしわを寄せたり、首をすくめたりと、悶えるようなしぐさを見せている。その様子は少し艶っぽく見え、大人の色香を漂わせていた。いや、変な意味ではなくて。
「終わったわよ。少しの間違和感があるかも知れないけど、それも数分で消えると思う」
「そうですか……。感謝いたします」
メリルの表情は安堵に満ちており、また憑き物が落ちたような清々しさも感じられた。
「これで心置きなくすべてぶちまけることができます。死人に口なしだなんてぞっとしませんものね。ふふふ……」
そういって笑っているメリルは、相当に豪気な女性のようだ。
「ご挨拶が遅れました。改めまして。私は星光教会キトア支部頂位神官、クレスト・メリルと申します。ここキトアを中心として、スプシャとの中間から、プロメリア南端部までの管区を統括しています」
彼女の説明によると、教会の支部には頂位神官と筆頭審問官、騎士長及び駐留騎士長という四つの役職があるそうで、それ以下はみな平等な平社員めいた扱いになっているようだった。平の中にも一応、各部署ごとに班長のような人間がいて、大体は年功序列でその役を担うことになっているという。
「世界規模の組織なのにずいぶんと雑な構造ですね……。務める人間たちのモチベーションも上らなそうですし……。ああ、その辺は神技の対応能力とリンカーのおかげで成り立っているんですかね」
「ええ。その通りです。この世界は、星光教が洗礼として与えるリンカーをどう扱えるかによって、その者の地位がほぼ決まります。あるいは、教会への信仰心の大きさですね」
あけすけに、能力以外は金次第だと頂位神官殿は言い切る。
にこやかな笑顔と軽い口調でそう話す彼女は、およそ聖職者とは思えない気さくな雰囲気を持ち、自宅近所の路上に集まって、世間話で盛り上がっている下世話なおばちゃんのようだ。
「なぜそんな裏情報を私たちに話してくれるんですか? リンカーのこともそうですし、ニーヴの死や粛清……聖痕のことについてまで……。まるで私たちが全て知っているのを前提に話をしているように聞こえるんですが」
今日ここを訪れた目的は、確かにこういった話を聞き出すためだが、それは尋問という形で行う予定でいたものだ。しかし実際に顔を合わせてみれば、彼女は全面的に協力するような態度を示している。このまま彼女を信用してよいものだろうか。ニーヴの言っていたような単なる反感という気持ちだけで、絶対的な支配力を持つ星光教に、反旗を翻すのは不自然な気もする。第一に、こんなことが明るみに出れば、彼女は処刑されてしまうはずだ。
「そうですねえ……。すべてのきっかけは忌神の消滅でした。ハティ夫妻が忌神の手によって殺害された後、私は直ちにミィルの確保を行うはずだったのですが……。夫妻のリンカーからの情報によれば、忌神は何者かの手によって攻撃され、直後ふたりのリンカーは回収できずに消失しました。その後すぐに私は調査団を派遣しましたが、彼女の姿も、遺留品も、あまつさえ忌神の遺骸も、塵一つ残さずに消えていました。そこで私は、教会以外に強力な力を持つ勢力が存在することを推測し、連れ去られたミィルの血縁関係者の監視をはじめたのです」
あの日以降、カート夫妻のリンカーを通じて、ミィルの行方を追っていた彼女は、やがて夫妻の元へミィルを届けにやって来た自分たちを発見する。そこで素性を割り出そうとしたのだが、自分たちはそもそもリンカーを持たないため、正体が掴めなかったそうだ。そのためニーヴを派遣して、ミィルを囮にすることで、自分たちとの接触を図ったというのだ。結果的にその目論見は失敗に終わったが、ニーヴが死んだことで再びチャンスが巡ってくると予測したメリルは、合同葬を自ら取り仕切り、警備の手を緩めることによって、自分たちを誘い込もうと考えたのだという。そんな先見性と豪胆さを備えた彼女の手腕に、自分は感服してしまう。侮りがたい才女である。
