第65話 ダイヤとお話する回
ダイヤは未だに耳の端を少し赤らめて椅子に座り、俺は何か上等そうな椅子に腰かけ、そして翠はベッドをビシバシ叩きながら「柔らかい! 柔らかい! 柔らか太郎かい!!」とはしゃいでいた。
柔らか太郎って何?
やわらか戦車の親戚か?
「で、王子様さぁ。こっちも仕返ししようってテンションではなくなったから普通に訊くんだけど、それは君の趣味なの?」
「……悪いかい?」
「悪くねえよ。むしろ良い。可愛いじゃん」
「ば、バカにしてるんだろう!! ふざけるなよ、このバカ!」
「別にバカにはしてねえよ、だいたいアレ俺の弟だぜ? あの子と仲良くしてる俺が、たかが女装でガタガタ言うわけねえだろ」
「はーい! 可愛い女装の弟です!」
「……ま、まあ。確かに」
俺の言葉にダイヤが不本意ながら納得したのか、ポリポリと頬を掻く。
女装程度で何か俺が思うわけねえだろ。
何なら俺もしようかな? と思ったこともあるが、俺はガタイがデカすぎるのと女装の楽しさより面倒くささが勝ったので辞めてしまった。
俺には女装は向いていなかったのだ。
メイクとか面倒くさいし。
ただ翠と一緒にメイクの勉強をしたので少しだけ詳しくなった。
「まあでも、女装って男しかできないからある意味一番男らしい行為だよな」
「何だ その理論!? ボクは初めて聞いたぞ!?」
「そうなの? 異世界は遅れてるなあ。俺たちの世界じゃ鏡に映った自分の女装姿を見て興奮するくらい一般性癖だったのに」
「一般の幅が広すぎないか!?」
そうか?
よくある話だろこれくらい。
「何はともあれ、邪魔したな。俺らは君に生意気を言われた仕返しに来ただけだけど、そんなテンションじゃなくなったしな。つーわけで、もう帰ろうぜ翠」
「はーい」
「えっ!? それだけ!?」
「そうだけど? 逆に何かしてほしいの?」
「そ、そういうわけじゃないけど……。信用、ならない。逆に何か裏があるんじゃないかと思ってしまうんだ」
「か~ッ!! なんだドイツもコイツも。信用ならないとか何とかよォ。弱みを握られたら代わりに何か要求された方が落ち着くのか?」
「そ、そうだな……。弱みを握られたままだと落ち着かない気がするんだ」
「まあ確かに、チ〇コ握られたままだと落ち着かないし、そういうことかもしれませんね」
「なるほど、一理あるな」
「いや無いと思うけど!! 何の話をしてるんだい!?」
「……ところで翠。それは比喩であって実際の体験ではないんだよね? 翠が爛れた関係になっていたら俺は世界を焼き尽くしちゃううよ?」
「兄の愛で世界が滅びますね。大丈夫ですよ、単なる冗談です」
「そっか~~~。良かった、良かった。男相手でも女相手でも良いけど、翠の純潔を汚すのが俺より魅力的でないと怒りで刺しかねないからね、俺」
「相変わらずお兄ちゃんは愛が重いですね~、あはは~」
「えッ? これ笑い事なの? 結構 怖いこと言ってない? っていうか! いい加減にしてくれないか!! 一体何の話なんだいコレは!!」
「え~。面倒くさいなぁ王子様は。良いじゃん、お互いに水に流せばさぁ」
「それだとボクがスッキリしないんだ!!」
「マジで面倒くさいなあ、王族ってこうなの? ……俺は子ども相手だと本気でキレてない限りどうでもいいし……。そこまで言うんだったら、翠ちゃん。何か要求とか――。あっ、そうだ。君さぁ俺の代わりに借金返済してくれない!?」
「借金!?」
「お兄ちゃん、流石に10歳の少年に借金返済の肩代わりを要求するのは人間的にマズいですよ」
「えー、やっぱそうかぁ。じゃあ翠が考えてよ、俺ぁパス」
「うーん、そうですねぇ」
翠は「う~ん」と考え込みつつ、腕を組んで考え込みながら、そのまま他人のベッドに勝手に寝転がり、枕を指先に乗せてクルクルと回転させて遊び始める。
お前 他人のベッドの上で寛ぎ過ぎだろ。
ちなみに俺は他人のベッドって何となく座りたくない。
だって他人の汗とか染み込んでそうだし……汗から作った塩は舐められるけど。
「あっ、じゃあ! ダイヤ王子、私とファッションショーしましょうよ! 毎晩!」
「はぁああああああああああああああああああ!!?? 何を馬鹿なこと言ってるんだ君は!!?? するわけ無いだろ、バカ! バカ! バー――カ!!」
