第25話 馬車でお話する回(前半)
この世界の文明水準は低くない。
いや高いといっても良いだろう。
銃をホルスターに収めるのではなく、腰に剣を佩いているというのに、政治家や官僚が国家を運営するのではなく王や貴族が国や領地を治めているのに、この世界では蛇口を捻れば湯が出る、農作物は魔法によって効率的に管理・育成されているため食料も安定供給され、教育水準は高く、治安も良い。
それでも移動手段はやっぱり馬車や騎馬なんだなぁ、そう思っていたんだが。
「うおおおおおおッ!! 馬車ッ! 速ええ!!」
馬車が速い!
どう見ても時速60キロは出てるんじゃあないだろうか。
元の世界なら、競走馬として鍛えられたサラブレッドにジョッキーが跨って それくらいの早さだったはずだ。
だというのに、この世界は馬車が時速60キロで走っている。
イユさんと俺と翠に、御者の4人で恐らく250キロくらい、他に俺たちの荷物に加えて騎士たちの荷物も載せているため、プラス100キロはある。加えてそもそもの馬車自体の重さもある。
それを馬2頭で引っ張ってこの速さってどうなってるんだ。
なお、振動は多少あるものの慣れれば気にならないレベルだ。
道も舗装されてるし、タイヤにゴム――正確にはゴムそのものではなくゴム質の生物の外皮らしい――も巻かれており、更にはサスペンションもしっかりしているようだ。
異世界すげー。
「しかし この重さを引っ張って この早さか。やべーな、異世界の馬」
「凄いですね、馬車ってこんなに早いんでしたっけ?」
窓の外を眺めながら俺と翠は何度も瞬きしながら外を眺めていた。
「そんなに速いんですか? これくらい普通では?」
あっけらかんとイユさんはそんなことを言うが、いや有り得ねえよ。
馬車がこの速さって無理だろう。
ちなみにこの馬車は4人乗り(御者は除く)で、俺と翠が隣り合うようにして、イユさんは俺たちの正面に座っている。
「見た感じ、馬は ばんえい馬とかの重量型っぽいけど、だったらそれこそスピードは落ちると思うんだけどな。……ひょっとして、異世界の馬って強化魔法とか使えるんですか?」
「……ああ、そうですね。そういえば勇者様たちの元いた世界に魔法は無いんでしたね。ええ、この世界の動物は大体みんな魔法が使えますよ。知能の程度に応じて限りはありますが」
道理でか。
こんなん普通の馬にはあり得ねえだろ。
「流石に小さな虫とかだと何も魔法は使えませんけど、ほ乳類、鳥類などは身体強化や知覚強化の魔法が使えるものもいます。ただ、基本的にはそれくらいです。流石に属性魔法とかは使えません。……例外的に、ある有名な男爵の愛馬は固有魔法が使えるそうですが」
「マジ!? 馬が固有魔法とか使うの!?」
「人間が十分なサポートをした場合に、ごく一部が、ですけどね。普通はあり得ませんよ。……それに属性魔法とかよりも固有魔法の方が偶発的な習得の可能性は高いんです。体系化された知識ではなく、個体ごとの感覚で行われるものですからね」
「へえ、そう言われると分かる気もしますねぇ」
イユさんの言葉に、翠が楽しげに返す。
翠もまだ10歳だもんな。
こんな冒険楽しくて仕方ないんだろう。
「……ところで、お二人って仲が良すぎませんか?」
と、そこでイユさんがそんなことを言ってきた。
「そうか?」
「そうですかねえ?」
俺と翠は首を傾げ合う。
「いや……兄弟で並んで座って寄りかかるって結構だと思いますけど」
「「そうなの?」」
イユさんの言うように、翠は俺の身体に寄りかかるようにして座っており、俺は俺で翠の肩に手を回して抱き寄せるようにしている。
言われてみれば距離感 近いのか。
「まあ年が離れてるからな。俺は翠のおしめ変えたことあるし」
「うーん、私も昔から こんな感じなのでよく分かんないです」
「そ、そうですか。……まあ兄弟仲が良いのは良いことですよね」
「そら、仲悪いよりは良いほうが良いでしょ。ハハッ」
そう笑ってから、俺は水筒の水を口に含んだ。
良く冷えてて美味しい。
魔法で出した水も飲めるのだが、魔法を使うだけで疲れちゃうからな。
基本的には水は携帯することが多い。
そして水を飲んでいると、俺はふと思った。
「この世界ってスライム居ます?」
「え? ええ、居ますよ。限られた地域だけですが。液状なので直接攻撃のダメージは通らないし、攻撃方法もトリッキーなものが多いので結構な強敵なんだとか……。それがどうしました?」
「いや、スライムに丸呑みされるのって気持ち良いのかなって」
「いきなり剛速球ブン投げるのやめてくださいよ!!」
思ったことを口に出したら、イユさんにツッコまれた。
口に出したのに逆にツッコまれるとは、これ如何に。
「俺たちの世界だと丸呑みっていうプレイがあってですね。巨大な生き物に呑まれることに快感を覚える人もいるんですよ。それって実際どうなのかなって」
「どうもこうも死ぬでしょ!! 一回の絶頂のために絶命してどうするんですか!?」
「俺たちの世界だとフィクションなんですけどね。でもこの世界だとワンチャンあるし、やったらどうなるんだろうっていう仮定の話ですよ」
「か、仮定の話ですか。やめてくださいよ、いきなり意味の分からない話をするの」
イユさんはほっとして胸を撫で下ろした。
「でもスライム娘って割と興奮しますよね」
「この話 続けるんですか翠様!?」
くすぶっていた火種に、翠がガソリンをぶっかけた。




