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拾伍 ~ せかいのしくみ ~

 朝食の後、建物の裏手に回ると、そこには幅が二~三メートルの川が流れていて、リューがパイプを(くゆ)らせながら釣り糸を垂れていた。日が照っているとはいえ周辺気温はまだ十度もなく、こんな寒い時間に魚など釣れるのかと思ったが、半分程水に浸してある魚籠(びく)を見ると、(すで)に何尾かの釣果が入っているようだった。


「おはようございます」

「ああ、おはようハルイチさん。よく眠れたかね?」

「はい、おかげさまで。しかし寒いのに釣れるもんですねえ」

「この辺りは火山活動が活発でね、冬でも水温が高めなんだよ。なのでほら、結構いい型のが泳いでるだろう?」


 リューの示した方向を見ると、対岸のやや張り出した(ひさし)の陰に、ぱっと見で三十センチはありそうな魚影が群れているのを見つけた。


「うわ~本当だ。ありゃ見事ですね」

「だろう? どうかねハルイチさんも?」

「いいですねえ。私も釣りは好きで結構やるんですよ。でも残念ですけど、今日はこれからする事がありますんで。また後で誘ってもらえますか?」

「おやそうかね。ならまた後日にでも」


 少しばかり残念そうな顔でリューは言った。


 まだいろいろと調べなきゃならない事もあるし、申し訳ないけれど釣りはしばらくお預けだろう。それにしても、娘夫婦が亡くなって二日目だというのに、釣りなどをしていていいものなのだろうか。葬儀などの手配も必要になると思うのだが。まさか葬式はやらない文化というわけでもないだろうし、身内に死者が出たのだから、もっと忙しくなるはずなのだけれど。それに、娘婿のロウには遺族などは居ないのだろうか……。


「リューさん。こちらの地方では亡くなった方の弔いなどはなさらないんですか?」


 水面に顔を向けたまま、じっと糸を垂れているリューの背中へ声を掛けると、彼は少しだけ顔を上げて、対岸を向いたまま自分の問い掛けに答えてくれた。


忌神(いみがみ)に殺された者は遺体が残らないのでね。被害者には、教会が決まった日に合同で葬儀を執り行うことになっとるんだ。洗礼を受けている者が亡くなると、女神クラレスティ様から各支部の頂位神官様へ神託が下されるそうでな。翌日には教会から使者が派遣されてくることになっとる。……だから遅くとも今日の午後にはここにも使者が来るはずだよ」

「そうなんですね……。では、ロウさんの遺族の方などは?」

「ああ。ロウは孤児だったもんでな……。なので、私たち夫婦も息子のように思っていたんだ。それが……こんなことになってしまって。とても残念だよ……」


 力なく答えたリューの背中は、ずいぶんと小さく見えて。深く悲しい空気を(まと)っている。やりきれない気持ちになった自分は、彼の肩に手を置いて心ばかりのお悔やみの言葉を掛けて、宿の中へ戻った。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 昼を済ませて午後となり、少し町の中を練り歩いて、住民の様子や行き交う商人などの観察をしてみる。

このイスクという町は、ユタル街道を挟むようにして、軒を連ねる宿や商店が集まってできた、細長い形をしている町だ。総人口は六百四十人と大きくない町だが、流通の要となっている街道沿いにあるため財政はかなり豊からしく、上下水道のインフラもしっかり整っている。林立する建物の六割以上が宿を営んでおり、その(かたわ)ら日用雑貨や食料品、酒場や土産物屋などを合わせて経営しているようだ。北東と南西の入り口付近には屋台も立ち並び、気舎の停留所や郵便局、金融機関の出張所などもあり、街道の中継拠点としてかなり賑わっている。

 そんな町の人々の頭上には、もれなく例の機械装置が浮いており、彼らはそれを経由して様々な能力を発現させ、日々の生活に活用しているようだった。とりあえず自分たちは、その機械装置をビットと呼ぶ事にした。そして、それによって発動される神技は、能力というよりも機能と呼ぶべきだろう。恐らくは、イメージングによる思考読み取りで、頭上のビットが反応しているのだろうとは思うが、生成される物質や現象の規模はごく小さなもので、何より非常に時間が掛かる。

