第64話 王子の秘密
あとに残された俺たちは気まずい空気に包まれていたが、特に顕著なのがスゴクだった。
「皆さま……。本当に申し訳ございません。さぞ、ご不快になられたことでしょう」
「私はあまり気にしてないですよー。まあ私の可愛さが分からない辺りは心配ですけど。あの王子さま眼科に行った方が良くないですか?」
「流石は我が弟。自尊心がチョモランマ級だね」
翠ちゃんは本当にブレないね。
「ええ、ウチも……。失礼、私も、この見た目のことは覚悟してここに居ますので」
「ふ~ん、まあ。二人がそう言うんなら、俺も別に良いっスけど」
「寛大なお心遣い、本当にありがとうございます……!! 何かのカタチで、必ずお詫びはさせていただきますので」
「あっ、そうですね。じゃあ慰謝料として4000万くらいもらえませんか?」
「桃吾!! ドサクサに紛れて借金を完済しようとすな!」
俺の言葉にイユさんがツッコみを入れてくる。
いいじゃん、イユさんも楽になるのに。
「でも、王子様っていっつもあんな調子なんですか? 何か機嫌でも悪かったんですかねえ?」
と翠が尋ねると、スゴクは困ったように額に手を当てて。
「いえ、普段からああではないのですが……。ただ、その、……王子は昔から同性愛者や女装などを嫌うのです。本当に申し訳ない。エルフ千年王国は元々 同性愛を禁じておりましたので」
ああ、そういう感じか。
うっかりしてたけどウチの弟は元々 特殊ではあるしな。
「ただ、今では同性愛も認められるようになりましたし、エルフで最も伝統ある学校では、数年前に理事長が『男子がスカートを穿こうが女性がズボンだろうが自由にすればよい!! というかワシだってスカート穿きたい!!』と言って制服も自由化が進んでいるくらいなのですが……」
「いやその爺さんは何かやべえ匂いがしますけど?」
大丈夫か、そのジジイ。
ヒューマン英雄王国の神官のジジイも精霊で抜く変態だし、この世界のジジイはヤバい連中が多いのだろうか。
「今回の件は、ダイヤにも王にもよく伝えておきますので。本当に失礼いたしました」
そう言ってスゴクが謝罪してくれたのは良いのだが、しかし今回の食事会は、あまり気持ちの良い終わり方ではなかった。
……あと、それはそれとして追いステーキはやっぱキツイと思うんだ。
美味しかったけど。
そうして、重い空気と腹を抱えて、俺たちの食事会は終わった。
それから暫く経って。
俺は執事に案内された寝室のベッドに横になっていた。
そのまま仰向けになって暫く考えていたのだが。
「よし!」
と思い立って、部屋のドアを開けると。
「「あ」」
同じタイミングで出てきた翠と廊下で出くわした。
「やっぱり、お兄ちゃんもでしたか」
「いやあ、そういう翠こそ」
そう言って俺たちは微笑み合うと、隠し持ったペンを取り出し。
「よし、じゃあクソガキに仕返しに行くか!」
「はい! お兄ちゃん!!」
ムカつく王子様に仕返しに行くことにした。
俺と翠は、コソコソと城の外に出てから、最も高い尖塔の根本に潜んでいた。
「執事にそれとなく聞いた話だと、この尖塔は王族が過ごすための場所らしい」
「なるほど、庶民より高い場所じゃないと眠れないってわけですね。舐め腐ってますね!!」
「おうよ、そういうわけで仕返しに行きたいが……どうっすかな? 階段前には普通に警備いるしな」
そう、尖塔のてっぺんに行くには階段を上るしかないのだが、王子様の居室を守るためには当然 護衛くらいいる。
見たところ、護衛に3人のエルフが立っているようだ。
「どうしよう? 壁を登っていくには流石に高すぎて無理だ。かといって護衛の連中を音もなく倒すなんて俺たちには無理だ」
「戦艦で塔を吹っ飛ばしますか?」
「いいかい翠。それはねえ仕返しじゃなくて、テロっていうの」
しかし参ったな、ここまで登る方法は全く考えないまま ここまで来てしまったが――。
「……あれ? 翠? 戦艦で上まで飛べない? あれ空に浮かんでるよな?」
と、そこで俺はそんなことを思いついた。
戦艦は宙に浮かんで移動している。ならば空を飛べるはずだ。
「え? ええ、そりゃ飛ぶのは可能ですけど……。でもあれじゃ大き過ぎますよ。いくら夜と言っても、あれは目立ちます」
「だからさ、小さくできないかな? あれって翠のイメージした魔法なんだろ? だったらサイズくらい変えられるんじゃね? 俺のヌルヌルだって色を変えたりできるし」
「う~ん、やるだけやってみましょう」
