拾漆 ~ 建もの探訪 ~
部屋に戻ってから、皆が気にしていたことを伝えるため、現地で見た光景をすべて共有することにした。
「共有を行う前に、一つ言っておきたいことがある。教会の地下で、俺はかなり凄惨な光景を目にした。それはユカリの過去を連想させるようなものだということを留意しておきたいんだ。そのうえで確認を取りたいんだが、大丈夫かユカリ?」
ユカリを見ながらたずねると、彼女は目を逸らし気味にしつつも、大丈夫と言っていた。あまり大丈夫そうには見えないのだが、ここで指摘しても恐らく意地になると思うので、このまま共有を開始する。
「これは……」
「酷いですわね」
共有された映像と環境情報を見たユカリとランは、凄く嫌そうな顔をして眉をひそめている。
「これが俺の見た現場の映像。こんなものがあるということは、間違いなく星光教は普通じゃないだろう。ミィルが捕まった理由も、わけの分からないただの難癖だったし。真っ当な組織のすることじゃない。それと、昼間ニーヴから聞き出したことも全部共有しとくね」
いま話したことを踏まえたうえで、再度自分は教会の人身売買などについての情報を、共有リンクへアップロードした。それにしても、なぜ両親殺害の容疑をミィルが受けているのか……。
リューの言っていた、『洗礼を受けた人間が死んだ場合は教会側が天啓を受ける』という話だが、実際には自分たちがビットと呼んでいる“個人随伴型リンカー”という装置を経由して、人々のバイタルをモニターしているだけのはず。即ち、天啓などというものは存在しない。そしてあのようなユニットが、死因などの情報や当時の現場の状況を、上流リンクへ送っていないはずがない。つまり、ミィルの両親が変質体によって殺害されたことを、教会側は間違いなく知っているということだ。
その事実を知ったうえで、言いがかりともいうべき理由を付けて、彼女を犯人に仕立て上げ、拘束したわけである。そうまでして、教会が彼女を捕縛する理由とはなんなのか。何にしても、ミィルは教会にとって何か重要な意味があるはずだ。
「それと、置いてきた観測子だけど――」
「もうランから制御を受け取ってるわ。中継ビーコンも掌握済だから、すべての超空間リンクの状況と通信内容の監視もばっちりよ」
相変わらずユカリの対応は早く、あの部屋に観測子を配置した時点で、ランはユカリへバトンタッチしていたらしい。そしてユカリからの中継で、要塞惑星に待機しているメイにも監視情報が送られているので、今後はリアルタイムな解析情報を反映してくれるとのことだ。
ひとまずはこの町と、キトアに駐留している教会側の人間全ての個別リンク情報を割り出したので、何もかもがこちらへ筒抜けになるそうな。そう言っているそばから、HUDへ教会側に動きがあったことが告げられ、ようやくミィルが消えたことに気付いたようだ。
ミィルを確保して、向こうを出たのが二十時半ごろで、今の時刻が二十一時半過ぎ。礼拝堂内部には歩哨などの姿はなかった。ことの発覚に一時間ほど掛かっているので、対応は遅いと言わざるを得ず、どう考えても油断し過ぎだろう。あの建物の作りで、重要人物を監禁しておくなら、堂内には最低でも四人の見張りを置くべきだ。そのうえで、螺旋階段扉前にふたり配置し、階段下にふたり。さらに地下室の扉前にも、ふたりは配置しておかねばならない。そもそも、見張りを置かないのなら、確認は十分おきくらいには行うべきだ。監禁対象の人間を小まめに監視するのには、逃走した場合に使える時間を、なるべく与えないようにするという目的もある。それは極めて基本的な対応で、連中も分かっているはずなのだが。
少し前までは静かだった教会側リンクの通信量が、現在では大きく跳ね上がっており、ほぼ全回線を使用して情報をやり取りしているようだ。
星光騎士各人員の座標も、キトアのMAPに重ねて示され、慌ただしく教会周辺に集結している様子が手に取るようにわかる。
