薄墨色の日
「亜美、私も見たよー。紫雨のウチに来るキジトラ、ほら見てー」
学校の休み時間に、今日は髪をサイドテールにしているヒナがスマホで撮った写真を見せてきた。
「あ、キジトラ。あ、紫雨だ」
彼女が私に見せたてきたのは、あの細身の野良猫キジトラの姿と、そしてもう何枚かは雑草でキジトラをかまっている制服姿の紫雨だった。
「ね。紫雨、可愛いー」ヒナが言う。
ヒナのスマホで見る紫雨はいつものゆるーい笑顔だったけど、どこか違う人みたいでやっぱり胸が苦しくなる。
「紫雨とキジトラと遊んでたら七組の優雨くん帰ってきて、冷たーい目で『だれ?』って言われた。ヒナ、ゴミ扱いされたって思ったよー。紫雨と全然違うー、あの兄ってどSなの?紫雨いじめられてないかな」だって。
どSっぽいの?優雨って。
ただ、この前私を問い詰めた優雨は逆らえない感じだった。
あの日の優雨は、あっという間に私の気持ちの逃げ場を奪い、私は初めて彼の前で泣いてしまった。
けどそれはやっぱり私が悪かったんだと思っている。
「そんなに冷たかったの?うーん、優雨は人見知りで真面目だから。愛想なく見えるかも」
実際、優雨は昔からそうだし。
桃を届けた時だって、紫雨はあの通り「優雨に剥いてもらおー」なんて甘えたこと言ってたもの。
でもその時の甘えた顔と口調は、ご近所さんである私だけの秘密にしておく。
偶然Tシャツがお揃いだったことも。
せめてその瞬間の記憶くらいは、ひとりじめしておきたいもの。
そしてもうじき夏休みというある日。
「私、今日紫雨に好きって言う」
ヒナが私にそう耳打ちしてきた。
今日のヒナはサイドテールでメイクは抑えめだし、全体的におとなしい感じにしている。
最近ずっとそうだったな。
きっと紫雨の好みに寄せた感じ、なんだろう。
あー、でもついに今日は私にとってもXデーだよ。
二人が付き合うことになったら私、どうやって暮らしたらいいんだろ、つらい。
しかもこれから夏休みだよ。
とりあえず今日は部活だし、バドミントンに打ち込もう。
休日も、友達を誘ってなんでもいいから打ち込もう。
来年は受験だし、この際勉強に打ち込もう。
そのあとはもう……考えられない。
で、次の日。
午前中ヒナは学校に来なかった。
紫雨は今日ひっそりしてて、休み時間も教室を出て自分の席にいなかった。
午後からヒナは来て、宮坂先生には「朝からお腹痛くて、起きれませんでした。でも治ったから来ましたー」と言っていた。
でも午後の授業もヒナはぼーっとしてたり、机に突っ伏して注意されていた。
そして私を含めた数人に「昨日ね、紫雨に振られたのー。もう帰りも付いて来ちゃダメって言われちゃった」
弱々しくヒナは打ち明けた。
放課後にどこかでヒナを慰めると他の子たちが言っていたけど、私は部活があるので行かなかった。
勇気出して告白したのに、振られたのはつらいだろうな、と思う。
でも紫雨のことを好きな私がヒナを慰める、なんてどこか空々しい。
その上ヒナにはすまないけど、正直なところ私は安心していた。
二人が付き合うことにならなくて良かったって。
そんな自分の心が嫌だし、友達として慰める立場にはなれないよ。
こんなふうに考えるくらいなら、もっと早くに勇気を出して、紫雨にぶつかっていたら良かったかな。
優雨が私にそうしてくれたように。
今は優雨やヒナに圧倒されて、紫雨を好きな気持ちは身動きができない。
もう、いくじなしの自分。
せめて夏休みに、紫雨と一緒に遊びに行けたらな。他の子も誘ってお祭りとか。そう思っていた。
けどその数日後、夏休みの前日。
私や紫雨や、クラスみんなの気持ちを真っ黒に塗りつぶす事件が起きた。
薄曇りの蒸し暑い朝、チャコールグレーのスーツで教室に入って来た担任の宮坂先生が、重々しい表情でみんなを見渡して言った。
「おはようございます。今朝は皆さんに、とても悲しいお知らせをしなければなりません。昨日の晩、片岡雛子さんが事故で亡くなりました」
昨日の夜にヒナが死んだ。
歩道橋から車道に転落して、下を通った車に跳ねられた。病院に運ばれたけど、ほとんど即死の状態だったそうだ。
どうしてそんな。
「……ただ、どうして転落したのか、わかっていないということです。だから、片岡さんの日頃の様子について警察から質問される人もいると思われます。その際は落ち着いて記憶にあることを話し、協力をお願いします」
先生が話している中、私は呆然としていた。
急に周りが薄墨色に染まったように薄暗く感じた。
気づけば曇っていた空が暗くなって、遠く雷が鳴り始めている。
机に突っ伏してすすり泣く女子、絶句してる男子、紫雨は?
後ろの私の席からだと今は、うつむいた彼の表情はよく見えない。
けど顔色が白い、そして紫雨は両手で頭を支えるようにした。
「後からお通夜とお葬式の日程を伝えます」
そう言って先生が教室を出た後あちこちでひそひそと、さざ波のように会話が交わされた。
「うそ、夜九時過ぎまでは、連絡ついてたんだよね。ほら」
「そうそう。でも、こん時はきっともう一人でいたよねヒナ」
「変態に後つけられて、落とされたんじゃない」
「あー、うそうそうそ。ヒナ……」
ヒナとLINEで連絡を取り合って居た子達が言い合っていた。
窓の外でピカッと稲妻が走って、すぐにドーンと地鳴りのような音が響きわたった途端、激しく雨が降り出した。
小さく悲鳴をあげた子もいて、隣のクラスのざわめきが聞こえてきた。
「ねえ、亜美ー」
後ろから小さく友達に呼ばれた。
「うん?」
「ヒナさあ、振られてまあ落ち込んではいたけどさ、そういうんじゃないよね」
ヒナの中学の時の噂を思い出す、失恋してリスカとか。
友達もそのことを気にしてるんだと思う。
「私は、それは違うと思うなあ」
「紫雨さあ、色々聞かれるよね。きっと」
そうなるのかな。
ヒナのスマホとか、警察は調べたりもするのかなあ、日頃の交友関係とかって。
あのキジトラと紫雨が遊んでる写真とかも、そういう情報になるのかな。
紫雨も今は数人の男子に囲まれて、困惑した顔で何か話している。
そう言えばヒナが転落した歩道橋って、前に紫雨がヒナを助けたゲームセンターの近くのじゃないかな。
あの時絡んで来たっていう、顔コワイお笑いのKみたいなヤツが逆恨みでもしてやったとか。
ひょっとしたらそれは、あるかも。




