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明け方の夢は、紫  作者: 秋月小夜
3/14

時任兄弟

 一昨日の日曜の朝は、カーテンを開ける前からわかるほど、眩しいくらい晴れていい天気だった。


 夏の初めの、わくわくして外に出たくなる天気なのに、今週半ばからは期末テストが始まる。

 部活も休みで朝練もないし、今朝は寝坊してゆっくり過ごすと私は決めてかかっていた。


 こんな日に、いきなりパチッとスイッチ入れて勉強なんてできないよ。



 けど家の二階の自分の部屋から外を覗いて、すぐに自分の甘さを思い切り反省した。

 隣の家で、紫雨が庭に据えられた物干し竿に洗濯物を掛けているのを見たから。


 私がまったり朝寝坊している間に、母親がいない彼はもうとっくに起き出して家事をこなしている。

 Tシャツの形を整え、バスタオルはピシッと角を合わせて丁寧に干して。


 けなげにもほどがあるよ紫雨。

 振り返って私ときたら、だらしがなくてごめんなさい。


 そうなんとなく心の中で謝る。


 私も起きてちゃんとするよ。

 勉強もする。

 あー、紫雨に比べたら私なんか女子の風上にも置けないんじゃないかな。




 着替えてボサボサの髪をとりあえず一つに束ねた。


「紫雨おはよーう!」


 自分への反省と覗き見のお詫びを込めて、私は窓から手を振り声を掛けた。

 そうそう、普通のテンションで。

 いつも通りに幼馴染の友達の明るさで。


「おう!亜美おはよう」

 ダークグリーンのTシャツにカーキのハーフパンツで、黒いサンダル履きの紫雨。


 彼は手を休めずに、私の大好きな人懐こく見えて少し垂れ目が可愛い、いつもの笑顔で応えてくれた。


「早いね。おじさん今日も仕事なの?」

「うん、もう出掛けた。洗濯は俺の担当だし、今日は晴れてるから早いとこやっつけで」

 そう言って、朝の日差しを浴びながらまた淡々と洗濯物を干す。




  時任兄弟は小学三年生の時にお母さんを亡くしたそうで、小四でうちの隣に引っ越して来た時から、お父さんと双子の兄弟の三人暮らしだった。

 兄弟は週末でも時々仕事があるお父さんを助けて、家事はほとんど二人で分担しているみたい。


『優雨の方が器用だから、料理担当なんだ』と前に紫雨が言っていた。


 私は、まだ小学生だった頃の優雨が紫雨にオムライスを作ってあげてるところを見たことがある。


 出来上がりのオムライスをちょっと真剣に口を結んだ顔で、くるっと上手にお皿に取り出した優雨はカッコ良かった。


「すごい!綺麗にできてるね」

『別にー。慣れだから』優雨は手を振って言った。


 優雨は家での食事に加えて毎日とはいかないけどお弁当も作ってくれるし、時にはお菓子も作るらしい。




 中学生の家庭科の調理実習をしていた時、

『唐揚げとかトンカツとかもするよ。トンカツは衣つけるの手伝わされる』と紫雨が言った。

「トンカツもできるんだあ。優雨すごいね、私は揚げ物なんか家で手伝ったことないよ」

『でも衣が均等についてないとイラっとするんだ。まあいいじゃん、とか言うとやばい。餃子する時も、優雨は全部大きさが揃ってないと気に入らない。具をさあ、スプーンで碁盤の目にしてから手伝わせる』


『紫雨の兄ちゃんって、料理人みたい』と別の子が言う。

『包丁も全部研いでる。それでトマト切る時スパーってやって、俺にドヤる』

『それ通販の切れる包丁のやつじゃね?』と違う子が言う。

『そう、それ』

 そう実習のグループのみんなと話したっけ。




「亜美おはよう」

 そんな職人肌の優雨が、あちらのバルコニーから顔を見せて声をかけて来た。


 優雨とはクラスは別だけど彼は剣道部で副主将をしていて、私がバドミントン部の朝練に行く時、時々一緒になる。


「おはよう優雨」

「亜美、昼から市立図書館の自習室に行かない?俺に英語教えてよ」

 優雨はそうさらっとバルコニーから言ってきた。


「え?図書館。いいけど勉強なら優雨の方が得意じゃん。なら私に数学教えてよ」

「そんなことない。じゃあ俺は数学ね」

「いいよ。紫雨は来る?」


 優雨と二人で図書館に行くの。

 二人きりじゃなく紫雨も来てくれたらいいのになぁ。


 三人でなら以前にも課題の調べ物をしに行ったことあるし、紫雨と一緒にいられたらな。


 そう思って、そばにいたはずの紫雨に私は言った……つもりだった。


 でも、あれ?

 いない。


 その時にはもういつの間にか、庭に紫雨の姿はなかった。


「どうかな、聞いとく。じゃあ一時でいい?お土産持って迎えに行くからさ」

「一時ね。お土産って何?」

「秘密だよ。あとのお楽しみね」

 そう言って優雨はちょっとだけ笑った。



 優雨と紫雨は一卵性の双子だけあって、顔立ちが似ている。

 でも、雰囲気が違う。

 優雨の方はポーカーフェイスっていうか、そんなにニコッとは笑わない。

 性格は紫雨より人見知りだし、垂れ目じゃなくて幾分キリッとしてる。

 そんな時任兄弟の口コミは友達の女子の間でも別れる。


 優雨のレビューは、というと。


『優雨の方が顔がシュッとしてる。なんか正しいイケメン。キャラもまっすぐ兄、だしね』

『時任副主将、剣道着が似合いすぎる。和の尊み』

『優雨はなんでもちゃんとしてて、Sっぽい気がする』


 紫雨によると、部活以外でも家で筋トレしたり朝や夜にランニングしたりしているらしい。


 優雨はストイックだなあ。


 対する紫雨のレビューは?


『紫雨はちょっと、しょうもない感じっていうか、脱力って言うか。でもそこがいい』


 そうなんだよね。


『紫雨は憎めない、ゆるキャラだね。でも頭の回転が早いと思う』

『あの目が可愛い、笑うと可愛い』


 同意です。


『緑のヘッドフォンが似合う』


 最近使ってるダークグリーンの大き目のヘッドフォンは、紫雨が気に入ってるやつなんだ。

 紫雨は緑色が好きだから。

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