伯爵令嬢と婚約者 10
ダンジョンでの戦闘は順調だった。過去に来たことのあるダンジョンというのも大きいが、やはりカイルの指示が的確なことが一番の理由だろう。
とにもかくにも、俺達は周囲の魔物を倒しながら、マナマリーの花を探し回った。
そして――
「ねぇねぇ、アベルくんっ。あそこに見えるの、マナマリーの花じゃないかな?」
シャルロットが指をさす。
その先をたどると、遠くにある岩場の割れ目に、一輪の花が咲いているのが見えた。
「たしかに、マナマリーだな。だけど……」
と、俺はその岩場の側にいる魔物に視線を向ける。
そこにたたずむのは、でっかいワンコ。
……いや、頭が三つあるケルベロスだ。
毛並みが硬くてモフモフじゃないから、ワンコとしては認めない。地獄の番人とも呼ばれるそいつは、間違いなくこの階層のボスだ。
「マナマリーを採取したら、間違いなく襲いかかってくるでしょうね」
「だよな。しかも、炎のブレスを吐かれたら目も当てられない」
万が一を考えたら無視は出来ないが、戦ってるあいだに誤射でマナマリーが焼ける可能性も否定できない。
戦闘して引きつけてるあいだに、マナマリーの回収をした方が良さそうだ。
「よし、俺達がケルベロスを引きつけるから、そのあいだにマナマリーを回収してくれ」
――と、口にしたのはカイルだった。
どうやら、俺よりも早く同じ結論に至っていたらしい。
「魔物の足止めなら、俺の方が良いんじゃないか?」
アタッカーのカイルに対して、俺はどちらかといえばタンカーより。時間稼ぎなら俺の方が向いていると思ったんだけど、カイルは「はんっ」と鼻で笑った。
「ばーか。こういう危険な役目は、勇者の称号を持つ俺の役目だろ。お前は俺を信じて、マナマリーを取って来いよ」
「お、おう」
なんか、ホントに格好よくなってやがる。
俺が女の子なら、カイルに惚れちゃってるところだな。
「そうだよ、こういう危険な役目は、賢者の称号を持つ私の役目だよ。アベルくんは私を信じて、マナマリーを取って来ると良いよ」
「……いや、シャルロットをそんな矢面に立たせられるわけないだろ?」
「むぅ~~~っ」
「あいたたたっ」
なぜかポカポカと殴られた、解せぬ。
「……とにかく、俺がケルベロスを引きつけるから、アベルは早くマナマリーを取ってこい」
カイルにはジト目で睨まれた、解せぬ。
「分かった、そっちが戦闘を開始したら、すぐに取りに行くよ」
俺はケルベロスの反応範囲ギリギリまで接近して待機する。
ほどなく、カイルがケルベロスに斬り掛かった。
カイルが大ぶりの一撃を放つ――が、ケルベロスは前足を浮かせてそれを回避。そのまま、後ろ足で地面を蹴ってカイルに飛び掛かる。
だが、カイルはサイドにステップを踏んで回避。着地を際の前足に一撃を加えた。
痛みに仰け反るケルベロス。その隙を逃さず、シャルロットとプラムが遠距離攻撃を叩き込んだ――が、そのダメージはそれほど大きく見えない。
二人の火力が低い――のではなく、タゲが飛ぶことを警戒して抑えているのだ。
とにもかくにも、ケルベロスのタゲは彼らに固定されている。今のうちにマナマリーを回収してしまおう。
俺は急いで岩場にあるマナマリーの元へと走った。そして岩場の割れ目から生えているマナマリーの花をそっと手折る。
それをアイテムボックスにしまった瞬間、俺は嫌な予感を覚えて飛びすさった。直後、俺が先ほどまでいた空間をケルベロスのブレスが焼いた。
「おい、なにをやって……」
タゲ取りはどうしたという批難は最後まですることが出来なかった。カイルはちゃんと、ケルベロスのタゲを引きつけていたからだ。
