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第19話 幽霊屋敷バトル・前編




 それから俺達は幽霊屋敷をガンガン進んだ。


 鏡に何か変なものが映らないように、厚紙を張って鏡面が見えないようにし。

 窓を開けては蝶番にネジを挟んで逃げ道を確保し。

 何やら怪しげな人形があったら「かわいいよ!!」「お人形界の橋本環奈かい!!」「そこまで可愛くなるには眠れない夜もあっただろう!!」と声を掛けて なんか明るい雰囲気にすることでホラー展開を防ぎ。


 そうやってホラー映画のよくある展開を封じつつ、俺達は屋敷の奥へ奥へと探索していった。

 とりあえず一階を見て、その次は二階、三階と建物を上っていく。



「……何か不穏な雰囲気はあるけど、実際に何かが起きたりとかはないな」



 最上階である三階にまでやってきたが、ここに至るまでは大したことはなかった。

 まあ何か物音がしたり、怪しげなものが視界の端に移ることはあったのだが、俺の素早い対処により問題は解決されてきた。

 しかし、だからこそだろうか。



「やれやれ、所詮 幽霊屋敷なんて大したことありませんでしたね。きっと私のオーラに恐れをなして幽霊も逃げたんでしょう」



 などと言いながら、翠が自分の前髪を手で払った。



「いや何でそんなフラグっぽいこと言うの!? 一番やったらダメな奴でしょ!!」

「大丈夫ですよぉ、お兄ちゃん。何せ私は勇者ですからね。最悪こんな屋敷、燃やしてしまえば――」



 と、言いかけたところで、翠の立っていた()()()()()()()()()()



「――は?」

「翠ぃいいいいい!!」




 咄嗟のことで俺は反応が遅れる。

 しかし、問題ない。

 こういう時のためにロープで身体を繋いで――。


「おぐうぇ!?」



 ロープが変に締まった!?

 潰れたカエルのような声を上げ、俺も翠に引きずられて穴の中に落ちていく。




「うおおおおお俺も落ちるッ!!」

「アホやろッお前!!」


 しかしイユさんがロープを掴み、両足を広げて踏ん張ることで、何とか俺と翠の二人分の体重を支えようとするが。


 ――べきっ、と音を立ててイユさんの足元の床が砕けた。

 そらそうだ。

 放棄されて数十年も経っている家屋なのである。

 無理な力が掛かれば床くらい崩れるだろう。

 あと俺は体重が80キログラムはあるからな、年齢に対しても小柄な翠は32キログラム前後、合わせて約110キロ弱だ。

 かなりの重さである。

 その結果。



「「「ああああああああああああああああ」」」



 俺たち三人とも階下に落ちていった。

 しかも二階の床も開き、一階の床も開き、その下にまで落ちていく。



「えっ!? 嘘!? 地下なんかあったの!?」



 いや、しかしホラー映画なら地下なんて よく見る展開だ。

 しまった、最初に床を叩いてチェックすればよかったのに。

 しかし そんなことを考えている場合ではない。

 地下の薄汚れた床はもう俺たちの目の前に――。



「中級魔法『ウィンドブラスト』ッ!!」



 咄嗟にイユさんが風の魔法を床に向かって放ち、渦巻いた風が俺たちの身体をクッションのように受け止めた。

 


「あいだっ!?」

「うげっ!?」



 とはいえ、だからと言って華麗に着地できるわけではない。

 翠はお尻から、俺は背中から床に落ちて思い切り強打してしまったが、もしイユさんが魔法を放ってくれなかったらかなりグロい感じで死んでいたに違いない。

 イユさんには感謝だな。

 ちなみにイユさんは華麗に着地を決めていた。

 かっけえ。

 好き。

 でも何なら俺をクッションとして踏んでくれても良かったのに。


 まあそんなことは良い。

 周囲の状況を確認してみよう。

 俺が背中を抑えながら周囲を見渡すと、そこはかなり広い空間だった。

 ……いや、と言うか広すぎる上に高さもある。

 何と言うか、屋敷の地下と言うよりも、地下に建てた建築物の上に屋敷を建てたという表現が近いだろうか。

 そして この地下の風景は、なんというか……。



「工場っぽくね?」



 どう見ても、工場のように見えた。

 あちこちに錆びた大きな機械があり、ベルトコンベアの残骸のようなものも見える。

 ……やっぱ文明水準は高いんだな、この異世界って。



「うーん、確かに工場って感じですけど。何か引っかかりませんか、お兄ちゃん」

「え? 何が?」

「いや、何と言うか。何か単純に工場っていうよりも……違う気がするんですよ」



 と言われて、もう一度じっくりと周囲を観察すると、機械やベルトコンベアだけでなく、作業台のようなものがあちこちにあることに気付いた。そしてもう一つ気付いたことは。



「何か……魚臭い?」

「あっ、それです!!」

「それはウチも思ってたな。微妙にやけど生臭いっちゅうか、魚臭いねん」



 時間が経っているからか薄くはなっているが、この地下室は魚臭い。

 となるとここは。



「水産加工場ってことか?」

「――いかにも」



 俺の呟きに、答えるものが居た。

 地下室――ならぬ地下水産加工場の奥から、ヒトダマのように淡い光の球体が現れ、「ひっ」と翠が小さな悲鳴を漏らして俺の背後に隠れる。

 そしてヒトダマの動きを俺たちが油断なく見ていると、その光はやがて細長く伸び、流線型の頭部と、背びれと胸びれを持ち、そして尾びれを足のようにして立っている――()()()()()()()()



「……え? ウソ、何お前。ひょっとして」

「いかにも! 我こそは鮭の幽霊だサーモン!!」

「「いや鮭に幽霊って居んの!?」」


 俺とイユさんのツッコミが重なり、翠は「うわあ幽霊だぁああああ!!」と叫んでうずくまる。

 なに、翠ちゃんってばアレでも怖いの?

