第57話 印尾有九郎
応接室に残ったシャネリアスは足を組んだまましばらく黙っていたが、足音から桃吾が立ち去ったことを知ると、口を開いた。
「先輩の勇者としてはどう思った? 有九郎?」
彼女の言葉に応えるように、部屋の隅で会話の内容を逐語録に起こしていた男が、ペンを置いて立ち上がった。
すると、彼の身体が何やら影のようなものに覆い隠され、やがて――黒いスーツ姿の白髪交じりの男性に変化した。
スーツはダブルボタンのベストにストライプの入った黒いジャケットとスラックス、頭には同じく黒いハットを被り、ベルトもネクタイも革靴も何もかもが黒というオールブラックファッションだ。ただし、ベルトのバックルとネクタイピンは重厚なゴールドである。
年齢は恐らくシャネリアスと同世代、50歳前後だろうか。
――彼の名前は印尾有九郎。
現役の勇者の中では最古参の一人であり、これまでに上げた功績から現時点で存在する勇者の中で最も優れた勇者であると言われている。
「ああ、なかなか面白い子だったな。くくくッ! 勇者の兄が来たのも初めてだが、それがあんな変わり種とは。面白いことになりそうじゃあないか」
そう答えながら、彼はシャネリアスと向かい合うようにしてソファに座り、足を組んだ。
「面白いかどうかだけで判断しないでくれる? 私達はこれから先の大局を考えないといけないのよ?」
「当然、分かってはいるさ、ホワイト。……ただ、面白いってのは大事なことだろう? 人生を豊かにしてくれる。ああ、面白いと言えば、お前グラスをかみ砕くなんて面白いことをするじゃないか。くははッ!」
「ちょっと驚かせてあげようと思ってね。どう? 彼もビックリしてたでしょう?」
「グラスを目の前でかみ砕き始める人間がいてビックリしない人間がいたとしたら、肝が据わってるかテーブルマナーに よほど詳しくないかのどちらかだよ」
そう言いながら有九郎が指をパチンと鳴らすと、どこからともなく黒スーツ姿の男が現れた。
ただ、その男はまるでのっぺらぼうのように顔が無かった。
「そこのウイスキーと新しいグラスをくれ。ついでに、お転婆娘が汚したテーブルも掃除してくれ」
「悪かったわね、年の割に落ち着きがなくて」
「くはは、それはお互い様じゃないか。俺もお前も、年を取るのは見た目くらいだ。人間、多少 年を取ったくらいじゃ中身は大して変わらんものさ」
会話している二人の間に挟まれて、のっぺらぼうの男がテーブルを拭いてガラス片を片付け、それから深いグリーンのボトルに入ったウイスキーとロックグラスを置いた。
ロックグラスと言っても氷はないのでストレートで飲むのだが。
そして有九郎がボトルを手に取り、ウイスキーを二つのグラスに注ぐと、有九郎とシャネリアスがそれぞれのグラスを手にし、掲げた。
「血に祈りを」
「泥に感謝を」
そう言って二人は同時にウイスキーを呷った。
口に含むと強烈な燻煙香が襲ってくるが、しかし その後にフルーツのような甘みが訪れる。
「うまい。良いものを置いてるじゃないか。俺にも一本くれ」
「コレはエシアルに貰ったものだから、彼に頼みなさい」
「ああ、エシアルか。確かに,あいつのところのウイスキーの味だもんな」
「……それよりも、青一から聞いた?」
「何を?」
「エルプラダのメッセージよ」
「ああ、『まだ決着はついてない』、か。……諦めてくれたって良いのにな」
「何を言ってるの? 貴方だって諦める気はない癖に」
頬杖をついて、シャネリアスは微笑む。
ただその笑みは先ほど桃吾に向けたような からかうものではなく、まるで青春真っ盛りの若者が友人の肩を抱いたときに浮かべるような、温かいものだった。
「ああ、そうだな。……新しい世代の人間も どんどんやってきているが、こんなものダラダラと続けるものじゃあない。……終わらせよう。終わり切らせよう。この、下らない戦争を」
「そうね。私達の世代で……この連鎖を断つ」
そう言って、二人は飲み干したグラスをテーブルに置いて立ち上がった。
いつの間にか、のっぺらぼうの男は居なくなっていた。
「さあ、もう一仕事ね」
「ああ、気合を入れよう」
そうして、二人は部屋を出た。
あとには飲み干されたグラスと、半分ほど飲まれたウイスキーのボトルだけが残されていた。
シャネリアスと有九郎が飲んでいるウイスキーは異世界のものなので当然 架空のものなのですが、イメージはアイラモルト・ウイスキーの『アードベッグ』です。
理由は映画『コンスタンティン』で主人公が飲んでてカッコいいなあと思ったからです。
ちなみに作者はウイスキーが呑めませんので、アードベッグも飲んだことはありません。