なのに、俺の目の前にもケルベロスが存在している。
つまり――
「ケルベロスが二体、だと?」
階層ボスが二体同時発生なんて聞いたこともない。
なんでそんな事態にと動揺していた俺は、ケルベロスの放つ前足の一撃を避け損なった。辛うじて剣で受け止めるが、そのまま吹き飛ばされてしまう。
あまりの衝撃に、意識がぶれる。
「アベルくん!」
シャルロットの悲鳴じみた声を聞いて、俺は意識を取り戻した。
意識を失ったのは一瞬だったようで、景色が凄い勢いで流れている。俺は剣で地面を叩いて体勢を変え、両足を地面に付けた。
そのまま数メートルは滑るが、なんとか踏みとどまる。
「アベルくん、大丈夫!?」
「……あぁ、大丈夫だ。マナマリーは回収した。こっちは俺が引きつけておくから、先にそっちを倒してくれ!」
「でも……」
「不意はくらったけど、タゲを維持するだけなら問題ない。俺を信じろ!」
「わ、分かった。それじゃ、こっちは全力で倒しちゃうね」
言うが早いか、シャルロットは大技の詠唱に入る。
「……おいおい、そんな大技を放ったらタゲが飛ぶぞ?」
俺はケルベロスその二の攻撃を掻い潜りながらツッコミを入れる。
だがそれは杞憂だった。
「アベルくんを傷付けた罪、償ってもらうよ!」
いや、そっちのケルベロスは俺になにもしてねぇよ? と突っ込むより早く、シャルロットの放った魔法の光が、ケルベロスの胴体に風穴を開けた。
三つの頭が断末魔を上げて倒れ伏す。
そして、仲間がやられて動揺するケルベロスその二。
俺はその隙を逃さずに懐に飛び込み、頭の一つを跳ね飛ばした。ケルベロスは痛みに悲鳴を上げると、大きく体勢を崩した。
そこに追い打ちのようにプラムの矢が突き刺さる。
そして……
「これで――」
「――終わりだっ!」
距離を詰めてきたカイルが二つ目の首を跳ね――俺が最後の首を跳ね飛ばした。
「……ちっ、結局アベルが一番美味しいところを持っていくのかよ」
「そういうカイルだって、活躍してたじゃねぇか」
視線を交差させ、俺達はニヤリと笑って拳をぶつけ合った。
「アベルくん、大丈夫?」
シャルロットが駆け寄ってくると、俺の脇腹をまさぐり始めた。
「ちょ、シャルロット?」
「さっき、ケルベロスの一撃を食らったでしょ? 私、見てたんだからね?」
「なんとか剣で受けたから大丈夫だ。だから、ちょっと腕は痺れてるけどな」
「もぅ、無茶をして」
シャルロットがちょっと怒った顔で治癒魔術を使ってくれる。その癒やしの心地よさに身を任せていると、カイルが俺の肩を叩いた。
「さすがアベル、いきなり現れた二体目のボスに対応するとはな」
「いや、あれは運がよかっただけだ。ボスが二体同時発生なんて、予想してなかったからな」
なんとなく嫌な予感がして回避できただけ。最近、エリカやシャルロットの件で修羅場を掻い潜ってるから、危機察知能力が発展してるのかもしれない。
なんて、言ったら色々ヤバそうなので言わないけどな。
「ボスが二体同時発生、噂では聞いてたけど見るのは初めてだな」
カイルがぽつりとそんなことを言う。
「噂? 過去にもあったのか?」
「過去っていうか、最近ときどきあるみたいなんだ」
「へぇ……そうなのか? 新しいダンジョンが出来たり、最近ちょっと妙だな」
「あぁ、ブルーレイクだろ」
カイルが新しいダンジョンに反応する。
もしかしたら、俺達が管理してることも知ってるのかなって思ったけど、どうやらそっちは知らなかったらしい。
新しいダンジョンが出来たことに驚いているだけのようだ。
「まぁなんにしても、マナマリーの花は手に入れたんだろ?」
「ああ、バッチリだ。それじゃ、レスター伯爵領へ戻ろうか」