「すごいですね……。そんな企てをしていたなんて。しかし、子供を囮にするなんて褒められたものではないですし、私は少し腹を立てています。まあ、自身さえも囮にしている点は、敬服もしていますけど」
隣に用意されていた椅子に座らずに、膝の上から厳しい視線を向けているユカリの頭を撫でながら、自分は彼女の取った方法へ不快感と共に感心を示す。
「まったく……。ハルイチさんの仰る通り、最低の方法を選んでしまったことは弁解のしようもありません……。しかし私にはほかに有効な手段もなく、この機を逃すわけにはいかなかったので、どうしても彼女に頼る他なかったのです。ですが、これについては心より彼女に謝罪をするつもりです。それでは収まらないというのであれば、罰を受ける所存でもあります。ハルイチさんや皆さんにも嫌な思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
ミィルに危害が及ぶようなことには、絶対ならないように配慮はしていたが、非常に怖い思いをさせてしまったと、彼女は自らの行いを悔いていた。人としても、子を持つ一人の親としても、明らかに浅慮な行為であったと。だが、そういった方法を採らざるをえなかったのもまた事実で、それ以外の方法では、彼女自身が粛清対象になる可能性が高かったようだ。
「結果的にはミィルも無事だったので、もうこの話はいいでしょう。あなたの事情も理解できなくはないですし。それから先のことは、メリルさんご自身とミィル本人、それとカート夫妻次第ですね」
そういった自分の言葉に、彼女は恐縮して二度三度と謝罪の言葉を口にしていた。そう沢山謝られてしまうとこちらが恐縮してしまう。
「それで、あなたが私たちに接触したかった理由は何です?」
「はい……。あなた方が何者で、どのような目的があってここに滞在されているのか、私には知る由もありませんが……。もし聞き届けていただけるのなら……私はあなた方に、星光教会の現状を打破していただきたいと思っております。そのために必要な情報などは、私の知り得る範囲でならばすべて開示いたしますし、あらゆる助力を惜しまないつもりです。ですので、どうか協力してはいただけないでしょうか?」
「別にいいですよ」
「こんなお話は……この世の全てを敵に回すようで、甚だ無理なお願いだということは重々……えっ!? 今なんと?」
「別にいいですよと。引き受けても構いませんと言いました」
辛い表情で淡々と語っていた彼女は、事が事だけに、当然こんな話は一筋縄ではいかない交渉になると思っていたのだろう。しかしどういうわけか、自分はいともあっさりとその依頼を引き受けてしまった。それ自体は、彼女にとって至極嬉しいことだろうと思われるが、こんなにすんなりと自分が引き受けしまったことに、ひどく困惑しているようだ。
「どうしてですか? なぜそんなにあっさりと了承できるのです!? この依頼はかなり危険なものですし、こちらは交渉条件なども一切提示していないのですよ? 星光教を敵に回すことで、あなた方にいったいどんな利点があるというのですか!?」
自分から切り出しておいて、なんともひどい言い分だとは思ったが、協力したところでいいことなんてまるでないというような口ぶりで、彼女は疑問の言葉を投げかけてくる。
「……もともと自分がここへ来た理由は、教会に対処するために必要な前準備の一環でしたし、あなたとの利害はほぼ一致しています。ですので、教会側の協力者から直に情報が得られるというのならこれ以上の話はないですし、こちらとしても願ったり叶ったりという感じでして」
自分が、はなから教会との対立を考えていたということを知った彼女は、視線を落としてしばらく黙考してしまったが、再びこちらへ視線を向けると、また自分へ問いかけてくる。
