明け方の音
コツン、と何かが窓に当たったような音がした。
そう思って目が覚めた私は、ベッドの上に起き上がると床に降りた。
薄明りを通すカーテンを片側だけそっと開いてみる。
二階の部屋から外を覗くと、眼下の舗道にポツンと立って神妙な顔でこっちを見上げる紫雨がいた。
あれっ、どうしてこんな早くにそんな格好でいるの?
変なの。
彼は白い半袖シャツに黒いズボンの、高校の夏用の制服を着ていた。
少し垂れ目の紫雨は、見覚えのある人懐っこい笑顔を浮かべて左腕を伸ばすと、左手の親指と人差し指で摘んだ何かを私に見せてきた。
今まさに、これを窓にぶつけたんだよ。
そう言うみたいに。
「なにそれ、ドングリ?紫雨、リスみたい」
紫雨はいたずらっぽく微笑んだまま、横飛びに跳ねるような足取りで私の家の前から遠ざかって行く。
すごく楽しそうで子供みたい。
『亜美遊ぼーう!』
子さい頃にそう言ってうちに誘いにきた、紫雨の無邪気さとワクワクする気配と声の温もりを思う。
でも行っちゃうの?ダメだよ!
どうして逃げるの、待っててよったら!
「待ってよ!今行くから、ちょっと待ってってば!」
そう言ってるのに、紫雨はふざけてるのか気にもとめないそぶりで離れてく。
「紫雨、待ってってば!行かないでよ!」
いやだよ、行かないでよ。
なんとか呼び止めたい、早くつなぎとめないと見失なう。
ひどく焦って、目が覚めた。
薄明かりの中、私は自分のベッドに横になっていて、ばさっと掛け布団をめくっていた。
今のは夢だったんだ。
枕元に置いたスマホを見たら、まだ朝の四時過ぎだった。
夢とわかっても気になって、私は起き上がると窓に近づき、夢の中と同じように部屋のカーテンを片側だけそっと開いてみた。
でも外の舗道に人影はなく、夏服姿の紫雨の姿もなかった。
いるはずない。
今は夏じゃないし、追いつけなかったせいじゃない。
だって紫雨があの家に居なくなってから、もう三年が経った。
私も紫雨も、今はもう二十歳をすぎているんだから。
でも悲しい。
そしてとてつもなく、寂しい。