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less than  作者: 成瀬 せらる
kiss my neck
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でも最近はあえて休むんだぜ




翌日も変わらず僕はウェンディの家庭教師を務めた。タバサに言われたように余計なことは教えず、初歩の魔法と魔力のコントロールだけ。

それでもウェンディは僕が教えた以上の成果をあっさり発揮してしまう。

どこから手に入れたのか、アカデミーの教科書まで持っており、本に書かれた内容についての質問から実践まで、短時間であらゆることをやってのけた。


僕はきっと今日も半殺しにされるだろう。諦めついでに教科書の内容を教え、ウェンディは上級生の教科書1冊分を1日で学びきった。


「ウェンディは流石タバサの妹だね。飲み込みが早くて、僕なんてすぐに抜かされてしまいそうだ」

「そうでしょうか?早くお姉様のように、一人前になりたいのですが」

「…君のお姉さんは百人前くらいだから、そう簡単には到達できないよ」


僕がそう言うと、タバサの妹のウェンディはうーん、と唸った。真っ黒だった髪は、今では青みがかっている。


「ほんの数ヶ月前まで魔力がなかったとは思えないよ。本当によくできていると思う」

「お兄様にそう言っていただけるととても嬉しいです」


ウェンディはにっこりと笑った。


「でも、退魔団の方達は認めてくださらないようです。私が自分の体質を自覚した上でクリストファーを従えたことがよほど気に食わないようで」

「それは上層部だね。団長から聞いたのかな」

「はい。必要最低限以外の血は与えないよう言われました。私が死んだ時、クリストファーが自由の身になったらどうするのか?と」

「それもそうだね。あいつは譲渡の契約なんて結んでくれないだろうし」


ウェンディの特異体質は、退魔団の中では忌み嫌われているものだった。閉じ込めて管理をするか殺すかの2択が基本指針となっており、僕は管理と見せかけて保護する活動を進めている。特異体質は魔物から狙われやすいから、野放しにもできないのが実情だ。タバサの開発で特異体質を封じることができるようになりつつはあるが、道のりは遠い。


「私も自分に自信がついて言い返せるようにはなってきましたが、前の失礼な人たちも…まだ絡んできますし」


以前からウェンディやタバサの寝室に忍び込もうとしていた不届き者たちだろう。なまじ貴族で親がそれなりの有力者かつ実力者だからギリギリ許されているが、そろそろタバサの堪忍袋の緒が切れそうだ。


「タバサと僕の婚約を解消しろ、と?」

「今は、私と婚約したいようです。髪が青くなっていて、吸血鬼がついてくるから」


ウェンディは溜息を吐いた。

クリストファーは僕とウェンディで共有している使い魔の吸血鬼だ。僕は彼をある種の友人と思い、ウェンディは彼を恋人として扱っている。

使い魔として吸血鬼を従えるのは珍しく、またその吸血鬼がクリストファーのような吸血鬼の中でも高位に入るものであれば、手下としてほしいだろう。

そして彼らの感覚で言えば、女とは弱く使い物にならないため、子を産ませるための道具でしかなく、さらにその道具の所有物である使い魔は夫に献上されるものであるべきだから、自分のものと同義である。

そして女の魔法使いに自分が負けるとは1ミリも思っていない。だからタバサのことも怖がったりはしていないが、タバサの父である団長が怖いから逆らわない。


「……タバサに言った?」

「言いません。私は彼らに『私の吸血鬼に勝てるなら結婚しても良い』と言いました」

「そりゃ、尻尾巻いて逃げ出したんじゃない?」

「はい、クリストファーの凶暴さは彼らも知っていたようで」

「クリストファーにも失礼なことを言って物理的に撃退されたらしいからね」


未来のウェンディの夫である自分の言うことを聞け、とたまたま任務で出会っただけのクリストファーを足蹴にしたらしい。

クリストファーは退魔団に従順に振る舞い、僕が指示する任務に単独で従事してくれる優秀な存在だ。使い魔だけで任務を終わらせるなんて、そんなことは滅多にない。

いつものように単独の任務の帰りでたまたま窮地に陥っていた彼らを見つけて、同じ退魔団の仲間として善意で助けてやったのに、やれお前は自分の使い魔も同然だ、助けて当たり前、なんならこの先の任務もお前が行け、と散々なことを言われたと報告を受けている。クリストファーは、愛するウェンディにも危害を与えかねない存在と認識し、魔物の本性を剥き出しにして彼らを怖がらせたようだ。

その後彼らはクリストファーの態度を団に報告し、討伐してほしいとまで言ったらしい。当然聞き入れられはしなかったが。



「終わったか?」

「はい、先程」


僕とウェンディが教室にしている一室に、銀髪に真っ赤な目をした少年が入る。少年とはいえ、体の年齢は18歳だ。年よりもかなり若く見えるが、僕が推察するに彼はその年齢で死んだ時、栄養状態がかなり悪かったのだと思う。体が成長しきらず、そしてそのまま死んだのだ。


