第63話 気まずい会食
それからしばらくは、挨拶回りやら何やらばかりで面倒くさかったが、まあ俺は添え物でメインは翠なので大したことはない上に、そもそもヒューマン英雄王国に来て間もない時にこういうことは散々やったからな。
もう慣れている。
慣れてはいるが……。
「流石に長旅 終わってすぐに挨拶回りは疲れるな~」
「いやあ、疲れましたねえ」
「いやはや、ハードスケジュールで申し訳ない。ただ、面倒なことは先に済ませるものですよ。さあ、お腹が空いたでしょう。夕食に致しましょうか」
ニコニコしながら、筆頭外交官のスゴクがそう声を掛けてきた。
俺たちはそのままアマレットの城の食堂に通された。
城の食堂と言われてパッとイメージするような長い机に豪奢な椅子が並び、暖炉には火が入っている。
食堂には執事たちが控え、食事の準備は万端である。俺達は案内された通りの席に着く。
翠、俺、イユさんの順番に並び、そして翠の正面には第3王子のダイヤが、俺の正面にスゴクが座るような状況になった。
その際、スゴクが何か心配そうな視線をダイヤに送っていたように見えたが……何かあったのだろうか。
まあ俺には分からないが。
「さあさあ、今日は我々エルフの伝統料理を味わっていただきましょうか!」
と、笑みをたたえてスゴクがそんなことを言ってくる。
「おお、それはワクワクしますね! エルフの料理なんて初めてッスわ!」
と返した俺だったが。
……段々と不安になってきた。
エルフと言うと森に住む民で、体型は細いイメージだ。
どうしよう。
そんなエルフの伝統料理と言われると、キノコだとか果実とかが出てきそうなイメージだ。
別に精進料理なども嫌いではないのだが、筋肉のことを思えば動物性たんぱく質も欲しいのだが。
そう思っていると、エルフの執事が銀製の蓋――クロッシュと呼ばれる、フレンチとかで出てきそうなアレ――を被せた皿を持ってきて、そのクロッシュを開けると。
「こちら、前菜の『軽めのステーキ』でございます」
「いきなりステーキかココは!!」
俺は思わずツッコミに入ってしまった。
「おや、桃吾殿はステーキがお嫌いで?」
「いえ好きッスけど!! でも前菜からステーキなんですね? エルフの方って細いから肉はあまり食べないものかと」
「はっはっは、それはよくある勘違いですな。我々エルフは元来 弓で食事を得る狩猟民族ですからな、基本的に御馳走は肉ばっかりです」
「そ、そうなんスか……。ちなみに、前菜ってことはディナーはコース料理なんですよね? どんなものか聞いても?」
と、俺が後ろに控えた執事が尋ねると、彼はニッコリ微笑んで。
「はい、この後はスープとしてビーフシチュー、軽めの肉料理としてサイコロステーキ、口直しにジェラートを挟んで重めの肉料理として背油チャッチャしたステーキ、その後にデザートとお飲み物があってから、念のためにもう一回ステーキが出ます」
「狩猟民族だからで済むレベルじゃねえだろ!! あと この世界にも『背油チャッチャ』の文化あるのも意味わかんないしよォ!! それと最後の念のためのステーキって何スか!?」
「我々のフルコースでは最後に『何だかんだでもう一回 肉が食いたいな』と思われる方のために最後にトドメのステーキをお出ししているんです」
「トドメって言っちゃったね!? エグイことしてる自覚はあるんだね!?」
「お兄ちゃん、他国の文化に馴染めないからと言って文句を言うのはおかしいですよ」
「た、確かに!!」
俺以外のものは翠もイユさんも含めて気にせずにモグモグと食事を取っている。
郷に入っては郷に従えと言うし、俺も……。
「いただきます」
と手を合わせてから食べてみると。
「美味しい!!」
やっば! メッチャ美味いじゃんコレ!