 店頭の人々が行っている作業を見た限りでは、道具の加工や製品の生成を行った結果がとても粗悪で、そこからさらに手を加えて仕上げているような有様だった。それらの生成作業が、何れの能力に対応しているのかは分からないが、どこの店や現場を見ても、生成だけでは完成に至らず、そこからひと手間ふた手間と手を加えている。

 彼らの様子を見るに、ビットが随伴しているという認識は無いようで、神技は純粋に自分たちの能力が起こしている現象と捉えているようだ。更に観察を進めていくと、身分の差で発現する現象の規模が決まっているようで、身なりのいい上流階級らしき人間ほど、しっかりとした神技を発現できるようだった。そこで少し気になった自分は裏路地へ入り、人目がない事を確認すると、偽装を展開して隠密状態へ移行する。そうして人々に近付いては、偵察機との連携を用いて、ビットのより詳細な情報を調査していった。

 ここで分かった違いは、身分格差によってリンクから供給される電力量と、マテリアルの供給量に大きな差があるということだった。近くにいた小ぎれいな格好をしている小太りのおっさんと、少し離れた場所で魚を売っているいかつい町民とでは、明らかにリンク強度に格差があり、数値では倍以上の違いがある。しかし、(ことわり)と呼ばれる能力が使える気舎の運転手や、重量物を大量に運搬している人などは、小太りよりも強力なリンクが結ばれていた。ミィルの話では、能力の強さには個人差があるようなことを言っていたが、どうやらそういった単純な話でもなさそうで、明らかに人為的な操作がなされている印象だ。


「なんだこりゃ……。差別か? それとも差別化?」


 能力別で優位性を与えるという意味では、(ことわり)を操れる人材は貴重なので、納得もゆく。しかし、大して役に立たなそうなあの小太りが、魚を売っているおっちゃんよりも優遇されている理由がわからない。そこには、一部の権力層による腐敗構造や、社会システムの(ゆが)みのようなものがちらついてしまい、嫌な気分にもなってくる。まぁこれは個人的な感情で、(いぶか)しんでいるだけかもしれないが。根拠もないし。


「こんな所まで似なくてもいいのになあ。人間てのはほんとに……。実際の所はどうなのか分からんし偏見なのかもしれんが」


 何気なくその場から離れて行く小太りの姿を眺めていると、そいつは町の外にとめてあった気舎へ乗り込んで行き、何やらガタガタと物音を立てていた。気になったので気舎に近寄ると、その車体は普通の気舎よりも大きく、外側には金属の板が打ち付けられ、窓の部分には金網が張ってあった。これならさぞ大量の荷物が積めるだろうと思い、後部入り口の目隠し布の隙間から中を覗いたとき、目を疑う光景を見た。

 小太りの乗り込んで行った荷台の中には、鎖と手枷で壁に繋がれた小さな子供たちが、六人載せられていたのだ。薄暗い車内の奥の方に身を寄せ合って、ひと固まりになっている子供たちは皆裸足で、あちこち薄汚れたぼろを着せられており、男を見上げる顔は怯え切って涙に濡れていた。

 明らかに子供たちは泣いているのだが、不思議な事に声は発しておらず、口だけをパクパクさせて何事かを叫んでいるように見える。そして小太りは、その中の一人の尻をつま先で小突くように蹴るなどしていた。

 あまりにも衝撃的な光景にしばし絶句してしまったが、同時に怒りがこみあげてきて、今すぐ乗り込んで、小太りを殴りつけてやりたい気分になった。しかし、ここで揉め事を起こすわけにはいかないので、ここは堪えて様子を見ることにする。

 HUDを起動して、子供たち全員の大まかな健康状態のチェックを行う。すると、全員が軽い脱水症状と栄養失調状態に陥っていた。また、着せられているボロでは体温を保持することができず、低体温症の危険があると診断されている。更には、体中のいたる所に擦り傷と暴行を受けたであろう打撲痕が認められ、かなり悲惨な状態である事がわかった。

 子供たちは、首にも枷のようなものが()められていて、注視選択から解析を行うと、首の辺りから物理保護領域の反応が検知される。荷台の前方へ回り込み、壁越しに接近して更に細かく走査をかけると、首枷からは内側へ向けて物理保護領域が展開しており、声帯の動きを阻害していた。この首枷は、子供たちが声を出せないようにするための拘束具のようだ。

