第55話 ホワイト・シャネリアス②
「共感? ……どういうこと?」
「うん、ぶっちゃけさあ。俺も何回かイユさんのこと話そうかなって思ったんスよね。どう考えてもそっちの方が苦労ないじゃないスか」
でも、できなかった。
「出会ったあの夜なら出来たかもしんないけどさ。おばあちゃんのために頑張ってるって話を聞いちゃったらさぁ。……俺には何も言えないッスよ」
以前イユさんには言った気がするが、もしも翠が同じ立場なら俺だって同じことをしただろう。
だから、彼女の気持ちに共感してしまった。
「だから、お願いします。シャネリアス長官。あの人に、……もう一回やりなおす機会を与えてくれませんか?」
「……機会?」
「はい。あの人は、好き好んで人間の敵になったわけじゃない。むしろ感情の豊かな『人間』だったからこそ、人間の敵になった。でも、最後に踏みとどまってくれた。……だから、お願いします。彼女の行為を許して欲しいとは言わない。ただ、あの人に、もう一度だけ……人生をやり直すチャンスを与えてほしいんです。どうか、どうか! ……お願いします」
立ち上がってから、俺は深く頭を下げた。
何も持ってない俺には、これくらいのことしかできないから。
そんな俺に対し、シャネリアスはグラスの中のアイスティーを飲み干して、言葉を返した。
「国家どころか、人類連合を裏切り魔族に通じた呪い憑きを見逃せと? ……諜報機関の長たる この私に?」
頭を下げ続ける俺の耳に、何やらパキパキッという何かが砕けるような音が聞こえてきた。
不審に思い、俺が僅かに顔を上げると。
――パキパキ、ゴリゴリ。と音を立てて、シャネリアスがグラスをかみ砕いていた。
「~~~~なッ!?」
「面白いことを言うのねぇ、最近の若い子は。――ブッ!!」
シャネリアスは、かみ砕いたグラスの破片をテーブルの上に吐き捨てた。
……マジかよ。
やべーなこの人。
どうしよう、膝が震えてきちゃった。
彼女の目は、まるで宝石を鑑定しているかのように冷淡で、そして鋭い眼光をしていた。
この目は、つい最近も見た記憶がある。
――そうだ、エルプラダの目に似ているのだ。
ただ、彼女はふと、視線をやわらげた。
「……ただ、まあそうね。言い分も理解できるし、そもそも私達は裁判官ではない。あの子はあれで優秀ではあるし、使いようはある。私は使い潰すまで使う主義なのでね、こんなところでトラヴィオルを捨てるのは得策じゃない。だから、あの子のことは考えてあげても良いわ」
「なら――」
「でも、貴方の願い通りに彼女にチャンスを与えたとしても。貴方自身はどうするの? 貴方とて、彼女と共犯なのよ。その上、貴方はヌルヌルの固有魔法なんて意味の分からないスキルしか使えない。そんな貴方を――もしも私が殺すといったら、どうする?」
その問いに、俺は不敵な笑みを浮かべると。
「お願いします助けてください何でもするんで~~~~面白い一発芸するんで~~~~~命だけは助けてくださいマジで靴とかペロペロするんで~~~~~~!!!!」
泣きながら土下座した。
「……あの、躊躇いはなかったの?」
「ないです! 人生に躊躇うべき瞬間なんてないんで!!」
「ものすごくカッコいいことを、ものすごくカッコ悪い姿勢でいうのね。だいたい、さっきまでトラヴィオルのためにはあんなに格好つけていたのに、なんで自分のことになると情けなくなるの?」
「それはそれ!! これはこれ!!」
「……はあ」
と、彼女は呆れたようにしていたが、やがて溜息を吐いてから、薄く笑みを浮かべた。
「……ふふ。本当に面白い子ね。貴方との話は何だか心地良いわ。肩ひじ張らなくて済むからかしら。……大丈夫、別にあなたのことをどうこうする気はないわ」
「えっ!? マジで!? 俺一発芸しなくて良いの!?」
「見たくもないわよ別に。……だいたい殺す気なら医療ミスしたふりをして殺すわ。そんなに分かりやすく殺したら、貴方の弟が人類の敵になりかねないからね。イユ・トラヴィオルも今は隔離病棟に入れているけど、殺す気はないわ。彼女が心変わりしてくれたから、彼女によって出された損害は実質ゼロだしね」
おお、確かに それはそうだな。
そう思って、俺はソファに戻った。
……いや、何かさらっと恐ろしいことを言われた気もするけど。
「それに、イユ・トラヴィオルが魔王軍の手先になっていたことは、神官になって間もなくの頃には調べがついていたの。……魔法の適正検査をしてくれた老人の神官、覚えてる?」
「ああ、イユさんの上司の。……あれ? ひょっとして」
「ええ、彼も私のエージェントよ」
「マジで!? あの変態が!?」
「……変態でも有能なら活用するのが私の信条よ」
あっ、変態であることは否定しないんだ。
まあ精霊で抜くジジイだもんな。
「だから、彼女に流す情報は予め細工しておいたの。その情報を魔王軍が信じてくれれば、むしろこっちが相手を騙せる」
こえー! マジでスパイ映画の世界じゃん!!