「あいつらも超空間リンクで遠距離通信できるんだな。一般市民には使えないぽいのに」
「教会の連中が使っているリンカーは専用機みたいよ。優先的にリンクを確保できるようだし、階級の高い人間には専用の通信士が付いてるみたいね」
「あ~そういうことか。ニーヴとか言う小男が単独でそんな能力を使えるとは思えなかったんだ。あいつ無能そうだし。どう見たって教会のシステムに寄生して甘い汁吸ってるだけだろ」
先入観と偏見に塗れた意見だと自分でも思う。
各人員の動きを観察していると、ニーヴのほかにも高階級の者がいるらしく、教会内最奥の部屋に動かない点が一つある。その部屋の入り口には、警護と思しき人員がふたり配置され、定期的に別の点も出入りしていた。一方、建物の正面入り口前では、やはりもう一つ動かない点があり、その前で五人の小隊と思われるグループが編成され、町の各所へ順番に移動し始めていた。
恐らく、外で騎士の指揮を執っているのがニーヴで、建物内で動かない人間が、リューの言っていたキトア支部の頂位神官というやつだろう。そして、町の出入り口となる三つの門には、それぞれ四人の星光騎士が配置されており、それらは微動だにせずに門を固めていた。
それにしても、教会の連中が使うリンクは容量が少ない。一般市民が利用しているリンクも相当細いとは思っていたが、事態が切迫している今、迅速な情報連携が欲しいはずなのに……。連中のリンクは、自分たちが使用しているリンクの数万分の一以下の容量しかないのだ。しかも、網を形成することができていないため、常に一対一の接続しか確立されていない。これでは、情報のやり取りをする際に逐一相手を切り替えるしかなく、非常に効率が悪い。それより何より、教会地下にあった中継器が、まるで役割を果たしていないように見える。
「なあユカリ。教会の中継器ってさ、周辺住民やら教会の連中とをグリッドなりメッシュなりで結ぶための物じゃないの?」
「それね。仕様的には可能なのだけど、供給電力が不足してるから、個々にリンクを形成するだけで手いっぱいみたいなのよ。しかも、リンク数もキトアの人口付近で上限設定されているから、イスクの人たちや外部から来た人には、リンクの確立に待ち時間があるみたい……。重要なインフラであるはずなのに酷いものよね。これは明らかに機能不全だわ」
そう言うことらしい。
連中は、あのシステムの運用がまともにできていないようで、大幅に不足しているリソースをぎりぎりでやりくりして、なんとか使っているような状態なのだ。ここまで酷いものではなかったが、少し前の要塞惑星の状態を思い出して、すこしだけ同情心が湧いてしまう。
何だかなあと思っていると、連中に動きがあった。五人の集団がこちらへ向けて、キトアを出たようだ。五つの点の移動速度は、時速五十キロほどで安定しており、南門を抜けて丘陵地帯に敷かれたほぼ一本道のユタル街道を、南西へと向かってきている。このまま順調に移動すれば、二時間ほどでここへ来るだろう。
点の中には、教会の正面で指揮を執っていたと思われるニーヴらしき者も含まれており、こんな状況なのに自ら出張って来るとは。相当焦っているとみえる。ここでやつ自身が出て来る意味などは全くないと思うし、指揮官が本陣を出てしまうのもどうかと思うのだが。そういう組織なのかも知れないけど。よくわからんね。
連中がここへ来るまでにまだ時間はあるが、少しくらいは準備しておかないといけない。皆で階下へ降りて、リビングの隣にある夫妻の部屋まで行き、声を掛けて扉をノックした。ほどなく返事が聞こえて扉が開くと、そこにはリューが立っており、どうしたのかとたずねられる。
「すみませんおやすみの所。実はですね、神技で確認したんですが、教会の連中がミィルの捜索に出たようでして。もうしばらくするとここにやって来ると思うんです」
「なんだって!? 一体どうすれば……」
