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聖女に散々と罵られたが、夜の彼女は意外と可愛い  作者: 緋色の雨
第二章

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伯爵令嬢と婚約者 6

「そう、あなたがシャルロット。たしかにダニエルの言うように慎みのなさそうな娘ね」

 出し抜けに失礼なことを言ってのけたのは、レスター家の当主――を名乗る女性だった。

 ちなみに、執事の言葉は真実だったようで、この女性も俺のことを無視である。

 もっとも、シャルロットが劣勢なら介入するし、そうじゃないのなら大人しくしてるつもりなので、無視されようがなんだろうがどうでも良いと状況を見守る。


「失礼ですが、レスター家の当主はトーレス様だったと記憶しているのですが……あなたは一体どなたでしょう?」

 シャルロットが内心を押し殺し、すまし顔で問い掛けた。

「わたくしはシエル。レスター伯爵の妻ですわ。トーレスが病に伏しているため、レスター家の政治は、すべてわたくしが執り行っています」

「それは存じませんでした。トーレス様のご容態は良くないのですか?」

「ええ、芳しくありませんわ。ですが、そんなことよりも、婚姻について話しましょう」

 この人、床に伏してる旦那の容態をそんなことで流したぞ……と、驚いたのはシャルロットも同じようで、横目で見ると眉をひそめていた。


「……ご当主が病に倒れているのにそんなこと、ですか?」

「心配しても結果は変わらないでしょう? それに、ちゃんと掛かり付けの治癒魔術師に任せていますから、心配はご無用ですわ」

 きっぱりと断言する。ここまで行くといっそ清々しい。貴族同士の婚姻が政治の一環というのを体現してるかのような冷めた関係だな。


「それより婚姻の件ですが、シャルロット。あなたには前妻の息子と結婚してもらいます」

「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」

「あら、ごめんなさい。良く聞こえなかったわ。喜んでお受けしますといったのかしら?」

「わたくしには想い人がいますから」


 当主の病気の件をぶった切って婚姻の話を始める。しかも、お見合いを打診した段階だったはずなのに、いきなり結婚をしてもらうと来た。

 シャルロットはシャルロットで、きっぱり断っているけど、相手の話を聞いちゃいない。二人の会話が成り立っているようでまったく成り立っていない。

 たしかにこれは戦いだ。隙を見せたら確実に食われる。

 出来ればこの戦いには参加したくないなぁと俺が傍観しているあいだも、二人の睨み合いは続いている。なんか、側にいるだけで息が詰まりそうだ。


「想い人がいるからなんだというのですか。貴族の婚姻に必要なのは利権。それはシャルロット、あなたにも分かっているでしょう?」

「わたくしは……いえ、私はそうは思いません。たしかに貴族にとって利権は重要ですけど、愛する人と結ばれることだって、同じくらい大切だと想います」

「……なにを馬鹿なことを」

 シエルは吐き捨てるように言った。


「シエル様のお考えは尊重いたします。ですが、わたくしは政略結婚をするつもりはありません。ですから、どうかお見合いはおやめくださいますよう、お願いいたします」

「……それは、ユーティリア伯爵家の総意ですか?」

「ええ。お父様もお母様も、わたくしの意思を尊重すると言ってくれています」

「……なんて忌々しい」

 シエルが憎々しげに顔を歪めた。

 そうして「私も……」となにかを呟くが、すべてを聞き取ることは出来なかった。


「あなたにその気がないことは良く分かりました。では、ユーティリア伯爵領へ輸出している塩の量に制限を掛けましょう」

「――なっ!?」

 あまりにも分かりやすすぎる脅し文句に、横で聞いていた俺は驚きの声を漏らした。


「たしかに、レスター伯爵領から回ってくる塩がなくなれば、我がユーティリア伯爵領は塩不足に陥りますが、そちらも販売先が減るのは困るのではありませんか?」

「レスター伯爵領が代々精製している塩であれば、買い手はいくらでも見つかりますわ」

「そう、ですか。では、わたくしどもは他の売り手を探します。塩の販売ルートが一つくらい潰れても、ユーティリア伯爵領は揺らぎませんわ」

「そうですか。では、他の流通も制限を掛けましょう。ユーティリア伯爵領はたしかに様々な商品を作って売りに出しているようですが……原材料がなくても、作れるのかしら?」


