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拾 ~ 遭遇戦 ~

「生まれて初めて箱膳(はこぜん)なんて見たよ。ましてや地球から一万光年以上離れた惑星で……」


 部長から依頼のあった仕事を終えてからは、特にすることもなく。お茶を飲んだりごろごろしたり、PCで動画を見たりして過ごしていた。HUDの時刻を見ると、十七時四十分を回っていたため、今日も大したことをしてない事実に嘆息する。そしてここで初めて食べる夕飯は、座卓がないこともあって箱膳(はこぜん)給仕形式になっているようだ。


「こちらでのお食事の提供は、こういった形式と通常の物とがあるようです」

「因みに通常の方法では、座卓が必要となりますので、囲炉裏がこうなります」


 何やらムツミが囲炉裏の端の方をいじると、五センチほどの高さがある縁が床と同じ高さに沈み込み、灰の溜まった囲炉裏部分が五十センチほど凹んだ。すると、長辺の双方向から両開き扉のように底板が閉じられ、中央部分にはヒーターが出現する。一方、吊るされていた自在鉤(じざいかぎ)が上方へ格納されると、空中に生成された炬燵(こたつ)一式が窪み上へ収まり、あっという間に()炬燵(ごたつ)へと変化した。この間、時間にして七秒弱ほどであった。

 こういうのは今更驚きもしないが、ムツミが操作した部分は気になったので、彼女の横に回って平らになった囲炉裏の縁を見る。そこには、自分のいた位置からは見えない角度で、半透過コンソールが表示されていた。なるほどと思い、メイのくれた拠点マニュアルに目を通すと、他にも色々な機能が盛り込まれているようだった。


「ほうほう。折角の囲炉裏は惜しいけど、普段もこの方がいいかな。慣れてる方のが落ち着くし」


 言いつつ他の三人に視線を送ると、皆も首を縦に振っているので、こっちの方がいいらしい。


「左様で御座いますか」

「では以後この形態で御提供いたします」


 彼女たちは瞬く間に箱膳(はこぜん)を収納して、炬燵(こたつ)の上に配膳を完了する。


 今夜のごはんは刺身定食で、白飯と酢飯が選べる形式になっていた。各種刺身の盛り合わせといくつかの小鉢が付いて、汁物は鉄鍋に入った大きなアサリの味噌汁だ。多分これは自在鉤へ吊るすつもりだったのだろう。

 ここでも、自分とチカ&ムツミは普通の膳で提供されているが、食いしん坊の三人にあてがわれた物は、ほぼ無限お(ひつ)とほぼ無限刺身盛り合わせというお馴染みのシステムになっている。


「どこにいてもふたりは完璧な対応ができるんだな~。ありがてぇありがてぇ」


 言いつつチカとムツミへ手を合わせて拝む。


「生みの親が優秀なんだもの、当然よね」


 またユカリが自慢げにドヤった笑みを浮かべている。その割に彼女は、自分の膝の上でぬくぬくと夕飯を食べているのだから、威厳も尊厳もあったものではない。


「こんな甘えん坊幼女からこんなにしっかりしたふたりが生まれて来たなんてねえ。俺は信じられないよ」

「そうですわ。お姉さまはズルいです」


 笑顔だったユカリは自分の言葉を聞いて、途端にムッとした表情になり、ランのズレた追い打ちで更に機嫌が悪くなる。彼女がころころと表情を変える様は、やはり面白かわいい。


「なによぅ。私が甘えることとそれとは関係ないでしょう? それにランは自分で遠慮してるんじゃないの? もういい加減慣れなさいよ。あれから時間だってずいぶん経ってるでしょう」


 それとこれとは話が別だ、と言う彼女の弁は全くその通りで。自分もからかい半分のためそれ自体には全く異論はない。

一方ランの方だが、彼女は露天風呂で起きた例の事件以降、回復の兆しを見せてはいたものの、現在では控えめの性格に落ち着いてしまっている。やや距離を置いて、怪しげなエモート(くねくね)を行っていることはあれど、直接的な行動にはさほど走らなくなり、より大人しい性格に落ち着いたようだ。しかし、嫉妬深さは姉妹随一らしく、特にユカリとサクラに対しては容赦なく文句をぶつけている。それでも、流石にヨリとリエには頭が上がらないようで、ふたりに対して愚痴をこぼすようなことは一切ない。というよりもふたりには隙が無いので、文句など言いようがないのだろう。