「仕事は終わったのか、クリストファー」

「当然だろ」


クリストファーは屈託無く笑った。


「あんな雑魚すぐだっての」

「なら次はもう少し難しいものを回そうか」


今日もクリストファーには、単独で悪魔狩りを任せていた。クリストファーはウェンディの荷物を持ってやりながら、不満気に唇を尖らせる。


「なら次は私を連れて行ってくださいね」

「はあー?!そんなことできっかよ!アンタはここでゆっくりしっかり勉強してるだけでいいんだよ!そんな荒事は俺が終わらせてきてやるから」


悪魔払いに興味津々のウェンディがお願いしても、クリストファーの答えは否定だった。あのクリストファーが人間を気遣うようになるなんて、昔は思ってもいなかった。


「…全く、昔と人が違いすぎて驚くよ」

「驚いたなら驚いたって顔しろよ、能面」

「悪いね、生まれつきそうなんだ」


相変わらず表情は変わらない。そこは成長しても何も変わらなかった。クリストファーは僕と真逆で、感情が表に出過ぎる。クリストファーの心臓を丸々1個この胸に入れていた時はもっと酷かった。体が魔に傾き、感情そのものがどこか遠いと感じていた。その負担をウェンディと分かつ様になると、どこか遠かった感情が体に戻ってきた様に思う。


「あ、お兄様。団のコートはいつ支給されますか」

「正式に登録してないからまだ先じゃないかな。…タバサが団入りを渋っているしね」

「認めてくれませんよね…」


ウェンディはしゅんと項垂れた。

ウェンディの実力が悪魔払いに相応しいかどうかは、最早疑う余地すらなかった。早速前線に出したいほどの実力者にまで成長しているのに、タバサはニカレスタ退魔団に入れるかどうかすら迷っている。


「人員は常に足りていないんだけどね」

「俺がウェンディの分まで働いてやるから、入れなくて良いだろ」

「…まあ、タバサが渋り続けても、ほかの幹部達がどう思うかはまた別の話だからね」


今の団長はタバサの父で、その次はタバサだと決まっている。だからタバサの決定には重きが置かれるが、幹部達が騒げばタバサも退かざるを得ない場合ももちろんある。


「あー腹減った」

「さっき食べてきた所だろう?」

「あんなもん食事のうちに入るか」


クリストファーがうんざりと答えた。


「私を食べますか?」

「馬鹿野郎、タバサに殺されるだろうが」

「うふふ」


ウェンディは楽しそうに笑った。実際のところ、クリストファーがウェンディの血を飲むことは明確に益になる。


特異体質の彼女の血は、魔を育てるのだ。

つまり、ウェンディの血を飲めば飲むほど、クリストファーは強くなれる。実際クリストファーは特異体質の女性ばかりを狙って血を飲んでいたという。味も効果もその方が良いからだ。そしてクリストファーが強くなれば、契約主たる僕やウェンディも強くなる。…が、タバサは絶対にそんなことをさせないだろうし、ウェンディも団長からそれを止められている。


クリストファーを使役するウェンディが死んだ時、クリストファーは自由になる。ウェンディがいない退魔団にクリストファーが仕えるとは思えない。敵になるかもしれない。そうなった場合、ウェンディの血で更に強くなってしまえば、取り返しがつかない。


「じゃーな、アイザック。おやすみ、また明日」

「おやすみって、君は眠らないくせに」

「でも最近はあえて休むんだぜ」


はは、とクリストファーは屈託無く笑って、ウェンディの手を引いて部屋から去っていった。



「聞いていたんだろう、タバサ」

「バレてたか」


部屋の片隅に、まるで絵の具がそぎ落とされたかのように突然少女が現れた。目立つ青髪のタバサは、長い髪を両手で弄んでいた。


「あいつ、見張りだとか言ってウェンディの部屋に入り浸っているんだ。不健全な交際なら僕は」

「どうしようもないよ。ウェンディが招き入れているんだからさ」

「…でも」


タバサはむっと唇を曲げた。


「団入りを認めてあげた方が良いんじゃないかな。6年生の教科書一冊を一日でマスターしたよ。僕にはもう止められない」

「まだ認めたくない。いつかは認めないといけないとは分かっているんだけどね」

「そのつもりはあるんだね」

「彼女は才能がある」


タバサはそう言い切り、寂しそうにため息を吐き出した。


「可愛い妹を戦いの場に出したくはないけどね」

「それは僕も同意見」


幼い頃から見てきたウェンディは、僕から見ても妹のようなものだった。家族の意識はかなり薄い環境で育ってきたが、それでもウェンディだけは家族だと、どこかで納得できていた。


「僕は可愛いタバサが戦場で大暴れするのも嫌だけどね」

「せめて僕より強くなってからそう言え」

「痛いところを容赦なく突くね」


タバサには逆立ちしても勝てやしない。それでもタバサのことは心配で、絶対に怪我なんてしないとわかっていても、身体は彼女を庇おうとする。庇って死にかけて、毎度説教される。僕とタバサの歪なコミュニケーションは毎回こうなってしまう。先日風穴の空いた腹を撫でながら、僕は首を傾げた。


「厄介な話があるんだ」

「君が言うなら相当厄介なんだろうね。怒りもしないのも珍しい。どうしたんだい」


タバサは表情を曇らせながら話を切り出した。


「始祖が出たらしい」


タバサはそう言うと、押し黙ってしまった。








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