第51話 達成と虚栄と本当に決着
しかし彼女の言葉を遮るようにして、俺はそう叫んだ。
そしてそのまま彼女の頭を俺の胸元に抱き寄せ、俺は俯くふりをして彼女の耳元に口を寄せる。
「と、桃吾! 何を――」
「少しだけ、黙っててください」
彼女にだけ聞こえるようにして、そっと囁いた。
イユさんは少し戸惑っていたが、しかしきちんと説明している暇はない。
「エルプラダは俺に呪いをかけて化け物にしようとしたんだッ!! だけどイユさんが庇ってくれたッ!! でもそのせいで……彼女はこんな姿にッ!!」
出任せだ。
勢いで喋って誤魔化そうとしている。
そのために俺はわざわざ声を張り上げてそう叫んだ。
俺の言葉にイユさんが驚き、目を見開いているが、俺の身体で隠されているため彼女の表情が他の二人に見えることはない。
しかし問題は、エルプラダだ。
目の前に彼女がいる以上、俺が何をどう言っても全ては彼女次第だ。
俺がエルプラダに視線を向けると、彼女は目を細めて俺を値踏みするかのような眼をしていた。
……どう出る?
エルプラダ=パライバトルマリンは、どう出るつもりだ!?
ほんの一瞬、俺とエルプラダの視線が交差した。
そして、彼女は――。
「ええ、そうね。全く……邪魔なことをしてくれましたわね、小娘」
――乗ってきたッ!!
「な、何故そのようなことを!? わざわざそんなことをしなくても、魔王軍幹部のお前なら――」
「ええ、そうですわね 『聖剣』の。わたくしなら、貴方もそちらの新人の勇者さんも、わたくしの力ならば容易く森の虫の餌にしてやれますわ。……いえ、我々魔王軍が総力を尽くせば、人類連合の王の半分と、勇者の4分の3は狩れる」
「……ッ!!」
「でも、そんなことをすると魔王軍とてただでは済まない。わたくしも死ぬかもしれません。……ですので、ちょっと引っ掻き回してあげようと思いましたの。――勇者の実兄が化け物になった。一大スキャンダルですわよねぇ? 勇者の存在を疎ましく思う軍人辺りには、良い火種になる。……と思ったんですが、とんだ邪魔が入ってしまいましたわね」
エルプラダはそう言って肩をすくめると、羽根を僅かに動かしただけで、空に浮かんだ。
どう考えても少女一人を浮かすことのできるほどの揚力が得られるとは思えないが……まあそんなん異世界ファンタジーで気にしたら負けだ。
「まあでも、これはこれで面白そうな結果になったんだから良しとしますわ」
「待て!! 逃げるのか!?」
「……逃げる? あらあら、下らないことを言いますわね」
青一の言葉に、エルプラダは口の端を持ち上げるようにして笑うと。
「ここにいる貴方達に、わたくしの相手が務まると?」
――ズゥっと、彼女がそう言っただけで、まるで周囲の重力が増したかのように空気が重くなる。
「……このッ!!」
『青一、ダメ。今の私達じゃ……勝てない』
『聖剣』の言葉に青一は歯噛みするが、しかしそれが正しいだろう。
エルプラダは……恐らく俺達とは格が違う。
そう感じるだけのものが、ある。
「そうよ、それに貴方にやる気はあっても……そちらの新人さんには荷が重いんじゃない?」
と言われて視線を向ければ、翠はカタカタと体を震わせていた。
額を流れる汗は、身体の熱さによるものだけではないだろう。
「別にビビってません!! こ、これは……全身でバイブスを上げているだけです!! 調子はどうだい!? FOOOOO!!」
「……ごめんなさい。ちょっと何を言っているか分からないわ」
でしょうね。
翠ちゃんも『いっけね。滑った』みたいな顔をしていた。
しかし、エルプラダはそれ以上の興味はないようだった。
「さて、それでは、わたくしはお暇するわ。ここにいる意味はないし、ね。……ところで、『聖剣』の。有九郎は元気かしら?」
ふわりと飛んで、門の前に浮かぶエルプラダはそう言って青一に視線を向けた。
青一は少し逡巡していたが、ややあって答えた。
「……印尾さんなら、半年前に会ったきりだが元気にされていた。それがどうした?」
「そう、じゃあ次に会ったときにでも伝えておいて。まだ決着はついてない、って」
それだけ言い残すと、エルプラダは門の中に這入っていった。
彼女は最後に少しだけ、俺の眼を見た気がしたが、気のせいかもしれなかった。
彼女が門の中に完全に入り切ってしまうと、その門は一人でに締まり――やがて何もなかったかのように門自体が消えた。
「……帰った、のか?」
そう呟くと、青一は大きく息を吐いてへたり込んだ。
「あ、アレが……魔王軍幹部か。初めて会ったよ。翠さんは何ともない?」
「え、ええ。――ハッ! それよりもお兄ちゃん!! イユさん!! 大丈夫ですか!?」
慌てた様子で翠が俺達の元に駆け寄り、それを見た青一もこちらにハッとした様子で駆けてきた。
「ああ、俺は大丈夫だ。怪我はしたけど、大したことはないよ。イユさんは、身体に何か変わったことはありませんか?」
「え、えっと。……そもそも怪我が多くて」
イユさんは、俺の言葉に戸惑いながら応える。
これでいいのかと、悩んでいるようだ。
「まあ、あとのことは追い追い考えましょう。今はイユさんも俺も休まないと」
「そう……ですね」
口調も悩んでいたようだったが、イユさんはとりあえず標準語に治したようだった。
まあ青一や翠の前だからな。
まあでも……良かった。
とりあえずは、これで……何とか……一件落着か。
そう思っていると、俺の頭が持ち上がらなくなり、抱き抱えているイユさんの肩に頭が寄りかかる。
「と、桃吾……様? あの、顔が近いんですけど……」
ああ、ごめん。
分かってる。
分かってるけど。
安心したら……すげえ眠ィ……。
瞼が重くなり、俺の視界がドンドン暗くなっていく。
「お兄ちゃん!?」
「桃吾様!?」
「桃吾さん――」
耳元で何か叫んでいるような気がしたが、俺の意識は暗闇の中に引かれていって――やがて何も感じなくなり、俺自身の意識も消えていった。