「ランもこっちへ来るか? 今ならサービスするぞ?」

「もう。晴一くんまでからかうんですの? 今のわたくしがそういうのに弱いって知っていますでしょ!」


 やや赤面しているランは、頬を膨らませてぷりぷりしていてとても可愛らしい。


「そうかい。サービス期間は無期限だから、気が向いたらいつでもおいで。んで、サクラはいいの?」


 ランの隣で黙々と夕食を貪っているサクラにも、同じように聞いてみると、いつもの笑顔で答えた。


「あたしはよく絡み合ってるでしょ? 組手とかで。あんなとこやこんなとこ突き合わせたりさ~」


 言葉の後半に、にやにや顔になったサクラは、わざとらしく意味深な言い回しをする。


 その言葉を聞いて、ランは更に憤慨したような顔を自分へ向け、膝の上のユカリもアホ毛の機嫌が悪くなっているようだった。


「言い方……。突き合わせてるのは拳とか打撃の話だろ。姉たちを無駄に煽るんじゃないよ。ふたりもログ見たらわかるでしょーが」


 この言葉で、こちらへ向いていたユカリとランの怒りはサクラ方面へ軌道修正され、自分の元には穏やかな空気が戻る。が、なぜかチカとムツミが距離を詰めて、左右からぴたりと挟んできた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 あの後も含みのあるサクラの物言いに、ふたりの姉はすっかり乗せられていた。彼女らはぎゃーぎゃー騒がしいことこの上なく、その状態は、風呂場を経由して布団に入るまで、ずっと続いていた。この収拾のつかなさ加減は、恐らくヨリの存在がないことに起因しているはずで、早いところ調査を進めて彼女を召喚するか、帰宅したいと心より思った。

 そんなこんなで夜が明けて、時刻は午前七時。bへの降下後初めての朝。自分とユカリ、ランとサクラの三人は、現在拠点の直上にある砕石だらけのガレ場に出ている。

 今朝早くに、周辺を走査していた探査機から報告が入り、UFの存在も監視の気配もないとのことだったため、いよいよ現地での実働による調査へ乗り出す運びとなった。実働部隊の戦力に過不足はなく、拠点が無人なのもよくないので、残念ながらチカとムツミはお留守番である。

 いざ地上へ出てみると、周囲は闇に包まれており、頭上には満天の星空が広がっている。メイの話によれば、bと地球時間とでは十二時間ほどの時差があるそうなので、現地時間は十九時前後となっている。なので、時計表示も自動的に対応地域に切り替わるよう、設定を変えた。

 ユカリは、まず手始めにここから北へ七十キロほど進み、山岳地帯を抜けて街道筋まで出ようと言う。差し当たって問題なのは移動手段だが……。


「徒歩よ」

「「「徒歩」」」


 徒歩。それは自分の足で歩くと言う、古来からの最も基本に忠実(オーソドックス)な移動手段。


「手段自体に異論はないんだが、それは装備を使っていいってことで?」

「ええ。私があげた装備を使って、超音速で移動ということよ。でも飛行は禁止。UFに察知される可能性がないとも言えないし?」

「わかった。そこまではいいとして、電力的に大丈夫なの? 今要塞惑星とは動力リンク切ってるじゃん?」

「大丈夫。ちゃんと策は講じてあるから」


 超空間リンクを使用すると、副次的な問題として各接続点には特徴的な重力波が発生する。その規模は、リンク内を通り抜けるものが持つエネルギーの大きさと、リンクの形成時間に比例する。つまり、電力供給リンクを使用して、常に大電力を消費するような行動を取ると、大きな重力波が発生することになり、敵対勢力などに容易(ようい)に検知されてしまう。それはいわば、太鼓を打ち鳴らしながら行軍するようなものだ。更に送り手と受け手からは、同規模で同じ特徴を持つ重力波が発生する事になり、下手をすると要塞惑星の所在が知られることになりかねない。相手の能力が分からない現状において、これは非常にリスクが大きいと言える。

 そんな事態をカバーするために、足元にある地下拠点には大規模なリアクターと、金属水素ペレットの生産設備が搭載されている。ここ生産されたペレットを、リンクによって補給しつつ行動できるよう、調査計画は立案されているのだ。また通信や転送は、自身が消費するエネルギーが小さく、リンクがアクティブになる時間も短いため、さほど大規模な重力波は発生しない。

