伯爵令嬢と婚約者 11
レスター伯爵領へと舞い戻った俺達は、冒険者カイルの一行として屋敷を訪ね、ラニスさんへと取り次いでもらった。
「おぉ、お前達。よくぞ戻った。それで、マナマリーの花は手に入ったのか?」
「ええ、ここにあります」
アイテムボックスからマナマリーの花を取り出す。
「おぉ……これがマナマリーの花か。噂通り美しい花だな。次に入手する機会があれば、庭に植えてみたいモノだ」
「魔力素子を糧に咲くといわれていますので、栽培は難しいと思います」
ちなみに、これはマナマリーに限った話ではない。
ポーションの素材として効果が高い薬草などは軒並み、魔力素子の濃度が高い、ダンジョンのような場所でしか育たないという性質を持っている。
「そうか、それは残念だが、父の呪いを解除するには十分だ。皆の者、よくやってくれた」
ラニスさんが指を鳴らすと使用人が現れ、報酬の入った革袋を俺とカイルに手渡した。
「俺とシャルロットは利害の一致で手伝っただけだぞ?」
だから、報酬は要らないと思ったんだけど、シャルロットに袖を引かれる。なんだと視線を向けると、彼は借りを作りたくないのだと教えてくれた。
「シャルロットのいうとおりだ。だから、受け取ってくれ」
「そういうことならもらっておく」
「ああ。それと、例の件が片付いたら連絡をさせてもらう」
「分かった、待ってるよ」
ということで報酬を受け取り、俺とシャルロットはカイル達とともに屋敷を後にした。
「それで、カイル達はこれからどうするんだ?」
屋敷の前の通りで、カイル達と向き合った。
「無事に報酬も入ったからな。仲間の傷が癒えるまでは休息だな。でもって、仲間の傷が癒えたら、また一流のパーティーを目指して新しいダンジョンに挑むつもりだ」
「そうか。お前ならきっと、遠征パーティーのトップになれるよ」
残りの仲間の実力は知らないけど、カイルならきっと引っ張っていける。
「……アベル、あのときはすまなかった」
「謝罪なら、もう受け取ったぞ?」
「そう、だったな。だが、言わせてくれ。あのときは本当にすまなかった。あれは俺の本心じゃない。お前は、俺の目標だ。いつか、お前に追いついて見せる。だから……」
「ああ。それまで、お前も元気でな」
図星だったのだろう。
カイルが照れくさそうに顔を赤らめた。
「それじゃ、カイル。気を付けてね」
俺を押しのけて、シャルロットがカイルに別れを告げる。
そして――
「そうやね、アベルはん。またどこかで」
カイルを押しのけて、プラムが俺に別れを告げる。
だから、この流れはなんなんだよ――と、いう暇もなく、カイル達は旅立っていった。
というか、カイルがプラムに引きずられていった。
尻に敷かれてるなぁ……
「さて、俺達はどうしよう?」
カイル達を見送った後、通りの片隅でシャルロットを見る。青みがかった銀髪を風になびかせたシャルロットは、なぜかふくれっ面をしていた。
「シャルロット、そんな顔をしてどうしたんだ?」
「……嫉妬中」
「は? プラムのことか? 色気はあると思うが、他意はないぞ」
プラムはたしかに妖艶な女の子だったけど、口説くとかそんな意図は全くなかった。そもそも意識すらしていなかった。
「……嫉妬の炎」
シャルロットの瞳に、メラメラと燃えさかる炎が映る。
「やめろ、それは嫉妬の炎じゃなくて、ファイアボルトの炎だ。というか街の、しかも伯爵家の屋敷の前で魔法を使うなよ?」
「むぅ、分かってるよぅ」
もとより冗談だったのか、シャルロットはすぐに炎を消し去った。
「冗談はともかく、これからどうするか、だったよね?」
「あぁ、ちゃんと覚えてたんだな」
むしろ、俺の方が忘れるところだった。
「解呪のポーションの作成は長くて数日だと思うんだよね。だから、結果が出てからブルーレイクに帰ろうかなって」
「ふむ。まぁ……そうだな」
ここからブルーレイクまで馬車で何日もかかる。
のんびり馬車で帰った結果、レスター伯爵領に来てくれという連絡が早馬で届いている。なんて可能性も十分にある。待ってた方が二度手間にはならないだろう。
「それじゃ、まずは宿を取って夕食かな」
その後、宿を取って一泊。
