第61話 馬車でお話する回(第2弾)
王都を出発してから暫くしてのこと。
森の中の街道を進む馬車に揺られながら、俺は口を開いた。
「なあ、何だかんだで俺、働いてない?」
「「はぃ?」」
俺の言葉に馬車の中の2人――イユさんと翠が首を傾げた。
「何を言ってるんですか、お兄ちゃん別に労働っていう労働してないでしょ」
「いやだってさぁ! お化け屋敷では鮭の幽霊からみんな守ったし、イユさん助けるために頑張ったじゃん」
「助けられたウチ的にはあんま文句言われへんけど……。でもお前なァ、それ言うたら今なに食うてるか分かってるん?」
「え? 高級ブランデーを使った料理長の特製ケーキだけど?」
ブランデーケーキを口に運びつつ、俺はそう答える。
馬車の中にはテーブルが備え付けられ、何なら湯沸かし器もあるのですぐにお茶まで飲めるのである。
何だ、ここはイギリスか何かか?
「お前なぁ、実際に助けて貰ったウチが言うことちゃうけど、お前の生活費って国が出してんねんで? 財源は血税やねんで? それ思ったら働く気はせえへんの?」
「全然」
「言い切りよったわコイツ!!」
「だってお前らが勝手に勇者勇者って騒いでるだけじゃん。そして勇者のご機嫌取りのために俺にも気を遣ってるだけじゃん。運よく金持ちの家に生まれた道楽息子みたいなもんじゃん、別に良くない?」
「良くないわ!! 養われてて恥ずかしいとか思わんの!?」
「養われるのが恥ずかしいのは甘えだと思ってる」
「何か凄いこと言いだしたな お前!!」
「ああ、でもお兄ちゃんの魔法衣ってスーツですよね? 働きたく無い割に魔法衣がスーツってどうなんです、お兄ちゃん?」
「まあ多分、『働かずに着るスーツが1番カッコいい』という俺の深層心理が働いてるんじゃなかろうか」
「何を意味わからへんこと言うてんねん!! お前エルフ千年王国に行ってもそういうこと言うのは辞めろよ!!」
「何で?」
俺はそう返した。
「ようそんな曇りなき眼で『何で?』とか言えるな!! 良いか、勇者は人類の希望やねん!! だからこそ高待遇も受けるし、振る舞いにも気を付けなあかんねん!! まあヒューマン英雄王国では何となくで受け入れられてるけど、保守的なエルフ千年王国じゃ絶対に白い目で見られるからアカンねん!!」
「エルフの皆さんもこの機会に新たな価値観を受け入れるべきでは?」
「誰目線やねん!!」
「というか、俺みたいなクズは働いたほうが むしろ社会の迷惑になる。つまり俺は働かないということを通して社会に貢献しているのであり、働かないという働きをしているとも言えるんじゃなかろうか?」
「言えんわ!! 何を解決したみたいな顔してんねん!!」
「でも、そうだな。『働かないこと』で『働く』というのは矛盾している。どころか『働きたくないがゆえに働いてしまっている』と言うのは、なんと歪なんだろうな。『敗北を求めるが常に勝利しかなく、それ故に勝利したことがない』という最凶死刑囚のドリ〇ンの気持ちが俺には分かる気がするよ」
「何ですか、その底辺からの共感は。お兄ちゃんにそんな風に共感されてもド〇アンだって困惑ですよ」
「あっ、ところで話変わるんだけど」
「変えんなや!! お前は働き方を考えろや!!」
「イユさんって、結局は今どういう立ち位置なんですか?」
「……!」
俺の言葉にイユさんが顔を顰める。
適当な言葉で話を変えるのかと思っていたら、意外にも真面目な話が来て面倒くさそうな表情である。
「あー、そうやなあ。言わなあかんよな。はー……」
彼女は頬杖をついて窓の外に視線を向ける。
そういえば、彼女は出発のパレードの際には窓に姿を映すことさえしなかった。
いまでも複雑なのだろう。
外見だけ見れば到底 人間には見えない。
こないだ会った蟲系の魔族の方がよほど近い、もちろん外見だけだけどさ。
窓の外を見て考え込む彼女を見ていると、俺は何だか胸が締め付けられるような気持ちになって、こう言った。
「大丈夫? 大胸筋揉む?」
「揉まんわ!! アホかお前は!!」
「そうですか、お兄ちゃんの大胸筋は弾力があって良いですよ」
イユさんの代わりに、隣の翠が俺の大胸筋をつついてくる。
まあ俺はつつかれるために大胸筋を鍛えているところがあるので、悪い気はしない。
「はー、アンタら見てると真面目に考えるのがアホらしくなってくるわ」
俺たち兄弟の遊びを見て、イユさんは溜息を吐いた。
うん、まあこれくらい気楽でいいんじゃない?