 ここでまた怒り心頭になった自分は、ゆっくりと深呼吸をして気持ち落ち着かせてから、再度荷台の入り口に回り、男の様子を観察する。男は何事か子供たちを怒鳴りつけて、最も近くにいた男の子の手を捻り上げるように取ると、自分の手のひらに炎を生成して男の子の手の甲へ押し付けた。炎の熱に悶絶した男の子は失禁して暴れたが、男は彼の太ももを蹴り上げると、尚も炎で追い打ちをかける。

 ここでとうとう我慢できなくなり、入口から少しずれた位置へ移動した自分は、荷台の側面を殴りつけた。展開したユカリセットや、ナノマシンによる様々な強化と物理保護によって守られた拳は、外装の鉄板をひしゃげさせ、直径一メートルほどの窪みをつくり、荷台を大きく揺らす。

 すると、激しい物音に気付いた星光騎士が詰所から飛び出して、気舎の方へやって来る。騎士は慌てたように荷台へ駆け込み、小太りの男へ声を掛けた。


「何事ですかニーヴ卿!?」

「わ、わからんっ! 突然気舎が揺れてこのありさまだ。いったいなんなのだ!」


 荷台の内側に張られていた木の板は、自分が撃ち込んだ拳のせいで粉々に砕かれ、鉄板が露出して粉塵が舞っていた。内側へ向けて出っ張った鉄板の先端部分は、伸びに耐えかねて若干裂け目ができており、そこから差し込んだ陽光が、内部に舞う埃に光の筋を作っている。

 それでも怒りは収まらず、今度は荷台の後方へ回り込んで、気舎の推進装置であるプロペラを破壊し、ボイラー部分を丘陵地帯へ向けて思い切り蹴り飛ばしてやった。奇麗に決まった回し蹴りは、円筒形のボイラーを吹き飛ばし、派手な破壊音と噴出した蒸気の軌跡を残しつつ、なだらかな丘の斜面へ落着した。そして、ゆるゆると転がりながら、元いた場所へ戻ろうとするように、斜面を下って来る。

 先ほどよりも大きく揺れた車体から、剣の(つか)に手を掛けた星光騎士が慌てて飛び出して来るが、辺りには何者の姿も確認できないため、気舎の周りや車体の下を覗き込み、首をひねっていた。そこへ、騒ぎを聞きつけた応援の騎士たちも集結し、現場は騒然となるが、やはり騒動の原因を掴む事ができず、困惑するばかりだった。その間、ニーヴと呼ばれていた小太りの男は、外に出て来て騎士たちに何かと文句を言いながら、原因を探せだの代わりの気舎を用意しろだのと、大声で捲し立てていた。ただの肥満体の小男かと思っていたが、騎士たちよりも地位は高いようなので、教会に縁のある者なのかもしれない。

 一通り騒ぎ立てて、やがて車内に戻ったニーヴは、八つ当たりでもするかのようにまた子供たちへ暴力を振るいはじめた。自分の浅慮さを悔やみつつも、当面の脅威を排除するため、荷台へ乗り込み実力行使に出ることにする。

 この手の輩は、自分が痛みを受けると、途端に大人しくなるような情けない人間であることが多いはずだ。ならば、すこし怪我でもさせてやれば、しばらくは大人しくなるだろう。自分は男の背後へ近づき、今まさに女の子の頬を張ろうと振り上げた腕を捻り上げ、小指を折ってやった。


「なっ!? ゆびぃぃぃぃ! いぎゃぁぁぁぁ!」


 グキっという嫌な音と共に、突如曲がってはいけない方向へ小指を曲げられた小男は、驚愕の表情で悲鳴を上げる。案の定というか、普通指を折られたらこうなるであろうという予想通りの光景が展開され、激痛に悶絶したニーヴという男は、その場に(うずくま)り、ぎゃあぎゃあと喚き散らした。そんなニーヴの耳を掴み、ダメ押しとばかりに自分は一言脅しを加える。