翠の言葉に、ダイヤが目を見開いて声を上げた。
彼の顔は赤く染まっているが、それは単なる驚きや羞恥ではなく、僅かな期待が籠っているのを俺たちは見逃さなかった。
「ファ、ファッションショーなんて!! そんな低俗なものを!!」
「え~低俗ですか? 楽しそうじゃないですか?」
「だって人前で露出もある服とか着るんだろう!? 破廉恥だ!!」
「いやそんなパリコレみたいな本格的な奴じゃないですよ」
「ぱり……これ?」
「ああ、そっか。異世界だと分からないですよね。えーと、そういう本格的なアレではなくて。2人で服とか着せ替えっこしようかなってレベルの話ですよ、このお部屋で」
「あ、ああ……そんな話か。まあ、それなら――」
と、話していると階下からダダダッ!! と誰かが駆け上がるような音がしてきた。
おっと、やべえなコレ。
「王子!! 大丈夫ですかぁ!? 何か大きな声がしましたが!?」
「どうやら階下に居た衛兵がさっきのダイヤ王子の声を聞きつけて来たみたいですねえ」
「そーだね」
「何をボサッとしてるんだ君たちは!! ここに居たら君たちは不法侵入者だぞ!!」
「それもそうだけど、もしココのドアが開いたら君は女装趣味バレちゃうけど良いの?」
「はッ!? しまった!?」
ダイヤは未だにワンピース姿のままだ。
このままドアが開いたら、俺達も面倒くさいがダイヤだって面倒くさいことになることは間違いない。
「うああああッ!! この!! なんでこんなことに!!」
まあ君が翠とイユさんに失礼なことを言ったのが良くなかったと思うわ、俺は。
因果応報である。
狼狽しながらダイヤが必死に必死にドアに鍵をかけた直後、ドアノブがガチャガチャと音を立てた。
「王子!? なぜ鍵を!?」
「き、着替えてるんだ!! ちょっと汗ばんでしまったから!! さっきの声も窓を開けたら大きな虫が入ってきてビックリしただけだ!!」
「ほ、本当ですか? 侵入者か何かいたのでは?」
「違う!! だいたい、並大抵の敵ならボクの方が強いに決まっているだろう!! 下がれ!!」
「か、かしこまりました!!」
怒気を含んだダイヤの声に、衛兵たちは少しタジタジとした様子で応えた。
そのまま足音が遠くなり、やがて聞こえなくなったことを観察すると、ダイヤは「はー」と溜息を吐いてへたり込んだ。
「ボク、今日はもう疲れた……」
「まあ元気出せって」
「そうですよ、毎日が大変だとは限りませんよ!」
「君たちのせいでこうなっているんだぞ!!」
「デカい声出すとまたバレちゃいますよー」
「うぐ……ッ!」
シーっと人差し指を立てる翠の言葉に、ダイヤも渋々 納得した様子だった。
「ま、何はともあれ。せっかく可愛い服 着て良い気分だったんだろ。じゃあ変にガタガタ言うのは止めようぜ。俺らはダイヤ王子の趣味は何とも思ってねえし、むしろ良いじゃんってくらいにしか思ってない。でも君が何か要求があった方が落ち着くっていうなら、時々この部屋でファッションショーを開いて遊ぶ。翠と二人でな、まあ俺も見たいから見には来ると思うけど。それでいいじゃん、困ることなくね?」
「そうですよ! ダイヤ王子は可愛いですから、きっと似合う服も沢山ありますよ!!」
「……別に、ボクは自分のこと可愛いなんて思ってないけど」
「え? でも『ピ……ピース……?』とか言ってましたよね? ちょっと満更でもない感じでしたよね?」
「~~~~ッ!? そんなことっ! い、言ってない!!」
「でも鏡に映る自分を見てた時の表情は『ああ、ボクってカワイイな』って感じでしたよ。私も良くするから分かりますもん」
「してないもん! そんな表情してないもん!! ふっ、ふぐぅうううううう!!」
「翠、からかうのはそれくらいにしておきなさい。泣きそうになってるから」
なんか訳わかんねえ声 出始めちゃったし、ダイヤもう泣きそうっていうか半泣きだよ。
と、そんなこんなしていると、もう大分 夜が更けてきてしまった。
寝不足はお肌の大敵、ここらで俺らも切り上げよう。
「さて、俺らもマジで帰ろうぜ翠」
「ああ、そうですねえ。帰りましょうか」
ここに来たのも精々ダイヤの額にペンで『肉』って書きに来たくらいだし。
