第29話 勇者つよつよ兄ぬるぬる(前半)
翌日。
「『戦艦』ッ!!!!!!」
「『青血聖刃』ッ!!!!!!!」
勇者たちの声とともに、辺りを飛び交う虫たちが、地を這いずる虫たちが、濡れた障子紙を破るようにあっさりと蹂躙されていく。
モンスターと呼ばれるだけあって俺から見れば化け物なのだが、勇者にはそんなものは関係ないらしい。
これ、勇者以外の連中形無しだな。
そんなことを思いながら、俺は昨日のことを思い出していた。
「よく来てくれたな、勇者達よ」
昨日 俺達は『聖剣』の勇者達との合流を果たしてから、その足でベイリーズの冒険者ギルドに向かった。
異世界モノだとよくある奴だ。
しかし、勇者はギルドでなく王国に所属する。
ただ、冒険者ギルドは何でも屋であると同時に情報収集機関でもあり、王国の下部組織でもある。
そのため、勇者は あちこちに点在するギルドを通して仕事の依頼を受けることも多い。
今回もそうだ。
「ワシがこの『ベイリーズ』のギルドマスターだ」
ギルドマスターは壮年の眼鏡男だった。
腹は出ているが、顔に入った大きな傷が迫力を出している。
元々は名の売れた冒険者だったんだろうか。
「ちなみに顔の傷は飼い猫に引っかかれてしまってな。気にしないでくれ。可愛いんだが、怒ると暴れて大変なんだよ、うちの子」
あっ、普通に気の良いおっちゃんだった。
「話の詳細はナンカ大臣に聞いているだろう。こちらから付け加えることはない。自分の身を守ることを最優先し、モンスターを倒してくれ」
「はい、分かりました。ギルドマスター」
「はーい」
まあ話を聞くのは勇者たちの仕事だ。
俺には関係ない。
「では、明日からは皆で頑張ってくれ。くれぐれも、怪我はするな。君たちは魔王と戦い切り札だ。こんなところで下手を打ってはいかんぞ。……では、今日のところはゆっくり休んでくれ」
いかつい顔の割に優しいギルドマスターのオッサンは、そう告げて微笑んだ。
そして、いま。
俺たちは『聖剣』の勇者達と協力して、ベイリーズの街の近くにある森の中で、大量発生した昆虫型モンスターの駆除に当たっていた。
といっても、近距離~中距離のモンスターは青一の聖剣が薙ぎ払い、中距離~遠距離のモンスターは翠の操作する戦艦が砲火で焼き尽くしている。
ただ正直なところ、それ以外の連中は大したことはしていない。
俺達と一緒に来たヒューマンワイファーと その部下達は、翠の傍について近づく虫が居れば切り払うが、近づく虫は青一がほとんど倒している。
もちろん、多少なりともサポートされることで安定はするのだろうが、見たところ本来ならば青一が全て倒しきれてしまえるくらいの数だ。
何もないのも悪いし くらいの気遣いを受けて、戦うべきモンスターを残されているのではないだろうか、とも思える。
また、青一の取り巻きの女の子達も戦ったりサポートしたりしてはいるが、こっちは正直あんまり強くない。
俺は衛兵のトレーニングに参加していたので、彼らの剣技や魔法の訓練であったり、あるいは実践訓練の様子も見たことがある。暇だったから観に行っただけなんだけど。
しかし、彼らは集団として非常にレベルの高い訓練を受けていた。
ハードだが合理的であり、熱血だが同時に冷静でもある。
訓練で出来ないことは実戦でもできないからだ。
ましてや、命が掛かった状態では判断力は低下し、緊張感によって心臓の鼓動が早まりアドレナリンに溢れることで身体能力は増す代わりに手先の微細な動きは鈍る。
だからこそ、衛兵たちは反復していた。
必要な動きを、何度も何度も。
繰り返し身体に覚えこませることで、首筋に剣を突き付けられても練習通りのことができると彼らは知っているのだ。
そういう意味では女騎士達も活躍していないだけで、動き自体は良い。
ただ、青一の取り巻きは動きがぎこちない。
皆まだ10代の子どもだし、経験が薄いのだろう。
魔法によって身体能力が強化され、魔法陣とともに鮮烈な火力を叩きだしているために見落としそうになるが、あの子たちは経験が浅い。素人の俺にもわかる。
ただ、言ってしまえば青一も翠もそうだ。
翠は元々 運動習慣は無かったし、この世界に来てやっと1か月くらいなので、仕方ないのかもしれないが。
青一も剣術の心得は薄いように見えるが。
――ぶっちゃけ聖剣の力が強すぎる。
チートじゃんあれ。
ただ、ある意味アレで良いのかもしれん。
キング〇ドラが合気道を習得する意味などあるか?