「今度子供に手を上げたら命は無いと思え」


 極力低く作った声でそう告げてから、大急ぎで荷台を飛び出して場を後にする。


姿の見えない自分の声を聴いた男は、暴行を受けた男の子と同じように、情けなく失禁していた。外へ出て間もなく、入れ替わるように騎士たちが乗り込んで行ったが、野次馬が集まってきたこともあって、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 こんな風に他人へ危害を加えたことなどは、学生時代に友人とした喧嘩で、派手な殴り合いになったとき以来だ。正直あんな胸糞の悪い輩にでも、傷を負わせるのというのは相当に気分が悪く、この行為はかなり後味の悪いものになった。

 やつの小指を折ったときの嫌な感触と、靱帯が破断するブツンという鈍い音は、いつまでも耳に残っており、益々陰鬱な気分になってしまう。皆と交わした不干渉の取り決めもあり、荒事は避けたかったのだけれど、あんな場面を目撃してしまっては、自分を押さえることなど出来ようものか。しかし、感情を押さえられなかったことはかなり悔しく、浅慮且つ短絡的な行動に出てしまった自分にも、相当腹が立っている。

 ……それにしてもあの子供たちは何なのだ。これからどうなってしまうのだろう。恐らく、何らかの理由で迫害を受けている身分であろうと思われるが、色々な感情が入り乱れて過ぎて、考えがまとまらなかった。


「あーもう! ならどうすりゃよかったんだよ!!」


 無人の路地裏を抜けて宿へ戻る道すがら、ひとり虚空を怒鳴りつけて歩みを早める。今は早く帰って皆の顔が見たかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 時刻は十三時半。宿へ戻ると、酒場には遅い昼飯を食べる客がちらほらいたが、カウンターにリューの姿はなかった。店舗を通り抜け、住居のリビングへ向かうと、部屋には一人でお茶を飲むリューの姿があった。


「あ、ただいま戻りました」

「やぁ、おかえりハルイチさん。どうだったかな町の方は? 儂はなかなかいい町だとおもっとるんだが」

「ええ、そうですね。活気がありますし、皆充実した生活をしているようですので素敵なところだと思います。ところで、お店の方はいいんですか? お客さんもいたようですけど……?」

「なあに。あれは近所の仲間連中だよ。放って置いても食器を片付けて帰って行くさ」

「ああなるほど。ご友人の方だったんですね……」


 彼と他愛のない話をしている間も、子供たちの姿が頭から離れず、会話の合間にしばしば視線を落としてしまう。


「町で何かあったのかね? 辛い顔をしておるようだが」


 やっぱりここ最近色々と顔に出やすくなっているようだ。以前はこんな事は無かったはずなのだけれど。


「いやぁ。実は……酷い扱いを受けている子供たちを見ました。幼い子供たちがいい大人に足蹴にされたりしていまして。ありゃなんなんですか?」


 そう話を切り出すと、リューの顔は厳しい表情になり、やがてぽつぽつと話をはじめた。


「あの子たちは“無辜(むこ)の子”と呼ばれている子供たちだよ……。教会の教えでは、人は生まれながらにして罪を持つと言われている。子供は普通十歳になると、神の洗礼を受けることで罪の(ゆる)しを受けて、初めて人として認められるのだ。そうして洗礼を受けた子供は、はれて神技を授かることができる」


 これがミィルの言っていた洗礼の全貌と理由か。何だか嫌な感じだ。


「だがね、中には洗礼を受けたにも拘らず、何の能力も発現できない子供もおるのだ。そういう子たちは、罪を忘れてきた子供とされていてな。罪の無い者は、神の赦しと加護を得る事ができんのだそうだ。すなわちそれは人としても認められないという事にほかならん。つまり――無辜(むこ)の子たちは人ではなく、“物”としてしか扱ってもらえなくなるのだよ。痛ましい限りだがな……」


 なんだこの無茶苦茶な仕組みは。


 所謂(いわゆる)原罪思想というのは、地球の一部の宗教にも存在するものではある。だが、それはこんな理不尽なものではなく、洗礼によって皆等しく神の祝福を受けられるというもののはずだ。

 しかしここでは違うようで、能力が無ければ人間扱いされないなどというむごい教義を敷いているらしい。僅か十歳足らずで理不尽な選民を受けて、人権を奪われてしまうなど、自分の暮らす世界ではまず考えられないことだ。