リューの驚きの声にリエルとミィルも起き出してきて、こちらへやって来る。
「いえ、特に心配はないんですが、おふたりには応対に出てもらいたいと思いまして。と言っても知らぬ存ぜぬを突き通してもらってですね。できれば、大事な孫をどこへやった! くらいの勢いで食って掛かっていく感じでお願いしたいんですよね。動揺も何もなく応対すると怪しまれるでしょうし。……お願いできませんか?」
「ええ!? いやしかし、そんなことをしたら……儂も妻もただでは済まんかしれん……」
かなり無茶なお願いだとは思っていたが、やっぱそうなっちゃうよね。
「あなた……」
何となく察してはいたが、夫妻の星光教へ対する怯え方は尋常じゃない。
昼間ミィルが連れて行かれたときもそうだったが、夫妻は抗議するでも抵抗するでもなく、すぐ諦めたようにミイルを手放して、ニーヴへ引き渡してしまった。彼女と引き離される際は大変悲しみ、また連れ帰ったときは、大いに喜んでいたはずなのに。
この星を牛耳る星光教は強大な組織だし、恐れるのも無理はないと思う。しかし、星光教と聞くだけで途端に弱気になり、諦めムードとなってしまう様子には、強い違和感を感じるを感じる。
「そうですか。こればかりは無理強いできませんよね。では、できるだけ私たちが対処するようにします」
皆と軽く打ち合わせをして、事態が悪化するようなら、教会の連中を逆に拘束することにする。その後は拠点まで拉致して、記憶処理を施した後開放するという作戦となった。
そうして時刻は午前零時を過ぎたころ。ジーラの扉が激しく叩かれ、それと共にニーヴの声が聞こえて来た。
「カート・リューならびにカート・リエルに告ぐ。私は星光教会キトア支部筆頭審問官ディブス・ニーヴである。星光教会キトア支部頂位神官、クレスト・メリル様の命により住居内の強制査察を執行する。速やかに扉を開け!」
ニーヴの声を聴いた途端、リューは入り口へ向かうと躊躇なく鍵を開け、店内へ招き入れた。ミィルは、サクラと共に角の客室で待機し、位相移替偽装により不可視化している。そのときユカリから通信が入り、意外な状況を告げられる
『晴一、夫妻についてるリンカーの稼動率が急速に上がってるわ。どうもふたりの精神へ干渉を行っているみたい』
『え? どういうこと?』
『まだはっきりとは言えないけど、メンタル値の変化量的には、ちょっとまずいかも』
ユカリに言われて夫妻の表情を見ると、ふたりはやや虚ろな目つきになっており、ニーヴとの会話にも、反射のように単純な答えを返している。それは、戦争映画で自白剤を打たれた捕虜が、洗いざらい機密を喋っているシーンを彷彿とさせるものだった。これにはとても嫌な予感がしたので、間に割って入り、ニーヴとリューの会話の妨害を試みる。
「これはニーヴ様、昼間はどうも有難うございます。それで件の商談のお話は?」
「む、お前は……確かハルイチとか言ったか? 心配せずとも便宜は図ってやる。だから邪魔をするな。わたしはこの男と大事な話があるのだ」
「ですが、昼間は時間はかからないと仰っていたではないですか?」
「ええいうるさいぞ! 今夜ここへ来たのはそれとは別の要件だ! 約束の物は夜が明けてから使者にでも届けさせる。もう少し待っておれ!」
もう手元にはない商品について急かされたため、ニーヴは猛烈に不機嫌そうな顔で自分を怒鳴りつけた。怒っていても笑っていても、こいつの顔は人を不愉快にさせる。見るのも汚らわしい。
「それでリューよ。お前の孫娘が先ほど私の元から逃亡しおった。現在行方を捜しておるのだが、お前は何か知らぬか?」
それまで生気を抜かれたようになっていたリューが、ミィルの名を出された途端、辛そうな顔をする。
「どうした? その様子では何か知っているな? 女神クラレスティ様の威光の前で嘘はつけんぞ? 正直に言ってみろ!」
「ミィルは……」
ニーヴの言葉に、リューは益々苦悶の表情を浮かべ、喉の奥から絞り出すような、唸り声ともつかない声を漏らす。
