第54話 ホワイト・シャネリアス①
「急なお願いだったのに、快く応えてもらって助かるわ」
俺の正面に座るシャネリアスが、そう言って微笑む。
病院の応接室の一つを借りて、彼女と俺はテーブルを挟んで向かい合うようにしてソファに座り、部屋の端では記録係の男性が壁際の机に記録用紙を広げている。
翠もこの話に加わりたがったが、シャネリアスが俺だけで構わないと言ったため、ここに居るのは俺だけだ。
彼女はジャケットの内ポケットから煙草入れから黒い煙草を取り出し加えると、そのまま火を付けようとして。
「ああ、ケガ人の前で吸うものではなかったわね」
と言って、煙草は吸わずにケースに戻した。
「別に良いですよ、俺は」
「いや、良いのよ。少しは減らさないといけないしね。それに、怪我をされた桃吾君の時間を必要以上に取り過ぎるのも考えものだし。そういうわけで、早速 本題から訊こうかしら」
そこで一度 言葉を切ると、シャネリアスは煙草を吸う代わりに、テーブルに置かれたアイスティーを一口飲んでから。尋ねた。
「イユ・トラヴィオルはずっと前から魔王軍に通じていて、そして瀞江桃吾。君はそれをずっと知っていて隠し通そうとしてきた。そうよね?」
「ええ、大正解です。これがクイズ大会ならオマケでプラス20点あげるんですがね」
あっさりと俺は認めた。
この人は確信を持って訊いている。
確証が欲しいわけでも自白を引き出そうとしているわけでもない。
ただ、念のために確認したに過ぎない。
「あら、少しは狼狽えると思ったのだけどね?」
「いやあ、はは。これでも社会人経験のあるアラサーなんでね」
そうは言われるが、まあ多分バレてるとは思っていたからね。
だってもう目が自信満々なんだもん。
こういう人を相手に隠し事できる気がしない。
「賢明な判断ね。そう、私は貴方がイユ・トラヴィオルに通じていたことを初めから知っていたわ。何せ、この王城の中には私の部下のエージェント達が大勢いる。貴方達の密談の内容を盗み聞くくらいワケないのよ」
「……ん? 貴方は冒険者ギルドの統括者なんスよね? なんでそれがそんなスパイ映画の真似事みたいなことをしてるんスか?」
「真似事っていうか、事実そうなのよ。この世界では、冒険者ギルドが諜報機関も兼ねてるの」
「何でそんなことを……?」
「冒険者というのは、まず強くないといけない。その上で判断力に優れ、冒険のために剣士や格闘家、魔法使いにシーフと、様々な技術を持つ者が集まる上に、彼らは基本的に少人数で行動する。軍隊と違ってね。しかもあちこちを冒険したことのある彼らは、諜報員として非常に優秀なの。だから、この世界の冒険者の中には王国の諜報員になっているものもいるの。もちろん、ほとんどの冒険者はそんなこと知りもしないけどね」
ほー、なるほど。
確かにそう言われると分かる気もする。
あちこちにいる上に、人材としても優秀なら諜報機関のメンバーにはもってこいなのか。
まあスパイ映画程度の知識しかない俺に ややこしい話は分からんが。
「そういう冒険者や、あるいは元冒険者をあちこちに配しているの。だから、私はイユ・トラヴィオルの本名が違うことも、生まれた時から化け物であることも知っているわ」
……こえー。
まあ王国スパイ組織の長官だもんな。
CIAのトップみたいなもんだ、凄くないはずがない。
「だからこそ、訊きたい。貴方だって知っていたんでしょう? 彼女が化け物であることを。それに、貴方がこの情報を口外しなかったということは、この情報の重要性を理解していたんでしょう?」
「そうっスね。俺達の国じゃ、国家反逆罪クラスのことだろうし、良くて無期懲役、悪くて死刑。黙ってた俺もただじゃ済まないでしょうね。だから翠には喋んなかったし」
「じゃあ何故? まさか美人の風呂の残り湯をゲットするためだけに自分の命を危険にさらしたと?」
「……あれ? それもバレてるんスか?」
「ハァ……。部下からの報告が上がってきたときは文書を3度見したけどね」
ウッソ。
そんなのまでバレてんのか。
そんな……俺の変態性が白日の下に晒されていただなんて……!
そんな、そんなの……。
「なんかちょっと興奮してきた」
「自重してくれないかしら!? 流石に!! 君のことは知っているけれど、私はそういう話がしたいわけではないのよ!!」
と、シャネリアスに言われてしまった。
確かに、こんな話をしている場合ではない。
「君が、イユ・トラヴィオルの味方になった理由が、私の中でしっくりこないの。何でなの? 何で君は、彼女に味方したの?」
何で?
何でって言われたら、そりゃあ……。
「イユさんの顔が好みだったから?」
「……ふざけているのかしら?」
「いやあ、そういうわけじゃないんですけども」
いや確かにそれもあるけど、それだけじゃない気もするんだよな。
俺が、彼女の味方になった理由。
なんでだろう?
こんな無責任が服着て歩いてるような俺みたいなやつが、なんでわざわざ会って間もない女性のために頑張ったんだ?
――ただ、それはごくシンプルな話なのだと、俺は思った。
「……あの人の気持ちに共感しちゃったから、かな」
それが俺の率直な言葉だった。