ハ〇クが空手の型を覚えてどうする?
埒外のものにとって小手先の技術など、不要なのだ。
そう思えば、魔法をぶっ放して敵を薙ぎ払う勇者達も、細かい技術よりもより強い技でも出せるようなトレーニングをしたほうが良いのかもしれない。
「はー、勇者って皆あんなに強いのかよ。ズルくないっすか、イユさん」
「……そんなことよりも、桃吾様は何をしてるんです?」
少し離れたところで戦いを観測していた俺に対し、近くに立つイユさんが軽蔑するような視線を向けた来た。
一体なんで俺がそんな視線を向けられないといけないんだ。
やれやれ、みんな分かってないなあ。
「見て分からないかな? ヌルヌルのベッドに寝ているんだよ」
「ヌルヌルのベッドって何やねん!?」
俺は固有魔法を発動し、ヌルヌルで作ったベッドの中に入っていた。
ベッドと言ってもベッドそのものではなく、大量のヌルヌルを球体状に出現させ、表面だけを乾燥させ、中はヌルヌルの状態にしておくと、巨大な水泡のような形になるため、俺はその中に入って顔だけ出すことでゆったりと寛いでいたのである。
「見た目だと完全にスライムに捕食されかけのスーツ着た人みたいな感じになってますけど、桃吾様は本当に何がしたいんですか?」
「いやこれさぁ、中は良い感じに柔らかいし適度にひんやりしてて気持ち良いんだ。それに身体は全部ヌルヌルで覆ってるからダメージも受けないし。頭にもうっすらヌルヌル塗ってるから攻撃も滑るし。俺これだと無敵じゃないの? 無敵なんじゃない? ヌルヌルの中の無敵・タイキシテルとでも呼んでくれ」
「意味わからないんですけど」
「おいおいイユさん。そこは『大雨の中の無敵・タイ〇シャトルみたいに言うな!』ってツッコむところでしょ」
「前にも言いましたけど、私達に異世界のネタは通じませんよ。何ですそれ」
「俺たちの世界で有名な元競走馬です」
「知りませんよ!」
そうか。
残念だ。
シャトルは良い馬なのに。
可愛いのに。
学生時代に北海道旅行に行った際に見学に行こうと思ったらどっかの馬鹿が牧場見学の際 勝手に鬣を切ったせいでその時期は見学できなくなっていたのだ。
マジで許さねえ。
馬はデリケートなんだぞ。
ファンはあくまで牧場の好意で馬の見学をさせていただいていることを忘れてはならないのだ。
マナーはマジで大事。
「……ところで無敵って言ってますけど、それ本当ですか? 桃吾様」
なんてことを考えていると、イユさんがそんなことを訊いてきた。
ああ、無敵の能力なんて疑ってしかるべきだろうしな。
作中に合った「馬の見学ができなかった」は作者が最近ガチで体験したエピソードです。
マジで許さねえ!!!!!!!!!!!!!!
と言う気持ちです。
さいわい馬にケガはなかったようなので、それは良かったです。
でも犯人はマジで禿げろ。
一生10円ハゲに悩め。




