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聖女に散々と罵られたが、夜の彼女は意外と可愛い  作者: 緋色の雨
第一章

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修羅場の片隅にある陽だまり 1

 書籍版はこのエピソード『修羅場の~』が加筆してあります。

 

 エリカの後を追い掛けた俺は、食堂の片隅にある四角いテーブル席で、正面から睨み合うように座るエリカとシャルロットを見つけた。

 はい、死んだ。俺死んだ。

 客観的に考えて、二股を掛けている相手二人が同席しているも同然だし、俺は悪くないなんて、たとえ事実だとしても言い訳にしかならないと思う。

 いや、むしろ火に油を注ぐ結果となるかもだよな。

 逃げたい。いや、逃げよう。


「あら、アベルじゃない」

「え? あ、ホントだ、アベルくんだ」

 二人が声を掛けてくる。

 踵を返す寸前だった俺は、その言葉だけで逃亡を封じられてしまった。だって、ここで帰ったら、絶対逃げたってバレるもん……

 そしたら、二人とも誓いのキスの効果で、俺をどこまでも追い掛けてくる。

 ダメだ。逃げたら終わる。

 逃げなくても終わるかもしれないけど、せめて最後まで立ち向かおう。


「や、やあ、二人とも。どうしてここに?」

「「偶然出くわしたの」」

 二人が綺麗にハモった。


「そ、そうなんだ。それはまた凄い偶然もあったもんだな」

 そう答えたけれど、俺には二人の心の声が聞こえた。

 エリカは『(あなたを待ってたら)偶然出くわした』と言って、シャルロットは『(あなたを追い掛けてきたら)偶然出くわした』と言ったのだ。

 もし二人が心の声を言葉にしていたら、その瞬間に血の惨劇(カーニバル)が開催されていた。紙一重で助かったけど綱渡り過ぎる。このままじゃ修羅場が始まる前に心労で死んじゃうよぅ……


「まずは座ったらどう?」

「そうよね。アベル、ご飯まだよね?」

 シャルロットが、そしてエリカが、さり気なく自分の隣を勧めてくる。ヤバイ、どっちに座っても終わる。どっちに座っても絶対終わる!


「そ、それじゃ、お言葉に甘えて」

 俺はどちらの隣でもなく、椅子を動かして誕生席へと腰を下ろす。二人が同時に怪訝な顔を向けてくるけど、俺は気づかないフリで注文をする。


「エリカ、さっきの話の続きだけど」

「――さっきの話!?」

 しまった。びくつきすぎて思わず過剰に声を上げてしまった。二人に不審者を見るような目で見られるが、俺は思いっきり視線を逸らして耐え続けた。

 ほどなく、二人の視線が俺から外れる。


「それでエリカ。アベルくんの件は誤解ってどういうこと?」

「一体なんの話をしてたんですかね!?」

 再び二人に怪訝な視線を向けられる。


「……アベルくん、さっきから様子が変だよ?」

「い、いや、なんでもない」

 俺はシャルロットの視線から逃げるように明後日の方を向く。出来れば、そのまま俺の件とやらは忘れて欲しかったんだけど……エリカが「実は――」と口を開く。

 やーめーてーっ! 誓いのキスの件だけは許してーっ!


