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ごはんが食べたい  作者: 風音沙矢
3/3

03

―これは出張だけど、来月からは本当に一人になっちゃうー


―あんなに予防線を張っていたのに、私の心の中は、敦でいっぱいだったんだー


―いや、心だけじゃない。身体もだ。一人のベッドは、冷たすぎるー


 暖房だって効いているはずなのに、愛美は、いつも敦の腕の中で寝ていたことを実感させられた、長い長い1週間だった。


 重い足取りで、愛美はマンション迄の道のりを歩いた。

―今日は、敦に言わなければ-

カフェに、明かりはついていなかった。東京駅から、着いたとLINEをしておいたから、今日はさすがに部屋にいるのだろう。エレベーターの上昇していく圧力が、100倍の圧力となって、心を重くする。のろのろとエレベーターを降り、だまって、ドアのかぎを開けた。


 いい香りがする。

―えっ、何の香り?- 

気が付いた敦が

「お帰り。」

と、にっこりしてキッチンから顔を出した。

「思ったよりも早かったな。もう少し待っていてくれよ。」

そう言って、準備してくれたのは、ローストビーフ。お皿にきれいに盛り付けて、ワイン迄ある。


「まあ、軽くな。」

「後のコーヒーが、美味しく飲める程度だぞ。」

笑いながら、ワインを注いでくれた。

- 最後の晩餐か -

愛美は、覚悟を決めて、にっこりと笑った。


 食事の後、二人でお皿を片付けた。

「敦、料理できる人だったんだね。」

「あー。昔、コックの真似事してた時あるからな。」

「でも、結局、親父がなれなかった、バリスタになっちまったってことか。」

「バリスタ?」

「簡単に言えば、コーヒーを美味しく入れる人。まあ、軽食も作ったりするけどね。」

ああ、この人は、お父さんのことをずっと大切に思って来たんだな。と、素直に思えた。


 片付けが済んで、愛美は、ダイニングテーブルに座った。

―今まで、飲んだことのないコーヒーー

―敦が淹れているー

―最後のコーヒー

本当は、敦の隣で、彼の作業を見ていたかった。

「いいから、いいから」

と、背中を押されてしまったのだ。


「今日は、エスプレッソコーヒーだ。」

と、言って敦は、深く焙煎した極細挽きの豆を素早くマシンにセットして、スイッチを入れた。豊かな香りが漂った。エスプレッソは、早さが何より。すばやくカップに注ぎ、私の前に置いてくれた。濃厚なコクと強い香りが、口いっぱいに広がった。「食事の後のコーヒー」と、計算して豆の配分を決めたのだろう。


 自分も席について、どうだ!と、敦は勝ち誇った顔をしている。愛美は、香りを楽しんだあと、大事にもう一口飲んだ。

-美味しいー

-このコーヒーの味を、忘れる時が来るんだろうか?-

そう、思うだけで涙が出てきた。

「随分、感激してくれるんだな。でも、大げさすぎないか?」

敦は、うれしそうに、愛美の顔を覗き込んだ。


「エスプレッソと言う言葉には、『特別に・あなただけに』という意味があるんだ。」

そう言って、愛美の前に指輪のケースを差し出し、驚いている愛美の左手を握り、ゆっくりと話し出した。


「俺さ、今まで、お袋のこともあって、結婚しないと決めていた。愛美と出会うまではね。」

「うまかった。お前の作るごはん。」

「なんかさ、お袋のことで意地になっていた俺の心が、だんだんほぐれてきて、毎日、愛美の作るごはんが待ち遠しくなって、残業で遅くなるって、連絡入ると、がっかりした。」

「でもさ、ごはんのことじゃないんだって、気づいちまった。」

「おれさ、愛美を愛してる。愛しているよ」

「何度聞いても、好きって言ってもらえなかったけどな」


 ボロボロに泣いている愛美の頬に手をやって、涙をぬぐってくれた。そして、「いいか?」と、耳元でささやいている。愛美は小さくうなずいた。敦は、握っていた愛美の左手の薬指に指輪をはめ、そしてほっと息を吐いて言った。

「愛美、もう、俺から逃げられないぞ!」


-えっ? え-!-

驚いた愛美が、うれしそうに笑う敦の顔を見た。愛美が不安だったように、敦も不安だったのだと、やっと気づいた愛美は、また泣いてしまった。



えっ?

転勤?

当然、しました(泣)


 マンションのローンがあるんだから、ロマンチックなだけでは、物語は終わらないの!

 私が、週末に帰京して、帰れない週は、カフェの休みの前日、火曜日の最終の新幹線で敦が大阪へきて、水曜日に戻って行くと言う、目まぐるしい一年を送り、途中、大きな喧嘩もしたけど、何とか乗り切って、一年後、無事、東京勤務となった。


 東京へ戻って、カフェで女と仲良く話している敦を見ると、やきもちを焼くけど、直接は言わない。言ってやるもんか! でも、夕飯は、当然一品料理。なんでそうなっているのか最初は気づかなかった彼が、気づいた頃、私は妊娠した。敦は大喜びして、バリスタの職務を全うするだけで、女との無駄なおしゃべりは、しなくなった!  

と、思う。


 そして、女の子が生まれ、私はママになり、敦は、娘にメロメロなパパになっている。

「こんな、幸せがあるんだね。」

にっこりと笑う敦だけど、私のほうが感謝してる。

ありがとう。敦。

そして、

「本当に、こんな幸せって、あるんですね。」


「神様! ありがとう!」







最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「ご飯が食べたい」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第27回 ごはんが食べたい と検索してください。

声優 岡部涼音が朗読しています。

よろしくお願いします。


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