 またこの重力波は、どんなに大規模であっても、原子数千個を振動させる程度のものであるため、周辺環境に対する影響は皆無である。と、ユカリは言っていた。


「概要はこんな感じだけど、もっと詳しい事が知りたいなら――」

「例の資料と計画書を良く読めってことね。後で頭に叩き込んでおくよ」

「むー、先に言われた。でもまぁ、聞いてくれれば全部教えてあげるわよ。晴一のためだし」


 足元の石ころを蹴飛ばして、ユカリは照れ臭そうにありがたい事を言ってくれた。


「そだな。どうしても分からなかったらちゃんと聞くよ。ありがとな」


 若干もじもじ気味のユカリの頭に手を置いて、彼女の申し出に礼を言う。


「おー? またいちゃいちゃしてるね晴兄(はるにい)。ラン(ねえ)がやきもち焼いちゃうよ?」

「なあっ! わたくしは関係ないでしょう!」


 このままだと、また昨夜の喧騒の続きが始まりそうなので、二人を(たしな)め話を戻す。


「あまり喧嘩するようなら、メンバー入れ替えも止む無しだぞ。でだ、ルートはどうすんだい?」


 ランはサクラを睨みつけて不満そうにしているが、サクラの方は全く意に介さずといった様子で、けらけら笑っていた。


「とりあえず街の方……ええと、キトア方面へ向けて山を越えて行くわ。そうすると、途中で街道に当たるはずだから、道に沿って探索しながら進みましょう。街道筋はもう現地人の生活圏だから慎重にね。それから晴一。ナノマシンを適用した今なら、その場からの転送もできるから帰りに使ってね。まあこれは装備単体でも可能ではあるけれど」


 ユカリは全員を見回して確認を取り、皆で頷くと位相移替偽装(いそういたいぎそう)を展開し、サクラを先頭に岩山を駆けあがった。やや縦列になるような形で、サクラ、自分、ユカリ、と並び、殿(しんがり)はランが務める。

 過去に箱庭で自分が行った、なめ子との競争と同じ手法で進行方向へ真空領域を作り、衝撃波の発生を回避しながら超音速で移動する。山岳地形に対しても徒歩での移動はスムーズで、峡谷や障害物などを大きく飛び越えながら、ほぼ一直線で目的地を目指して進む。というよりも、地面を蹴る歩幅が数キロに及ぶため、実質低空飛行しているのと変わらない。

 HUDに表示されている速度は、時速約二千キロメートルを指しており、このまま行けばあと十数秒で街道に出られるはずだ。MAPでも、みるみる目標地点が近づいて来ているので、山頂のような視界が開ける場所では、肉眼でも遠方の目的地が確認できるほどだ。

 やがて、目標地点近傍五百メートル程の地点に到達した一行は、森になっている街道周辺部に身を潜め、人の往来やUFなどの存在がないかを詳細に走査する。道中最後の山を下りて、裾野になっている数キロの範囲には、深い森が広がっており、人目を避けて行動するにはうってつけのロケーションだった。


「この時間に出歩いている人はいなさそうね。治安もさほど良くは無いらしいし」


 拠点から北へ、約七十キロほどの地点にあるこの街道は、キトアを経由して更に北方や東西へ向かうための交通路となっている。街道沿いには点々と小さな宿場町があり、ここからさらに街道を七十キロ少々進めばキトアへ至る。この道は流通経済の要でもあるため、夜になると一部の区間では夜盗の類が出る噂もあるらしい。そんな道をユカリはしばらく歩いて、周囲を探索しつつ情報収集すると言っている。


「宿場町に入るまでは偽装は解かずに道に沿って歩きましょう。現地の空気にも慣れておきたいし。それから服装のデータは共有しておいたから、町に入るまでには着替えてね」


 そう言って皆に確認を取ると、ユカリは森を抜けて街道まで出ようと言い、先頭を走って行く。


 木々の間を風のように駆け抜け、数百メートル進んだ先で視界が開けた。ここで森を抜けたようだ。

幅の広い往来は、意外な事に石が敷き詰められ、しっかりとした舗装が施されていた。自分は、もっと荒涼としていて、ぬかるみに荷車がはまり込むような悪路を想像していたのだが、全くそんな様子はなかった。整然と、隙間無くはめ込まれた石の舗装は非常に滑らかで、アスファルトのような平坦さを持つ奇麗な道である。また端の方には、蓋のついた側溝まで用意され、水捌けについても配慮がなされているらしい。

