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明け方の夢は、紫  作者: 秋月小夜
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紫雨とキジトラ

 午後一時。

 優雨は一人でうちにやって来た。

「迎えに来たよ。これ、お土産。よかったら味見してよ」

 そう言って持ち手付きの小さな水色の紙袋をくれた。


 甘い香りがして中にはなんと、可愛いお菓子が入ってる。

「なんか絵がついてて可愛い。これもしかして優雨が作ったの?」

「うん、カップケーキね。父さんも紫雨も好きなんだ」


 白いアイシングで星型やスマイルフェイスが描かれた小ぶりなカップケーキ。

「あれから作ったの?すごいよ。家事の合間にお菓子作りまでするなんて」

「もうレシピも覚えてる簡単なやつだから。俺らが小さい頃に、母さんがよくおやつに作ってくれたんだ」


 亡くなったお母さんが、そうだったんだ。

 じゃあこのカップケーキは、優雨たちにとって大事な思い出のあるお菓子なんだね。

 彼はどんな気持ちでこのお菓子を作ったんだろう。

 優雨が料理にすごく熱心なのって、このお菓子を作ったのと同じ思いのせいなのかな。


「ありがとう優雨。紫雨はやっぱり来ないの?」

「うん。今はまったくやる気でないから夜になったら始めるってさ。家でゲームしてる、だから置いて行こう」


 まあね、紫雨の気持ちもわかるけどね。

 スタートまでに時間がかかる、そういうところが私と紫雨は似ている。

 でも私、今日は朝から自分を(いまし)めたところだし、ちゃんと勉強するよ。


「ほんとにマイペースだね紫雨。余裕でゲームとは」

 そう言って家を出しなにふと玄関の外を見たら、隣の庭先に紫雨がいた。


 その側に小さなキジトラの猫が寄り付いていて、彼は摘み取った雑草を揺らして猫をかまっている。

「紫雨、猫と遊んでる。あの猫は野良なの?」

「あれは最近たまに来るやつ。どうも紫雨が餌付けしてるフシがある」と優雨。


「ミー」と猫が啼いて、紫雨が手にした雑草にじゃれつく。

 その様子は楽しげに見えて、しゃがんで猫をかまってる紫雨の姿がなんだか可愛い。


 その様子を眺めていたら、紫雨がこちらに気づいて雑草を振りながら「行ってらっしゃーい。頑張ってねー」と間延びした声で言った。




 図書館で、気づけば優雨と私は三時間以上勉強していた。


 優雨は頭がいいだけあって、教えるのがすごくうまいと思う。

 数学でつまづいてるところを彼にちょっと教えてもらって、練習問題を解く。

 私がうまく問題を解けないと、優雨は落ち着いてどこがまずいのかを見つけてくれる。


「できるじゃん、亜美」

「優雨は教えるのうまいよ。私に付き合ってイライラしない?」

「そんなことない」

 優雨は机を挟んだ向こう側で、苦手だという英語の長文問題を解く。


「そうか、この文章がこっちの文章にかかるんだね。これで合ってるかな?」

「うん、そうそう。合ってるよ優雨」

「亜美も教えるのうまいよ」と右手でシャーペンを走らせながら、伏し目のまま優雨が言った。


 優雨は右利き、紫雨と彼は聞き手が逆だ。


「優雨は紫雨にも勉強教えたりするの?」

「一応、聞かれることは教えるけどさ。あいつはむら気で集中力ないから、こんなに長時間は無理」

 私が笑うと優雨は顔を上げてシャーペンをおいた。


「俺、国語とか英語の長文とかで文章読んで登場人物の気持ちを考えろ、みたいのがとにかく嫌いなんだ。けど紫雨は割と得意かな」

「そうなの」

「うん。なんか小さい頃はあいつ、俺に本の読み聞かせみたいことしてくれたな。ってか、単にそばで音読してただけだけど。昔話とか、教科書にのってる文章とかも」

「読み聞かせ?そんなことしてたんだ」

「それで俺が登場人物のさあ、なぜそんな行動するのか理解できない、とか言うとムキになって説明してくる。お爺さんはこの時、こう思ったからこうしたんだよ、みたいにさ」

「紫雨ってけっこう感情入る方なのかなあ」

「さあね。実際にいない人間の気持ちとか、俺はどうでもいいけど。紫雨はけっこう読書好きだから」


 そうなんだ。

 そういえば前に大きなチェーンの古本店で紫雨に偶然会ったことがあったな。


 絵本や教科書を持って熱心に、優雨に向かって読み聞かせする小さな紫雨を想像する。

 一所懸命に、声を張って。



「亜美、そろそろ帰ろうか?」

「うん。夕方になったね」


 荷物を片付けて外に出ると、外はまだ明るいけど日差しはすっかり傾いている。

 図書館の敷地の歩道に沿って植えられた並木の下を私と優雨は並んで歩き出した。

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