『晴一、リューの脳波がかなり乱れてるわ。これは強力な精神干渉の症状よ』
過去のユカリが行った精神操作などの人体実験の資料にも、同様の結果があったのを覚えている。恐らく彼女も、その時のデータからリューの状態を推測したに違いない。
『今すぐリューとリエルのリンクを切断して、こっちのリンクへ取り込んでくれ』
『わかった』
言うや否や、ユカリは即座に夫妻のリンカーに確立されていた超空間リンクを切断して、自分たちのローカルリンクへ再接続を掛ける。
単にリンクを切るだけでは、リンカーが機能喪失してしまい、色々とまずいことになるので、一時的に夫妻のリンカーをこちらで預かることにしたのだ。
その途端、リューは正気を取り戻していつもの表情になり、リエルも同様に我に返ったような顔になった。
「どうなのだリュー! ミィルをどこへ隠した!」
いつまでも煮え切らない態度でいるリューへ、ニーヴが怒声を飛ばす。
「うるさい! あんたこそ儂の大事な孫をどこへやった! ミィルを返せ!!」
リューの発する強い怒気を含んだ叫びは、小男を震え上がらせ、表情を驚愕のものに変える。
大柄でマッチョなリューが、豹変したようにニーヴへ詰め寄り、大声で孫娘を返せと捲し立てる。その様相に気圧され、小さな呻き声を漏らしてたじろいだニーヴとリューの間に、ふたりの星光騎士が割って入り、揉み合いになった。
「貴様! 歯向かうつもりか!」
「抵抗するな!」
荒ぶるリューを抑え込もうとするも、彼の勢いは止まらず、ふたりの騎士は半ば振り回される状態となっていた。
「ニーヴ様! 私との商談の約束はどうなるんです!? 商品がなければこのお話はなかったことにするほかはございませんよ!」
リューの勢いに負けて、すっかりへこまされてしまったニーヴへ、自分はわざとらしいジェスチャーを交えて抗議する。ぐふふ。こうなったらとことん引っ掻き回してやろうじゃないか。どさくさに紛れて輩をコケにするのは割と楽しいし。
かたや、リューと揉みあう星光騎士は怒声を上げ、彼を取り押さえようと躍起になっていた。騒然となったリビングは混沌とした様相を呈し、すぐには収拾がつきそうにない。と言うよりも、自分には収拾させるつもりがなく、が面白半分でより引っ掻き回そうとしている。
何て悪い奴だ。
しばらく揉み合いになっていると、でニーヴが我に返り、外に待機していた残りの騎士を呼びつける。これで騎士は五人になったが、リューのパワーは半端なく、およそ老人とは見えない立ち回りで、ふたりの騎士を床へ転がしてしまった。
これはやり過ぎなため、自分は速やかにリューと騎士の間に入って場の収拾に取り掛かる。一先ずリューをリビングまで押して行き、ランとサクラに対応を任せ、抜剣しようとしている騎士を宥める。そのうえでまた小デブじゃなくてニーヴへ金を握らせ、場を納めるよう懇願(するふりを)した。
「ニーヴ様ここはどうか一つ、何卒私の顔を立ていただけますよう、どうか……」
「え、ええい、もうよい! 宿中を探せばおのずと答えは出るのだ! もし娘が見つかったら貴様たち夫婦には極刑が下されると思え! それからハルイチよ、お前とは後で話があるから大人しく待っておれ」
ここに至っても尚がめつい筆頭審問官殿は、商談を進める気でいるようだ。
小男は汚らしい笑みを浮かべ、自分を見ている。う~ん、やっぱり見るのも汚らわしい。いますぐ裏手の川に投げ込んでやりたい。とも思うけど、リューの大立ち回りが楽しかったから良しとしよう。あーおもしろかった。
その後しばらくの間、宿のあちこちではドタバタと騒音が響き、ガラスの割れるような音や、色々な物を壊するような音が続いていた。しかし、夜空が白むころになっても、連中はミィルを発見することはできなかった。
手ぶらで戻ってきた騎士を見て、ニーヴは激怒し、騎士の脚の辺りを蹴り上げたが、固い鎧につま先が負けて一人で痛い目に遭っている。