 出てきた森の反対側は、道を挟んで草原のようになっていて、なだらかな丘陵地帯めいたシルエットが遠くへ続いている。また空を見上げれば、見たことのないい模様をした月が浮かんでおり、衛星をひとつ従えている所まで、bは地球とそっくりだった。月は、地上の生物に対して大きな影響力を持つため、(ある)いはそういった惑星を()えて選んで、彼らは人工進化計画を行っていたのかもしれない。


「しかし、気温が低いな。マイナス九℃って……」

「この辺は北緯六十度付近の位置にあるらしいわね。衛星も無いし、まだ全域探査もしてないから大体の位置だけれど」

「北緯六十度って……。地球じゃ北極圏じゃなかったか? 色々強いから寒さは感じないけどさぁ」


 寒くもない肩をさすり、再度周囲を見回す。


 雪こそ積もってはいないが、周辺気温は非常に低く、目を凝らせば草木は霜を被っている始末だ。HUDから暗視を有効にして辺りを良く観察すると、丘陵地帯となっている方は全て枯草となっていて、微風に揺れる凍結した葉が月光をキラキラと反射していた。これは、身体強化がなければ相当きついだろうなと思っていたそのとき。緩やかな下り坂となっている街道の遥か前方で、何やら光が揺らめいているのに気づいた。

 小さく瞬いている鮮やかなオレンジ色の光は炎のようだ。HUDから光学望遠をかけると、何か大きなものが燃えているらしく、火の粉を散らしながら激しく炎を上げていた。と、同時に警告判定枠が展開され、自動測距で割り出された対象との距離は、およそ四キロメートルと出る。警戒対象となっている存在は、全高が二・八メートル、質量は十二・五トンとなっており、どうみてもただごとではない事態のようだ。


「ユカリ……」

「わかってるわ。早速UFのようね。少し前に重力波を検知してるから、転送によって現れたらしいわよ」


 咄嗟にユカリへ声を掛けると、当然自分より先に感知していた。(すで)に待機していた探査機との連携分析に入っていた彼女は、現時点で判明している情報を戦術リンク上に上げる。


「ユカリ(ねえ)どうすんの? やっちゃう? ねえねえ!」

「サクラ! わたくしたちの行動原則を忘れたわけではないでしょうね? 隠密行動に徹して、戦闘は極力回避すると約束したはずですわよ?」


 居ても立ってもいられないといった様子のサクラは、爛々(らんらん)とした眼差しをUFへ向けており、今にも飛び出して行きそうだ。隣のランはそんなサクラを(たしな)めて、お説教モードへ突入している。と、その時ユカリが意外な言葉を口にした。


「……排除しましょう。戦力割り当てはサクラが直接対処に当たって、ランはサクラの援護についてちょうだい。晴一は私を護衛しつつ要救助者を確保し次第即離脱。いいわね?」

「よ、要救助者!?」


 聞き返すが早いか、戦術リンクにユカリの解析情報がなだれ込み、即座に現場の状況が把握される。

可視光望遠では見えなかったが、UF近くの木陰には、襲撃に遭ったと思われる生存者が一名いるようだった。探査機からもたらされた直前の観測情報によれば、他にも二名人間がいたようなのだが、UFの攻撃と思しきものですでに消滅しており、遺体は破片すら残っていない。

 情報共有が行われた直後、サクラとランは一瞬でUFの元まで辿り着き、戦闘を開始する。それを追って自分とユカリも現場へ急行し、木陰に倒れていた少女らしき人物を回収すると、元いた場所まで取って返し、ユカリの手によって救護活動が開始される。その間、自分はユカリセットの能力を開放し、全周警戒モードの有効化と物理保護領域の範囲拡張を行って、全員を包み込む形で現場を確保する。

