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悪魔が満足する報酬

 資産家のグロニアは、ここのところ投資で失敗をし続けていた。それまでは度重なる投機が当たって、順調に資産を増加させていたのだが、バルブ崩壊の折にそれを回避しようとした事が裏目に回り、気が付けばピーク時の四分の一程になってしまっていた。

 このままでは危ない。

 そして、そんな危機感を抱き始めたタイミングで、彼はこんな噂を聞いたのだった。

 ――悪魔に依頼すれば、なんでも願い事を叶えてくれる。

 もちろん、そんな噂をグロニアは信じたりはしなかった。ただ、仮に嘘であったとしても試してみて特に悪い事はない。元から有り得ないものが有り得ないだけの話だ。だから彼は念の為、その悪魔について調べ始めたのだった。

 その悪魔の本当の名は不明だが、人間の姿を取る時は“アンナ・アンリ”と名乗っているらしい。女の悪魔だ。

 本来は旧文明で信仰されいた神だったとか、その文明は女性原理的な側面が強かったとか色々と言われているらしいが、グロニアは興味がなかったからあまり調べなかった。肝心なのはその契約内容だ。

 その悪魔は願い事を叶える代わりに何かしら報酬を要求して来るらしい。ここが問題だ。その報酬には具体的な規定がなく何でもいい。が、しかし、それに悪魔が満足しない場合、契約者の命を奪ってしまうらしい。

 悪魔が満足するしないといった曖昧な基準であるのなら、なんとでも言える。そんな契約は契約とは言えない。だからグロニアは、仮にその悪魔が実在するとしても、そんな契約はリスクが高過ぎてとてもじゃないが結べないとそう判断した。

 しかし、それから部下から実際にアンナ・アンリを召喚した家族の事例を耳にして気が変わった。

 

 部下から報告のあったその家族は酷く貧乏だったらしい。その為、その家の母親が病に罹ってしまっても、とてもじゃないが治療費は工面できなかった。

 だから、その家族の子供はアンナ・アンリを召喚する事にしたのだ。

 どうか、自分の母親の病気を治し、命を助けて欲しいと。

 アンナ・アンリは約束通り、母親の病気を治してくれた。そして、約束通り、子供に報酬を求めた。

 その子供は、自分で作った花の形をした飾りを悪魔に報酬として渡したのだそうだ。子供が作るものだから高が知れている。それは売り物にもならないような酷い代物であったらしい。

 ところがそれにアンナ・アンリは、

 「わたしはこういったものを非常に好みます。満足しました。良いでしょう。これを報酬として認めます」

 と、そう答えたのだとか。

 そして本当にそのまま何もせずに帰ってしまったらしい。

 

 その話を聞いたグロニアは、そんな物で良いのなら、もっと上等な物をいくらでも用意できるとアンナ・アンリを召喚した。そして投機が成功するようにと彼女に依頼をしたのだった。

 アンナ・アンリは彼の期待通りの働きをしてくれた。それによって、下がり気味だった彼の金融ビジネスの業績は持ち直し、ピーク時を上回りすらした。

 彼の願いが叶えられると、約束通り、アンナ・アンリは彼に報酬を要求して来た。

 グロニアは宝石の散りばめられた美しく豪華な話の飾りを彼女に渡した。子供が作ったオモチャのようなそれに比べて何十万倍もの価値がある。

 そのはずだった。

 しかしアンナ・アンリはそれにこう返したのだった。

 「わたしはこんなものでは満足しません」

 その言葉にグロニアは目を丸くした。

 「何を馬鹿な。お前は子供が作ったオモチャに満足したと言うではないか」

 その言葉をアンナ・アンリは笑った。

 「あなたこそ何を言っているのです? それはわたしの力によって得た富で手に入れたものではありませんか。

 そんなものくらい、わたしは自分の力でいくらでも手に入れられます。

 ――もっとも、そんなもの、わたしは少しも欲しくはありませんがね」

 グロニアには彼女の言葉の意味が分からない。

 何を言っているのだ? この悪魔は? ならば、どうして子供からのオモチャのような報酬を喜んだのだ……?

 

 ――女性原理。

 アンナ・アンリは、それが強い文明で信仰されていた神だった。

 それが意味する事を彼はもっとよく理解しておくべきだった。女性原理では、感情面をより重要視する。彼女が望んだのは、精神的な誠実さ、忠誠であって、物質的な富ではなかったのだ。

 つまり、彼女の感情に働きかけて、満足を引き出す事の方がより重要なのだ。

 

 「さて、約束です。

 わたしを満足させされなかったのですから、あなたの命を奪います。よもや抗ったりはしないでしょうね……」

 

 それから彼女はグロニアの胸に手を伸ばすとそのまま心臓に触れた。それは恐怖から激しく脈打ち、とてもとても温かった。

 その温度に笑みを浮かべ、満足気にしている彼女を見て、初めてグロニアは彼女の言った意味を理解できた気になったが、言うまでもなくもう手遅れだった。

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