「ハルイチさんはなぜ教会と対峙しようと思ったのですか?」
彼女にそう聞かれた自分は、この考えに至ったこれまでの経緯を話す。
「教会に対する対処の意志を決定的にさせたのは、ここの地下で見た光景ですね。血まみれの室内や器具類……それから奥に積まれた子供用衣類の山。そしてニーヴからそれらの実態を聞いて、教会という組織を解体してやろうという考えに至りました。しかし、このままただなくしてしまうと、人々は路頭に迷ってしまうでしょうし、そんなことは私も望むところではありません。ですので、教会に寄生しているような、どうしようもない連中を全て始末して、組織をきれいに作り直してやろうと考えました。それに状況によっては、星光教に代わる新たな組織を作ってもいいかな、とも思っています……」
そう自分たちの思いを伝えると、彼女は少しばかり悲しげな面持ちで頷いていた。
「……あなたの志は私と同じようですね。しかし……私にはそれを実現するための力がなかった……」
私にもっと力あれば、不幸な出来事に見舞われる人々を救えたのだと彼女は漏らしている。
「……ハルイチさんは忌神というものの実態をどの程度までご存じですか?」
突然メリルが忌神の話を切り出してくる。
何故このタイミングで、とも思ったが、これまでに聞いた話や、接触した時の状況、外見などについて触りのような話を彼女に伝える。しかし、回収した残骸の解析結果や、正体などについての情報は、当面の間伏せておくことにした。
「そうですか。やはり詳細についてはご存じないのですね」
そう言って、うつむき加減で意味深な表情をした彼女は、さらに続ける。
「忌神とは……星光教会が降臨させている……無辜の子の人為淘汰手段です」
「ああ……。やっぱり……」
嫌な予想というのは、つくづくあたるものだと思う。メリルの話では、忌神に両親を殺された子供たちが、行方不明になるという噂は事実のようで。実際その通りだったのだが、正確には無辜の子を産んだ両親が忌神に処理され、子供は拉致されるという仕組みなのだという。拉致された無辜の子は教会の資金源となるため、頭のおかしい審問官や、貴族、又は金持ちなどが買い付けを行うか、そういった教会とずぶずぶな連中同士で競りにかけられているらしい。
無辜の子とされる条件は、予想通りリンカーへの適応能力の有無ではなく、リンカーからの神の啓示を受けにくかったり、あるいは全く受け付けない特性を持つ者を選別する仕組みが理由となっている。人々が持つリンカーは、周囲にいる未洗礼の子供に対して定期的に事前検証を行っているため、無辜の子は洗礼前に発見され、確実に回収できる仕組みになっているのだそうだ。
蓋を開けてみれば、教会からすれば厄介者でしかないこの子たちは、最初から洗礼を受ける資格さえ与えられていなかったのだ。
回収された無辜の子たちは、一度プロメリアまで転送され、記憶処理を施された後に売買されるため、本部には世界中から集められた無辜の子たちが、常時数万人はいるとのことだ。
この惑星は、教会がリンカー経由で行っている無意識の絶対服従によって統治されたいかがわしい世界なのだ。そして、運悪く無辜の子を輩出してしまった夫婦は、その後もまた無辜の子を産む可能性が高いため、リスクを避けるために殺処分を受けることになる。
「……メリルさん、教会内で忌神を操れる人間は何人くらいいるんですか?」
「世界で忌神を呼び出すことができる人間は、間違いなく一人だけでしょう。それは、この星光教会の創始者にして最高権力者……最頂位神官へステ・カ・アンギス教帝。それが唯一、忌神を降臨させることができる人物です」
あれ。いまこの人変なことを言ったような……。
「えっと~。あの……星光教ってどのくらいの歴史があるんですか?」
「かれこれ三千年程はあるかと思います」
んん?
