あぶりだす言葉
「亜美ありがとう。付き合ってくれて」
「優雨こそありがとう。今回のテストはもう余裕でしょ」
「余裕、はないよ」
優雨は謙遜するなあ。
だいたい優雨は入学以来、試験で学年五番以内から外れたことがないし、外部の模試でも上位みたいだし。
「私、優雨は今の高校じゃなくA高に行くと思ってたな」
A高は地域でもトップクラスの進学校で、私たちが通っている学校より二ランクくらい上と言われてる。
中二の頃には、優雨は周りからもA高校志望と思われてたし、本人もそのつもりみたいだった。
けど中三の冬に、願書提出直前の個人面談で突然、志望を変更した。
「今の学校だから、部活だって家のことだってやれる。わざわざ遠いとこ通ってさ、勉強勉強で疲れるとか嫌だよ」
「うん、確かにAまでは遠いよね。片道一時間コースになるし」
私がそう言うと、優雨が立ち止まった。
「いや、本当はそうじゃない。俺さ、Aにしなかった本当の理由はもっと亜美と一緒に居たかったからなんだ」
「え、優雨。それって……」
「俺、亜美が好きだから。同じ高校に通いたかっただけ」
突然そんなこと。
本当なの?それが理由。
どう返したらいいのかわからない。
「そんな……びっくりするよ、急にそんなこと言って。驚かそうとしてるの?」
「亜美、それはないよ。勇気出して本当のこと白状してるのにさ……」
優雨は眉を寄せて、ちょっとぎこちなく笑った。
「ごめんなさい、優雨が私のことなんて。それで同じ高校にきたの?」
私をまっすぐに見つめて優雨がうなづく。
そんな風に見られたら困るよ。
「うそ。優雨……」
それ以上言葉がつげない。
黙ったままの私たちの周りで、風が奏でる葉ずれの音がさわさわさわさわ、囃し立てるように聞こえる。
どうしたらいいのかな。
そう、優雨の気持ちをちゃんと受けとめないと、しっかりしなきゃ優雨だって困るよね。
そうだよ、私は誰かに告白したことなんてないし、こうして告白されるのだって初めてだけど。
「急にごめん。亜美に知ってほしかった」
「うん。わかったよ」
「亜美、俺と付き合ってほしい。返事は亜美のタイミングで聞かせて」
突然の告白で私を驚かせた優雨は、もう今は逆に落ち着いて見える。
優雨は、中学からこれまで何度か告白されているのを知ってる。
だからこういう時に余裕があるのかな。
見た目よし頭よし。
しっかりしてて下級生からだけじゃなく、みんなに一目置かれる優雨。
そんな優雨が私を好きだなんて、もうキャパオーバーだよ。
「優雨。私びっくりしすぎて今はもう考えられない。だから返事は少し待ってね、ごめん」
「いいんだ亜美。今はこのまま一緒に帰ってもいい?大丈夫」
そう優雨が言ってくれた。
「いいよ」
優雨はいつものように、ごく普通の話題で話しかけてくれた。
「じゃあね、亜美」
優雨は目元の涼しい優しい笑顔で言ってきた。
「優雨、じゃあね」
私の家の前で彼と別れた。
それからはテスト週間だったし、優雨とは別のクラスだからちらほら見かけたけど、彼はいつも通りに見えた。
私はといえば。
優雨の姿やあの時の言葉を思い出すたび、気になったのは紫雨のことだった。
小四で隣に越して来た時に同じクラスだった彼らとは、自転車を連ねて公園に行って追いかけっこしたり、鉄棒したりした。
二人向かい合わせで跳ぶ縄跳びもよくしたっけ。
その頃は彼らのおばあちゃんが面倒を見に家に来ていた。
夏に外で遊んで一緒に帰ると、スイカを食べさせてもらったりもしたな。
いつも近くに居て親しくて、気安くて。
それでも芽生えて気付いてしまった気持ち。
口に出せば気まずくなるかもって、きっと優雨も考えたよね。
私にはわかる。
それを覚悟して気持ちを伝えてくれたのは優雨なのに。
どうしてこう私は紫雨のことばかり考えてしまうかな、もう。
嫌な自分。
けれど私、紫雨のことが好きなんだ。
優雨に告白されたことで、私の気持ちもあぶり出されて逃げ場をなくしてしまった。