第30話 勇者つよつよ兄ぬるぬる(後半)
「いや、実際には弱点はありますよ。この間、お風呂に入ってる時に試したんですけど、全身をヌルヌルに包めば熱は平気なんですが、全身を覆うから呼吸もできないんですよ。なので大量の水に呑み込まれて溺れたら死ぬでしょうね」
お風呂に潜って試してみたのだ。
ヌルヌルで身体を包むと湯の熱は感じなくなったが、ただ水中だと呼吸のしようがない。
いま俺がヌルヌルの外に顔を出しているのも呼吸のためだ。
「ちなみに その時、入浴剤の代わりにイユさんの残り湯を混ぜたら、正直ちょっと興奮しました」
「~~~~~~!!!!!」
思わずカシスル弁で突っ込みそうになってしまったのか、彼女が歯噛みして耐えていた。
罵ってくれていいのに。
あと、「ちょっと興奮した」とか言ったんですけど、マジで正直なことを言うとメチャメチャ興奮した。
風呂に花弁か何か浮かべてるのか知らないけど、イユさんの風呂の残り湯いい匂いするんだよね。
最近は料理のレパートリーもなくなってきたので、イユさんの残り湯は主に入浴剤になっています。
やったね!
「ちょっと!! アナタも働きなさいよ!!」
そんな話をしていると、青一の取り巻きの女の子の一人――格闘家の女の子が声を掛けてきた。
何言ってんだこいつ。
「俺は働かないって言ったじゃん。なに聞いてたの君」
「んなあ!?」
昨日、俺は付き添いのニートだっていったろ。
会話しながら、俺はヌルヌルのベッドからヌルっと滑り出た。
「あ、アンタ、マジで何もしないの!?」
「そうだって言ってんじゃん。何度も言わすな」
「青一、こいつサイテーだよ!!」
「まあ、落ち着いて。ほら、ここらのモンスターは倒したし、そろそろ昼食にしようよ」
言われてみれば、確かに周辺のモンスターは居なくなっていた。
すげえな、まだ大して時間たってねーぞ。
やっぱ勇者凄いな。
「お兄ちゃん、私もお腹が空きました!!」
「良いですね、青一様! 一緒に食べましょ!」
「あっ、ズルい! 青一は私と食べるの!!」
『――ねえ。青一は、私と一緒に食べるのよね』
『聖剣』の精霊は邪魔だから剣のままでいいのに。
「はは、若い子たちは明るくて良いわね。私も昔はあんなだったわねえ」
ヒューマンワイファーもそんなことを言いつつ、部下と一緒に戻ってきた。
こうしてみると、結構な人数だな。
俺と翠とイユさんに騎士が3人、加えて青一と取り巻きの2人に『聖剣』の精霊も加えると10人か。
精霊の数え方が『人』で合ってるかは知らないが。
神なら『柱』だが、精霊ってどうなんだ?
「では、昼食にしましょうか」
イユさんがそう言ってポットから注いだお茶を皆に配りつつ、大きなバスケットを取り出し、食事の場を整えた。
「わあ! サンドイッチ! 美味しそうね、青一!」
「うん! 本当においしそうだね! これ、神官さんが作ったんですか?」
「ああ、いえ、これは桃吾様が作りました」
「「「「「「『このニートが!?!?!?!』」」」」」
「そうだけど?」
まあ暇だったし。
「あ、あんた! 変なもの入れてないでしょうね!」
「青一様を毒殺しようとしてるんじゃない!?」
『私の青一に変なことしたら許さないから』
「うっせーな、毒とか入ってねえよ。これ王城の料理長に教わったレシピだぞ。下手なことしたら料理長に怒鳴られるっつーの」
「王城の料理長!? 桃吾さん、なんでそんな人と仲良くなったですか!? 王国内でもトップの料理人じゃないですか!! 勇者の僕だってあのレベルの料理を食べる機会はそうないですよ!!」
「いやなんか流れで」
あれ以来、料理長のところにはちょくちょく行っている。
料理を教わったり、純粋にご飯食べ行ったりとかな。
――まあ俺がイユさんの風呂の残り湯で料理してるのは秘密だ。
多分、絶句しちゃうから。
「とりあえず食べたらどうですか? お兄ちゃんの料理は美味しいですよ」
真っ先に翠が食べていた。
相変わらずマイペースだな。
「ま、まあ。それなら僕も食べてみようかな。いただきます」
「青一が食べるなら……いただきまーす!」
「私も!」
『なら、私も』
そう言って、サンドイッチにかぶりついた彼らは。
「「「『おいしーい!!!!』」」」
そう叫んだ。
「何!? マジで美味しいじゃない!!」
「本当ですね、青一様!」
『お、美味しいわ』
「うん、本当に美味しいね。桃吾さん、料理人になったらどうですか?」
「俺の料理は趣味だ。就労にはしない」
「それ、胸張って言うことじゃないですよ、お兄ちゃん」
ま、作ったものを褒められて悪い気はしない。
俺も食べようかな、と思っていると、そこに一陣の風が吹いた。
さぁっ、と気持ちの良い風が流れていく。
――風の音に、何か雑音が混ざっていた気がしたが、気のせいだろうか。
まあいいか。
「涼しい風ですね。気持ちが良い。……イユさんも召し上がりませんか。自分でいうのもなんですけど、うまくできたと――」
そう、俺が声を掛けた時、イユさんは何故だかぼんやりとした様子だった。
何故だか、耳元に手を当てている。
……どうしたんだ?
「どうしました、イユさん?」
「え……? あ、ああ。いえ、何でもないです。では私も頂きますわね」
彼女はそう言って、サンドイッチを頬張ると「美味しいです!」と言っていた。
それ自体は不思議なことではない、不思議なことではないはずだが。
……俺は、得体の知れない違和感を覚えていた。




