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聖女に散々と罵られたが、夜の彼女は意外と可愛い  作者: 緋色の雨
第二章

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伯爵令嬢と婚約者 5

 レスター伯爵の治める街には伝統ある石の建物が建ち並んでおり、ユーティリア伯爵領にある街と比べると、少し格式張った雰囲気がある。

 改革を推し進めるユーティリア伯爵家に対して、伝統を重んじるレスター伯爵家。世間ではそんな比較が為されているらしい。


 とはいえ、ユーティリア伯爵家の評価は驚くような話じゃない。

 じゃなければ、長女のシャルロットが冒険者になるのを許したり、俺との結婚を認めたり、あまつさえ町の管理を任せたりするはずがないからな。

 そう考えると、シャルロットがエリカの提案を受け入れて、温泉宿や足湯カフェの建築を認めたのも、親譲りの判断なのかもしれない。

 それはともかく、俺達はそんな石の街を馬車で進み、レスター伯爵の屋敷へと向かった。


「ようこそおいでくださいました、シャルロット様。長旅でお疲れでしょうから、まずは客間へとご案内いたします。どうぞこちらへお越しください」


 大きなお屋敷の正面玄関で、執事らしきおじさんがシャルロットを出迎える。

 ちなみに、あえてシャルロットと指定したのは、俺は会釈されただけだから。たぶん、俺はシャルロットの護衛かなにかだと思われているんだろう。

 あえて訂正する必要もないと思って、俺は大人しく後に続こうとする。


「護衛の者は別室に案内させるので、そこでお待ちくだされ」

 俺に気付いた執事が待ったを掛けた。

 護衛と思われるのは構わないけど、引き離されるのは困る。そう思った俺は、シャルロットに同行させて欲しいと申し出た。

 結果――


「ハッキリ申しましょう。あなたのような粗野な恰好をした者に、レスター伯爵家のお屋敷を歩き回られては困ります。どうか、別室でお待ちくだされ」

「ちょっと、人の連れに対してずいぶんな言い様ね?」

 シャルロットがむっとした顔をする。


「失礼いたしました。ですが、事実でございますゆえ、どうかご容赦を」

 その一言には、物分かりが悪くても貴族令嬢だから顔を立ててやるというニュアンスが滲んでいた。それを理解したシャルロットがどす黒いオーラを滲ませる。

「……そのような物言いをして、主の顔に泥を塗ることになるわよ?」

「我が主がこの場にいらっしゃれば、同じことを申し上げるでしょう」

 執事が自信満々に言い放つ。

 だが、それを聞いたシャルロットはふっと微笑みを浮かべた。


「分かりました。ではレスター伯爵にお伝えください。『わたくしは執事の対応に気分を害したので、ユーティリア伯爵領へ帰ります』と」

 おいおいおい、そんな喧嘩を売って大丈夫なのか?

 そもそも、レスター伯爵が格式ある大貴族だから、手紙じゃなくて直接会って断るって言う話だったはずだ。なのに、喧嘩を売るなんて。

 まだ手紙で断った方がマシだった気がする。

 そんな風に思ったんだけど、執事は顔を引きつらせていた。


「そ、そこまでおっしゃるのなら仕方がありません。本来であれば、とても許可できることではありませんが、その者の同行を認めましょう」

 歯ぎしりが聞こえてきそうな渋面に満ちた顔で、絞り出すように言い放った。そんな執事に案内されて、俺とシャルロットは客間へと案内される。

 その道すがら、俺はシャルロットに「大丈夫なのか?」と耳打ちをする。それに対して、シャルロットはフルフルと首を横に振った。

 ……大丈夫じゃないのかよ。


「アベルくん。これは戦いよ。隙を見せた方が食われるのよ」

「なにそれ、恐い」

 思わずそんな感想がこぼれ落ちる。

 でも考えてみれば、最初に言いなりになってシャルロットと俺が引き剥がされていたら、そのままなし崩し的にシャルロットのお見合いが開始。

 ――ってな展開が在ったかもしれない。


「シャルロット様はその部屋でお待ちください」

 ほどなく、執事が客間の前で足を止めた。

 でもって部屋を開けると、また後で呼びに来ますと言って立ち去ろうとする。


「待ちなさい。部屋が一部屋しか用意されていなわよ?」

「護衛であれば、部屋の前に立たせておけばよろしいではありませんか」

「あぁそう、分かったわ。それじゃアベルくん。あたしの部屋で一緒にくつろぎましょう」

 シャルロットがこれ見よがしに、俺の腕に手を絡めてくる。

 その瞬間、執事のこめかみに青筋が浮かんだ。


「シャルロット様……言うまでもないことではありますが、結婚前の娘が殿方を部屋に招き入れるなどという非常識、淑女のすることではありませんぞ」

「あぁ、たしかにそうね。誤解を招いたら困るから、当主にお伝えください。おたくの非常識な執事が部屋を用意しなかったから、仕方なく一緒の部屋を使うことにいたしましたと」

「ぐぬぬ……わ、分かりました。隣の部屋をお使いください」

 執事は真っ赤な顔で言い放ち、肩を怒らせて立ち去っていった。


「ふふっ、勝ったよ、アベルくん。完全勝利だよ」

 執事を見送ったシャルロットが無邪気に笑う。

 相手の自業自得とはいえ、一方的に叩きのめしておいて、その笑顔は恐い。今後なにかあっても、シャルロットだけは敵に回さないでおこう。


「それじゃアベルくん。お呼びが掛かるまで、私の部屋でおしゃべりでもしてようか」

「さっき、男女が同じ部屋はどうとかいって、部屋を用意させた気がするんだが?」

「もちろん、寝るときは別々の部屋だよ。それに、扉を開けておくから大丈夫」

「……ホントかよ」

 疑わしいと思ったけど、ホントホントというシャルロットに引きずられ、俺は部屋へと連れ込まれてしまった。



「……しかし、ずいぶんな出迎えだったな」

 俺は客間の椅子に腰掛けて、ベッドサイドに座るシャルロットに話しかける。

「同じ伯爵家でも、レスター伯爵の方が格上だからね」

「だとしても、お見合いを持ちかけてきてあんまりじゃないか?」

「貴族同士の婚姻は政治だからね。でも……たしかに酷いね。レスター伯爵はわりと人格者だって聞いてたんだけどね」

「人格者……」

 もしあの執事と当主が同じ思考の持ち主なら、とてもじゃないけどそうは思えない。けど、当主が人格者なら、とっくに執事の首は飛んでるはずだ。

 厄介なことになりそうな気がする。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ」

「……俺、どんな顔してた?」

「大切なシャルロットが奪われないか心配だなって顔?」

「まぁ……そうだな」

 シャルロットが不幸になるのは絶対に受け入れられない。だから、もし誓いのキスの契約がなかったとしても、シャルロットが幸せになれないような結末は見たくない。


「このお見合いは、絶対に破談にしないとな」

 決意を新たに口にする――が、反応がない。どうかしたのかと思って顔を向けると、シャルロットが真っ赤な顔で固まっていた。


「ア、アベルくんって、ときどき恥ずかしいことを口にする、よね」

「恥ずかしいか? 仲間を心配するのは当然だと思うんだけど」

「……アベルくんって、ときどき余計なことも口にするよね」

 なにやら恨めしげな目で睨まれる。

 女心は扱いが難しいな――とため息をつく。

 それから他愛もない雑談に花を咲かせていると、さきほどの執事が迎えに来た。

 

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