そう言ってイユは「ムムム」と唸っていたが、やがて地中から浮かび上がるようにして ゆっくりゆっくりと――小さくなった戦艦が姿を現した。
「わ! できた! できましたよ、お兄ちゃん!」
「そうだね、流石は翠だ! 凄いぞ!! ……でもこれだと小さすぎるかな」
戦艦は全長1メートルくらいしかない。
これだと二人乗るのは厳しい。
「うーん、じゃあそうですねえ」
翠は両手を戦艦に向けてジッと集中すると、やがて両手を開いたり閉じたりする動きで戦艦の拡大と縮小ができるようになってきた。
「おお! やったじゃん翠!!」
「じゃあ、サイズはこのくらいですかね?」
最終的に翠が調節したサイズは3メートル強ほどの戦艦だった。
これなら二人乗れるし、多少は見つかりにくいだろう。
ただ、砲塔が多いので足の踏み場には苦労するが、まあ何とかなるだろう。
「でも、夜だと逆に戦艦が光に照らされて目立ちそうじゃないですか?」
「大丈夫だって。一度 浮かんでしまえば下から見えるのは底面だけだから、そこだけ光が反射しにくいようにすればいいんだよ」
そう言いながら、俺はヌルヌルを両手に出し、戦艦の底面に塗りたくった。
ヌルヌルは黒っぽい色にしてあるので夜の暗闇に溶け込んでくれるはずだ。
「よし、じゃあコレで行こう!」
「はーい、行きますよ!」
俺たちが戦艦の甲板の上に慎重に立つと、翠の言葉と共に戦艦がふわりと浮いた。
そのままゆっくりと浮上していき、やがて尖塔の最上階の光が漏れる窓に近づいていくと、俺と翠はそっと窓から室内を覗いた。
すると、俺たちの視界に映ったのは――。
「あれ? 部屋に居るの、女の子じゃね?」
そう、そこに居たのは可愛らしい青のワンピースを着た少女だったのだ。
姿見の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見て楽しそうにしている。
おかしいな、執事の話だと確かココがダイヤの寝室のハズだが。
少女は鼻歌交じりに鏡の前でポーズを取ってみたりと、何やら楽しそうな様子だ。
「……ねえ、お兄ちゃん。これひょっとして」
「え? 何?」
どういうことよ?
そう思って覗き続けていると、やがて少女はベッドの上に置かれた小さなポーチから青い花の飾りのついたヘアピンを付け、前髪を払った。
彼女の髪には、銀髪の中に一筋だけ金髪が混じっていた。
……あれ? あれって確か。
すると、そこで彼女が、両手でピースを作り、ポーズを決めながら、独り言を呟いた。
「ピ……ピース……?」
ふにゃっとした ぎこちない笑みを浮かべつつ放たれた彼女の声は――エルフ千年王国第3王子であるダイヤ・チェロック・ランバーニのそれと、酷くよく似ていた。
というか、彼女――いや彼は。
「「……ダイヤ王子?」」
俺と翠の声が重なった。
間違いない――あれはダイヤ王子だ!!
しかしそこで、窓を除く俺たちの顔が、ダイヤ王子の姿見の鏡面にほんの僅かに映ってしまっていることに、俺は気付いた。
うわ!? やば!?
と思ったそのタイミングで、ダイヤも鏡に映る俺たちの顔に気付いたらしく、バッと勢いよく振り返ってきた。
ダイヤは暫く無言のまま、俺達2人の顔を交互に見ていたのだが、やがて。
か~~~~~~ッと一気に顔を赤らめた。
エルフ特有の耳の端まで真っ赤っかである。
彼はそのまま口をパクパクさせて困惑したままだったので、俺と翠は顔を見合わせてから、窓から室内に這入ることにした。
いや、だってこのまま帰るのも無理じゃん。
「あー、よう。そんな趣味があったんだな。知らなかったよ」
先に寝室に這入り、後から来る翠の手を取りながら、俺はダイヤにそう言って微笑みかけた。
だが彼は、フニャフニャと力なく へたり込むと、自分の身体を抱きしめながらこんなことを言い始めた。
「は、ははッ! こんなところでバレるとはな……。何だい? さっきのことでボクに仕返しに来たのかい?」
「ああ、まあ。そんなところだな」
「だったら好きに言えよ!! ボクの姿を見て、どう思ったか!!」
ダイヤはそう言い放った。
そうか……。
そう言われた俺と翠は互いに頷き合うと。
「青のワンピースに青のヘアピンは面白みに欠けると思うぜ」
「ヘアピンを黄色とかの明るい色にした方が良いと思いますよ」
「いや別に好きに言えってのはファッション的な観点じゃないから!!!!」
王子がこれまでに無いくらい大きな声でそうツッコんできた。
あれ?
違うんだ。