どうにも納得がいかないニーヴは、自ら騎士を引き連れて各部屋を回り、捜索をする。だが、そんなことでミィルが見つかるはずもなく。やつが諦めるころには、表もすっかり明るくなっていた。
結局何も得ることができなかったニーヴ一行は、引き上げるしかなく、あちこち物に当たりながら、騎士たちと共に帰っていった。横暴な家探しのおかげで、宿は営業ができるような状態ではなくなってしまった。夫妻は肩を落としながらも、荒らされた店内の片づけをはじめる。
自分は不憫なふたりに声を掛け、リビングで待機していてもらうよう促してから、二階へ向かった。
「こんなこともあろうかと……。前もって宿全体を走査しといてよかったよ」
「まったくね。些細なことが多いけど、不思議と晴一のカンて当たるのよね。ちょっとキモイけど、これも人間の持つ特性の一つなのかしら」
「キモイってのは余計じゃない?」
ここに世話になるという話になったあの日。自分は探査機のバックアップを受けながら、こっそりとジーラ全体の情報化を行っておいた。
この調査活動自体が、どこでどう転ぶかはわからないものだし、最悪の場合は自分たちが襲撃を受けて、周囲もろとも戦闘に巻き込まれかねない可能性もある。そう思い、何となく保険をかけておいたのだが、どうやら正解だったようだ。やったぜ晴ちゃん。
「本当によかったですわね。夫妻やミィルが悲しまずに済みますし」
「だな~」
三人でそんなことを話しながら奥の角部屋に入ると、部屋の中はすっかり片付いていて、家具も建物も無傷の状態になっていた。
「いえ~い。晴……お父さん遅かったね~」
「ハルイチ~! サクラ凄いんだよ~! きし様がこわした所とかあっという間に直しちゃったの~!」
「えっ! サクラが!? マジで?」
マジかよ。壊すのが専門みたいなサクラなのに。
「なんだよ~。そりゃ直すのは得意分野じゃないけど、あたしだってやればできるんだよ?」
「そうなのユカリ?」
「みたいねえ。意外だけど」
「サクラも成長してるんですのねえ。ちょっとうれしいですわ」
意外や意外。属性がデモリションであるはずのサクラが、ここまで完璧に状態修復能力を発揮できるとは。まったく思ってなかった。あのサクラに限ってこんなことが……。今日は変質体でも降って来るんじゃないだろうか。
「なんか晴……お父さんの顔がすっごい失礼なこと考えてるように見えるんですけどー?」
「……気のせいだぞ」
サクラにまで心を読まれてしまった。いよいよ年貢の納めどきかも知れない。
「いや、うん。凄いよサクラ。ちょっと最高だな」
そう彼女へ声を掛けると、一瞬きょとんとしたような顔になって、直後にはみるみる赤くなり、座っていたベッドに突っ伏して足をバタつかせた。それを見たミィルが、真似をしてサクラの隣に並び、同じようにうつ伏せになって足をバタバタしはじめる。このふたり可愛いな。
「じゃ。サクラは引き続きミィルの面倒見ててくれ。んじゃユカリ、ラン、他の部屋片しに行こか」
「そうね~」
「ですわね~」
それから一時間ほどかけて建物全体を回り、荒らされた部分を全て修復し終えた。
五人でリビングへ戻ると、そこには少し遅めの朝食が用意されており、皆で祈りをささげて食事にありついた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハルイチさん、本当に何から何まで儂らは感謝のしようもない。あんたは何者なんだ? 教会の人間でもないのに、儂らにまでこんな強力な神技を扱えるようにしてくれるなんて」
「いやいや。言ってしまえば、これは自分の力じゃないですから。とある……それこそ神ともいえる存在から押し付けられたお荷物とでも言いますか」
「神の荷物……?」
「ええ、まぁ。そのお陰で、こうしてリューさんと釣り糸なんかを垂れているわけですけど」
