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明け方の夢は、紫  作者: 秋月小夜
2/14

雨が降る日の「山月記」

 昨日の夜から降り続いていた雨のせいで、今朝の教室の空気は湿って重苦しい。


 ここは私が通う高校の二年一組の教室で、今はクラス担任の宮坂先生による現代国語の授業中。


 だからちゃんと顔を上げて、教科書と黒板を見てるフリをしながら、心の中に棲みついているモヤモヤに思いを巡らせる。


 私の席から見える時任紫雨(ときとう しゅう)の背中が、なぜか今日はよそよそしい気がする。

 でも、背中がよそよそしい、なんてことあるかな。

 ただ私がそんな風に感じている、それだけなんだよね。


 紫雨には聞けないことが、急に心の中に現れてしまったから、それでそう感じるのかもしれない。


 右斜め三つ前の席で左手にシャーペンを持ち右腕で頬杖をつく紫雨の横顔と、白いシャツの背中をそれとなく眺める。


 この前の日曜日にあったこと、紫雨は知ってるのかな。

 知らないでいてくれたらいいのにな。

 でも、兄弟ってどうなんだろう。

 そういうことってすぐに話したりするのかな。

 私からは聞けないし、言えない。


「ねえ紫雨、聞いてよ。私、あの日曜に優雨(ゆう)から告白された」なんて。



 そう、優雨に。


 時任優雨は紫雨の双子の兄で二年七組にいる。

 時任兄弟と私は、家が隣同士のうえに同じ高校に通っている。

 この距離感で、この状況はちょっとどころか、かなり重苦しい。



 今日はいつも以上に、いや、これまでで一番と言っていいくらいに紫雨をすごく意識してる。

 それは誰にも秘密だし、そして今は絶対に知られたくない。

 紫雨にも、優雨にも。


 でもこれ以上隠しておけそうにない。

 きっと、はっきりさせるしかないんだよね。

 そうしたら幼馴染の関係は変わってしまうんだろうなあ。

 そうだとしても。



「……亜美さん。皆川(みなかわ)亜美さん、次の部分から読んで下さい」

「あ、はい」


 しまった。

 宮坂先生に心ここに在らずの状態を見抜かれてしまったのかな。


 出席番号順だと、今日は指名はされないはずだったから。

 前の席の紫雨が一瞬ちらっと目線を送ってきた。


 ほら、しっかりしなきゃ!


 私は立ち上がると、頬の熱さを気にしながら教科書を手にとった。

 今頬に宿った熱は紫雨と目が合ったせいじゃなくて、思いがけず指名されたせいなんだから。



 授業は中島敦の「山月記」をやっているところだ。

 普段使わない言葉ばかりの難しい文章を私は慎重に音読した。


『今少し経てば、己の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋れて消えてしまうだろう。

 ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。

 そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだろう。……』


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