「聞き間違えたかもしれないので、もう一度うかがいますが……メリルさんは今、創始者と言いましたか?」
「はい。創始者は現最頂位神官、へステ・カ・アンギスです」
「ええと……。ここの人たちって何歳くらいまで生きるんです? 教帝っていくつなんですか?」
メリルは明らかにおかしな話をしている。彼女の言によれば、数千年の歴史を持つ星光教会の創設者が今でも生きていて、現役で頭を張っているということになるが……。まさかそんな馬鹿な話があるわけがない。
「私たちの平均寿命は、大体六十歳後半から七十歳半ばほどでしょうか。しかし、現教帝は三千年以上生きています。やつ曰く、クラレスティ様から真の寵愛を受けた者のみが得られる奇跡だということです……」
メリルは教帝をやつと呼び、その話をするときはあからさまに嫌悪感を示しながら話をしている。しかし、数千年を生きているとは……。
「ちなみに外見はどんな感じなんですかね」
「普段の外見は五十代くらいの男性ですが、中身はただのスケベ爺です。私も若かりし頃、神官修行をプロメリアで行ったのですが、あの爺はことあるごとに女性神官候補たちへいやらしい目線を向けておりました……。教練中だった私の娘にも色目を使っていたようです。まったく汚らわしい……」
物静かで上品な女性かと思ったが、修行時代の話をする彼女の顔は嫌悪に満ちており、教帝を相当疎ましく思っているようだ。
「よほど嫌な目に遭われたようですね……。それと、娘さんといいましたか」
そう自分が声をかけると慌てたようにこちらを見て、「お恥ずかしいところを」などと言いつつ表情を笑顔に戻す。
「あ、はい。紹介が遅れましたね。騎士長、こちらにいらっしゃい」
「はい。失礼いたします」
メリルが、隣の部屋へと通じているらしき扉に声をかけると、まるで待ち構えていたように張りのある返事が返ってくる。それから扉が開き、赤みを帯びた鎧に身を包んだ例の騎士が、こっちの部屋へ入ってきた。
「遅ればせながら。こちらはキトア支部駐留騎士長です」
そうメリルが紹介すると、騎士長は兜を外して自分たちへ挨拶をはじめた。
「私は星光教会キトア支部駐留騎士長、クレスト・ニンファと申します。キトア支部頂位神官クレスト・メリルの娘です」
歳のころは二十代前半くらいだろうか。メリルに似た面影を持つニンファは、母親似の凛とした雰囲気を持つ美人さんだった。しかし、メリルがブロンドなのに対して、ニンファは燃えるような赤い髪色をしていて、ボブのように短くそろえられたそれは、美しい艶を放っている。この地方独特の特徴なのか、ここら辺では髪色が赤に近い人がなんとなく多いような気がする。
「どうも。私は堤 晴一と言います。肩書は暫定行商人ということでお願いします。膝の上にいるこの子は――」
「堤ユカリよ。晴一は私の父よ」
「ああそうだユカリ、その設定ここでは必要ないかな。それとリューさんがミィルに両親の話をしたら、夫妻にも本当の事話そうと思ってるし」
もともとは、周囲と深く関わらないことを前提にして作った偽りの設定だったし、このふたりの前でそれを突き通す必要はもうないだろう。
「ええ? そうなの? そういうことはもっと早く言ってほしいわ。せっかく堤姓が名乗れるタイミングだと思ったのに……」
何やらぶちぶちと不満を言っていたユカリだが、すぐにクレスト親子に対して訂正を行い、前言は撤回された。そして、ユカリがなぜ堤姓を名乗りたかったのかは、敢えてきかないことにする。
「世を忍ぶ仮の姿みたいな感じなので、親子というのは忘れてください。家族には違いないですが」
言いつつユカリの頭をなでると、彼女は首をすくめていた。
「ご家族ですか。……まさかその歳で――」
「何を言おうとしているのかは存じませんが、断じて違います。無辜の子に対して特殊な趣味を持つような人間たちと同じようには思わないでいただきたい。くれぐれも!」
口に手を当てたメリルが何言おうとしていたのか、大体察しがついた気がしたので、先制するように彼女の言葉を遮って全力否定を行う。しかし、取り繕うような自分の様子を見たニンファは、眉間にしわを寄せて疑念のような眼差しを見せていた。もう何度も何度も言ってるけど、本っ当に違うんだからね。