宿屋ジーラの裏手にある小川で、自分とリューは肩を並べてグチ釣りをしている。
リューとリエルのリンカーを要塞惑星のリンク内へ取り込んだため、ふたりはより具体的な生成能力を発揮できるようになった。
土の神技に対応するリューは、手の中に餌を生成したりして、快適な釣りライフを満喫していた。聞けば彼は狩猟なども行うといい、先込め式の猟銃を持ってよく山に入るそうだ。神技の強化に伴って、弾薬の生成も格段に楽になるということなので、その辺りについても大層喜んでいる。
リエルの方は、彼女もご多分に漏れず、多数派である火と水の神技に対応している。確実なリソース供給を受けられる現在では、まさに湯水のように火と水を使うことができるため、いまはミィルと一緒に湯あみをしているそうな。
「神か……。それは女神クラレスティ様のような存在なのかね?」
「ん~どうなんでしょうねえ。私は女神クラレスティとやらがどんな存在なのか知りませんし、そもそも神を信じていません。ああでも、自分の住んでいる所には八百万といって、そこいら中に神様があふれているような信仰がありますね」
「神があふれている? どういうことなのかね?」
「ええとですね、平たく言えば、とにかくありとあらゆる物には神様が宿っているという信仰です。またそれとは別で、星光教のように唯一神を崇めるものもありますよ」
「なんと……そんなことが……。しかし、そんなに神様が沢山いたら、一体どの神様に信仰をささげたらいいのだね……」
「あー、そこは自由選択制になっていますから、自分の好きな神様を信仰すればいいんじゃないですかね~」
信仰の押し付け、絶対ダメ。
自分の信じるものを好きなだけ信仰し、異なる信仰を持つ相手にも敬意をもって、他人の信仰を尊重する。それが人間的に最も望ましい信仰の在り方だ。
そのほかにも、国という概念があることや、神技なども存在しないこと。このbで常識とされていることとは真逆の事柄などを例に挙げて、色々と語って聞かせた。代わりにリューは、この世界がいかに星光教の庇護下にあるかということを、事細かに解説してくれた。
「なるほど。教会自体がないと生活も成り立たないわけですね……。そういえば、教典みたいなものもあったりするんですか?」
「ああ、それなら客室のタンスの中に各部屋ひとつずつ置いてあるよ。興味があるなら読んでみるといい」
聖書かな?
一般的なホテルからビジネスホテルに至るまで、かなりの確率で置いてある聖書だが、そういえば一度も中を見たことがない。ここでもまた変なところで共通点が見つかり、すこしばかりほくそ笑んでしまう。
「それはそうと、審問官に言っとったありゃあどういう意味なのかね? 商品がどうのとか」
「あーあー。あれはですねえ……」
ニーヴと出会ってからここまでのやり取りをリューへ話すと、彼は盛大な笑い声を上げた。
「ハルイチさん、あんたほんとに面白いやつだな。ミィルを嫁に出すならあんたみたいなやつの所がいい」
何やら気を良くしたリューは、自分の肩へ太い腕を回し、とんでもないことを言う。
「意味が分かりませんよ!? なんでそうなるんですか? 早まっちゃいけないですよ? 大事なお孫さんを私みたいな輩には絶対近付けちゃだめですって」
「何を言っとる。お前さんみたいな面白い男なんぞそうそうおらんだろう? ここでは後四年もすれば結婚もできる。少し考えて見てはどうかね?」
「いや、駄目です」
「なんだと? ミィルが駄目な娘だとでも言うのか?」
「そういうことじゃなくてですね……。大体私はもういいおっさんですよ?」
なんだこれ、めんどくせえ。
面白おかしいだけで一生涯のパートナーに選ぶとか。しかも本人のあずかり知らないところで。そりゃさすがに酷い話だろう。それ以前にゲームやアニメじゃあるまいし、そんな話があってたまるかい。
