第39話 ネゴシエーション③
「そうだな、じゃアラクノイドは解放してやるよ。――代わりに、お前の固有魔法を解除しろ」
冷たい声音で、エコーはそう告げた。
あっ、やっぱバレてるわ。
「お前のスーツ、魔法衣だろ? 見る奴が見れば分かるんだよ」
まあ、そもそも森の中にスーツで来るとか浮きまくってるしな。
だが、『見る奴が見れば分かるんだよ』ってことは、奴は俺の能力をイユさんから聞いたわけじゃないのか?
なら、……ワンチャンあるな。
「ああ、そうだよ。スーツの魔法衣ってかっけえだろ?」
「知るかよ。俺はスーツなんざ着ねえ。ああ、そういやクソ忌々しい勇者の一人も確かスーツだったな。別にどうでも良いが。……しかし、驚いたな。固有魔法を覚えてるとは。アラクノイドの報告書には無かったぜ? なぁ?」
「……言うてへんかったからな。それに、情報は勇者のほうが最優先って言うたんはお前やろ?」
「ははっ、そうだな。……だが、重要な情報だろ? どう考えても。それを黙ってたってのは、……気分が良くないなあ」
エコーが右の鎌を振り上げる。
ヤバい、明らかにヤバい!!
「オイオイ。そうカッカすんなよ。ほら、俺の固有魔法は解除したぞ」
俺は固有魔法を解除したことで、服装がスーツから動きやすいパンツとシャツにポンチョというものに変化した。
だが、それによって俺の仕込みが発動する。
ヒュッと、風を切る音を立てて、小さな何かが飛んできた。
これで――。
「音響閃光弾か、そんなものを持ってきやがってよォ」
「何ッ!?」
しかし、空中を飛んできた手投げ弾に対し、エコーは鎌の先から風の刃を放って――ヒュパっと切り裂いた。
真っ二つに分かれた手投げ弾は、そのまま風に煽られて吹っ飛んでから、爆発した。
閃光と爆音が響くが、距離が遠すぎる。
エコー達は動じることなく、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「ゴムチューブを2本の木の幹の間に張って、思いっきり引っ張る。そして音響閃光弾をゴムチューブの真ん中に固定したら、狙いを定めて、あとはその状態で地面に閃光弾とゴムチューブをくっつけて固定、か。ぎゃはは、面白れぇ固有魔法だな。接着剤を自由に出す能力かなんかかぁ!?」
3体の魔族はそう言ってゲラゲラと嗤う。
――やっぱ見られていたか!
ここに来る前、俺は固有魔法を解除せざるを得ない状況に追い込まれた時のために、下準備をしておいたのだ。
と言っても、時間もなければ知識もなかったからな。
街のアイテムショップでモンスター相手に時間を稼ぐための音響閃光弾とゴムチューブを買って、それを俺のヌルヌルを固めたもので作った急ごしらえのデカいパチンコみたいなものだ。
俺が固有魔法を解除すれば、引っ張られたゴムチューブを固定していたヌルヌルも解除され、あとは自動で音響閃光弾がゴムの威力で吹っ飛ぶというだけのものだった。
イユさんの生家に立ち寄る前に、予めこれだけ仕込んでから奴らの前に姿を現したのだ。
なので、エコーの前でやたらと息を荒くしていたのは半分 演技である。
しかし、バレていたということは。
「お前らの操ってる虫、視覚の共有もできんのか?」
「ああ、同種の虫に限るがな」
カナブンの魔族が、左手に持っていたハンドベルを鳴らす。
ちりんちりんと涼しげな音が鳴り、近くの茂みの中から一匹のカマキリが飛んできて、エコーの差し出した指先に止まった。
「お前に監視を付けねえわけねえだろ、バァアアアアアアアアアアカ!!」
「あー、ま。そうだろうな」
その可能性は分かってた。
カマキリを操って手紙を届けたんだ。
それくらいのことならできるだろうとは思っていたさ。
だが、それでも何もしなければ劣勢のままだ。
可能性に賭けてみたんだが――失敗だったな。
エコーはそんな俺に対し、口の端を持ち上げて笑いながら、こう言った。
「いいさ、どうせ お前は俺達の釣り餌になる。だが――何もなしってわけにはいかねえだろ」
微塵の躊躇もなく、エコーはイユさんの左腹部に鎌を突き刺した。
「いっ!? あっ!? あ、あああああああああああああああああああ!?」
イユさんの腹を鎌が貫通し、真っ赤な血が腹を伝って太ももに流れて、やがて地面に垂れていく。
「お前ええええええッ!! 何してんだカマキリ野郎!! 生かして返すって話だったろうがッ!!」
「だから、首を刎ねずに腹刺したんだろうが、バカ。こんなんで死ぬかよ。ほら、返してやれ」
エコーの言葉を受けて、カブトムシの魔族がイユさんを――ぶん投げた。
「イユさん!!」
俺は咄嗟に彼女を抱き留める。
だが、その衝撃で彼女の傷口からビチャっと血液がまき散らされる。
傷は完全に腹を貫いている。
早く治さないと危ない。
とりあえず傷口を抑えて、出血を抑えるが、こんなんじゃどうにもならない!!
「イユさん!! 気合い入れろ!! アンタが死んだら、俺は骨折り損のくたびれ儲けだぞ!!」
「み、耳元でデカい声出すなや……。アホ」
イユさんは、薄い笑みを浮かべて見せた。
強がっているが、彼女の傷はかなり酷い。
何とかしないと――。
「さて、生かして返したぞ? 次はお前が餌になる番だ。こっちに来い」
「は、ハァ!? ふざけんな!! このままじゃイユさんが死ぬだろうが!!」
「ああ、だが俺の約束は生かして返すことだ。その後に死んだって、俺の知ったことじゃねえだろ?」
「ざっけんなよクソ虫が!! 交尾の際にメスに喰われる運命のクセに!!」
「おーおー、威勢が良いな。あとよォ、お前。舌噛み切って死ぬとか言ってたな? ……ハッ、そんなんしても死なせねえよ。上級ポーションくらいは準備してる。舌を噛み切ったところで、激痛の中で生きるだけだ。俺が餌を死なせるような間抜けをこくと思ったか?」
――クソが!!
だが、こんなのは分かり切ったことだ。
俺達が下で、奴らが上の立場に立っている。
主導権は完全にアイツらが持っているんだ。
だが分かってても腹は立つんだよ!!
クソがぁああああ!!
「ああ、それとさ。言い忘れてた。アラクノイドの祖母ちゃん治せるって言ったろ? ゴメン、あれウソ」
「……は?」
その言葉に、俺は目を丸くした。