「では、無辜(むこ)の子となったあの子たちはこれからどうなるんですか?」

「それが儂にもわからんのだ……。恐らくそれを知っている人間は殆ど居ないのではないかな。無辜(むこ)の子たちは、皆身寄りのない孤児だと言われとるが、それ以上の事は何もわからん。無辜(むこ)の子に関わるのは教義でも禁忌とされておるしな。星光教の禁を破るような事があれば、ほとんどの場合極刑は免れんだろう。あの子たちに触れるということは、自分の命も危険に晒されるということなのだ。だから悪い事は言わん、ハルイチさんもこれ以上関わるべきではない」


 星光教会の禁忌について嗅ぎ回れば命が無い。端的に言えばリューの言った事はそういう意味だろう。星光教では他にも様々な禁忌が規定されているらしく、それらの殆どが極刑を以て処罰されるのだという。おかげで罪人を収監する必要もなくなるらしく、近隣の地域には監獄などの収容施設は非常に少ないそうだ。随分と極端で恐ろしげな話である。


「いや、でもちょっと待ってください。星光教は宗教ですよね? 司法機関や行政はどうなっているんです? 諸外国との外交や法律の制定とか税収の管理とか、他にもいろいろあるでしょう? 何故星光教がそんな権力を持っているんですか?」


 そうリューに質問を投げかけると、彼はきょとんとしたような顔になって、信じられない言葉を口にした。


「外国とは何だね?……初めて聞く言葉だが。税金や法律なんかは全部教会で管理しておるし、ハルイチさんがいるティカ大陸の方では違うのかね? 儂は聞いた事が無いが、地域によって教義も違ったりするのかね?」

「えっ!? あ~ええ。そうですね。自分の生まれ育ったところでは……違いますね……」


 よくよく話を聞いてみれば、この世界には国という概念も独立した政府といえる物も存在せず、世界は星光教によって一つに統治されているようだった。そしてさらに、言語や通貨もすべて共通で、ちがうのは地域ごとの地元文化の差異程度らしい。

この星ではあらゆるものが統一され、ある意味理想の世界を作っているようだ。当然国家間の紛争などあるはずはなく、どこへ行っても大きな争いなどは存在しない。唯一の最大の脅威と言えば、世界中で忌神(いみがみ)によって人が襲われ、死んでいることだけだという。

 普通こんな世界があり得るはずはない。国は無くとも、個人の思想差は必ずあるものだし、それによって派閥が形成されれば、どんなにくだらない理由でも対立は必ず生まれるものだ。人間であるならば、間違いなくそういうことが起こるのだ。だがそんな物も一切存在しないとリューは言っている。

 一見、理想の世界を形作っているとも思えるこの星は、極めていびつな社会システムを構築しているようで、不気味過ぎる世界の在りように理解が追い付かず、テーブルに伏せてしまう。

そうして頭を抱えている所へ、うちのメンバーとミィルの四人が戻って来る。そしてやや遅れてリエルも現れ、聞けばチェックアウトされた部屋の掃除と、ベッドメイクを皆で手伝っていたそうだ。


「あー、ハルイチ! どこで遊んでたの~? お家のお手伝いしないとだめなんだよ?」


 開口一番ミィルからお叱りを受けたことで、抱いていた懸念の大半は吹き飛んでしまった。

 

 ミィルからの諫言(かんげん)を聞いて、三人は笑い出す一方、リエルは「お客様に失礼でしょう」とミィルを(たしな)めている。自分の正面ではリューが苦笑いを浮かべ、一言「すまんね」というと、お茶のお代わりを注いでくれた。


「ほんとミィルの言う通りだ。まったくほっつき歩いてばっかで、俺は駄目な大人だよ~」


 大げさなリアクションで再度テーブルに突っ伏すと、ミィルがそばへやってきて「素敵なお嫁さんがいればハルイチの面倒もみてくれるわよ」などとマセた事を言いながら、自分の頭を撫でてきた。豪胆な女の子だなあ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 賑やかな一家団欒のように、笑い声の絶えないティータイムを満喫していると、突然店外から男の怒号が飛び込んでくる。