 シエルの挑発に、シャルロットは頬を引きつらせた。

 シエルの言葉が脅しか本気かは分からないけど、どうやら本気で輸出を制限されたら、ユーティリア伯爵領が困るのは事実のようだ。

 これ以上は傍観していられない。

 そう思ったから、俺は横からすみませんと割って入る。

 その途端、シエルの顔が不機嫌そうに歪んだ。


「なんですか? ここは、あなたのような平民が口を出す場ではありませんわよ?」

「すみません。でも、シャルロットの想い人っていうのは俺なんです」

「だからなんだというのですか。想い人など関係ないと言っているではありませんか」

「シャルロットが俺に、誓いのキスをしていても、ですか?」

「アベルくん……?」

 俺が切り札を切るとは思っていなかったんだろう。シャルロットが良かったのかと目で問い掛けてきたので、良いんだと頷き返した。


「……誓いのキス? 言葉通りというわけでは……ないのでしょうね」

 知らなかったようで、シエルがいぶかしむような顔をする。


「メディア教に伝わる、誓いのキスをした相手以外とは交わることが出来なくなる契約魔術です。俺以外の誰かがシャルロットと子供を作ろうとしたら……死にますよ?」

 シャルロットを嫁にしても跡継ぎを作れないから、結婚は諦めるしかないと言外に告げる。

 だが――


「誓いのキスが契約魔術なら、どちらかの死を持って解除されるでしょう? ならば、話は簡単ではありませんか。その男を――っ」

 シエルはその言葉を最後まで口にすることが出来なかった。

 シャルロットがアイテムボックスから杖を引き抜いたからだ。


「アベルくんを……なんですか?」

「い、いえ、なんでもありませんわ」

 シャルロットの放つ殺気に、シエルが声を震わせる。

「そうですか。念のためにいっておきますが、わたくしは貴族令嬢であると同時に、遠征パーティーへの参加資格を持つSランクの冒険者です。だから……」

 シャルロットは杖の先を、テーブルの向こう側にいるシエルへと突きつけた。


「私の大切な仲間に危害を加えたら、地の果てまで追い掛けてでも復讐するよ」

 ……どうしよう。この子、可愛いだけじゃなくて格好いい。俺がシャルロットのお見合いを阻止しに来たはずなのに、俺の方が守られてる気がする。


 なんて、のんきに考えていたのは俺が傍観者だったからで、殺気を向けられているシエルは顔を青ざめさせている。

 そして――

「……っ。はぁ……はあ」

 シャルロットが杖を引くと、シエルは大きく息を吐いた。

 さすがに、こんな目に遭ってもなお結婚を迫ったりはしないだろう――と思ったんだけど、それは俺の早とちりだった。


「い、いいでしょう。ならば、その男を愛人にすることを認めましょう」

 というか、意味が良く分からなかった。


「あの……愛人もなにも、わたくしはアベルくん以外と子供が作れないんですよ? 生まれてくる子供は、間違いなくアベルくんの子供になりますよ? 跡継ぎ、作れませんよ?」

 よほど混乱しているんだろう。シャルロットの口調がちょっと困ってる。


「わたくしが求めるのはあくまで政略結婚です。ですから、子供は必要ありません。それに勘違いしているようですが、嫁いでこいと行っているわけではありません。前妻の息子を、あなたの元に婿入りさせると言っているのです」

 脳裏に、厄介払いという言葉が思い浮かんだ。


「とにかく、流通を止められたくなければこの話を受けなさい」

「いえ、えっと、その……」

 あまりの暴論に、シャルロットは言葉を失っている。

「少し考える時間を上げましょう。一度部屋に戻って、よく考えなさい」

 という訳で、俺達はシエルに部屋を追い出された。



「……あ、あまりにむちゃくちゃで、言い返し損ねちゃったよ」

 部屋に戻るなりシャルロットがため息をつく。それからほどなく、今後について話し合っていた俺達の元へ、前妻の息子の遣いを名乗るメイドが訪ねてきた。

 

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