 そういえば この子、幽霊そのものが純粋に怖いとか言って、クソみたいなホラー映画でも頑として見なかったな。



「居るに決まっているサーモン!! 現に貴様らの前に我が居るのがその証拠だサーモン!! 我は、貴様ら人間に川魚の怒りの鉄槌を下すために現れたのだサーモン!!」

「おい何か凄いコンセプトの幽霊出てきたぞ!! 川魚の怒りって何!?」

「っちゅうか語尾のクセ強すぎひん!? なんや語尾がサーモンって!?」

「そうですよ、語尾でキャラ付けなんて安易すぎるショタよ」

「翠様もボケを被せんでください!! 語尾にショタは意味わからへんにも程がありますよ!!」

「そうだぞ翠、安易なキャラ付けは逆効果だマッチョ」

「お前も お前で畳みかけてくんなや!!」

「サーモサモサモ!! お前らは芸人か何かサーモン?」

「お前の“サモサモ”いう笑い方も意味わからへんわ!! キャラ設定 見直してこいや!」



 しかし そんなやり取りをしている内に、イユさんがハッとした表情を浮かべた。



「……ああっ! そ、そういえばサーモンと言えば!」

「どうしたんです、イユさん?」

「ここの屋敷の途中に大きくてきれいな川があったやろ? 覚えてるか?」



 ああ、確かに。

 馬車から眺めた覚えがあるな。

 この屋敷の近くにはキレイな川があった。

 たくさんの魚が泳いでいるのも見えて、何だか風情のあるところだなあと思った記憶がある。



「覚えてますよ。それがどうしたんです?」

「あの川は、鮭が豊富に取れることで有名やったんや。でも、ある時から数が減り始めて、禁漁区になってちょっと落ち着いたかと思ったんやけど……それでも鮭の数が減り続けて、問題になったことがあったんや。ただ、鮭の減少が一時期から回復したことがあってん。――それが、40年くらい前のことなんや」

「40年、って。この屋敷に住んでた貴族が衰退し始めた時期ですよね。……それ、もしかして ここの貴族が地下に水産加工場を作って、密猟してたってことですか?」

「そうだサーモン!! 我は、密猟され、加工され、貴様らの醜い欲望のために死んでいった鮭の魂が集まることで生まれた幽霊なのだサーモン!!」

「「「いや そんなことある!?」」」



 と、俺達3人の声が重なった。

 いや、恨みを持ったものが幽霊になるのは定番だし、畜産業を営むところだと屠殺した家畜の供養塔を立てることもあると聞く。であれば、鮭が加工された恨みから幽霊になっても……おかしくはないのか?



「いや、まあ。密猟は悪いことだとは思うけどさあ。でもお前ら鮭じゃん。自然界で生きてるんだから、食われるくらいは覚悟してるんじゃないの?」

「ああ、確かに我らは弱肉強食の世界で生きているサーモンよ。負けて食われるくらいは覚悟していたサーモン。だが……。だがッ!! 我らを捕らえ、殺した後にッ!! 腹に刃を突き立て我らの愛する(イクラ)を抜き取って、得体の知れない汁に付け込んだり!! 身体を薄く削いで火にくべたり野ざらしにしたり!! あるいは刃を何度も何度も叩きつけてグチャグチャにして、それを熱湯に放り込んだりと!! 単に食い殺すだけならまだしも、貴様らは我らの死を冒とくした!! 貴様ら人間に、生き物に対する慈悲はないのかサーモンッ!!!!!」



 ……なるほど。

 俺の予想ですが、それは多分イクラを漬け込んだり、三枚におろして焼いたり干し魚にしたり、つみれ汁を作ったりしてると思いますね。


 確かに言われてみれば料理ってエグイよな。

 殺した生き物の肉を切ったり叩いたり焼いたり揚げたり。

 まあそれが料理なんだけど。

 ソーセージとか、よく考えると肉をミンチにして更に腸に詰めるんだから、そこだけ聞いたら連続殺人鬼の所業としか思えないよな。



「そんな残虐な人間などッ!! 我ら鮭が川魚代表として滅ぼしてくれるサーモンよッ!! ……事実、ここにいた人間の一族を滅ぼしたのは、我ら鮭の呪いだサーモン」

「はぁ!? マジで!?」



 さらっととんでもないこと言ったぞコイツ!!

 呪いで人間たち殺してんじゃん!!



「……おい、桃吾」



 そこで、こっそりイユさんが俺に耳打ちしてきた。

 どうしよう、イユさんのと息が掛かって くすぐったくて気持ちがいい。



「あふんッ! 鼻息がくすぐったい」

「キモイ声出すなや!! ……こんなんと何時までも話してても仕方ないやろ。勇者様はビビッて動かれへんし、ウチがこいつ倒してええやろ?」

「ああ、まあ良いんじゃないですか。別に俺もこいつらの話に付き合う気はないし」



 だって鮭なんだもの。

 俺は鮭を相手に念仏を唱えたりはしない。

 ごちそうさまは言うが。



「ほな、行くか。……不浄を払え。『ホーリーライト』ッ!!」



 そう叫んでイユさんが手を掲げると、眩い光が鮭の幽霊を飲み込んだ。

 なるほど、これが神官の光魔法か。

 強烈な光である上、何か神聖な力を感じる。

 これならば、所詮 鮭の幽霊程度、瞬殺だろう。


 ――と思ったのだが。



「ふん? 何か、したのか?」




 鮭の幽霊は健在だった。

 まるで、何ともなかったかのように。





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