第41話 闘争①
崖を滑り降りながら、俺は恐怖の叫び声を上げていた。
「速ぇええええええええええ!? マジ!? これ速ぇええええええええええ!?」
俺とイユさんは物凄い速さで山の斜面を滑り降りていた。
なにこれ!?
ボブスレーみたいなスピード進むなオイ。
イユさんの生家は山の標高300メートル弱くらいの位置にあったので、斜面は瞬く間に滑り降り、そして今度は森の木々の中を滑りぬけていく。
すげえ、ほとんど減速しないぞコレ。
山の木々にぶつかりそうになることもあるが、ぶつかったところでヌルっと滑るため衝撃もほぼ無く、加えて俺が足先で木を蹴って進行方向をある程度 調節できるため進む上でも大した障害にはならない。
やっべえ、マジで便利だな俺のヌルヌル。
ローション相撲の才能が異世界で役に立つとはな。
「あっ!! イユさん!! 怪我に響いたりは――」
「喋るな、舌ぁ噛むで」
俺の言葉にそれだけ答えて、イユさんはギュッと俺のジャケットの襟を握りしめ、俺の胸襟に頭を押し付けてきた。
――いま思ったが、このヌルヌルは俺の意識次第で多少 性質が変化するらしい。
具体的に言うと、俺が立って歩こうと思えばヌルヌルで足が濡れていても問題なく歩けるし、そして今みたいにイユさんが俺のジャケットを掴むこともできるし、そして俺もイユさんの身体を抱きかかえることができている。
ヌルヌルさせるかどうかは、ある程度はこちらの裁量なのだろう。
そんなことを考えていると、高速で滑り続けていたヌルヌルも摩擦が皆無と言うわけでもないため、だんだんとスピードが落ちてきた。
ただそれでも、森の中を2キロ近くは慣性だけで進んできたんじゃないか。
これ、結構すごい能力なんじゃなかろうか。
地球の化学物質とかなら大発見だぞ。
俺のヌルヌルもバカにできんな。
「さて、流石に歩いた方が早いかな、この速度だと」
「……ああ、そうやな」
「イユさんは歩かなくて良いです。とりあえず残りのポーションをありったけぶっかけますわ。ほーれ」
とりあえず残っていた中級ポーション2本と初級ポーションをぶっかけるが……。
「治らねえな……」
「そら……ポーションかけるだけで治るわけないやろ」
「マジで!? 異世界のポーションってかけるだけで回復するもんじゃないの!?」
「多少ならな……。だがこの傷じゃ……完治は無理や。そんな簡単に完治したら医者いらんわ」
確かに!
見たところ少しは傷も治ってきたようだが、完治には程遠い。
特に腹の刺し傷と折れた脚はまだ酷い状況だ。
仕方ねえ。
「イユさん、背中に乗って下さい」
抱きかかえていたイユさんを降ろし、代わりにそう言って背中を向ける。
彼女は少しだけ悩んでいたが、やがて6本の腕を俺に絡みつけるようにして背中に乗った。
「……じゃあ、頼むな」
「はーい。行きますよ。せーのっ!」
声とともに、俺はイユさんを背負って立ち上がった。
あともう少しで森を抜ける。
そうすれば、あとはしばらく平原だ。
平原なら歩きやすいし、敵からも見つかりやすいが仲間からも見つけてもらいやすい。
「かなり距離は稼いだと思います! もう少し頑張りますよ、イユさん!!」
「……ああ。そうやね」
俺の言葉にイユさんも頷いた。
イユさんを背負ったまま、俺は無理のないペースで走る。
変にペースを上げすぎると途中で足が止まる。
ましてや人を一人背負ってるからな。
ぶっちゃけベイリーズまでは走り切れないだろう。
どこかで何とか冒険者と合流しないと。
しかしそこで、俺が気づくよりも早くイユさんが叫んだ。
「桃吾ッ!! 今すぐ身を守れッッ!!!!」
その言葉に、俺は咄嗟にイユさんを近くの茂みに降ろし、彼女の上に覆いかぶさるようにすると、すぐさま全身からヌルヌルを溢れさせた。
……という記述だけ見ると馬鹿ッぽいな。
なんて思っている間に。
――ズドドドドドドドドドッ!!!!!!!!!!!!!!!!