翌朝、食堂で朝食を取っていると、レスター伯爵家の迎えの者がやって来た。
思ったよりも早かった。
そんな感想を抱きながら案内に従った結果、案内された応接間で待ち構えていたのは、ラニスさんではなくシエルだった。
「よく来たわね。まずは、席に座りなさい」
シエルが向かいの席を勧めるが、
「……どうして、私達があの宿にいるって知ってたんですか?」
シャルロットは申し出を無視して問い掛けた。
「そろそろユーティリア伯爵領へ行って戻ってくる時期だと思って、貴方達が宿を取ったら連絡するように伝えてあったんですよ」
そう、か。
ここからユーティリア伯爵領までと、先日のダンジョンまでの距離は大して変わらないからな。ちょうど、両親に相談して、戻ってきたと思われたのか。
「それで、結婚を受けるしかないという結論には至ったのかしら?」
それを聞いた瞬間、俺は不味いと思った。
だって、俺達は実際にはユーティリア伯爵領へ戻ってない。つまり、シャルロットの両親と話し合っていない。
ラニスさんの計画が上手くいけば、婚姻の申し出を断ることが出来るけど、独断でレスター伯爵領とことを構えるわけにはいかない。
それを回避するためには、一時的にでも婚姻を受けると答えるしかない。
そんな状況で――
「お断りいたしますわ」
シャルロットはきっぱりと、誤解の余地なく拒絶した。
「いま、なんと?」
そう口にした、シエルのこめかみが引きつって見えるのはきっと気のせいじゃない。
「婚姻の申し出はお断りすると申しました」
「……本気で、言っているんですか?」
「ええ、本気です。わたくしの身も心も、すべてアベルくんに捧げました。ですから、たとえ政治的な見せかけだったとしても、他の誰かと結婚するつもりはありませんわ」
いや、まだ身体の方は捧げられてませんよ? なんて、口にすると話がややこしくなりそうだから、心の中でだけ訂正しておく。
なにより、ここまでハッキリと好意を口にしてもらえるのは凄く嬉しい。それに引き換え、俺はいつまでも答えを先延ばしにして……ホント、最低だな。
「あなた、アベルと言いましたね。あなたが、シャルロットの想い人、なのですね?」
「……幸運にも、好意を寄せてもらってます」
応えながら、シエルの思惑はなんだろうと考えを巡らせた。だけど、その必要はなかったと言えるだろう。シエルが、すぐにその思惑を口にしたからだ。
しかも――
「それで、いくら欲しいんですか?」
「……はい?」
「お金です。いくら渡せば、彼女を諦めるのかと聞いているのです」
最悪の提案だった。
「お金が目当てじゃありませんから。たとえ、この国を買えるだけのお金を積まれたって、シャルロットを手放したりしません」
手放すもなにも、想いに答えてないじゃねぇかという野暮な突っ込みはなしである。
「はぁ……シャルロットに似て、あなたも強情ですね」
「あなたなりの褒め言葉として受け取っておきますよ」
嫌味に対して皮肉で返す。
シエルのこめかみがわずかに引きつった。
「ならこうしましょう。あなたがここでシャルロットを諦めると宣言しなければ、あなたの家族が不幸に見舞われるかもしれませんよ?」
「それは……どういう意味ですか?」
脅迫だと分からなかったわけじゃない。分かったからこそ、身内に手を出したらどうなるか分かっているんだろうなと圧力を掛ける。
「……っ。相変わらず、恐ろしい殺気ですね。でも……良いのですか? まだなにもしていないわたくしに手を出せば、あなたもシャルロットも重罪人の仲間入り、ですよ?」
俺はギリっと奥歯をかみしめた。
たしかに、ここで先制攻撃なんて絶対に出来ない。
だけど――
「シャルロットは、あんたを敵に回しても結婚しないと言った。だったら、俺が脅されたくらいで引き下がるはずないだろ。シャルロットは、誰にも渡さない」
きっぱりと断言する。
「……そう、ですか。良いでしょう、あくまでわたくしを敵に回すというのなら、それ相応の覚悟をすることです。必ず、後悔しますよ」
シエルが宣戦布告をする。
その瞬間――
「いいや、後悔するのは貴様の方だ」
俺達の背後。開けっぱなしの入り口から、ラニスさんの声が響いた。