むしろミィルはサクラと結婚した方がいいのではないだろうか。そうしたらふたりともハッピーライフエブリデイになりそうだし。見ているこっちも尊みを末永く味わうことができる。あ、でも皆の寿命はほぼ無限だから、そうなるとミィルの方が先に……。これは辛み。
馬鹿げた妄想が悲しい結末を迎えた辺りで我に返り、リューに告げていないことがあるのを思い出した。
「ねえリューさん。ミィルのことなんですが」
「なんだ? 決心がついたのかね?」
「いやその話はおいといて。ミィルの冤罪のことなんですが、ニーヴが言っていたんですよ。上の命令で冤罪を承知の上で捕縛しに来たって。それについて何か心当たりはないですかね?」
その質問に対してリューは厳しい表情になった。
「いや、それは分からん……。ただ、関係あるかどうかは分からんが、こんな噂は聞いたことがある。忌神に親を殺された子は、必ず行方不明になるという話だ……。本当かどうかは知らんが、昔からそういった噂があるのは確かだ。そしてミィルは、両親を殺されてもあんたがたに救われて儂らの元へ戻って来た……。もしかするとそれに関係があるのかもしれん」
暫く考えるように黙り込み、改めて口を開いたリューは言う。
リューの話を聞いて、自分はとても嫌な想像をしてしまう。まさかとは思うが、しかしあの教会のことだから可能性がないとも言い切れない。けれども確証がないので、これ以上考えるのは止めて、今は残った諸問題の方を片付けるべきだと考え直す。
「そうですか……。大変興味深い話ありがとうございます。とても参考になりましたよ」
自分はそう言って、グチで溢れかえった魚籠を持ち、竿を収納へ放り込んで宿の中へ戻った。
◆ ◆ ◆ ◆
気がかりなのは、ニーヴの言っていた“在庫”という言葉だが、それは間違いなくあの荷台に積まれていた子供たちのことだろう。
昨夜教会の地下で見た血痕は、どれもだいぶ時間が経過しているもので、鮮血に近いものはなかった。恐らくあれらは、自分たちがbへやって来るよりも、だいぶ前に行われた惨事の痕跡だ。ということは、少なくともあの服の山には、ニーヴの気舎で見た子たちは含まれていないと考えられる。ならば、あの子たちが生存している可能性は、極めて高い。最低でも、死んでさえいなければ助けることは可能なのだから、少しでも可能性のあるうちに、救出するのが望ましいだろう。
地下では、面倒事はごめんだなどと言っておきながら、結局はあの子たちのことも見捨てられず、自ら渦中に身を置くような真似をしようとしている。不干渉不介入とは何だったのか。自嘲してみるが、知っちゃったモンはしょうがない。まったくもう。
「多分やつもしばらくは諦めないんじゃないかと思うし。商談の振りして乗り込んで、ちょいと締め上げて来るよ……」
グチをキッチンのリエルへ届けた後、二階の角部屋に移動して、物騒な予定を皆と話し合う。
ユカリが中継器を掌握しているおかげで、この一帯に住んでいる星光教信者は、すべて居所が分かる。それはニーヴも例外ではなく、少し調べるだけで簡単にやつの屋敷を突き止めることができた。キトアのMAPを見てみると、小男の家は、教会のある十字路から東へ二ブロックほど行った場所に、大きく構えられている。キトアの街の一ブロックは、大体二百メートル四方となっていて、小男ニーヴの屋敷はその一ブロックを丸々使った広い邸宅になっていた。
「なんだよあいつ。中も外もちっせークセに家だけはでけ~な」
「態度も大きかったわよ?」
「顔もでっかくなかった?」
「お腹も大きかったですわよ?」
ボロクソじゃないか。
ニーヴという男、金だけではなくヘイトを稼ぐことも得意と見える。それはともかくとして、速やかに行動をしたかった自分は、ひとまず探査機を一つ借りて屋敷の内部探査を行う。何をするにしても、屋敷の構造は先に抑えておいた方が動きやすい。他にも収穫があるかもしれないし、入念な調査はしておくに越したことはない。大敵と見て恐れず、小敵と見て侮らずである。しらんけど。