 しかし、ユカリが救護措置を開始しようとした瞬間、金属を打ち鳴らすような音と共に視界が大きく歪み、HUDが夥しい警告を通知したかと思うと、全ての感覚が消えた。だが、それはほんの一瞬の出来事で、即座ににユカリセットとナノマシンが修復を開始し、数秒で状態は回復する。何が起こったのか分からずにユカリの方を見ると、彼女も同様の現象に見舞われていたようで、その表情はやや混乱しているように見えた。そして、救護を行っていたはずの少女は、先ほどまでとは打って変わって目や耳から出血しており、危篤状態となっていた。


「ちょっと――さっきまで外傷なんて無かったのに! なによこれ!?」


 状況が理解できず、少女の容体を精査しはじめたところで、対象を撃破したサクラとランが戻り、不安そうな顔で少女を覗き込む。


「そういう事!? あいつめぇ……。このままじゃこの子が死んでしまうから、私と晴一は至急拠点へ戻るわ。ランとサクラには破壊したUFの残骸を回収してほしいの。それと、遺留品も極力集めて、なるべく痕跡を残さないようにしてもらえるかしら」


 ユカリは何かに気づいたように一瞬憤慨したが、すぐ平静を取り戻し、ランとサクラへ事後処理の指示を出す。それから、彼女の状態が思わしくなく、ここでの対応は不可能で猶予もないことから、拠点へ直接跳ぶことになった。


「うん、わかった。じゃあ行こうラン(ねえ)

「ええ……」


 ふたりが現場へ向かった直後、自分たちは即座に拠点へ転送回収される。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 帰還した拠点の土間には、チカとムツミが待機していた。速やかにふたりへ委ねられた少女は、緊急生命維持処置を受け、用意されていた診療装置に格納された。この診療台は、アイが虚空より引っ張り出していた、例の診療台と同じ物のようだ。

 簡易診断の結果、全身のダメージが深刻なため、脳機能の維持に重点を置き、体の方は一度分解を行って再生成を行うという治療方針がとられることになる。一通り説明を終えたチカとムツミは、浮いた診療台を伴って土間の玄関を出て地下へ向かった。

 彼女の処置が行われている間、自分とユカリは居間で待機して、先の戦闘ログの分析を行う事にした。ランとサクラの交戦ログを閲覧すると、遭遇したUFは宙に浮いた球状をしており、全身は黒い棘状の突起に包まれていた。正面と思われる部分の中央部には、口のような横長の開口部があり、内部は赤い歯状の突起物で埋め尽くされている。その外見は、まるで臭い息を吐いて、ステータス異常の欲張りセットを押し付けてくるような化け物じみたものだった。

 攻撃の主体は、全身を包む棘状の部位を高速で射出するという方法取っており、射出された棘に触れた物体は、光体となって消失している。この事から、恐らくこの棘はナノマシンないし、それに類する性質の分解能力があるものと推測される。さらに棘には強力な追尾能力もあるようで、物理保護領域で受け流した棘が軌道を変えて、再度彼女たちに襲い掛かる様子も見て取れた。

 しかし、減速された棘は消滅しており、運動エネルギーを一定以上失うと、自壊する仕組みになっているようだ。また、敵本体には物理保護領域の展開は認められず、サクラの打撃や、ランのプラズマ収束放射が有効だったため、制圧自体は数十秒で完了していた。

 問題はその後だった。UFを撃破して対象が完全に沈黙した瞬間、UF本体中心部より強烈な磁場の発生と放射線の放出が行われ、周囲へ甚大な影響をもたらしていたのだ。放射時間は六ピコ秒程度だったが、磁束密度の最大値は百八十ギガテスラとなっており、その後の計測値は振り切れていたため正確な値は記録できていない。一方放射線は、二秒間の放出で計三十四シーベルトと記録されていて、これを生身で受ければ即死してしまうだろう。

こうして、UFが機能を停止する際には、とんでもない置き土産を残して行くことが判明し、自分たちが受けたブラックアウト現象の正体は、強磁場干渉による一時的な機能不全だったということもわかった。


「ただいまー。や~まいったねえ~。まさかアイツがあんな最後っ屁残してくなんてさ~」

「ちょっと、あなた言葉が下品ですわよ。とはいえ、確かにあの断末魔には参りましたけど。でも次からは対策をすれば問題ないですわね」


 そんな声がしたので土間の方を見ると、問題のUFの最も近くにいたふたりが帰還して文句を言っていた。しかし、こんな膨大なエネルギー放射の直撃を受けても無傷なのだから、本当に大したものだ。以前ユカリの言っていた、恒星の中でも耐えることができるという話に偽りは無いようだ。