声の主を確かめようとリビングを出ようとしたとき、自分はいきなり部屋の中へ突き飛ばされるように押し戻された。突然の狼藉に腹を立て、突き飛ばした者の正体を見極めようと睨み返してみれば、リビングの戸口には白い鎧に全身を包んだ星光騎士がふたり立っており、この部屋唯一の出入り口を固めていた。やがて騎士の後ろから聞き覚えのある声がして、ふたりが左右に身を引くと、そこには右手首から小指にかけて包帯をぐるぐる巻きにした、さきほどの胸糞悪い小男が立っていた。


「わたしは、星光教会キトア支部筆頭審問官ディプス・ニーヴである。ここにハティ・ミィルという少女がいると聞いてやって来たが、本当か? それが事実なら速やかに我々に差し出すように。この娘には教会より捕縛命令が出ている」


 やにわに何を言い出すのかと思えば、この小男はミィルを寄こせなどと言う。


「何故でございますか審問官様? 私共の孫が何か無法を働いたとでも?」


 ニーヴの言葉に、リューが慌てて立ち上がり理由を問うが、状況が掴めないため、自分はリューと小男のやり取りを見守る。サクラは、ミィルを抱くリエルの前に立ちはだかり、鋭い視線を入口の三人へ向けている。そのわきをランが固め、ユカリは緊急時に備えてか、何やら考えを巡らせているような顔をしていた。


「お前たちの孫娘ミィルには、両親殺害の嫌疑が掛けられている」


 そんな馬鹿な。ミィルの両親は、間違いなく変質体に殺害されてしまっているし、明らかに彼女は被害者のはずだ。なのに、何をどうしたらそんなことになるんだ。話が滅茶苦茶じゃないか。


「おいおっさん、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ? 頭かち割るぞオラ!」


 いきなりでかい声で誰かが叫んだかと思えば、声の主はサクラだった。ニーヴの言葉にブチ切れたためか、小男へ怒りに燃える眼差しを向け、今にも掴みかかりそうになっている。


「貴様ぁっ! 審問官殿に対して無礼だろう!」


 すると即座に反応した星光騎士が声を張り上げ、彼女の暴言を一喝して(つか)に手を添えた。


 ところで、何故この星光騎士と言う連中はフルプレート装備の上に帯剣までしているのだろう。戦争をするわけでもないのに、変質体と白兵戦でもするつもりなのだろうか。そういえば騎兵なども見ないが、むしろ馬っぽい動物を見ていない。ここでは使役動物なんかはいないのだろうか……。なんてのんきなことを考えている場合ではなく、これはどうみても不味い状況だ。


「どうどうどう。サクラ~いい子だから落ち着こうな~。申し訳ありません審問官様。私の娘がとんだご無礼を働きまして……。ええ、何卒ここは一つ――」


 サクラにハグをして、あちこちを一通り撫でてから、自分は揉み手をしつつ営業スマイルでニーヴへ近付いてゆく。


 今にも抜剣しそうな勢いで、剣を握っている騎士へ耳打ちをしながら、手の中に生成した金貨の詰まった袋をそっと握らせ目配せをした。かたやニーヴは、先ほどサクラの発した恫喝に怯えて固まっており、おろおろと目を泳がせている。実を言うと、さっきのサクラは自分もちょっと怖かった。

 と、金貨を受け取った星光騎士が、ニーヴの耳元へ何かを囁き袋を手渡す。まず騎士が金を受け取らなかったらどうしようかと思ったが、いかがわしい教育は行き届いているらしい。そしてコイツも見た目通りの輩だったようで、難なく懐柔された小男はそれを懐へ仕舞うと話を続けた。何だこのテンプレみたいな展開は……。札束での打撃効きすぎだろ。紙幣じゃないけど。


「お、おまえ。この辺りでは見ない顔だな? どこから来たのだ?」

「これは申し遅れました。私はハルイチと申します。最近ティカ大陸よりこちらへやって参りまして、昨夜からここに宿泊しております。こうしてあちこち渡り歩いては、商売などをしておりますため、手前みそでは御座いますがなかなかに商売上手で御座いますよ。つきましては、ニーヴ様ともいいご関係になれればと思っておりますので――これはほんのお近づきのしるしで御座います」