そんな世界じゃ俺は生きていける気がしないな。
「ただ、貴方がイユ・トラヴィオルと出会ったことで、彼女の行動が変化してしまった。来年あたりに、魔王軍を疑似餌で釣って幹部の一人くらい殺りたいところだったのだけどね」
「いや、それを俺に言われても……」
「ああ、別に責める気はないわ。エルプラダがバックに出てきたってことは、あいつはこっちの嘘に感づいてた可能性が高いし。鋭い性格してて嫌になるわ、あの女」
「……長官殿はエルプラダと知り合いなんスか?」
「長い付き合いよ。敵同士として、だけどね。……さて、訊きたいことはこれだけよ。お疲れ様」
「えっ!? もう終わりッスか!?」
「ええ。貴方の口から、貴方の気持ちを聞きたかっただけだから」
何かもっとゴチャゴチャと訊かれるんだと思ってた。
こんなところに呼び出し喰らって、最悪 死ぬのではと思っておしっこ漏らしそうになってたのに。
いえーい、異世界やーさしー!
じゃあもう かーえろっと。
なんて思っている俺に対し、シャネリアスがふとこんなことを言った。
「……ああ、ただ大事な話を伝えていなかったわ。今回、イユ・トラヴィオルの一件は、私たち冒険者ギルド統括局の方で上手く情報操作する。江土井青一に、呪いのせいであのような姿になったと言ってしまっているし、、更に彼の証言が公文書に記載された今、彼女はあの姿で生きていくしかないわ。でも逆に言えば……あの姿を受け入れれば、彼女は生きていくことができる」
と、シャネリアスは微笑んだ。
その笑みを見て、俺は。
「シャネリアスさん……普通に良い人なんですね。スパイ組織の長官ってくらいだから、俺もう尋問されると思ってワクワ……ビクビクしてたのに」
「尋問されるのを楽しみにしている人を見たのは初めてね。……でも、単に私が善人と言うわけではないわ。貴方とトラヴィオルには借りもあったし」
「え? 借り?」
「以前、王城で迷子になった少年を助けたでしょう? あれね、私の孫なの」
迷子……?
って、アレか!!
以前パーティー会場の外で出会った、場面かんもく症の!
言われてみると、どことなく目元が似ている気がする。
「迷子を助けて貰ったのもそうだけど、あの子をどうしたら良いかは私達も悩んでいたの。でも、貴方達が助言をくれた。……おかげで少しだけだけど、彼の行き先に光明が見えた気がした。だから、これはごく個人的な理由だけど……貴方達にはサービスしてあげる」
そう言ってシャネリアスはウインクした。
何と言うか、茶目っ気のある人だ。
「はは! そんなこともあるもんですね! 情けは人の為ならず! とはよく言ったもんだ。巡り巡って自分のところに帰ってきた」
「ええ、だから貴方の借金は4000万ゴールドにまけてあげるわ」
「マジっすか? 借金4000万くらいなら……。え? いま、何て?」
待て待て待てぇええええい!!
借金!?
借金って何の話!?
驚愕する俺に、シャネリアスは笑みを浮かべた。
しかしそれは先ほどのように茶目っ気のあるようなものではなく。
「貴方、私に借金が4000万ゴールドあるの。あら? 言わなかったかしら?」
悪魔のように引きつった笑みだった。
グラスをかみ砕くのは韓国の「アシュラ」というバイオレンス映画のトレーラーで見て良いなって思ったので入れました。まあ映画 本編は見れてないんですが。アマゾンプライムに入りませんかね。
そんなかんじで作中には割と映画のオマージュが入ってます。
僕の文章力で伝わる自信はないんですけど。