「美味しいですね、これは何のお肉ですか?」
「はい、これはエルフ千年王国で昔から食べられる『エッチャラオッチャラの尻尾』の肉ですね」
「なるほど、尻尾の生えた生き物であることは分かりましたね」
それ以外のことは一切分からん。
まあ美味いので良しとするか。
「口に合いましたか。それは何よりです」
「ええ、肉を焼かせるならエルフに敵うものは居ないッスよ!」
「本当に美味しいですね、お兄ちゃん!」
「はっはっは! その喜びは料理長にお伝えしておきましょう!」
その後も、食事は和やかに進んでいった。
肉ばっかりでくどくない? と思っていたが、味付けのバリエーションが想像以上に豊かなのと、付け合わせの野菜なんかも美味しくて良い箸休めになる。
スゴクも中々に饒舌で、話が盛り上がって楽しい時間を過ごしていた。
コースも今はデザートに差し掛かり、あとは飲み物と最後の追いステーキだけだ。
……料理は美味いが、最後の追いステーキだけはやっぱ意味わかんねえな。
デブの考えた最後の晩餐かよ。
とはいえ、食事自体は楽しいものだ。
が、しかし。
王子のダイヤが会話に参加してこない。
最初に会ったときには にこやかな笑みを浮かべていたし、人前でも明るく振る舞っているように見えたのだが。
折角なので、少し話しかけてみようと思った俺は。
「ダイヤ王子……と、お呼びすればいいんスかね? どうです、王子も今回の人材交流は楽しみにされてたんですか?」
と尋ねると、スゴクが一瞬だけだが顔を顰めた。
――おっと、これは何かマズったか?
俺のその考えは、直後に確定的なものになった。
「いや全く。こんな下らない祭りじみた余興に、ボクは欠片の興味もなかったよ。王子という立場から来ただけだ。ボクには話しかけないでくれ」
彼は表情を動かすこともなく、そう言ってのけた。
……おいおいお~~~い。
マジか、このチビ。
交流会の意味わかってねえのかよ。
ダイヤの言葉に、スゴクが冷や汗を掻く。
「これ! ダイヤ! わざわざいらしてくれた勇者様たちに失礼だぞ!!」
「ああ、そうだね。……似合わない女装の勇者様とその後一行の皆さま、どうも失礼いたしました」
などと涼し気に言ってくるダイヤに対し。
「何だァ? テメエ……」
「お兄ちゃん、キレた!!」
こめかみに筋を立てて、俺はダイヤに鋭い視線を向ける。
「翠の女装が似合わねえだと!? どこに目を付けてんだ!! こんなに可愛い男の娘が他に居るってのかよ!!」
「いや怒るとこそっちなんかーい!」
と、イユさんがツッコんでくるが、怒るポイントなんてそれくらいしかねえじゃん。
「ハァ、下らないことで怒らないでくれよ。良い歳してみっともない」
「いい加減にせい!! 礼儀を弁えておらんのかダイヤ!!」
「礼儀? 勇者なんて、この世界に来る前は庶民でしかなかった連中でしょう? 宝くじを引き当てたようなものだ。そんな連中が王族たるボクと対等だなんて、思わないよ。ましてや女装なんかして。加えてオマケで付いてきただけの兄と、人間なのか何なのか分からない見た目の神官など、冗談にしか思えないよ」
「……ッ!!」
ダイヤの言葉に、イユさんがテーブルの下に隠した下両腕をぎゅっと握り固める。
彼女の反応を見て、俺の頭にも一気に血が上る。
「あぁ? だったらお前は出生ガチャでSSR引いて王子様になっただけだろうが。パパとママの血以外に誇れるもんがない奴は大変だな。メイドにア~ンしてもらって食うステーキがそんなに旨いか?」
「何だと出来損ないのオマケのクセにッ!?」
「ダイヤッッッ!!!! いい加減に――」
「――ドリンクをお持ちしました。こちらでも飲んで落ち着かれては?」
スゴクの額に血管が浮き出るどころかブチ切れかけたタイミングで、スッと執事が間に入ってきた。
お盆の上に乗った小さなカップを俺たちの前に置いていき、熱くなった俺達を鎮める。
うおお、すげえ。
できる執事ってマジでスゴイな、一瞬で空気が落ち着いてきた。
ただ、ダイヤだけは運ばれてきたドリンク――エスプレッソに近い――のカップを手に取り、幾ばくかの砂糖を注ぐと、そのまま一息に飲み干して。
「ボクは食事を終える。あとは君達だけで楽しんでくれ」
「ダっ、ダイヤ王子!! 最後の追いステーキはいかがいたしますか!?」
「要らない。馬鹿の一つ覚えみたいにステーキばかり、この国の伝統は大嫌いだ」
そう言って彼は席を立ってしまい、そのまま部屋を出ていった。
……まあ正直、ステーキをバンバン出してくるのは馬鹿かな? とは俺も思うが。
しかし、食事の席の雰囲気は最悪なものとなった。