知らんけど。
「……ウチな、シャネリアス長官の部下になってん」
と、彼女は切り出した。
「シャネリアス長官? ああ、あのギルド統括局の人ですか?」
「そうやな。ただ翠様はイマイチ知らへんかも知れんけど、あの組織ってスパイ組織というか、裏工作みたいなのもするんです」
「ああ、それは俺も聞いたよ」
シャネリアスから直接な。
そうか、じゃあつまり。
「イユさんはあの人のところのエージェントになったってことですか」
「ああ、そうや」
「え? でも、何でですか? 今のまま神官でも良かったんじゃないんですか?」
「いえ、翠様。ウチは見た目が化け物になってしまった。これじゃ、保守的でしがらみの多い教団内では昇進どころかこれまで通り働くのも難しいんです。せやから、教団に籍だけおいて裏でギルドのエージェントになった方が動きやすいんですわ。ウチの上司の神官の爺さんもそうですし。そういうワケで、ギルドの非公式エージェントになったんです」
「へー、やっぱ外見 変わると大変なんですね。俺は今のイユさんメッチャ好きですけどね」
「私もイユさん大好きですよ。可愛いですよ可愛いですよ!!」
「そこまで可愛くなるには眠れない夜もあっただろう!!」
「やかましいねん!! 2人してボケるな!!」
「ボケてはないスよ、俺はイユさんのことマジで可愛いと思ってるよ」
「翠もそう思います」
「「ね~!」」
「~~~~ッ!! うるさいわアホ!!」
イユさんはそう言って顔を赤らめる。
可愛い。
イユさんの可愛い表情を見れたことの喜びを示すように、俺と翠は互いの拳をコツンとぶつけあった。
俺たちのそんな様子を見てイユさんは一つ咳払いし、続ける。
「それにウチが今やっていけるのはギルドの根回しのおかげや。でも逆にいうたら、それはウチがギルドに首根っこ掴まれてるっちゅうことや。せやから、逆にギルドからしてみれば裏切る可能性の低い良い手駒なんや。だからこそ、シャネリアス長官は未だにウチを翠様の専属神官にしてくれてるんやけどな」
「ああ、なるほど。弱みを握ってる方が信用できるってことなんですね。私はそういうの良く知らなかったので、勉強になります。異世界も大変なんですね」
「そうですね。あと、ウチと桃吾はギルドに借金あるんで。それもありますね」
「あっ、そうだった。そういや俺ら借金あったんですね、忘れてましたわ! ハハハ!!」
「お前よく4000万ゴールドの借金を忘れられるもんやな!!」
そう、イユさんが『魔族に利用されて化け物のような見た目になった』というカバーストーリーを流し、定着させるための工作費として4000万ゴールドもの金がかかり、それが俺たちの借金になってしまったのだ。
「ほら、桃吾。お前も借金が4000万あると思ったら働かないかん気がしてくるやろ?」
「逆にスケールがデカすぎて何とかなる気がしてくるな」
「なんでやねん!!!」
だって4000万とか言われても、俺にはよく分かんないんだもの。
うな重が何杯 食えんだよ? と俺の脳内のげ〇た君が尋ねてくるが、俺にも分からない。
「じゃあイユさんが色仕掛けで誘って働かせたらどうですか? ねっお兄ちゃん」
「まあその可能性はあるな。自分で言うのもなんだが、童貞はチョロいぞ。まあ誘われても気づかないこともあるのが童貞なんだけどな!」
「ああ、お前 風呂の残り湯でウチの味方になるくらいやもんな」
「でも流石に風呂の残り湯はそろそろ面白みがなくなってきたんスよ。今度はイユさんの尿を肥料にして育てた野菜の天ぷらとか食べたいッス」
「だから何でお前の求める変態性には調理のプロセスが含まれるん!? 頭おかしいんか!?」
「あれ? でも お兄ちゃん。以前に『女の子がプールから上がってきたときに水着の股のあたりから垂れてくる水が飲みたい』って言ってたのは良いんですか?」
「何その要求!? お前どうやっても他人の身体を経由したものを経口摂取したいん!?」
「いやあ、それも考えたけど。でもそれだと行為の場に女性に居て貰わないといけないじゃん? それは迷惑かなって」
「お前の道徳どうなってるん!? 風呂の残り湯は良いのに!?」
「いや直接的なことはどうかなって思うんスよ。恋人でもない女性に触れたりするのもどうかなって思うし」
「そういうところはしっかりしてるんやな!! なんでやねん!!」
「だから『スポーツウェアを着た女性がランニングして掻いた汗をそのまま舐める』とかは俺はしない」
「普通の人だってせえへんわ!!」
「でも お兄ちゃん。『女性の汗を集めて結晶化させた塩』なら?」
「その塩で味付けしたポトフが食べたい」
「食うなそんなもん!! マジでお前の倫理観バグってるんちゃう!?」
そんな話をしながら、数日間の旅の後。
俺達はとうとう、エルフ千年王国に辿り着いた。