「ふたりとも平気? 怪我とかしてないか? まったく、生身であの場にいたら俺なんて即死だったぞ……」


 愚痴をこぼしていたふたりへ声を掛けると、途端に表情が明るくなり、両名は居間に駆けあがってばたばたと自分の元へ滑り込んでくる。


「晴一くん心配してくださるのね! 感激ですわ!」

「え~? 晴兄(はるにい)は近接戦闘してたあたしの事を心配してるんでしょ~?」


 帰還して早々、ふたりは昨夜の続きとばかりにまた口喧嘩を始め、深刻な解析結果のおかげでシリアスだったはずの雰囲気も、一瞬でぶち壊しとなる。


「あーもううるさいうるさい。ふたりとも大事な家族なんだから、俺は両方心配してんだよ!」


 自分を両側から挟みこんで、ぎゃあぎゃあとやり合う彼女たちの肩に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。普通の女の子と同じように、ふにゃっとした彼女たちの体は温かだった。


「ふたりが無事でよかったよ、ホント。お疲れ様」


 そう労いの言葉を掛けると、途端に彼女らは静かになって、照れたように脱力てしまう。ランだけがそうなるならともかく、今回は意外にもサクラまでもがしおらしくなっていた。おかげで意表を突かれ、こちらまで無言になってしまう。


「で、ふたりとも本当に大丈夫? 戦闘ログを確認したけど酷い有様だったじゃない?」


 そんな自分たちに優し気な視線を向けていたユカリも、ランとサクラに心配の声をかけた。


「大丈夫ですわよ。わたくしたちそんなにヤワでは無いですし」

「そーゆーのはユカリ(ねえ)の方が良く分かってるっしょ。それに、この体は本体じゃないし~?」

「それはそうだけれど、私だって心配なのよ。UFという対象に限らず、本格的な戦闘はこれが初めてなんだし」


 ユカリは何度かふたりの診断を行っていたようだが、どこも不具合が無いと知ると、やっと安心したようだ。実際サクラの言うように、ふたりの体は破壊されても替えが利くため、それほど深刻な話ではない。それでも心情的には、やはりやきもきするものである。


「それで。救助したあの子の事だけど……」


 治療に当たっているチカとムツミからは、まだ報告は上がって来ておらず、その後の容体はまだ分からない。とりあえず救命措置自体は完璧なので、命に別状はない状態だろう。などと話をしているところへ丁度ムツミが戻り、収容した少女の容体について報告をはじめる。

 自分とユカリが展開していた物理保護によって軽減されてはいたものの、彼女を危篤状態まで至らしめた要因は、UFが死に際に発生させた強磁場であった。強烈な磁界に晒された彼女は、水分の反磁性作用によって、体内から深刻な破壊を受けたのだ。

 一方放射線の方は、物理保護領域によって電力と運動エネルギーへと転換吸収されていたため、放射線障害の心配はないとのことだった。仮に影響を受けていたとしても、彼女の肉体の殆どは再構成処理されるのだから問題は無いだろう。また脳にも深刻なダメージはあったが、こちらは限定的にナノマシンを適用して喪失した機能の補填と修復を行えば、後遺症もなく完全に回復できると言う。その後でナノマシンを不活性化させれば、普通の人間にも戻ることも可能だそうだ。

彼らの技術であれば、命さえ失っていなければどんな状態からでも救命は可能らしい。


「なら、数時間もあれば完治するだろうし、早めに彼女を帰してやることもできるかな。まったく、戦闘は避けるって話だったのに。いきなりあんなもんに遭遇しちまうとはね……」

「あたしはちょっと楽しかったよ~。あんま手応え無くて物足りなかったけど」


 回した自分の腕を抱きしめて、サクラは笑顔でそんな事を言う。反対側にいるランは、サクラの態度に不満そうな顔をして、同じように腕にしがみ付いていた。


「もし他にも人がいたら、私は撤退を進言していたわよ。幸か不幸かあの場には三人しかいなかったから交戦する選択をしたけれど。そういう意味ではあの子も運がいいわね」


 そうは言うが、ユカリなら他に目撃者が居ても、危機に晒されている命があるなら迷わず助けに向かっていただろう。そんな彼女の弁は、照れ隠しも含んでいるので、まったく素直ではない。

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