 自分はにやにやと笑いつつ、皆からは見えないよう更にニーヴへ金を握らせる。最早某FPSのトレーダー前でカネをばらまく要領だ。現生だ、熱いうちに持ってってくれ。


「う、うむ、そうか。……ゴホンッ。あ~、海の向こうのティカと言えば、まだまだ未開の地。田舎娘ゆえ、私の身分が理解できぬのも無理からぬことよ。私は寛大であるから、あ~今回は、その(ほう)の無礼も見なかったこととする。……それで、そちらの陰にいる娘がミィルだな?」


 下卑(げび)た笑いを浮かべつつ、サクラとリエルの陰に隠れているミィルを、ニーヴは汚い視線で(ねぶ)るように見ていた。よく見れば、ランの隣にいるユカリにもまとわりつくような汚い視線を向けている。もしかしてこいつはロリコンなのだろうか。絶対に許さんぞ。

 コイツは中も外も醜い小太りの中年男のようだ。背はかなり低く、恐らくランより十センチは低いだろう。ベルベット生地でできたような、趣味の悪い金刺しゅうが入った真っ赤なコートを引きずるようにはおり、内側にはダブレットのようなものを着けているが、それもやはり赤地に嫌味な金の刺しゅうが輝いている。ただでさえ短い脚に、モンペめいたダボダボのパンツルックで短い足をマシマシにしており、こちらも赤と金がこれでもかと組み合わされていた。どこを見ても刺激の強い配色なので、少し眺めただけで目がチカチカしてしまう。

 全体的に見ると、大昔に流行した南蛮服を出来損ないにしたような酷い服装をしている。しかし、小脇に抱えているロシア帽のようなふさふさの帽子だけは黒く、こんなのでも家の中では帽子を脱ぐ礼節くらいは弁えているらしい。けれど、それを被るための頭はピカピカだった。左手の各指にも、まぁ色々と(はま)っているわけで、でかい石なぞがゴロゴロとついていたが、下品過ぎてそれ以上観察する気にはなれなかった。


「さぁその娘をこちらへ。従わない場合は極刑を持って対処することになるぞ?」


 出たよ極刑。なんなんですかね極刑って。ここで妙案が浮かんだ自分は、ローカルリンク通信を開き、皆へ指示を伝える。


『皆聞いてほしい。ここは一旦やつの指示に従うことにしよう。ユカリ、ミィルのナノマシンはまだ不活性化してないよな?』

『ええ。まだ未処置よ』

『なら命に危険が及ぶことはないな。でも念のため観測子(かんそくし)をひとつ付けることにしよう。それからサクラ、もう落ち着いた?』

『うん……。大丈夫だよ晴兄(はるにい)。なんかごめん』

『いや気にするな。包帯が巻かれたあいつの手だけどな、あれやったの俺なんだ。昼間見せしめに小指をへし折ってやったんだが、とりあえずここはそれで我慢しといてくれ』

『えっ!?』


 サクラは声を上げたが、驚いていたのは彼女だけではなく、ちらりと見やったユカリやランも同様だった。


『ラン、観測子(かんそくし)の管理は任せる。ミィルに何かあった時は全力で守ってくれよ』


 観測子(かんそくし)の親機でもある探査機をランにまかせ、ミィルの周辺監視と緊急事態への対応力を確保する。彼女に危害が及ぶようであれば、兵装を用いてでも連中を止めて転送収容するためだ。


『わかりましたわ。まかせてくださいまし』

『そんでサクラ。リエルとミィルの説得を任せられるか?』

『うん、大丈夫……』

『んじゃあ以上だ。後は出たとこ勝負のいつものやつで』

『『『了解』』』


 作戦は決まった。この先どう転んだとしても、ミィルや夫妻の命だけは確実に守ることにしたので、最悪な結果にはならないだろう。(かたわ)らでは、悲しい表情をしたサクラがリエルとミィルを説得している。しかし、ミィルは中々聞き分けてはくれず、リエルの元を離れようとしない。そこでサクラは、ミィルへ何事か耳打ちすると、指切りの作法を教えて、なにか約束事を交わしているようだった。