「あたしがアベルを罵ってたのは、とあるバッドステータスが原因だったの」

 そ、そっちか。

「バッドステータス? あぁ……そういえば、エリカは転生者だもんね」

「ええ。だから、あたしがアベルを罵ったのは本心じゃないわ。アベルは気配りも出来るし、戦闘の判断も的確だって思ってる。それがあたしの本心よ」

「……そっか。あなたがあんな風にアベルくんを罵るなんて、おかしいとは思ってたんだよね。そう言うことなら、あなたが最低だって言ったことは取り消すよ」

 俺がいないあいだにそんなこと言ったんだ。……ヤバかった。俺が戻るのがあと数分遅かったら、色々終わってた気がする。


「ありがとう。それと、アベルを庇うあなたに酷いことを言ってごめんなさい」

「良いわ、許してあげる。バッドステータスじゃ仕方ないもの」

 シャルロットが理解を見せるのはきっと、自分もバッドステータスを抱えてるからだな。

 よくよく考えるとこの二人は似たようなバッドステータスを抱えてるし、もしかしたら共感を抱いてたりするのかも。


「それで、エリカはアベルに謝るためにここまで追い掛けてきたの?」

「いえ、あたしがここにいるのは――」

「――じ、実はもう謝ってもらってるんだっ!」

 あ、危な、危なかった。思いっきり油断してた。さらっと爆弾を落とすのは止めて欲しい。


「俺がパーティーから追放になったあの日の夜、エリカは俺に謝りに来てくれたんだ。だから、俺もエリカのことは許してる」

「そう、だったの……?」

 シャルロットが驚きに目を見開く。

 どうしていままで教えてくれなかったのと言いたげだが、もちろんそんなセリフは言わせない。だって、パーティーを抜けてからも一緒にいたことがバレるから。


「心配してくれたんだよな。ありがとう、シャルロット」

 俺は過程をすっ飛ばして、目を見て感謝の気持ちを伝える。その瞬間、シャルロットの頬がわずかに赤らんだ。

 ……そうか、いまはもう夜か。

 シャルロットはほろ酔いの効果で思考能力が低下する。周囲に人が多いので効果は限定的なはずだけど、それでもないよりはありがたい。

 そして、エリカはツンツンすることがなく、素直になっているはずだ。

 つまり、俺が上手く立ち回れば、絶対に状況を乗り越えられる! だから、まずは……まずはそう、共通の無難な話題を振ろう。


「そ、そういえば、二人ともパーティーを抜けてきたんだよな」

「ええ、そうよ。まずシャルロットが抜けて、次にあたしが抜けたの。あたしが抜けるときには、もうパーティーはボロボロだったわね」

「そっか……ボロボロだったのか」

 最初は俺が一人で頑張って、やがてエリカやシャルロットと合流した。それからカイルとも合流して、俺達のパーティーは四人でトップクラスにまで上り詰めた。

 上手く言ってたと、思ってたんだけどなぁ……


「そんな顔しないで。あたしも残念には思うけど、カイルがあんな風に考えていた以上、分裂は避けられなかったと思うわ」

「そうだね。それには私も同意見だよ」

「……分かってる」

 もちろん、それは分かってる。

 カイルが内心で俺のことをあんな風に思っていた以上、それでも一緒にパーティーを組みたいとは思わない。ただ、カイルがあんな風に思ってたこと自体が残念だと思う。

 カイルも実は、エリカと同じようにバッドステータスが原因で――とかなら良かったんだけど、さすがに三人ともバッドステータス持ちなんてありえないよな。


「それで、シャルロットはどうしてこの町に?」

 不意打ちで、エリカが問いかけた。

「あっ、それは――」

「アベルくんとこの町を一緒に統治するためだよ」

 俺が言い訳を口にするより早く、シャルロットがサクッと言ってしまった。それを聞いたエリカが驚いた顔をして――俺をまっすぐに見る。


 終わった。今度こそ終わった。どう考えても終わっちゃった。

 あぁ……思えば、短い人生だったなぁ。せめて死ぬ前に、庭付き一戸建てを建てて、愛する奥さんやペットと幸せに暮らしたかった……


「アベル……シャルロットと一緒にこの町を統治するって……本当なの?」

「あ、ああ。実はダンジョンや温泉を見つけた後、そういう話が出たんだ」

 せめて、最後くらいは潔くと、俺は真実を打ち明ける。

 そして――


「さすがアベル! 既にこの町を温泉街にする計画を立ててたのね!」

 ぶんぶんと揺れる金髪ツインテールを目の前に、俺の思考が停止した。

 そ、そういえば、エリカは温泉街にしたいとか、この町を好きに出来る権力があればとか言ってたもんな。そ、そうか。俺が事前に手回しした結果だと誤解してくれたのか!

 いや、でも、どう考えても時系列的につじつまが合わない。なんとかしてシャルロットの方を誤魔化さないと、矛盾がバレちゃう。


「ねぇ、二人とも温泉街って、なんの話――」

「シャルロットっ!」

 俺は身を乗り出して、シャルロットの手を握った。


「ふえっ!?」

「実は黙ってたけど、前回見つけたあのお湯は温泉だったんだ」

「お、温泉? そういえば聞いたことがあるけど、あれが温泉なの?」

「ああ、エリカにちゃんと確認をしてもらった。それで、怪我を治すような効果もあるんだって。だから、冒険者が湯治出来るような温泉街を作ろう」

「温泉街を……作るの?」

「そうだ。エリカの異世界の知識を借りて、この田舎町をスローライフを送るに相応しい温泉街に発展させて、みんなで面白可笑しく暮らそう!」

 色々とつじつまが合わないはずだけど、俺はシャルロットの手を握って、その目を見つめた。周囲に人が多いけれど、いまが夜であることには変わりない。

 シャルロットがほんのりと頬を染め、ほろ酔いのような状態になる。

 そして――


「うぅん。そうだね。三人で暮らすのも楽しそうだよね」

 よっしゃああああああああああっ! 誤魔化した! 誤魔化したよ、俺! と感動に打ち震えるが、まだ油断は出来ない。

 俺はエリカへと視線を戻した。


「エリカも頼む。俺達だけじゃ無理だけど、シャルロットの権力があれば、この町を素敵な温泉街に発展させられると思うんだ。だから、一緒にスローライフ目指してがんばろ?」

「えぇ、そうね。温泉街のために三人で頑張りましょう」

 シャルロットに続いて、エリカも三人でこの町で暮らすことに同意してくれる。

 色々矛盾があるはずだけど、温泉街という単語に目を輝かせるエリカは気付かない。どんだけ温泉が好きなんだよと突っ込みたいけど、それは確実に俺の墓穴なので突っ込まない。


 とにもかくにも、綱渡りだったけど、どうにか渡りきることが出来た。

 でも考えてみれば、別におかしいことはなにもない。だって、カイルと合流するまでは、この三人で一緒に冒険をしていた。

 三人一緒に街で暮らすのだって大差はない。

 これからだって、きっと上手くやっていけると考えていると、エリカとシャルロットが身を乗り出し、俺の耳元で「だけど……」と、左右同時に囁いた。


「あたしがアベルに誓いのキスをしたことは忘れないでよね」

「私がアベルくんに誓いのキスをしたことは忘れないでね」


 あぁ死ぬ。俺、絶対近いうちに修羅場か心労で死んじゃう。

 

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