という凄まじい爆音とともに、身を切り裂くような暴風の渦が俺達の身を襲った。
「うおおおおおおおおお!? な、何だ!?」
「きゃあああ!? マジかコレ!?」
ヌルヌルが俺達の身を守ってくれるのでダメージはないが、強風に煽られて俺達の身体が宙に浮いた。
しかし数秒後には重力に引かれて地面に落ちていった。
「うげっ!? あっ、イユさん!!」
「――かあッ!!」
俺の方が先に着地したため、イユさんのケガに響かないよう地面に球体状のヌルヌルを作って彼女の身体に掛かる衝撃の負担を低減させる。
とはいえ、彼女の腹部の傷は酷い。
止血はしているが、中身がグシャグシャなのは違いないのだ。
体内に溜まった血のせいで皮膚が変色している。
しかし、これは一体何が起きたのだ?
「んだよッ!! 誰が何を――」
そう言いながら顔を上げた俺は絶句した。
俺の視界には――1キロ弱に渡って地面から根こそぎ抉られた森が映っていた。
幅自体は数メートルほどだが、距離があまりにも長い。
一直線に森の木々が削られ砕かれ、地面が剥き出しになっている。
まるでここだけ巨大な重機で真っ直ぐ線を引いたかのようだ。
あたりには、斬り刻まれた丸太のように太い木々が散らばっている。
驚愕して、目を見開いていると、抉られて剥き出しになった地面に何やら魔法陣のようなものが浮かびだし、そこに一瞬でエコー達が姿を現した。
同時にカナブンの魔族が手に持っていたスクロールが消滅した。
「転移のスクロールか。……便利なもん持っとるやん」
「……それよりも、テメエらアレで死んでねえのかよ、ムカつくないオイ。あの得体の知れないヌルヌルを洗い落とすのにも苦労したしよォ。マジでムカつくぜ」
言葉とは裏腹に、エコーは酷く楽しげだった。
「特級魔法・『カラミティ=ウィンド』。風の刃で敵をド派手に斬り刻む良い魔法だろ? ――固有魔法なんざ覚えるよりも、こういう派手な魔法を覚えたほうがよっぽど効率が良いぜ」
そこまで言って、一度言葉を切ったエコーはこう続けた。
「――お前らに絶望をくれてやるぜ」
「いるかそんなもん!! クーリングオフ! クーリングオフ!」
「……何だそれは?」
ああ、やっぱ異世界にクーリングオフは無いのか。
まあそんなことを言っている場合じゃないよな。
俺は咳払いして、エコー達の前に立ちふさがる。
「何だオイ。派手な魔法だな。カッコいいじゃん。馬鹿デカい扇風機でも買ったか?」
「扇風機が何かは知らねえが、バカにされてんのは分かるぜ。――ハッ、虚勢を張るのはやめとけよ。お前はもう詰んでるんだよ。舐めたマネをしやがってよォ。アラクノイドは殺すわ、もう。あとお前も両腕を捥いで運びやすくしてやるよ」
「ははッ、それは困るな。俺の腕がちぎれたら、代わりにお前の腕を貰うことにするわ。4本もあるんだから2本くらい分けてくれよ」
「――お前マジでいい加減にしろよォ?」
エコーが指をパチンと鳴らす。
すると、背後にいたカナブンの魔族が手に持っていたハンドベルを鳴らした。
ちりんちりんと可愛らしい音色が響き、そして――森の中から無数の虫型のモンスターが姿を現した。
それは まさに無数、という言葉がふさわしい有様だった。
地面を這いずり、空を飛び交い、種類も様々なモンスター達が羽音を立てて、あるいは耳障りな足音を立ててこちらに迫ってきた。
「……何これ? 虫 多すぎじゃね? 何でこんなに虫いんの? 群馬県かココは?」
「これまで翠ちゃん達 勇者が倒してたモンスターはこいつらが出してたんや。……ウチらをおびき寄せるためにな」
俺のボケはイユさんには伝わらなかった。
仕方ない。
しかし、俺も今回の件はこいつらの手引きだと思ってたけどさぁ。
こいつらも敵も虫だったしぃ。
いやでもこの数はマジで怖え!
肌がすげえザワザワするもん!!
……どうする?
こっちは怪我したイユさんと、ヌルヌルするしか能のない俺だぞ。
まだ冒険者も勇者も見当たらない。
いやマジでどうすんだコレ?
俺は額の冷や汗を拭った。