 リビングの入り口で待たされている教会の三人は、彼女らのやり取りに()れて来ているようで、そろそろ限界を迎えそうだった。そこで再度自分はニーヴへ近付き、さっき渡した金額の四倍程の追い賄賂を渡しつつ、更に小声で耳打ちする。


「ニーヴ様。できればあの娘、私に譲ってはいただけないでしょうか? 私、奴隷商なども営んでおりまして。また……その筋より教会のお噂は色々とうかがっております」


 ここへ来て日も浅いし、噂なんて聞いたこともないが。


「なにぃ!? おまえの商売には無辜(むこ)の子の取引も含まれておるのか……。まさか教会外にもそのような者がいるとは。うーむ、ならば丁度よい。わたしの抱えている在庫も後で見せてやろう。あの娘も金額次第では回してやらんことも無いが、一応形式上の手続きもあるのでな。一旦支部まで連れて行くことにはなる。大した時間はかからんからすぐに取引できるだろう」


 適当なことを言って少しカマをかけてみたところ、ニーヴはあっさりと自分を本物の奴隷商人だと思い込み、無辜(むこ)の子たちを使った教会の人身売買についても口を滑らせた。というよりも、この星にも奴隷などと言う概念があることに驚いた。奴隷制度なんて非効率的なのになあ。あほくさ。

 当初は見てくれから抱いた偏見でしかなかったが、やはりと言うか……。こいつらは、裏でとんでもないことをやっている外道な連中だったようだ。その事実には強い怒りを覚えたが、昼間の反省を踏まえ気持ちを殺して平静を装う。


「左様でございますか。ありがとうございます。では何卒よろしくお願いいたします。……しかし、何故あのような幼い娘が両親の殺害などを企てたのでしょう」

「ふん。これは間違いなく濡れ衣だろう。私もただ上からの指示で動いている故それ以上は知らんが、恐らくは――いやこれ以上は止めておこう。お前も自分が可愛いなら今の話は聞かなかったことにしておけ。それはそうと、お前の連れているあの一番小さい娘。あれも商品なのか? なんならアレとミィルを交換してやってもいいぞ?」


 ちょっと金を握らされたくらいで、本当にべらべらと良く喋ってくれる審問官様である。


 ニーヴがミィルを見るついでに、ユカリにもねっとりとした視線を向けていた理由はそういうことか。こいつの好みでは、ミィルよりもユカリの方がいいってわけだ。あ~あ、すごく気分が悪い。気分が悪すぎて、今ここでこいつの目玉を潰してやりたい。


「まことに残念ですがアレは私専用でございまして、商品ではございませんので交換することもお売りすることもできないのです。その代わりと言ってはなんですが、ミィルのお代には色をお付けいたしますので……」

「うむ、そうか。残念だがしかたあるまい」


 ぺッ、くそが。いつかその短い脚を逆に曲げてやる。にこやかに汚物を見るような目をニーヴへ向けて、心の中で悪態をつく。


「申し訳ございません」


 そうしてふたりで悪い顔をして、軽く握手を交わす。小男の手は何やらぬるついていたので、後で念入りに洗っておこうと思った。しかし、こんな話していたなんてユカリが知ったら、彼女はどういう反応をするのだろうか。

 ひとまずは、これでミィルの身の安全も確約できたことだし、ついでに自分の売り込みも行えたので、うまくすれば今後の調査にも活かせるかもしれない。


「絶対だよサクラ……。約束だからね?」

「うん、絶対ね。無敵のサクラちゃんに任せときなさい!」


 サクラはそう言うと腕をまくって、力こぶを作って見せていた。


「ミィル!」


 リューが彼女の名前を呼んで近寄ろうとしたとき、リエルが彼を抱き留めて首を横に振った。

 

 涙目で何度も振り返りながら連れて行かれるミィルを、夫妻は苦悶の表情で見つめている。

ニーヴが店先にとめていた気舎へミィルを押し込めると、ドアの開いた酒場の入口からは、ゆっくりと速度を増して走り去る車体が見えた。そうして気舎が見えなくなると、やっとリビングの出入り口が解放され、残っていたふたりの騎士も宿を出ていった。

騎士を追うようにして皆で外へ駆け出ると、夫妻はミィルを乗せた気舎が見えなくなるまで、涙ながらに見送っていた。

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