もうそんな気分ではない。
翠が窓の外に小型の戦艦を出現させ、落ちないように気を付けつつ、ゆっくりとその上に乗る。
すると、目の端の涙を拭ったダイヤが、こちらに背を向けたまま。
「…………さっきは、失礼なこと言って悪かったと思ってるよ」
と言った。
翠は少しの間だけ目をパチパチと瞬きさせていたが、やがて にこっと微笑んで応える。
「ああ、良いですよそんなの。今度は楽しくファッションショーしましょうね」
「……うん」
「その謝罪、イユさんにも言えよ。彼女だって好きであのナリになったわけじゃねえ」
「……分かった」
ただ、俺はそれだけ口を挟んでおいた。
別にもう怒ってはねえけど、これは教育の範囲内だろう。
俺の言葉に、ダイヤは無言でコクっと頷いた。
それを見た俺たちは戦艦の上に乗って夜の闇を進水し、密かに自分達の寝室を目指して戻っていった。
その途中に、翠がふとこんなことを尋ねてきた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「んー?」
「なんでダイヤ王子は私のことをあんなに毛嫌いしてたんですか?」
「……そうだなあ、兄ちゃんも専門じゃねえからさ。話半分に聞けよ? ――学生時代に授業の課題で読んだ論文でさ、同性愛者のアイデンティティ形成に関するものがあったんだよ。そこで知ったんだけど、同性愛者のアイデンティティ形成には『否認のフェイズ』ってのがあるらしいんだ」
「否認?」
「そ、自分の同性愛っていう性質を認めらんねえの。当たり前だよな、人とは違うし、色メガネで見られるかもしれない。しかも親や教師から『同性愛者はクソだ』って教えられたら自分の中にそういうルールが取り込んじゃうんだ。今でこそ変わったけど、ちょっと前まで日本もそうだったろ? だから、自分で自分の属性を否定する。そしてその属性を持った他人も否定する。自分はできない、やっちゃいけないと強く思ってるものを、他人が楽しそうにやってるんだ。そういうの見てるのって良い気分しないだろ? 俺らでもさ」
「なるほど……。それは確かにそうかもしれませんね」
「特に翠は平気な顔して女装してるじゃん? だからひょっとしたら……羨ましかったのかもな、翠のことがさ。ああ、でも別にダイヤが同性愛者かは知らねえよ? それはあの子が決めることだし、俺には分からん。ただ異性装好きってのも、この国じゃイマイチ何とも言えないっぽいからさ。だから、あくまで俺の話を観点の一つにして聞いてくれってことだ」
俺なりには噛み砕いて話したつもりだったが、ただ少し翠としては納得がいかないらしい。
「う~ん。でも、この国って異性装はOKなんですよね? そんなに気にするもんですか?」
「イギリスでもアメリカでも同性結婚は可能だよ。でもだからと言って差別がないとは言えないよね」
「……でもでも、私は女の子の格好するのがダメだと思ったことはないですよ」
「そうだなあ。でも、人の考え方って結構 環境で変わるからさ。あの子はあの子で色々とあったのかもしれないね。俺には分かんないけど」
そう言われて、翠は暫し考え込んでいたのだが、やがてこう言った。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん? なあに?」
「……私のことを、ありのままの私のことを、好きでいてくれてありがとね」
その言葉を受けて俺は少し考えて。
「いやベつにありのままを受け入れてる気はないけど。そもそもありのままで美しい人間なんていないし。理想を掲げて頑張るから俺たちは理性ある人間になるんじゃない?」
「そういうところ~~~~~~~~~!!!! そういうところがモテないんですよお兄ちゃんは~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
俺の言葉に翠は頭を抱えていた。
何が問題なんだ、失敬な。
と、まあ。
そんな話をしながら、俺たちは寝室に戻った。
床に就く前に尖塔の方に視線を向けると、ダイヤも眠った後らしく、窓は暗くなっていた。
作者が一番お世話になった男の娘は女装山脈の日枝田 史緒さんです。だいすき。




